驚愕する日本の医療の“デジタル化”
日本の医療には“デジタル化”が必要と言われています。
私も含めて、これに異議を唱える人はいないと思いますが、問題は「どんな“デジタル化”で、どれだけ世の中が便利になるか」ということです。
厚生労働省は、新型コロナ対応でさまざまなデジタルシステムを立ち上げました。感染症情報としては「ハーシス(HER―SYS)」「ネシッド(NESID)」「ココア(COCOA)」があります。ワクチン情報では「ブイシス(V―SYS)」、ワクチン摂取記録システムでは「VRS」。医療情報では「ジーミス(G―MIS)」「イーミス(EMIS)」。
ところが、役に立たないものが多かった。中でも新型コロナウイルス接触確認アプリの「ココア」は、ダウンロード数約4,000万件なのに、致命的な不具合が発生していたにもかかわらず4カ月も放置されていたというお粗末さ。税金をドブに捨てて終わりました。
◆なぜ「FFHS」でなく「ハーシス」だったのか
「ココア」よりもひどかったのは、医師が患者情報を入力する「ハーシス」。入力項目が120~130もあり、入力だけで1人あたり30分もかかります。コロナ診察でヘトヘトになった医師が、診察後にこれを入力すると明け方近くになってしまい、「ハーシス地獄」と呼ばれました。
ところが、もっと驚いたのは、実は厚生労働省は10年もの歳月を費やしてコロナ前から「症例情報迅速集積システム(FFHS)」という、「ハーシス」同様のシステムを既に研究・開発していました。しかも「ハーシス」だと30分かかる入力が、「FFHS」ならわずか1分。
「FFHS」を開発した北見工業大の奥村貴史教授は、「自治体が使いやすいよう意見交換を重ねて設計していたのに、政府は過去の教訓を生かさず、ハーシスを導入した」と言っています。「ハーシス」開発の陣頭指揮をとった当時の橋本岳厚生労働副大臣も、「FFHSに必要な機能が備わっていると担当から説明を受けていれば、採用していたかもしれない」とのこと。
しかも、「ハーシス」では膨大なデータが集められたのに、それがどう活用されたのかもわからない。一方、「FFHS」は北海道が導入し、クラスター(感染者集団)が発生した地域への医師派遣などに役立てていて、道の感染症対策担当者は「ハーシスではなく、最初からFFHSが使われていれば、保健所や自治体の負担は少なくて済んだだろう」と話しています。
何のためにデータを集め、集めたデータをどう活用するのかという利用者の視点が抜け落ちた“デジタル化”など、百害あって一利なし。
◆東京の歯科医院に北海道から通う患者はほぼゼロ
同じようなことを、いま政府が進めている医療DXにも感じます。
マイナポータルで見られる医療情報は、ほとんどがレセプト情報。検査をしたことはわかっても、検査の結果はわからない。しかも、1〜3カ月前の古い情報なので、これを見て診療されるのは怖いことです。
そもそも、歯科診療所にやってくる患者さんは近隣の人。東京の歯科診療所に、北海道や九州から歯の治療に通うというケースはほとんど考えられない。それよりも、全国的なネットワークにすることで、脆弱な接続箇所から悪質なコンピュータウイルスが入り込むことのほうが怖い。そうなったら、前回書きましたが、病院は治療もできずにお手上げです。
日本政府は“デジタル”を使いこなす能力が低く、2023年の「世界デジタル競争ランキング」では32位。韓国が6位、台湾が9位、香港が10位、中国も19位なので、メンツにかけても何とか一発逆転したいのでしょう。
ただ、それが「医療DX」で、しかも多くの企業もこれに接続するというのは、あまりにも危険と言わざるを得ません。
失敗続きの日本の“デジタル化”に、私たちはどこまで付き合わされるのでしょうか。
「東京歯科保険医新聞」2024年10月1日号7面掲載
経済ジャーナリスト 荻原 博子
プロフィール:おぎわら・ひろこ/経済ジャーナリスト。家計に根ざした視点で経済を語る。バブル崩壊直後からデフレの長期化を予想し、現金に徹した資産防衛、家計運営を提唱し続けている。新聞・経済誌などに連載。新聞、雑誌等の連載やテレビのコメンテーターとしても活躍中。近書に「マイナ保険証の罠」(文春新書)、「マイナンバーカードの大問題」(宝島社新書)など。