歯科医療点描

歯科医療点描⑱完 1人の歯科医師では限界の時代/グループ開業制の可能性について

1人の歯科医師では限界の時代/グループ開業制の可能性について

毎月のこのシリーズも今回が最後になりました。最終回らしく、私が常に考えていることで、先生方にとっては抵抗感がありそうな話題に触れたいと思います。

それは個人開業制、自由開業制です。日本では医師や歯科医師は誰でも自由に診療所を開設できます。先生方にとってはそれが日本の長所でしょうが、患者側からいえば問題があります。

それは、「一人の医師、歯科医師の診療には限界がある」ということです。私が医療記事を書き始めたのは一九六八年ですが、この間の医療技術の発展、進歩は想像以上です。自分の専門とする病気の新しい治療法を会得し、実践するのは何とかできそうです。しかし、隣接診療科が新型装置で自分の専門の病気の治療を始めたとしたらどうでしょうか。自分の治療では改善しないが、新治療では改善するタイプの患者がいるかも知れません。

そのうえ、今は診療科を越えた連携が大切です。高齢社会ではいくつもの病気をもった患者が増えてきています。複数の病気治療には最適な順序があるかも知れません。さらに、栄養や看護、リハビリの効果も期待できます。医科歯科連携の重要性からいえば、すべての病院は歯科を併設すべきです。多数の専門家が必要なアドバイスや治療を加えてこそ、質を高めた医療になり、患者にとっても最大の効果をあげることができます。日本を代表する国立がん研究センター中央病院でさえ、他の病気の専門家が少なく、重度の重複患者を受け入れられなくなっています。

そう考えると、医療は病院が原則です。大学病院で十五年も心臓手術だけをやっていて、父親の病気で内科、老人科の診療所を継いだ友人もいました。一人の医師が自由に、しかもほとんどやっていない診療科まで開けるのは、まさに質を無視した制度です。

腕自慢医師による白内障手術の診療所や透析診療所も疑問です。他の病気の専門家がいませんし、1つの技術に特化することに利益優先の傾向を感じるからです。

厚生労働省は日本医師会や歯科医師会、薬剤師会などに弱く、根本的な医療改革をしてきませんでした。しかし、医療の質が重要だと国民が理解していけば、将来は変わる可能性があると思います。

個人でなく、歯科なら3人、医科なら5人とか7人とかのグループ開業制はどうでしょうか。予防・管理、義歯、インプラントの得意な歯科医が揃えばより質の高い治療ができそうです。多数の医師、歯科医師がいれば夜間診療も可能です。家族薬局では毎夜遅くまで営業するのは困難ですが、グループ開業であれば可能です。

いかがでしょうか。

 医療ジャーナリスト 田辺功

「東京歯科保険医新聞」201721日号6面掲載

【略歴】たなべ・いさお/1944年生まれ。68年東京大学工学部航空学科卒。同年朝日新聞社入社。2008年、朝日新聞社を退社後、医療ジャーナリストとして活躍中。著書に「かしこい患者力―よい病院と医者選び11の心得」(西村書店)、「医療の周辺その周辺」(ライフ企画)「心の病は脳の傷―うつ病・統合失調症・認知症が治る」(西村書店)、「続 お医者さんも知らない治療法教えます―こんな病気も治る!」(西村書店)ほか多数。

歯科医療点描⑰ いろいろ感じました医科歯科連携研究会/歯科医師は医師の依頼で初めて…

いろいろ感じました医科歯科連携研究会/歯科医師は医師の依頼で初めて…

先月初め、四ツ谷駅前の会場で開かれた「医科歯科連携研究会2016」に参加、というか見学させてもらいました。11月のメディア懇談会で副会長の山本鐡雄先生から案内があり、テーマの「睡眠時無呼吸症候群」 (無呼吸症)には関心があったからです。

かなり昔、新聞記事としてCPAP(シーパップ=持続陽圧呼吸)療法を紹介したことがあります。ところが今は、歯科医が製作するマウスピースで十分対応できるという話です。正直なところ、口腔内装置 (OA)治療は知りませんでした。

連携研究会は東京歯科保険医協会と、東京保険医協会と千葉県保険医協会の三つの保険医協会主催でした。山本先生から協会の取り組みを軸に連携治療の総説的な紹介があった後、虎の門病院睡眠センター長の成井浩司氏が専門医の立場から、古畑いびき睡眠呼吸障害研究所長の古畑升氏が歯科医の立場から、無呼吸症の原因や症状、連携の具体的な方法、問題点などの詳しい解説がありました。

へえーと思ったのは、欧米人の無呼吸症は肥満が多いのが、アジア人、日本人は骨格からなりやすく、面長で平ら顔、小さなあごの人が要注意との人種差でした。身近かで無呼吸症の何人かを思い浮かべて、なるほどと納得しました。

◆OAの有効率は80

成井先生、古畑先生ともOAの効果がCPAPと大きく変わらないとのデータを出されたのにもびっくりでした。虎の門病院のOAの有効率は80%でした。

もっと驚いたのは、OAには把握できないほど多くの種類があることです。素人ですから写真だけでは違いがよくわかりませんでしたが、効果の違いはあるのでしょうか。

◆一番驚いたのは…

そして一番驚いたのは、医師と歯科医の差でした。患者の様子、いびきが大きい、といった話から意外と簡単に無呼吸症が疑えるのですが、歯科医は診断や治療ができない。     

病気の診断はあくまで医師の仕事で、歯科医は医師の依頼で初めてOAを作ることができるとの決まりです。歯科医は作ったOAがうまく機能するかどうかも医師に依頼して検査してもらう。自分で簡易検査をしても保険で請求できない、ということでした。

OA製作後の検査は歯科医がするほうが患者は助かります。問題があればすぐ直せますし、わざわざ医師を受診するのも面倒です。医師主導だと、OAをよく知らない医師、知っていても自分でやれるCPAPしか患者に説明しない医師もいそうです。待たされ一方の歯科医に同情します。

ところで、インターネットで無呼吸症を調べると、睡眠中に挿入する鼻チューブの情報が出てきました。おそらくは有効性のデータがまだなく、治療法の選択肢には入っていないのでしょう。しかし、素人にはOAよりさらに簡便で、魅力的に見えます。

どんどん進歩する技術を習得したり、理解するのも本当に大変と実感しました。

医療ジャーナリスト 田辺功

「東京歯科保険医新聞」201711日号5面掲載

  【略歴】たなべ・いさお/1944年生まれ。68年東京大学工学部航空学科卒。同年朝日新聞社入社。2008年、朝日新聞社を退社後、医療ジャーナリストとして活躍中。著書に「かしこい患者力―よい病院と医者選び11の心得」(西村書店)、「医療の周辺その周辺」(ライフ企画)「心の病は脳の傷―うつ病・統合失調症・認知症が治る」(西村書店)、「続 お医者さんも知らない治療法教えます―こんな病気も治る!」(西村書店)ほか多数。

