だれのための専門医制度なのか/「医科を見習って」などという愚は避けて…
お医者さん対象の会で私がいつも強調するのは「だれのために医療をするのか」です。もちろん、患者さんのためです。しかし、現実にはそうなっていないのではないかと感じることが少なくありません。
たとえば、いま日本専門医機構で議論中の新専門医制度です。現在の専門医は学会まかせでレベルもまちまち。機構が統一して認定し、質を高める新制度は、予定が1年延びて2018年4月からになりました。日本医師会などの反対の声に配慮したようです。
医学部を卒業し、国家試験に合格した医師は2年間の初期臨床研修が義務づけられています。機構の新制度では、その後の後期研修から専門医をめざします。
3年間で内科、外科、救急科、総合診療科など19領域の1つの基本専門医になれます。養成するのは大学病院と地域の協力病院群です。「心臓血管外科」など、より専門的な領域の専門医にはさらなる研修が必要です。
日本医師会はこれでは研修医が大学病院に集中し、地方病院の医師不足が進むと指摘しました。機構の学会代表の大半は大学教授で、医局制度復活の狙いを感じます。
専門医とは何でしょうか。機構は「十分な知識・経験を持ち標準的な医療を提供できる医師」としています。外科であれば、内臓全般にわたって標準的な手術ができる総合外科医、です。したがって、現在の臓器別専門医よりも広く学ぶ必要があり、多くの医師がいる大学病院が中心になります。
一方、国民・患者が考える専門医とは何でしょうか。私は、卓抜した技術を持つ「神の手」だと思います。普通の外科医では無理な難しい手術も成功させる医師です。
機構の2段階目の専門医は「がん」「消化器外科」など29領域ですが、やはり広すぎます。「膵臓がん」「心臓バイパス手術」など病気や手術名のほうが適切だと思います。
専門医の分類にも首を傾げます。基本は外科、整形外科、脳神経外科、形成外科だけで、心臓血管外科、消化器外科などは2段階目です。その結果、脳神経外科専門医は3年間でなれるのに心臓血管外科はさらに何年かかかります。なぜ違いがあるのか、外からは不思議なことです。また、現在の専門医の多くは2段階目になり、その分、取得が遅くなるのも気がかりです。
機構の示す専門医は、専門医の負担を増やすうえ、国民・患者のためにもなっていない気がします。
歯科でも専門医制度が検討されているようですが、「医科を見習って」などという愚は避けてもらいたいものです。
医療ジャーナリスト 田辺功
「東京歯科保険医新聞」2016年9月1日号5面掲載
【略歴】たなべ・いさお/1944年生まれ。68年東京大学工学部航空学科卒。同年朝日新聞社入社。2008年、朝日新聞社を退社後、医療ジャーナリストとして活躍中。著書に「かしこい患者力―よい病院と医者選び11の心得」(西村書店)、「医療の周辺その周辺」(ライフ企画)「心の病は脳の傷―うつ病・統合失調症・認知症が治る」(西村書店)、「続 お医者さんも知らない治療法教えます―こんな病気も治る!」(西村書店)ほか多数。