大詰め迎えた診療報酬の本体改定/望まれる国民視点からの適正水準などの本質論議
2年に1度の診療報酬改定の論議が終盤を迎えている。今回の焦点は、看護職員の賃上げ分と不妊治療の保険適用分の合計で最大見込まれる0.5%分を除く診療報酬本体部分(実質分)でマイナスがあるかどうかだ。前回の2020年度改定では、医師の働き方改革相当分0.08%以外の実質分でも0.47%のプラス改定だったが、今回の改定も実質プラス改定が続くかどうか。財務省VS厚生労働省、外野の自民党厚労族議員、医師会など関係団体の動きが、激しさを増していくはずだ。
Ⅰ.財務省と中医協支払側メンバーは診療報酬本体のマイナス改定要求
財務省や中医協の1号側(支払側)による、本体のマイナス改定要求は前回改定議論の時と同じだが、今回は財務省の姿勢がこれまでになく強硬だ。「『マイナス改定』を続けることなくして医療費の適正化は到底図られない」。12月3日に公表された財政制度等審議会の「建議」はこう言い切っている。
財務省は同審議会に出した資料で、①過去20年間の本体改定にあたって2年に1度の本体改定率がマイナス3.2%より上ならば医療機関等の収入(市場規模)は増加した。また改定率がマイナス0.8%でも年平均1.2%市場は成長した。それなのに実際は過去2回を例外に長期間の「本体プラス改定」が続いてきた、②改定前の本体の伸びが高止まりしているならば、躊躇なくマイナス改定すべき、③薬価改定による引き下げ分を財源とみなし、これを本体部分改定の上積みの原資とする、診療側が長年主張してきた考えを「フィクションにフィクションを重ねたもの」である―といったことが強調されている。
Ⅱ.財務省は本体のマイナス改定に一段と「強硬」姿勢に
仮に2000年度以来、本体部分の改定がなし(プラスマイナスゼロの据え置き)だった場合でも、医療機関の収入となる本体総額(国民医療費ベース)は高齢化等による押上要因があって年1.6%成長し、2000年度の本体総額を100とすると2018年度は134に拡大する。医療機関は十分潤ったはず。
ところが、実際には本体でのプラス改定を続けて来たため、年平均で0.2%分がさらに成長に上乗せされた。この間の日本の名目GDPの伸びは、年平均プラス0.2%だから、これと比べても「本体改定率について医療費の適正化とは程遠い対応を繰り返してきた」と言える。だから今後は、「本体のマイナス改定を続けることなくして、医療費の適正化は到底図れない」ことになる。
2年に1度の本体改定が平均マイナス3.2%(1年あたり1.6%のマイナスに相当)を下回らない限り、高齢化等による市場拡大効果(年平均1.6%)のほうが上回るので、市場拡大は維持できた。つまり、医療機関が受け取る収入はプラスになったはず。改定率がマイナス0.8%だった場合でも、人口減少分も加味した高齢化要因による市場拡大(年平均1.2%)の恩恵を享受できたはずだ。これが財務当局の理屈だ。
本体改定率が、マイナス0.8~3.2%なら、医療機関が受け取る本体報酬はプラス成長だったという説明からは、財務省がこの水準を「医療費の適正化の水準」として意識していることが窺える。2022年度予算、本体改定率でもこれをベースに強く望むのは間違いない。実際に、看護師賃金アップ分などを含めた本体総額改定マイナスの可能性をみる報道まで出ている。
Ⅲ.「医療費の適正化」を巡る財務省の論理はやや乱暴に映る
歯科を含めた2号側(診療側)も反論する。厚労省の最新の第23回医療経済実態調査を基に、病院、診療所などの経営実態は、コロナ禍もあって悪化が続く。診療報酬本体のプラス改定が不可欠だという。
見逃せないのは、高齢化等に伴う診療費の伸び(国民医療費)と名目GDPの伸びを比較して、前者が後者を大きく上回ることをもって「医療費の適正化」から逸脱すると財務省が見ていると受け取れる点だ。本体部分の収入が名目GDPの伸びを上回るのは、いうまでもなく高齢化によって医療需要が拡大していることが大きい。適正化に反するとの見方は一方的過ぎる。無駄な受診などを削り、医療供給側の効率化を進め、国民医療費の節減を図ることは、国民的にも望ましいが、「外部要因による市場増加分を名目GDP成長率に足並みをそろえるべし」とも受けとれる財務省の論理は、やや乱暴に映る。
本体改定率の決定に当たっては、医療機関の経営状況の正確な把握が不可欠だ。コロナ禍で経営が悪化しているという診療側と、2021年度に入り状況は改善しているという財務省や支払側の主張は真っ向対立するが、これもサンプル数などに限界はありながら、現状、依拠にできる唯一の最新データ(第23回医療経済実態調査)を基に、関係者間で国民の利益を最終の拠り所に、短期・中長期の視点も交えて冷静な議論を進めるしかない。
その上で、財務省の言う通りに、医療機関が受け取る収入が20年にわたり長期で増加しているならば、なぜ診療側が主張するように今も看護師(歯科でいえば歯科衛生士や歯科技工士)の待遇改善や病院・診療所の経営改善のために、診療報酬の本体アップを必要とするのか、国民の目には根本的な疑問は残る。その理由を政府や関係医療機関が基礎データを含めてわかりやすく解明・提示し、冷静で正確な議論をすることを、国民は強く望んでいるはずだ。
東洋経済新報社編集局報道部記者 大西富士男
「東京歯科保険医新聞」2022年1月1日号10面掲載