歯科医療点描⑯ どう考えても非合理ふしぎな消費税/医療費が非課税となった背景

どう考えても非合理ふしぎな消費税/医療費が非課税となった背景

外から見ると、医療界には理屈に合わない非合理的なことがまかり通っています。米国式医療の沖縄県立中部病院で腹部手術のガーゼ交換の話を聞きました。

患者の回復を遅らせるとわかり、すでに米国では30年も前にやめたのに、日本の病院ではまだやっているというのです。似たような話を集めて1999年秋、連載「ふしぎの国の医療」を始めたところ、十数回の予定が62回にも延び、1冊の本になってしまいました。日本では昔、偉い先生が決めたことを下の先生はなかなか変えることができないのです。

非合理の代表「消費税」もこの連載で取り上げました。89年の3%から始まり、97年の5% 、2014年の8% と上昇中です。消費税は一定のルールで、買う人が払う税金です。医療を買うのは患者ですが、国は患者の支払いを増やさないためとの名目で医療費を非課税にしました。今でもそうですが、なぜか医療費を決める時の窓口は日本医師会なのです。 実は、当時の医師会の担当理事は消費税の仕組みを全く知らずにこれを了承。

その結果、医療機関が薬や器具、材料などを買う時に上乗せされる消費税は病院や診療所が負担することになり、診療所では年100万円単位、病院では1千万円から数億円単位の減収になり、増税のたびに増えます。

財務当局は常に医療費の切り下げを要求しますが、医師会は応じず、いつも最後は政治決断でした。そのしっぺ返しの意図もあったようで、当時の大蔵省は予想される負担増を医師会に伝えず「医療費を非課税にした」と思われます。診療所よりも負担が大きい病院は大蔵省からも医師会からも特に説明を受けていませんでした。

消費税は国内売買なので輸出品は非課税です。しかし、輸出企業が負担した消費税は国税庁が払い戻しする「戻し税」の制度ができています。医療機関とはえらい違いです。

さて、その後の対応です。厚生労働省は診療報酬の改定のたびに、一部の報酬に色を付けて消費税分を補填したと称する政策をとってきました。私はそれで医療界が妥協したのに驚きました。薬品などの購入額は医療機関で違い、払う消費税額も違います。建築費にも消費税がかかりますが、病棟を新改築した病院とそうでない病院では大変な差です。公平で損得なしなら払った税額を個々に払い戻すしか解決法はないはずです。

税務当局はおそらく戻し税に絶対反対でしょう。医療機関は数が多すぎ、事務量が増え、チェックも困難です。大きい声ではいいにくいですが、それをいいことに、買っていない器具、していない工事の領収書などを揃えて消費税を水増しし、不正請求するような医療機関が考えられます。

結局は医療費にも消費税をかけ、チェックを厳しくするしかないかも知れません。

 

医療ジャーナリスト 田辺功

「東京歯科保険医新聞」2016121日号6面掲載

  【略歴】たなべ・いさお/1944年生まれ。68年東京大学工学部航空学科卒。同年朝日新聞社入社。2008年、朝日新聞社を退社後、医療ジャーナリストとして活躍中。著書に「かしこい患者力よい病院と医者選び11の心得」(西村書店)、「医療の周辺その周辺」(ライフ企画)「心の病は脳の傷うつ病・統合失調症・認知症が治る」(西村書店)、「続 お医者さんも知らない治療法教えますこんな病気も治る!」(西村書店)ほか多数。

歯科医療点描⑮ 歯磨きは歯科の二大疾患を左右/どんな歯ブラシがいいのか知りたい…

歯磨きは歯科の二大疾患を左右/どんな歯ブラシがいいのか知りたい…

◆必ず爪楊枝を…

この歳になって、実は歯磨きに苦労しています。10年くらい前から毎日、朝食と夕食後に電動歯ブラシで磨いています。胃の全摘手術を受けた後ですが、いつからか、歯磨きの後、必ず爪楊枝を使うようになりました。

というのは、歯を磨いても隙間に入った食べ物のカスが取りきれないからです。家内が「デンタルフロスを使ったらいい」というので、付き合い上、時々は使うのですが、若い頃にあまり使ったことのない道具はなかなか親しめない感じです。爪楊枝では結構、大きなカスが取れます。

◆どんな歯ブラシを使えばいいのか

一番知りたいと思うのは、よい歯磨きの仕方、具体的にいえば、どんな歯ブラシがいいのか、ということです。

新聞や雑誌の記事にいろんな歯ブラシが出ています。電動歯ブラシのほかに、従来の手磨きの歯ブラシもあります。

電動歯ブラシに限っても、たくさんのメーカーからいろんな製品が出ているようです。歯ブラシの形が長方形、四角、丸い、あるいは特殊な形のもの、往復運動のほか、回転しながら磨くものもあります。

◆電動歯ブラシのランキングまで

私が使っているのは普通の電動歯ブラシですが、高速の水流でプラークを除去し、細菌を壊す音波歯ブラシ、もっと細菌の破壊力が強いという超音波歯ブラシなどの高級品も登場しているそうです。さらにびっくりしたのは、「電動歯ブラシ売れ筋ランキング」といったサイトがあり、1位から80位まで紹介されていたことです。値段も大きな違いです。

電動も手磨きも効果に大差はない、とのネット記事がいくつか目につきました。そうなると、職人手作りの微細加工製品、日本の発明というローラー型回転式など、手磨き歯ブラシの広告にも目を引かれました。

◆消費者はどうやって商品を選ぶのか

改めて、消費者はどうやって製品を選んでいるのか興味がわきます。歯科医の先生の多くは治療専門で、予防や管理が得意でないはずですが、適切にアドバイスできるのでしょうか。頼まれて親しいメーカーさんの製品を勧めるのか、歯科衛生士さんに応対させるのでしょうか。

◆いや、やっぱり…

歯磨きは歯科の二大疾患を左右します。それなのに、歯科の学会や団体は専門家として歯ブラシを評価せず、メーカーの広告や消費者の好みに任せていればいいのでしょうか。

いや、やっぱり今より患者が減ったら…という話でしょうか。

 

医療ジャーナリスト 田辺功

「東京歯科保険医新聞」2016111日号6面掲載

  【略歴】たなべ・いさお/1944年生まれ。68年東京大学工学部航空学科卒。同年朝日新聞社入社。2008年、朝日新聞社を退社後、医療ジャーナリストとして活躍中。著書に「かしこい患者力―よい病院と医者選び11の心得」(西村書店)、「医療の周辺その周辺」(ライフ企画)「心の病は脳の傷―うつ病・統合失調症・認知症が治る」(西村書店)、「続 お医者さんも知らない治療法教えます―こんな病気も治る!」(西村書店)ほか多数。

歯科医療点描⑭ かかりつけ医、かかりつけ歯科医、そして「か強診」のこと/アンケートでも「か強診」への根強い不信は明らか

かかりつけ医、かかりつけ歯科医、そして「か強診」のこと/アンケートでも「か強診」への根強い不信は明らか

◆待合室ポスターが語ること 

「かかりつけ医をお持ちですか?」との赤い太字の見出しが目につきました。九月初めの日本医師会ニュース添付「健康ぷらざ」です。診療所の待合室に掲示するポスターのようなものです。

