歯科医療から経済を見てみる

歯科医療を経済から見てみるNo.5 完 医療経済学的なものの見方から

「歯科医療を経済から見てみる」というタイトルの連載でお話を進めています。いろいろな経済資料や経済学的観点から歯科医療を考えていきます。今回は、経済学的な視点から歯科保健政策を見ていきます。

医療経済評価の手法はいくつかありますが、費用便益分析が良く使われています。この手法は、得られた便益をすべて金銭価値に換算して、治療もしくは予防にかかった費用と比較する方法です。得られた効果をその方法を使用しなかった時に要する費用や死亡・障害などといった結果に着目し、金銭価値に換算することとなります。異業種間の比較検討が可能であり、一般にマクロな事業を対象とすることが多く、「フッ化物を応用したう蝕予防の効果」などに用いられています。測定された便益が費用を上回れば、分析の対象となる治療もしくは予防法は有益となります。ただし、医療の効果を金銭換算することができる場合にしか使えません。

費用便益分析について見て行きます。具体的な例としては、「学校におけるフッ化物洗口の効果を評価」になります。今までは、毎年の定期歯科検診の結果から「DMF歯数」の減少から有用だと判断されていました。しかし、新たに学校現場に「別途投資」する価値があるのかについては、結果を出すことができませんでした。

このようなシミュレーションは、今までは歯科検診からの推定でしたが、今後は電子化されたレセプトを用い、実際の歯科医療費の動向を確認することも可能となっていきます。

さて、今までは、学校保健と公的医療保険制度は別物として扱われることが多かったのですが、今後、地域保健医療を一体化して進めるにあたり、区市町村は縦割り的な行政を効率的に運用するため、より効率的に予算を割り振ることが求められます。学校保健で指摘された疾患であっても、治療費は公的医療保険制度で支払われることを考えれば、当然であると考えられます。特別区(区)では、各区の方針で原則、高校卒業までの医療を無償化していますので、このことも考えておく必要があると思われます。

一方、歯科への患者が減るのではないかと思われる方がいらっしゃると思います。現在までのフッ化物の応用状況と都道府県別の歯科医療費の分析では、明らかな差が出るほどにはなっていません。むしろ、ここで重要なのは、歯の形態的欠損や喪失を防ぐことによって、次に求められるのが機能回復です。すなわち、形態的修復から機能回復への「歯科医療の転換」が、間近に迫っていると思われます。ここに、「新しい病名」と「新技術」が提案されることによって、保険診療も変わっていくことになるかと考えられます。

◆エピローグ

最後になりますが、5回の連載について、お読みいただきありがとうございました。「医療経済」は、大きな意味では公衆衛生分野に含まれますが、中区分では「医療管理学」領域になります。医科では、医療経済学という専門分野がありますが、かなり経済学的な知識がないと難しい分野です。歯科領域を中心にご興味のある方は、これを機に「歯科医療管理学」を少し覗いてみてはいかがでしょうか。

 

「東京歯科保険医新聞」2024年2月1日号(No.647)11面掲載

尾﨑哲則( おざき・てつのり)1983年日本大学歯学部卒業。1987年同大学大学院歯学研究科修了。1998年日本大学歯学部助教授。2002年日本大学歯学部医療人間科学分野教授、日本大学歯学部附属歯科衛生専門学校校長、日本歯科医療管理学会常任理事。2008年日本歯科医療管理学会副会長、2019年日本歯科医療管理学会理事長。ほかに、日本公衆衛生学会理事、日本産業衛生学会生涯教育委員会委員長、社会歯科学会副理事長などを務める。

歯科医療を経済から見てみるNo.4 社会医療診療行為別統計(レセプトデータ)からみた年齢別歯科受診の状況

「歯科医療を経済から見てみる」とのタイトルで4回目の連載となります。いろいろな経済資料や経済学的観点から歯科医療を考えていきます。今回は、「社会医療診療行為別統計」から、年代別等の歯科受診の特性を見てみました。

社会医療診療行為別統計は、全国の保険医療機関および保険薬局から社会保険診療報酬支払基金支部および国民健康保険団体連合会に提出され、当該年6月審査分(原則、5月診療分)として審査決定された医療保険制度の診療報酬明細書および調剤報酬明細書のうち、「レセプト情報・特定健診等情報データベース(以下、「NDB」という)」に蓄積されているものすべてを集計対象としました。

