歯周病カンジダ菌説の経緯は/患者が治ってももうけになりません
最近よく「イノベーション」という言葉を耳にする。「技術革新」の意味で、政府は日本発の新規技術に着目し、世界に売り出せるよう支援していく方針のようだ。
ホントかな?と思う。記者時代から私は患者のためになると確信した新しい医療を報道するよう努めてきた。ところが、紙面に載せるのは簡単ではなかった。すばらしい技術と思っても、日本の権威ある学会は無視するか、疑問や否定のコメントに終始する。
一方、お役所は権威者のいうままに研究費の申請を却下し、研究の進展や普及の邪魔をするのが常だった。世の中の空気が一変したのなら、それはとてもいいことだ。
この6月、私は著書『お医者さんも知らない治療法教えます・完結編』(西村書店刊)を出版した。四十余項目のほとんどはイノベーション医療だ。このうち歯科関係は、歯周病のカンジダ説、3Mix-MP法、不定愁訴などのかみあわせ治療、の3項目だ。
歯周病は昔から細菌が原因、といわれてきた。神奈川県の歯科医、河北正さんがかびのカンジダ菌に着目したのは、口内炎患者に抗かび剤で歯磨きさせたところ、歯周病症状も改善したからだ。微生物検査では歯ぐきや歯垢からカンジダ菌が見つかる一方、歯周病菌は検出されなかった。また、抗かび剤歯磨きで何人もの歯周病が治ってしまった。
河北さんは学会や歯科専門誌に論文を投稿したが、すべて却下された。「随筆なら」と歯科雑誌に載ったのが1998年3月。河北さんからコピーが届いたが、当初は私も信じられなかった。何度か聞くうち、細菌説の科学的根拠も同レベルとわかり、ひょっとしたらと思うようになった。「歯周病、抗かび剤が効く?」の見出しの社会面三段の記事になったのは翌年の99年6月だった。
カンジダ菌説に賛同する歯科医も今は何百人かに増えているらしい。しかし、どんな不利益があるのか、日本歯周病学会は一貫して論文で「非科学的」と批判しているし、ネットではPg菌などの情報があふれている。比率から見てもおそらく歯科保険医協会の先生方の大部分は歯周病菌説だろうと思う。
病気の原因追究が大事なのは治療のカギになるからだ。患者からいえば、治りさえすれば原因は何でも構わない。歯周病菌説の歯科では手術と歯石除去、歯磨き指導ぐらいで直接の細菌対策はなさず、治る患者は少ない。
一方、カンジダ菌説では抗かび剤や抗生物質が処方され、河北さんや賛同者によると、治る患者は多い。歯科医ならせめて家族を相手に試みてほしいものだ。
産業界ではいい製品が出れば競争企業は追いかけるが、医療界は学びも真似もしない。「患者が治ってももうけになりませんから」ということらしい。
医療ジャーナリスト 田辺功
「東京歯科保険医新聞」2016年8月1日号6面掲載
【略歴】たなべ・いさお/1944年生まれ。68年東京大学工学部航空学科卒。同年朝日新聞社入社。2008年、朝日新聞社を退社後、医療ジャーナリストとして活躍中。著書に「かしこい患者力―よい病院と医者選び11の心得」(西村書店)、「医療の周辺その周辺」(ライフ企画)「心の病は脳の傷―うつ病・統合失調症・認知症が治る」(西村書店)、「続 お医者さんも知らない治療法教えます―こんな病気も治る!」(西村書店)ほか多数。