 「かかりつけ医」とはどんな医師でしょうか。それには「何でも相談でき、必要な時には専門医や専門の医療機関に紹介してくれる身近で頼りになる医師」とありました。

◆頼りがいある医師になることは大変

高齢社会になり、患者はがん、循環器、認知症など診療科の異なるいくつもの病気を抱えています。患者の身近にいて、多くの病気の最新知識を持ち、相談できる医師がいれば患者は本当に助かります。

とはいえ、医療の範囲は非常に広いので、頼りがいのある医師になるのは大変なことです。 このポスターでは、日本医師会がそのための研修をしていることを紹介しています。また、こうした医師が一定の条件を満たせば、国は診療報酬で優遇しようとしています。

◆かかりつけ歯科医そして「か強診」

その歯科版が、治療も予防もできる「かかりつけ歯科医」で、その拠点となる診療所が「か強診」というわけです。

「か強診」をテーマにした7月号の本コラムでは触れませんでしたが、「か強診」は歯科医師、歯科衛生士が各1名以上か、複数の歯科医師がいることも条件になっています。歯科医師のほとんどは義歯などの治療専門家ですから、予防のプロの歯科衛生士がいたほうが患者に役立つのは確かでしょう。それだけではかかりつけ歯科医が増えすぎると考えたのか、業者への返礼か、口腔外バキュームやAEDの設置を加えたことが、厚生労働省の挙動を怪しげに見せています。

◆会員アンケートから

先日、協会から98日現在、約5200名の会員のうち返信のあった476名の会員アンケートの内容をうかがいました。

それによると、「か強診」には203名(43%) が「反対」で、「やむを得ない」192名(40%)、「賛成」は45名(9%)でした。

また、「届出しない」107名、「できない」170名を合わせると277名(59%)で、「届出した」36名(8%)、「未定」156名(12%)。

今後の対応については、「施設基準の改善」234名(49%)、「廃止」145名(30%)に対し、「このままでよい」は51名(11%)にとどまりました。

1割にも満たない回答率の段階で、会員の意向とまでいっていいのかどうかはありますが、「か強診」への根強い不信は明らかです。

 

 医療ジャーナリスト 田辺功

「東京歯科保険医新聞」2016101日号6面掲載

  【略歴】たなべ・いさお/1944年生まれ。68年東京大学工学部航空学科卒。同年朝日新聞社入社。2008年、朝日新聞社を退社後、医療ジャーナリストとして活躍中。著書に「かしこい患者力―よい病院と医者選び11の心得」(西村書店)、「医療の周辺その周辺」(ライフ企画)「心の病は脳の傷―うつ病・統合失調症・認知症が治る」(西村書店)、「続 お医者さんも知らない治療法教えます―こんな病気も治る!」(西村書店)ほか多数。

 

歯科医療点描⑬ だれのための専門医制度なのか/「医科を見習って」などという愚は避けて…

だれのための専門医制度なのか/「医科を見習って」などという愚は避けて…

お医者さん対象の会で私がいつも強調するのは「だれのために医療をするのか」です。もちろん、患者さんのためです。しかし、現実にはそうなっていないのではないかと感じることが少なくありません。

たとえば、いま日本専門医機構で議論中の新専門医制度です。現在の専門医は学会まかせでレベルもまちまち。機構が統一して認定し、質を高める新制度は、予定が1年延びて20184月からになりました。日本医師会などの反対の声に配慮したようです。

医学部を卒業し、国家試験に合格した医師は2年間の初期臨床研修が義務づけられています。機構の新制度では、その後の後期研修から専門医をめざします。

3年間で内科、外科、救急科、総合診療科など19領域の1つの基本専門医になれます。養成するのは大学病院と地域の協力病院群です。「心臓血管外科」など、より専門的な領域の専門医にはさらなる研修が必要です。

日本医師会はこれでは研修医が大学病院に集中し、地方病院の医師不足が進むと指摘しました。機構の学会代表の大半は大学教授で、医局制度復活の狙いを感じます。

専門医とは何でしょうか。機構は「十分な知識・経験を持ち標準的な医療を提供できる医師」としています。外科であれば、内臓全般にわたって標準的な手術ができる総合外科医、です。したがって、現在の臓器別専門医よりも広く学ぶ必要があり、多くの医師がいる大学病院が中心になります。

一方、国民・患者が考える専門医とは何でしょうか。私は、卓抜した技術を持つ「神の手」だと思います。普通の外科医では無理な難しい手術も成功させる医師です。

機構の2段階目の専門医は「がん」「消化器外科」など29領域ですが、やはり広すぎます。「膵臓がん」「心臓バイパス手術」など病気や手術名のほうが適切だと思います。

専門医の分類にも首を傾げます。基本は外科、整形外科、脳神経外科、形成外科だけで、心臓血管外科、消化器外科などは2段階目です。その結果、脳神経外科専門医は3年間でなれるのに心臓血管外科はさらに何年かかかります。なぜ違いがあるのか、外からは不思議なことです。また、現在の専門医の多くは2段階目になり、その分、取得が遅くなるのも気がかりです。

機構の示す専門医は、専門医の負担を増やすうえ、国民・患者のためにもなっていない気がします。

歯科でも専門医制度が検討されているようですが、「医科を見習って」などという愚は避けてもらいたいものです。

 医療ジャーナリスト 田辺功

「東京歯科保険医新聞」201691日号5面掲載

  【略歴】たなべ・いさお/1944年生まれ。68年東京大学工学部航空学科卒。同年朝日新聞社入社。2008年、朝日新聞社を退社後、医療ジャーナリストとして活躍中。著書に「かしこい患者力―よい病院と医者選び11の心得」(西村書店)、「医療の周辺その周辺」(ライフ企画)「心の病は脳の傷―うつ病・統合失調症・認知症が治る」(西村書店)、「続 お医者さんも知らない治療法教えます―こんな病気も治る!」(西村書店)ほか多数。

歯科医療点描⑫ 歯周病カンジダ菌説の経緯は/患者が治ってももうけになりません

歯周病カンジダ菌説の経緯は/患者が治ってももうけになりません

最近よく「イノベーション」という言葉を耳にする。「技術革新」の意味で、政府は日本発の新規技術に着目し、世界に売り出せるよう支援していく方針のようだ。

ホントかな?と思う。記者時代から私は患者のためになると確信した新しい医療を報道するよう努めてきた。ところが、紙面に載せるのは簡単ではなかった。すばらしい技術と思っても、日本の権威ある学会は無視するか、疑問や否定のコメントに終始する。

一方、お役所は権威者のいうままに研究費の申請を却下し、研究の進展や普及の邪魔をするのが常だった。世の中の空気が一変したのなら、それはとてもいいことだ。

この6月、私は著書『お医者さんも知らない治療法教えます・完結編』(西村書店刊)を出版した。四十余項目のほとんどはイノベーション医療だ。このうち歯科関係は、歯周病のカンジダ説、3Mix-MP法、不定愁訴などのかみあわせ治療、の3項目だ。