今回は、1カ月分の初再診回数を取り上げてみました。すなわち、受診回数を見てみました。2018年をとした場合の各年度の比率を、1示しています。2020年は、新型コロナウイルス感染症の影響で、80を割っていることがみられます。その後、ゆっくりと回復していきましたが、後期高齢者医療は2022年に100超えたのに対し、一般医療は戻っていないことが見えています。しかし、22年の5月は、まだ類相当の影響があったかと考えています。ここまでは、今まで言われてきたことです。次に、年齢階級別の初再診回数を1と同様に18年を100とした場合の各年度の比率を2に示しました。ここで、注目は2020年のカーブです。60歳代後半を中心に、各年齢階級で大きく低下しています。そして、このカーブをよく見ると、この60歳代後半を中心として、両側は緩やかな減少となっています。しかし、この歯科診療全体が多く低下した時期に、10歳代後半は18年レベルを超えていました。意外に思われるかもしれませんが、20年の5月は、この年代にとっては学校も部活も、塾もなく、行き場所を失っている中で、歯科受診が行われたと思われます。これは、あくまでも年度との比較です。

一方、歯科受診者のボリュームゾーンは、60歳代後半から70歳代です(下表参照)。また、10歳代後半は一番受診者が少ない階級であり、全体への影響は少なく、そのため最初に示したような結果になったと考えられます。

必ずしも、歯科受診行動については、全体が同一の行動を取ることは少なく、年代や性別ごとにそれぞれ特性があることが見えてきます。

今回は、NDBのレセプトデータから、受診者の年齢階級データを取り上げてみました。診療行為については見ていませんが、診療行為に関わるNDBが診療報酬改定の際の基本資料に使われていることに関心を持っていただければ幸いです。

 

 

 

 

「東京歯科保険医新聞」2023年12月1日号(No.645)11面掲載

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尾﨑哲則( おざき・てつのり)1983年日本大学歯学部卒業。1987年同大学大学院歯学研究科修了。1998年日本大学歯学部助教授。2002年日本大学歯学部医療人間科学分野教授、日本大学歯学部附属歯科衛生専門学校校長、日本歯科医療管理学会常任理事。2008年日本歯科医療管理学会副会長、2019年日本歯科医療管理学会理事長。ほかに、日本公衆衛生学会理事、日本産業衛生学会生涯教育委員会委員長、社会歯科学会副理事長などを務める。

 

 

歯科医療を経済から見てみるNo.3 家計調査からみた歯科受診の地域差

「歯科医療を経済から見てみる」というタイトルの連載は、今回で3回目となります。いろいろな経済資料や経済学的観点から、歯科医療を考えていきます。今回も、「家計調査」からですが、居住地域別の歯科受診の特性を見てみました。家計調査は、家計から支払われた金額で示されています。

今回は、2022年の居住地域別の1年間の1世帯当たりの歯科診療代・医科診療代の全世帯平均支出金額および受診回数を居住地域の人口規模別に示しました(下記表参照)。

なお、「大都市」は、政令指定都市および東京都区部、「中都市」は大都市を除く人口15万以上の市で、「小都市A]は人口5万以上の市(大都市、中都市を除く)で、「小都市B・町村]は人口5万未満の市および町村です。

全国のデータを見ますと、医科への受診回数は一世帯当たり、21回であるのに対し、歯科は5.5回でした。また、受診1回あたりの平均支出額は医科で約2,000円であるのに対して歯科は約4,000円でした。このことにより、歯科医療機関での窓口支払い額から見ると、「歯科は高い」という患者さんの思いに共感できると思いました。なお、この支出額には、保険外も含まれていることを考慮してください。

さて、居住地域別のデータについて、最初に支出額をみますと、大都市では24,700円、そして小都市B・町村18,700円であり、人口規模が小さくなるにしたがって減少していくことが分かります。これは医科の支出額も同様でした。

