私の目に映る歯科医療界⑭ 訪問診療や女性医師増が歯科業界に構造転換迫る/今後の歯科業界が市場として生きる視点で考える

訪問診療や女性医師増が歯科業界に構造転換迫る/今後の歯科業界が市場として生きる視点で考える

今回は、歯科医療界全体を「歯科業界」という括りで捉え、産業的にどう見えるかを考え、論じていきたい。

歯科業界を産業的に見た場合、最大の特徴は、歯科サービスの価格が診療報酬という公定価格で決められている点にあるといえよう。

良いサービスを提供し、価格引き上げと利益増加を狙えないことは悩ましい点だ。それでも、十分な公定価格が付けばこの欠点も埋められるだろうが、現実はほど遠い。欧米先進国に比べ、日本の歯科医療サービスの価格は低水準だ。公定価格を決める診療報酬は、今次改定ではプラス0.29%というわずかな上げ幅にとどまった。人件費やパラジウム価格の高騰などのコスト上昇もあって、歯科診療所の収益と経営は非常に厳しい。

Ⅰ.歯科診療報酬は抑制続き薬価差も享受できず前途多難

今後、診療報酬の大幅なアップを期待したいが、実現的には前途多難だろう。日本は少子高齢化という長期の構造問題を抱えており、医療費増加は今後も加速する。政府は、医療費の増加抑制に血眼だ。その結果が先の診療報酬アップ縮小だ。声高に診療報酬のマイナス改定を叫ぶ財務省の圧力を、いつまでかわせるかは予断を許さない。

医科や調剤薬局は、診療や治療、調剤に使う処方薬などの購入価格を医薬品卸会社との交渉で引き下げ、公的価格(償還価格)との鞘を抜く薬価差という利益をひねり出せる。しかし歯科の場合は、コスト全体に占める医薬品購入額の比率は小さく、医科や調剤薬局のような薬価差も享受できない。

保険点数が頭打ち、薬価差メリットも得られないとなれば、保険診療の外、自費診療に活路を見出す選択肢はある。実際、この動きも続いているが、業界が雪崩を打ってこの市場に向かえば、大げさな言い方になるが、質の良い歯科サービスを手の届く料金であまねく国民に提供する公的医療保険制度の理念に背くことになる。

Ⅱ.中長期で歯科医師需給緩和歯科訪問診療などが構造変革促す

前号(第625号本紙)でも触れたが、歯科医師の需給を巡る見方は、一時あった供給過剰論一色は薄れて、2040年までには供給不足になる(歯科医師が足りなくなる)というデータも提出されている。そこまで行かなくとも、専門家の間では、現在の歯科医師過剰の状態から需給ギャップは縮小に向かうという見方が強まっている。

歯科医師年齢層の最大の山は60歳代にあり、70歳以上の歯科医師も増えている。この年齢層の歯科医師の多くは歯科医師一人で切り盛りする歯科診療所を経営しているが、あと10年もすると高齢等が原因で引退する。10年以上続く事実上の参入規制(歯科医師国家試験合格者を2000人前後に抑える施策)により、新規参入も抑えられてきた。人口減少に伴う需要減があるとしても、供給減も大きくなるため、歯科医師の需給ギャップは縮小するというわけだ。この見通しの通りになれば、現在起きている歯科診療所過多による顧客(患者)の獲得競争が緩和されることにつながる可能性が高い。暗い将来性ばかりが一人歩きする歯科業界にあって、この点は、特にこれから歯科医師になる若い世代には朗報になるのかもしれない。

歯科業界にとっては、長期の日本の人口減少がマイナス要因となる一方で、高齢化は歯科サービスへの潜在ニーズが高い高齢者が増える点ではプラスだ。 

歯科業界全体、歯科診療所経営の観点からも、この膨大で成長する潜在市場をどう取り込むのかは重要課題だ。

70歳代も半ばになると、歯科外来受診が顕著に減る。この人たちの需要がなくなるわけではない。介護施設や自宅で生活する要介護世代になり、在宅での歯科訪問診療を受けたいが、そのニーズを満たしてもらえないのが実態だ。厚労省の資料では、要介護者の9割が歯科治療などを必要とするのに、実際に治療を受けたのは27%だという。要介護者は現在680万人だから、単純計算で446万人の潜在需要が放置されたままだ。

この在宅への歯科訪問診療を担う在宅療養支援歯科診療所(歯援診)の数は、2020年度に8367施設と、前年度の11361施設から初めて減少に転じた。

歯科訪問診療の市場規模は、潜在ニーズの大きさの割には緩やかだ。問題は供給面にあり、歯科医師が歯科訪問診療に二の足を踏んでいるのが実態だ。厚労省の2018年度調査では、歯科訪問診療を実施しない理由のトップに、人手不足などが挙がる。

ここには、歯科業界が抱える問題が潜んでいるように見える。歯科医師が1人という個人経営の診療所が大半を占める業界の構造問題だ。こうした診療所では、拡大する歯科訪問診療ニーズを取り込もうとしても、現在の医業収益の柱である外来を犠牲にすることはできず、それがジレンマとなっている現実がある。

Ⅲ.女性歯科医師の増加も今後の構造転換への引き金に

女性の歯科医師の増加も、歯科業界に構造変化を促すかもしれない。

歯科医師国試合格者では、すでに女性比率が45%を突破した(下表)。一定期間は出産・子育てに時間を取られる女性歯科医師のライフスタイルを考慮すれば、週5日、1日8時間のフルタイム勤務ではなく、週2日や1日のうちで都合の良い時間帯のシフト勤務などのニーズが高まる。

現在の歯科業界構造は、一人の歯科医師だけに頼る個人歯科診療所が主体となっているため、女性歯科医師の積極的な市場参加には対応できないかもしれない。

同じサービス業の性格を持ち、個人経営が多い点でも歯科業界に類似性を持つ弁護士事務所や保険代理店でも、一人経営から合併・集約・大規模化の動きが出ている。

◆法曹界等での合併・集約・大規模化に注意

たとえ業種が違い、その原因は異なるにしても、市場飽和が進み、それに伴い市場競争が激化し経営合理化が背中を押している点では、歯科業界とも共通点を持っている。

歯科業界にも同じ波が押し寄せてきているのかもしれない。将来をにらみ、今から構造転換への議論を進めておくべきだろう。

 

東洋経済新報社編集局報道部記者 大西富士男

「東京歯科保険医新聞」202251日号10面掲載