歯周病は昔から細菌が原因、といわれてきた。神奈川県の歯科医、河北正さんがかびのカンジダ菌に着目したのは、口内炎患者に抗かび剤で歯磨きさせたところ、歯周病症状も改善したからだ。微生物検査では歯ぐきや歯垢からカンジダ菌が見つかる一方、歯周病菌は検出されなかった。また、抗かび剤歯磨きで何人もの歯周病が治ってしまった。

河北さんは学会や歯科専門誌に論文を投稿したが、すべて却下された。「随筆なら」と歯科雑誌に載ったのが19983月。河北さんからコピーが届いたが、当初は私も信じられなかった。何度か聞くうち、細菌説の科学的根拠も同レベルとわかり、ひょっとしたらと思うようになった。「歯周病、抗かび剤が効く?」の見出しの社会面三段の記事になったのは翌年の996月だった。

カンジダ菌説に賛同する歯科医も今は何百人かに増えているらしい。しかし、どんな不利益があるのか、日本歯周病学会は一貫して論文で「非科学的」と批判しているし、ネットではPg菌などの情報があふれている。比率から見てもおそらく歯科保険医協会の先生方の大部分は歯周病菌説だろうと思う。

病気の原因追究が大事なのは治療のカギになるからだ。患者からいえば、治りさえすれば原因は何でも構わない。歯周病菌説の歯科では手術と歯石除去、歯磨き指導ぐらいで直接の細菌対策はなさず、治る患者は少ない。

一方、カンジダ菌説では抗かび剤や抗生物質が処方され、河北さんや賛同者によると、治る患者は多い。歯科医ならせめて家族を相手に試みてほしいものだ。

産業界ではいい製品が出れば競争企業は追いかけるが、医療界は学びも真似もしない。「患者が治ってももうけになりませんから」ということらしい。

 医療ジャーナリスト 田辺功

「東京歯科保険医新聞」201681日号6面掲載

 【略歴】たなべ・いさお/1944年生まれ。68年東京大学工学部航空学科卒。同年朝日新聞社入社。2008年、朝日新聞社を退社後、医療ジャーナリストとして活躍中。著書に「かしこい患者力―よい病院と医者選び11の心得」(西村書店)、「医療の周辺その周辺」(ライフ企画)「心の病は脳の傷―うつ病・統合失調症・認知症が治る」(西村書店)、「続 お医者さんも知らない治療法教えます―こんな病気も治る!」(西村書店)ほか多数。

歯科医療点描⑪ 「か強診」の施設基準に首をひねる/「設置義務」と聞くと違和感が…

「か強診」の施設基準に首をひねる/「設置義務」と聞くと違和感が…

◆「カキョウシン」と「エーイーディー」

最初は先生方が話す「カキョウシン」がよくわからなかった。4月からの診療報酬改定で、新たに「かかりつけ歯科医機能強化型歯科診療所」が登場した。この長い長い呼び名を略したものが「か強診」。なるほど、知恵者がいる、と納得した。

「エーイーディー」もてっきり歯科用の装置だろうと聞き流していたら、何と、救命救急用の除細動器の「AED」のことだった。

X先生によると、「か強診」として認められる歯科診療所には、AEDの設置が義務付けられている。「離れたところにポツンとある歯科診療所ならともかく、メディカルビル内で、同じフロアの医科診療所やビルの廊下にAEDが設置されていても必要だと説明を受けました」。

AEDが出始めの頃、私も何回か新聞記事にした。人工呼吸法を学んだ人でも、近くの人が急に倒れたら、さっと人工呼吸をしてあげる、というのは難しい。いまの時代、うまくいかないと、やり方が悪かったからと責任を押しつけられる可能性もある。その点、手順を指示してくれるAEDがあると便利だし、安心感がある。

しかし、設置義務と聞くと違和感がある。AEDは医師など医療者がいない場所での救命装置ではなかったのかな、という気がしたからだ。医師や歯科医や看護師などがいれば、その人たちが駆けつけるのが一番だろう。AEDのその先の薬だって診療所には備えているはずだ。

いや、人工呼吸法がまったくできない医師や看護師がいるかも知れない。まして歯科医は…、ということだろうか。そういえば大きな病院の廊下でAEDを見たことがある。さては、あそこで倒れたら多忙な医師は来ず、患者同士でAEDをやれ、ということなのか。

▼口腔外バキューム

「口腔外バキュームの設置も義務なのがおかしいんです」とX先生。

歯の治療時は口腔内バキュームを使うが、空中に飛び散る粉や粒子がある。これを吸い込む大型掃除機が口腔外バキュームらしい。音が大きく、設置しても実際はほとんど使わない診療所も多いそうだ。

診療所設備の充実のための基準はわかる。しかし、安全や環境の改善に本当に役立つことが肝心で、X先生が納得していないことは明らかだった。AEDは街中の至る所にあればいい、というものでもあるまい。歯科診療所でAEDが役立つ頻度や、室内空気の清浄度、健康にどう寄与するかといったデータが見たいものだ。

▼特定の装置の普及…

100万円前後を投資して基準を満たせば多少は有利な診療報酬が得られるらしい。ちょっとひねくれた部外者には、厚生労働省なのか、あるいは審議会の先生方かが、加算をエサにして、特定の装置の普及・販売を助けているように見えて仕方がない。

 

医療ジャーナリスト 田辺功

「東京歯科保険医新聞」201671日号6面掲載

 【略歴】たなべ・いさお/1944年生まれ。68年東京大学工学部航空学科卒。同年朝日新聞社入社。2008年、朝日新聞社を退社後、医療ジャーナリストとして活躍中。著書に「かしこい患者力―よい病院と医者選び11の心得」(西村書店)、「医療の周辺その周辺」(ライフ企画)「心の病は脳の傷―うつ病・統合失調症・認知症が治る」(西村書店)、「続 お医者さんも知らない治療法教えます―こんな病気も治る!」(西村書店)ほか多数。

歯科医療点描⑩ 治療中断・未受診が多いのは問題/保険医療の範囲についても議論を

治療中断・未受診が多いのは問題/保険医療の範囲についても議論を

日本も貧しくなったなあ、と感じることがこのごろ多い。バブル期は威勢がよかった企業も、儲けのために、いまやなりふり構わずごまかす。生活保護、貧困家庭、下流老人といった言葉が日常紙面にあふれ、身内や近所での理解しがたい事件が続発している。

昨年1月、保団連の懇談会で医療や介護現場にも貧困が予想以上に大きな影を落としていると知ってびっくりした。治療中断が増え、大阪では9割の歯科医師が経験しているという。また、宮城、長野、大阪の学校の歯科健診で「要治療」といわれた小学生の5割、中学生の67割は受診しない。

東京歯科保険医協会のその後のメディア懇談会でも、関連の話題がいくつか出た。東日本大震災の歯科医療支援の際、東北には東京で見たことのないほどひどい歯のお年寄りがいた、などの話が印象に残っている。