次いで受診回数を見ると、大都市・中都市および小都市では約5.6回であり、あまり差がないことがみえますが、小都市B・町村は4.9回であり、この間に差がみられました。しかし、医科では人口規模が小さくなるのに伴い、若干低下するものの、あまり差はありませんでした。このデータから、小都市B・町村以外では、ある程度、一般的な歯科医療が充足されているとも考えられます。そこで、1受診回数当たりの支出額をみると、大都市のみが4,400円と高く、他は3,800円代でほとんど差がありませんでした。大都市部での支出額が高いのは、保険外診療など影響も考えられますが、他の因子も考えていく必要はありましょう。

以上から、歯科への家計からの支出額は、受診回数と1受診回数当たりの支出額の関係から、居住地別の家計からの歯科支出額の差が見られたと考えられました。新型コロナウイルス感染症の影響がある程度軽減されたと考えて、2022年度のデータを用いました。

このような特徴をご存じであったでしょうか。

「東京歯科保険医新聞」2023年11月1日号(No.644)8面掲載

 

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尾﨑哲則( おざき・てつのり)1983年日本大学歯学部卒業。1987年同大学大学院歯学研究科修了。1998年日本大学歯学部助教授。2002年日本大学歯学部医療人間科学分野教授、日本大学歯学部附属歯科衛生専門学校校長、日本歯科医療管理学会常任理事。2008年日本歯科医療管理学会副会長、2019年日本歯科医療管理学会理事長。ほかに、日本公衆衛生学会理事、日本産業衛生学会生涯教育委員会委員長、社会歯科学会副理事長などを務める。

歯科医療を経済から見てみるNo.2 家計調査からみた歯科関連支出の特性

「歯科医療を経済から見てみる」というタイトルの連載でお話を進めていきます。いろいろな経済資料や経済学的観点から、歯科医療を考えていきます。今回も、「家計調査」からですが、歯科関連支出の特性を見てみました。前回の繰り返しとなりますが、家計調査は、家計から支払われた金額で示されています。

今回は、2022年の1年間の年間収入五分位階級別1世帯当たりの各項目の全世帯平均支出金額との比を図に示しました。ⅠからⅤは、世帯の年間収入による区分で、ⅠからⅤに向かって収入が増加していきます。縦軸は、支払額を平均額に対する比で示しています。平均支出額を1としています。

横軸の項目を見ますと、「」マークがついているものは包括項目です。医薬品はすべての医薬品の総額ですが、その中から感冒薬と胃腸薬を別途に示しています。同様に、保健医療サービスは包括項目で、ここから医科診療代と歯科診療代を別途示しています。歯ブラシは単独の項目として、石けん類・化粧品は包括項目とし、その中から歯磨き(歯磨剤を示します。なお、この項目に入っているのは、設定された時期では、ほとんどの歯磨剤が化粧品歯磨剤であったためです)を特出しています。まったく別途項目として、たばこをあげました。

◆歯科診療代と歯磨剤

まず、見ていただきたいのが歯科診療代です。先月触れたように、収入による支出比が大きいことが、棒グラフ間の傾きが大きいことから見て取れます。すなわち、収入が多い家庭ほど多く支出していることが見られます。歯科関連項目として、歯ブラシと歯磨きを見ますと、両項目とも同様に収入が多い家庭ほど多く支出しています。歯磨きは若干差が弱い項目です。しかし、この2項目を見ると平均支出額(左表参照)で、歯磨き1966円、歯ブラシ3817円と2倍ほどの額ですが、Ⅰ区分とⅤ区分の差は、歯ブラシは1254円、歯磨き1588円で、歯磨きのほうが差は少ない傾向が見られます。これは、多くの日本人が歯磨剤を意識して選択しているためかと思われます。

 

◆医科関連項目の特徴

医科関連項目では、医科診療代に見られるように、収入による差はあまりありません。感冒薬だけ差が出ていますが、胃腸薬は、医薬品全体同様に差はほとんどありません。保健医療サービスもⅤ区分のみが高い傾向はありますが、これは多くの診療行為が国民皆保険制度にカバーされているためと考えられます。

今回、たばこを取り上げましたが、これは、収入が高いⅤ区分が低いのは偶然ではなく、ほぼ毎年見られます。各方向から見ていくと、収入が高い人ほど健康意識が高い傾向が見られます。これについては、歯科診療の際も気にかけていくと良いかもしれません。

