私の目に映る歯科医療界⑯ 骨太方針に突如「国民皆歯科健診」入る/現実的な費用負担や制度具体化など課題残る

骨太方針に突如「国民皆歯科健診」入る/現実的な費用負担や制度具体化など課題残る

去る5月29日㈰、

「国民皆歯科健診」検討開始へ 骨太方針

こう見出しを打って、産経新聞デジタル版が特ダネ記事を流した。

6月上旬にまとめる「経済財政運営と改革の基本方針」、いわゆる「骨太方針」で「全国民に毎年の〝国民歯科健診〟の導入検討を始めるのを明記する」というのがその肝となる内容だ。通常のペーパー版には翌530日㈪版に掲載されているので、そちらをご覧になった方も多いと思う。

我が国では1歳半、3歳時点の乳幼児や小・中・高時代を除けば、歯科健診は義務ではない。健康増進法で4070歳の国民は40歳、50歳、60歳、70歳と節目の10年ごとに1回、歯科健診を受ける機会を持つ。この法律で努力義務を課せられる自治体のうち約7割が住民に歯科健診を実施しているが、実際の受診率は1割未満と低い。

事業主に毎年の実施が義務づけられている歯科以外の健診と比べ、大きく遅れをとっている歯科健診を一気に全国民義務化へと方向転換するというのだから、驚きのニュースだったわけだ。

そして、67日に閣議決定された「骨太方針」には、実際に「生涯を通じた歯科健診(いわゆる国民皆歯科健診)の具体的な検討」という文言が入った。

Ⅰ.全国民に義務化は本当か?不明点多い骨太方針入り

ただ、記事に疑問もある。

第一に情報源だ。可能性が高いのは、政府・自民党に歯科健診拡大を働きかけてきた日本歯科医師会か自民党の関係者だろう。

すぐ目の前に参議院選挙が迫っている。歯科医師の票がほしい自民党と支援団体の双方に情報を流す動機がある。どちらのサイドにも、全国の歯科医師やその関係者に「運動の成果」をアピールできるからだ。

本質的な疑問は、産経記事がいう「全国民に義務付ける」という部分だ。事業主や自治体ではなく、直接、全国民に義務付けるのかどうか(産経記事は「全国民に毎年健診を義務付ける」と書いている)。

もしそうならば、歯科健診を受けない国民へのペナルティーはどうなるのか、毎年、全国民を対象に実施する際の侮りがたい費用負担をどうするのか、負担の主体は国・自治体・事業主のどこなのか、国民の直接負担もあるのか、全国民に毎年歯科健診を受けさせる手段として職場と自治体の両方を動員するのか、など様々な謎があるのだが、記事は「健保組合などが毎年行う健康診断の際に唾液を提出してもらう」などの例を挙げるのみだ。

具体的には、まだ煮詰まっていないのが本当なのだろうが、「全国民に義務付け」を字義通り受け取るべきか、疑問符が付く。

Ⅱ.財務省はかねて予防医療に懐疑的具体化時点で反対に回る可能性も

財務省がこれを黙認する理由も謎だ。今年も例年通り骨太方針の前、525日に財政制度等審議会の財務大臣への答申があった。そこには①かかりつけ医の制度化、②給付費の伸びと経済成長率の整合性、③医療法人の事業報告書の電子開示、④リフィル処方箋―など、医療費を狙い撃ちにし、その削減を求める内容が入っている。これについては、日本医師会も特に大きな問題として注視している。

医療費(本体を含めた診療報酬)の削減に関しては、2022年度診療報酬改定で見せた強硬路線をさらに強力に進める方針を打ち出している。歯科医療界の将来にとっても、大きな意味を持つ内容になっている。

財務省は、予防医療には極めて懐疑的だ。かつて、厚生労働省が財務省の反対を押し切って進めた「生活習慣病の予防の徹底」など予防医療政策が、医療費適正化効果を出せずに終わったことを、わざわざ具体的数値を列挙しつつ今年の答申でも強調しているほどだ。

「国民皆歯科健診」推進の大義名分に挙げられるのは、歯周病予防など歯・口腔の健康維持が他の病気の発症を抑え、医療費全体の抑制につながるという理屈だ。

この歯科版の予防医療の効果には、財務省は否定的なはず。少なくとも国の財政出動となれば強く反対すると思われるが、骨太方針には「国民皆歯科健診」が入っている。なぜか。

大事な選挙前だから目をつむっているとすれば、選挙が終わり具体策を作り、予算付けの段階になれば、注文が付く可能性が強い。

Ⅲ.まずは歯の健康向上を訴え様々な課題克服を目指すべき

国民の間にも、「選挙目当て」「団体利権」など、懐疑的な見方があるのも確かだ。

それでも歯の健診の受診率が、わずか10%のままで良いはずがない。高校を出た後で、歯の健診でいち早く歯周病などの予防、早期発見・改善につなげる機会を増やすことは、国民の健康の観点のみならず、生活の質の維持・向上を図る観点からも望ましいことは確かだ。

歯の健康維持(健診効果)、およびそのほかの病気・医療費の削減との因果関係の検証・エビデンスの確率は、今後じっくり構築すれば良い。まず最優先すべきは、歯・口腔の健康向上に照準を絞り、費用対効果を考えた上で、国が関与しての歯科健診の制度的拡大を進めていくことだ。

歯科医療関連団体は、懐疑的な国民・財政当局に対して、健診拡大による歯の健康の維持・向上効果を粘り強く訴えていく活動を進めてほしい。

健診の本格的拡大のためには、歯科医師だけでなく不足する歯科衛生士などの人員増強も必要になるかもしれない。その待遇改善も併せて実施しなければ「国民皆歯科健診」は絵に描いた餅になる可能性もある。      

「国民皆歯科健診」の実現は、巷間、言われるほど簡単ではない。超えるべき課題は多く、関係者の努力と覚悟が必要になることだけは間違いない。

東洋経済新報社 編集局 報道部 記者 大西富士男

「東京歯科保険医新聞」202271日号10面掲載