お金は山ほどあるが、子どもには歯科治療は禁じている親がいるとは思えない。中断や未受診の理由はいろいろ出ているが、結局はお金、貧困に行き着く。2015年の報告では、日本の子どもの貧困率はOECD(経済協力開発機構)34カ国中の11位だった。子どもの貧困の背景には、離婚による母子世帯の増加、元夫の養育費の不払い、派遣労働・低賃金労働の増加などが考えられる。国民皆保険制度でありながら、保険料が払えずに枠外に追いやられている人もいる。

調査だけにとどまらず、保団連が子ども医療費助成制度拡充運動を展開し、成果を上げているのは素晴らしい。また、一方で、「保険で良い歯科医療を」運動も重要だ。必要な治療は保険で受けられるべきだし、高額な窓口負担は受診抑制や治療中断につながる。

先日、『日本歯科新聞』のコラムに書いたことだが、超高額薬の保険適用が大きな話題になっている。分子標的薬と呼ばれる月30万円、60万円といった抗がん剤が次々登場、ついに月290万円、年3500万円のがん免疫薬が一部肺がんに認められた。対象患者5万人が使えば17500億円にもなり、保険制度の崩壊を懸念する声も出ている。

薬価はなぜか原材料費や製造費と関係がなく、同じ目的の従来薬との比較で決まっている。抗がん剤は治す力はないが、企業の開発意欲を刺激するために、もともとかなり高く設定されていた。最近のように効く薬が出てくると、驚くほど高くなる。

高品質材料の義歯など、歯科医療の一部が保険外になったのは、価格が高いとの理由からのはずだ。しかし、薬ならどれだけ高くてもいいというのはやはりおかしい。保険制度全体が危うくなれば、歯科には無関係な薬、とはいっておれない。

保険医療財源の配分をめぐる駆け引きだけでなく、保険医療の範囲など、より根本的な議論が必要な時期が来ている。

 

医療ジャーナリスト 田辺功

「東京歯科保険医新聞」2016年61日号6面掲載

 

【略歴】たなべ・いさお/1944年生まれ。68年東京大学工学部航空学科卒。同年朝日新聞社入社。2008年、朝日新聞社を退社後、医療ジャーナリストとして活躍中。著書に「かしこい患者力―よい病院と医者選び11の心得」(西村書店)、「医療の周辺その周辺」(ライフ企画)「心の病は脳の傷―うつ病・統合失調症・認知症が治る」(西村書店)、「続 お医者さんも知らない治療法教えます―こんな病気も治る!」(西村書店)ほか多数。

歯科医療点描⑨ 「質管理官」か「質相談医」を作ったら/患者側からみれば歯科医師の腕=質が大事

「質管理官」か「質相談医」を作ったら/患者側からみれば歯科医師の腕=質が大事

前回の本欄で、私は「医療の質」を強調した。これは医科に限ったことではなく、歯科も同様だ。これまでの歯科は予防や内科系よりも外科系、技術系の要素が強かった分、一層、重要だといっていい。

病気の治療体験はつい最近までなかった私だが、歯磨きがいい加減だったせいか、虫歯は何本も削って詰めてもらった。歯周病にもなり、結局、3本か4本は抜歯せざるをえなかった。勤務中に受けられる会社の診療所が多かった。当時は会社を信用し、気には留めてもいなかったが、先生方の技術力は果してどうだったのかはわからない。

難しい病気にかかると、患者さんはどこの病院へ行ったらいいか悩む。とはいえ病院は国立、県立、日赤など、ある程度評判が高い病院が地域にはある。医師の腕が一番わかるのは“医師”だが、病院には多くの医師がいる。特に、診療科が同じか近い医師の目はごまかせない。次いで看護師だろうか。評判のいい病院内で「うちは○○科はダメね」などの噂が流れたりする。

ところが歯科はどうか。ほとんどが診療所で、しかも一人歯科医が多い。研修を短かくし、親の診療所に入れば、他の歯科医の目に触れる機会もほとんどない。患者さんが歯科医の腕を知ることは医科以上に難しい。結局、歯科診療所は腕とは無関係に選ばれる。一番いいのは近くて通いやすいところ。地域の古い診療所ではいつの間にか、息子さんや娘さんの代にかわっている。

以前、合わない入れ歯の話がNHKテレビで報道された。お年寄りは「合わない入れ歯をいくつも持っているが、痛いので食事時は外している」という。8020運動のきっかけでもあるが、日本の高齢者の残存歯数は北欧などより少ない。医科以上の歯科の質のバラツキがこれらに関係しているのではないか。

厚生労働省や歯科医師会、歯科関係学会がこの“質の問題”に関心を持たないのは、外側の人間には本当に不思議に思える。学会は専門技術ごとにできている。インプラント治療などの最新技術を習得する機会を提供することは重要だが、医療の目的からすれば、それが患者さんのプラスになることがもっと重要だ。技術の未熟な歯科医の治療が横行すれば、学会や歯科医全体の信用を落とす。講習料を払えば全員合格、といったシステムならば明らかに問題がある。

保険医療は事実上、厚労省が運営しているようなものだ。ズサンな虫歯や歯周病治療に保険医療費を払うのはおかしい。

私は、質の確保はさほど難しいことではない、と思っている。第一歩として、厚労省や学会が一定の専門家を確保し、患者さんからの問い合わせ・相談窓口を設置する。厚労省なら「医療の質管理官」「医療の質相談医」といった役職を作る。

目に余る医療機関があれば、自然に浮かび上がってくるはず、ではなかろうか。

 医療ジャーナリスト 田辺功

「東京歯科保険医新聞」201651日号6面掲載

 【略歴】たなべ・いさお/1944年生まれ。68年東京大学工学部航空学科卒。同年朝日新聞社入社。2008年、朝日新聞社を退社後、医療ジャーナリストとして活躍中。著書に「かしこい患者力―よい病院と医者選び11の心得」(西村書店)、「医療の周辺その周辺」(ライフ企画)「心の病は脳の傷―うつ病・統合失調症・認知症が治る」(西村書店)、「続 お医者さんも知らない治療法教えます―こんな病気も治る!」(西村書店)ほか多数。

歯科医療点描⑧ 質を無視の制度に疑問/誰のため何のために医療は行われるのか

質を無視の制度に疑問/誰のため何のために医療は行われるのか

日本の保険医療制度は世界一、と医療関係者の多くが信じている。本当だろうか。

私は以前、秋田市で開かれた日本臨床内科医学会で疑問を述べたことがある。同じくシンポジストだった日本医師会理事が「日本の平均寿命は世界一。これは国民皆保険制度の成果だ」と胸を張られた。

若気の至りで、冷やかし半分の気持ちもあって余計な発言をした。「国は病院や医師に丸投げして、医療レベルはバラバラ。でも日本人は優秀な遺伝子と食生活のおかげで、先生方の医療で多少削られても何とか耐えて、いまの平均寿命を保っているのではないでしょうか」というような。

すぐにインターネットに名指しで「こんなひどい発言をした記者がいる」と批判記事が出た。しかも、長い間、私の名前を打つと最初に出てくるのがこの記事だった。 今回、正確に表現しようと調べたが、いつの間にか消えて見つからなくなっている。

医療で最も大事なことは何か。私は「医療の質」と確信している。病気を治す医療、症状や苦痛を和らげる医療でなければ、わざわざやる意味がない。

ところが、ご存じのように、保険医療制度の親である厚生労働省は、医療費の請求額ほどには、医療の効果や内容、質に関心を持っていない。病名に対応した検査や治療法は決めてあるが、手順、使う器具や材料、具体的なやり方の多くは病院や医師任せになっている。 その結果、治さない医療も改善しない医療も堂々とまかり通っている。これが世界一の制度とはとても思えない。

腹腔鏡手術による死亡が大きな話題になり、厚労省は昨年、群馬大学病院の特定機能病院資格を取り消した。しかし、保険医療制度上は死亡率が高くても問題がないはずで、おそらくは群馬大病院より成績の悪い病院さえ、あるに違いない。

世界一を目指すなら、何はともあれ、質の確保が不可欠ではないか。医療ごとに必要に応じ、常勤専門医、一定の技術や知識、設備などの条件を付ける。あまりにひどい成績の場合は、保険診療での支払いを認めない、といった対応も必要になるだろう。

誰のため、何のために医療は行われるのか。病める患者さんの苦痛解消や軽減のためである。しかし、いまの制度や実態を見る限りでは、厚労省や医療者がそう考えているとは思いにくい。

 医療ジャーナリスト 田辺功

「東京歯科保険医新聞」201641日号6面掲載

 【略歴】たなべ・いさお/1944年生まれ。68年東大学工学部航空学科卒。同年朝日新聞社入社。2008年、朝日新聞社を退社後、医療ジャーナリストとして活躍中。著書に「かしこい患者力―よい病院と医者選び11の心得」(西村書店)、「医療の周辺その周辺」(ライフ企画)「心の病は脳の傷―うつ病・統合失調症・認知症が治る」(西村書店)、「続 お医者さんも知らない治療法教えます―こんな病気も治る!」(西村書店)ほか多数。

歯科医療点描 ⑦ 予測はずれ?の「8020」/あと20年で8割の高齢者が「8020」に到達!?

予測はずれ?の「8020」/あと20年で8割の高齢者が「8020」に到達!?

今の新聞社では、なかなか考えられないことだが、私は好きなことを書いてしゃべって卒業できた。ほとんどは正しかったと確信しているが、まずかったかも…、と反省気味のことがいくつかある。その一つが歯科関係研究会全国大会での「8020」発言だ。

「80歳で失う歯を10本以下にしよう」と提唱されたのが1985年で、逆計算で「80歳で20本の歯を残す」という8020運動になったのは1989年らしい。大会はおそらくその23年後ではなかったか。

◆8004時代

手書きのスライドには雲がかかった高山の横に「8848」「8020」「8004」の数字がある。8848は世界の最高峰エベレスト(チョモランマ)の標高を指す。8004は、当時、80歳の平均残存歯数の4本の意味だ。8020はそれを一挙に5倍にしようとの目標だった。

◆つい口をすべらし

この大会に講師で招かれた私は「いくら何でも無理でしょうね。ヒマラヤ登山並みの難しさ。80歳までに20億円貯めようというのと同じです」と、つい口をすべらせてしまった。

私はずっと「日本の医療は科学的でない」と感じてきた。特に歯科はひどい。虫歯や歯周病は細菌による感染症だと解説しながら、治療は細菌に無力な外科的なものだった。虫歯部分を削った後、詰め物と歯の隙間は100ミクロンもあった。これでは、1ミクロン幅の細菌は自由に虫歯部分に到達する。再治療のくり返しで、やがて抜歯になる。

歯学教育にも責任がある。入れ歯を作る補綴講座が3つも4つもありながら、虫歯を防ぐ予防歯科、感染症に対応の公衆衛生学科がない大学が多かった。

虫歯や歯周病は人生の必然で、仕事は入れ歯作りだと、歯科医は学生時代から教え込まれてきたのではなかろうか。だから、「8004は歯科医療の成果であり、絶対に8020は実現しないだろう」と、私は確信していた。

ところが、である。厚生労働省の歯科疾患実態調査によると、残存歯数がジワジワと増えてきている。2013年は80歳で平均残存歯数13.9本で、20本超を達成した人は38.3%と推定されている。20年前とくらべると2.4倍だ。歯科医療はこの30年の間に予想以上に改善したといえるだろう。

この調子があと20年続けば、8割の人は8020になれるかも知れない。「80歳で20億円」は「80歳で2000万円」くらいに値下げしたほうがよさそうだ。

 医療ジャーナリスト 田辺功

「東京歯科保険医新聞」201631日号6面掲載

 【略歴】たなべ・いさお/1944年生まれ。68年東京大学工学部航空学科卒。同年朝日新聞社入社。2008年、朝日新聞社を退社後、医療ジャーナリストとして活躍中。著書に「かしこい患者力―よい病院と医者選び11の心得」(西村書店)、「医療の周辺その周辺」(ライフ企画)「心の病は脳の傷―うつ病・統合失調症・認知症が治る」(西村書店)、「続 お医者さんも知らない治療法教えます―こんな病気も治る!」(西村書店)ほか多数。

歯科医療点描⑥ 歯科技工士制度の崩壊/「歯科療費増で技工士待遇改善を」なら国民も納得

歯科技工士制度の崩壊/「歯科療費増で技工士待遇改善を」なら国民も納得

私は学生になってすぐ、歯科技工士という職業を知った。初めての下宿にはもう一人下宿人がいて、それが近くの歯科医院に勤務する技工士さんだったからだ。教養部の2年間は一緒だったと思う。東北地方の出身でなまりがあり、朝食の時に入れ歯作りや歯科医院の話を聞いた覚えがある。

新聞記者になってから技工士の取材も何度かしたが、一番に浮かぶのは「海外委託」問題だ。たった4ページだが、著書『ドキュメント医療危機』に関連話題として載せてある。私は20066月、脇本征男さんら技工士グループが、地位保全と損害賠償を求めて裁判を起したとの記事を書いた。国が資格制度のない外国で作られた入れ歯輸入を認めているのは歯科技工士法に違反し、制度の根幹をゆるがしているとの主張だ。

この記事は東京と西部に載り、西部版が収録されている。ということは大阪版はボツで、東京版は一部がカットされたことを意味する。国に逆らうような訴訟は、一般紙では『朝日』だけしか載せず、それもかなり冷たい扱いだったわけだ。

海外委託は04年頃から出てきたらしい。技工士は歯科医の指示が不可欠だが、海外ではそれも不要で、コンピューター機器が日本よりずっと安く作ってくれる。これを放置すれば、技工士制度が崩壊していくのは当然ともいえる。

裁判は08年の東京地裁、09年の東京高裁で敗訴、11年最高裁は上告却下だった。日本の司法制度下では国相手だと分が悪い、の定評通りの完敗だった。これでは海外委託は止まるはずがなかった。

昨年夏、「保険で良い歯科医療を」国会内集会に参加し、何年ぶりかで日本歯科技工士会代表の悲惨な訴えを聞いた。 いまや技工士の低賃金、長時間労働は常態化し、耐えられずに卒業後五年以内に75%もが離職している。66%が週70時間以上働き、37%はほとんど休みが取れない状態でありながら、38%は可処分所得が300万円以下。海外委託の影響は大きく、国家資格の職種そのものが存亡の危機に瀕している、と。

その通りだと思う。厚生労働省のお役人は軽い気持ちか、医療費削減策からか、海外委託を歓迎した。コンピューターやロボット技術の発展で、医師や歯科医の診療行為の一部も自動化される可能性がある。

集会で指摘されたように、保険による歯科医療費が伸びないことが問題の背景にある。いろいろな医療職が協力し、よりよい医療をめざすチーム医療を考えれば、歯科医師は、弱者である技工士の待遇改善にもっと目を向けるべきだったのではなかったか。

「技工士や歯科衛生士の待遇改善のために医療費を増やせ」との主張は、歯科医の収入増の要求より、ずっと国民を説得しやすい。

医療ジャーナリスト 田辺功

「東京歯科保険医新聞」201621日号6面掲載

 【略歴】たなべ・いさお/1944年生まれ。68年東京大学工学部航空学科卒。同年朝日新聞社入社。2008年、朝日新聞社を退社後、医療ジャーナリストとして活躍中。著書に「かしこい患者力よい病院と医者選び11の心得」(西村書店)、「医療の周辺その周辺」(ライフ企画)「心の病は脳の傷うつ病・統合失調症・認知症が治る」(西村書店)、「続 お医者さんも知らない治療法教えますこんな病気も治る!」(西村書店)ほか多数。

歯科医療点描⑤ 不合理・不公正な消費税/ 益税・損税は税の公平性を逸脱

不合理・不公正な消費税/ 益税・損税は税の公平性を逸脱

軽減税率の範囲を巡って「消費税」が連日の紙面を賑わせた。改めて思うのだが、これほど不合理、不公平な税金は珍しい。 

税金は原則、公平でなくてはならない。ところが、1989年に導入された日本の消費税は、明らかに損をする業種、得をする業種を生んでいる。

物を売買する時、売り上げ額にかかる消費税は買う人が売る人に払い、売る人は受け取った消費税から自分の仕入時に払った消費税を引いた分を国に納める。最後に買う人(消費者)は、今なら価格の8%を余分に払う。 

ところで、なぜか税金や授業料、医療費等が非課税になった。その他、外国で売られる輸出製品は原理的に消費税を取れない。

医療界の窓口の日本医師会は、医療費が上がると患者が減るから非課税がいいと誤解していたようだ。医師会は消費税の仕組みを理解しておらず大蔵省(当時)は特に説明しなかった。おそらくは医療費改定での対決のシッペ返しだったのではないだろうか。この結果、医療機関は薬や器具を買う時に消費税を払うが、非課税なので患者からは取れず、持ち出す破目になった。 税金や授業料は自由に値上げできる。しかし、公定価格の医療費は自由にならない。似た立場の輸出産業には、国は輸出振興策として消費税分を還付する「戻し税」制度を用意した。結局、医療機関が一番の「損税」を抱え込むことになった。

逆の「益税」もある。手続き簡素化を名目に商店が消費者から受け取った税金を概算で済ませ、しかも小規模店は納税を免除した。軽減税率の導入時には計算機器類が間に合わず、益税が増えるもやむなし、とされている。サラリーマンは給料から所得税を天引きされているが、いわば小企業は天引きした税金をそのままいただいてもよい、という制度だ。諸外国ではきちんと計算して納税する仕組みを作っている。教育が普及し、真面目だった日本人のレベル低下はひどい。

国は診療報酬の改定で医療機関の損税を補填している建前だ。しかし補填は一部分に過ぎないし、第一、医療機関ごとに異なる税額を一律の加算で補えるはずがない。

高額の医療機器が多く、建設費のかかる大規模病院ほど損税額は大きい。薄利の病院に次の消費税2%増は厳しい。医療誌『ロハス・メディカル』は「消費税の危険なワナ、良い病院が潰れる!」と、特集(201512月号)で警告している。

ともかく、益税・損税は税の公平原則を逸脱し国民をバカにしているとしかいいようがない。損税の解決法も医療費の課税か、戻し税のような制度の新設しかありえない。

私は何年か前から同じ主張をくり返しているが医療界の幹部は物分かりがよいのか悪いのか、いつの間にか政府と妥協し、問題は先送りになっている。

医療ジャーナリスト 田辺功

「東京歯科保険医新聞」201611日号7面掲載

 

【略歴】たなべ・いさお/1944年生まれ。68年東京大学工学部航空学科卒。同年朝日新聞社入社。2008年、朝日新聞社を退社後、医療ジャーナリストとして活躍中。著書に「かしこい患者力―よい病院と医者選び11の心得」(西村書店)、「医療の周辺その周辺」(ライフ企画)「心の病は脳の傷―うつ病・統合失調症・認知症が治る」(西村書店)、「続 お医者さんも知らない治療法教えます―こんな病気も治る!」(西村書店)ほか多数。

歯科医療点描③ 編集長に抗議文が届き…。昔の、そして今のフッ素観を聞いてみたい

編集長に抗議文が届き…。昔の、そして今のフッ素観を聞いてみたい

歯科報道で私の一番の心残りは「フッ素」問題だ。世界の多くの国々では、虫歯予防目的で水道水のフッ素化を実現している。飲料水に1ppm程度のフッ素が加わっただけで日本人の歯はずっと健康に保てたはず、との思いが消えない。

1976年6月、私は全国版の家庭面の連載「虫歯をなくそう」でフッ素を取り上げた。水道水への添加は、国際歯科連盟やWHO(世界保健機関)も認める最も有効・安全な予防法で、新潟大学予防歯科の境脩・助教授らが次善策として「フッ素うがい」を県内の小学校で実施していることを紹介した。 

これに食品添加物の有害性指摘で著名な高橋晄正・東大講師が異を唱えたが、実は科学的な理由からではなかった。新潟の消費者団体の集会で、柳沢文徳・東京医科歯科大学教授がよく知らずにフッ素を危険だと断定し、新潟大の歯科医師に嘲笑された。

柳沢さんが親友の高橋さんに泣きついたことがきっかけで、高橋さんがフッ素論文から危険性を示唆するデータを集め、危険論を構築した。

人工の添加物は人間データがなく、動物に大量に食べさせて、しかも百倍もの安全率を掛けて推定する。ところが、天然水に含まれる高フッ素地域の住民は歯が着色・障害される斑状歯になる。WHOなどは、他の病気の発生率などのデータを総合的に検討して安全と判断した。

一方、動物実験で見る限りは、フッ素は添加物と比較にならないほど危険性は高い。 また、高橋さんは論文データを再計算したりして、米国で水道にフッ素を添加した都市とそうでない都市の一部年齢層では「フッ素の発がん性は否定できない」ことを見つけたりした。高橋さんは私にはっきり「僕は科学弁護士だから」と話した。

著名なスター評論家の高橋さんが雑誌や本でフッ素有害論をくり返した影響は大きく、消費者運動家や教師には未だにフッ素を危険視する人が少なくない。私も何度かフッ素を記事にしたが、編集局長にたくさんの抗議文が届き、ついには編集局幹部から「フッ素について書くのはもうやめてくれ」と言われたことも思い出す。

現場の歯科医師もフッ素には冷淡だった印象がある。「虫歯が減ったら困るからね」との声はよく聞いた。

いつか何らかの機会に、東京歯科保険医協会の先生方の、昔の、そして今のフッ素観を聞いてみたいところだ。

 

医療ジャーナリスト 田辺功

「東京歯科保険医新聞」2015111日号6面掲載

 

【略歴】たなべ・いさお/1944年生まれ。68年東京大学工学部航空学科卒。同年朝日新聞社入社。2008年、朝日新聞社を退社後、医療ジャーナリストとして活躍中。著書に「かしこい患者力―よい病院と医者選び11の心得」(西村書店)、「医療の周辺その周辺」(ライフ企画)「心の病は脳の傷―うつ病・統合失調症・認知症が治る」(西村書店)、「続 お医者さんも知らない治療法教えます―こんな病気も治る!」(西村書店)ほか多数。

 

歯科医療点描② 記者にとっての患者体験は… 。患者になった記者から/医師は患者のことを分かっていない

記者にとっての患者体験は… ―患者になった記者から/医師は患者のことを分かっていない

私にとって昨年は「晴天の 霹靂 」の年だった。春の健康診断の内視鏡検査で胃がんが見つかり、6月に全摘手術を受けたからだ。近い身内にがんはなく、和食党。喫煙歴も二十代の10年だけ。半数ががんになるという記事を書いた時も、自分は残りの半数と確信していた。

広告局からの頼まれ仕事で、10年以上もアメリカンファミリー社共催のがんセミナーの司会をしながら、がん保険には加入していなかったほどだ。福岡でのセミナーに、ご自身が胃がん手術を受けた外科医を招いた。「胃は食物を一時的にためる袋。なくてもなんともない、と患者に説明してきたが、いやあ、受けてみたら大違い」との言葉を覚えている。

その通り。医師は患者のことを分かっていない。私は手術後、食事が十分に食べられないことが最大の障害だが、医師からは具体的な指導はほとんど得られていない。今でも空腹感が乏しく、あまり食欲を感じない。入院中は激しいシャックリが出て、摂食も咀嚼も嚥下も困難になり、食事を中断したことがある。胃からの食欲増進物質が失われたから、のどのつかえで納豆などネバネバ食がいい、などはいずれも患者会の本で初めて知った。今も食道のびらんでのどが常に痛む。症状を抑える薬もあまり効かず、一時しのぎの鎮痛剤が離せない。鎮痛剤を飲んでいても食事中にじんわり痛み、食べたくなくなることもある。食道がんが気がかりだが、医師は「大丈夫ですよ」でお終いだ。私は内心、手術はしたくなかったのだが、記者にとって患者体験はマイナスではないとも考えた。

2003年に日野原重明先生監修の『患者になった医師からのメッセージ』(自由国民社刊)の編集を手伝った。結核で挫折した日野原さんはインタビューで、患者の本当の気持ちを理解できるようになるには「医学生や看護師は死なない程度の病気をするといい」と話していた。それなら仲介役の記者も同じかも知れない、と。私もこれまで何人かの胃がん患者を取材した。今回の体験で、患者が医師にいえるのは一割とすれば、記者にもせいぜい三割程度だったか、と思うようになった。患者の身体的な苦痛や心境は、聞くより、読むよりずっと辛いことを実感した。 

はからずもなってしまったからには、「患者になった記者」は、より患者のための医療を実現すべく努力したいと決心している。

医療ジャーナリスト 田辺功

「東京歯科保険医新聞」2015年(平成27年)101日号6面掲載

歯科医療点描① この三十余年を振り返りつつ(1) 自主質管理運動のころ/今の保険医療に満足していいのか

この三十余年を振り返りつつ(1) 自主質管理運動のころ/今の保険医療に満足していいのか

縁あって私はこの何年間か、東京歯科保険医協会が隔月で開催しているメディア懇談会に参加させていただいている。フリーの記者として、時に気ままに発言をしているのだが、広報部長の坪田先生から「ぜひ、会報に書いてくれませんか」と頼まれた。もちろん最初は固辞したのだが、「外部からの意見も会員の刺激になるので」といわれ、ついついその気にさせられてしまった。

東京歯科保険医協会と私の縁は、多くの会員の方々よりは古いだろうと思う。私は、1968年から2008年までの40年間、『朝日新聞』記者、しかもほとんどの期間が医療専門だった。協会関係では8211月、33年近くも前に「きちんと安く歯を治します」「歯科医が『自主質管理機構』結成へ」という社会面3段見出し、約40行の記事を書いている。

「自主質管理」という固い言葉を初めて耳にする先生方も少なくないはずだ。協会会員の有志約38人が翌12月から「良質で安い歯科医療」を実践する、との予告記事だった。いろいろな横槍が入り、正式な出発は843月に延びた。私は6月に続報を書き、自主質管理運動の代表でもある協会の大多和彦二会長を「ひと」欄でも紹介している。

自主質管理運動は、一定水準の保険診療を原則とし、材質の関係で自由診療になる場合も適正価格を目ざす。会員は、患者の話をよく聞き、よく説明し、料金は事前相談し、必ず領収書を発行、壊れたものに責任を持つ、の5項目を守る義務がある。要は、患者にも歯科医にも満足できる保険診療を実現しようとの運動だ。

私は日本の保険医療の最大の欠陥は、医療の質の無視だと考えている。厚生労働省は診療報酬ほど医療の中身には関心がなく、病院や医師らに任せている。昨年は腹腔鏡手術の死亡事故がたまたま話題になったが、制度上は資格のある医師なら下手な手術、間違った診断・治療も許される。15年前の画像機器の病院が病気を見逃すのは当然だし、治せる新治療法を学んだ医師がいない病院では、患者は治らなくても仕方がない。

医療の質は患者にはわからない。しかし、不思議なのは、わかっているはずの医師、歯科医師がそれを容認し、いまの保険医療に満足しているように見えることだ。

いつの間にか立ち消えになってしまったようだが、「より強力な自主質管理運動よ、もう一度」の心境になっている。

 

 

医療ジャーナリスト 田辺功

「東京歯科保険医新聞」2015年(平成27年)91日号5面掲載

 【略歴】たなべ・いさお/1944年生まれ。68年東京大学工学部航空学科卒。同年朝日新聞社入社。2008年、朝日新聞社を退社後、医療ジャーナリストとして活躍中。著書に「かしこい患者力―よい病院と医者選び11の心得」(西村書店)、「医療の周辺その周辺」(ライフ企画)「心の病は脳の傷―うつ病・統合失調症・認知症が治る」(西村書店)、「続 お医者さんも知らない治療法教えます―こんな病気も治る!」(西村書店)ほか多数。