いずれにせよ、歯科関連は収入による差が見られる傾向が強く、歯科診療代以外でも日常生活関係からも見られました。

このような特徴をご存じであったでしょうか。

「東京歯科保険医新聞」2023101日号(No.64311面掲載

 

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尾﨑哲則( おざき・てつのり)1983年日本大学歯学部卒業。1987年同大学大学院歯学研究科修了。1998年日本大学歯学部助教授。2002年日本大学歯学部医療人間科学分野教授、日本大学歯学部附属歯科衛生専門学校校長、日本歯科医療管理学会常任理事。2008年日本歯科医療管理学会副会長、2019年日本歯科医療管理学会理事長。ほかに、日本公衆衛生学会理事、日本産業衛生学会生涯教育委員会委員長、社会歯科学会副理事長などを

歯科医療を経済から見てみるNo.1 「家計調査」から歯科医療を見てみると…

歯科医療を経済から見てみる」というタイトルで、5回の連載でお話を進めていく予定です。いろいろな、経済資料や経済学的観点から、歯科医療を考えていきます。今回は、「家計調査」から見てみました。

ところで、「家計調査」をご存じですか?

総務省統計局のホームページから引用すると、「家計調査は、一定の統計上の抽出方法に基づき選定された全国約9000世帯の方々を対象として、家計の収入・支出、貯蓄・負債などを毎月調査しています。家計調査の結果は、我が国の景気動向の把握、生活保護基準の検討、消費者物価指数の品目選定及びウエイト作成などの基礎資料として利用されている」になります。

したがって、国民医療費や医療経済実態調査は、どちらかというと診療側から見ていきますが、この調査は、家計から支払われた金額で示されいます。

今回は、2019年から2022年までの4年間の年間収入五分位階級別1世帯当たり支出金額を12に示しました。ⅠからⅤは、世帯の年間収入による区分で、ⅠからⅤに向かって収入が増加していきます。縦軸は、支払額を円単位で示しています。そのため、医療機関での診療行為に対する支払額を示しますので、国民医療費とは異なり、自費診療分も入りますが、保険診療では一部負担金額になります。歯磨剤や歯ブラシ購入費は、別途項目がありますので入りません。

さて、歯科診療代の年度ごとの平均額は、2019年は18812円、20年は18294円、21年は21441円で、22年は22000円でした。19年から20年で低下し、その後、緩やかに22年に向けて増加しています。

診療報酬改定の年である20年は、通常、家計からの支出も増加が想定されましたが、実際に、減少したことは、新型コロナウイルス感染症の影響を受けたと考えられます。

しかし、特に、見ていただきたいのは、1です。年間収入により歯科診療代に差がみられ、年間収入の区分がⅠからに向けて、歯科診療代が増加している点です。いずれの年もこの傾向を示しており、これは、歯科診療代の特徴です。弾力的な支出項目と言われていますが、世界の先進国では同様な傾向がありますが、保険制度でのカバー範囲が最も多い日本でも、このような差があることは今後も検討していく必要がありましょう。

一方、医科診療代の年度ごとの平均額は、19 年は4374円、20年は4850 円、21年は42344 円で、22年は43727円で、歯科とほぼ同様の傾向を示しています。しかし、年間収入により医科診療代に差がほとんどみられません(2)。

このような、特徴をご存じであったでしょうか。今回は示しませんでしたが、「家計調査」は、地域格差も見ることができるなど、いろいろな分析ができることでも知られています。

 

「東京歯科保険医新聞」202391日号(No.6423面掲載

 


尾﨑哲則( おざき・てつのり)1983年日本大学歯学部卒業。1987年同大学大学院歯学研究科修了。1998年日本大学歯学部助教授。2002年日本大学歯学部医療人間科学分野教授、日本大学歯学部附属歯科衛生専門学校校長、日本歯科医療管理学会常任理事。2008年日本歯科医療管理学会副会長、2019年日本歯科医療管理学会理事長。ほかに、日本公衆衛生学会理事、日本産業衛生学会生涯教育委員会委員長、社会歯科学会副理事長などを歴任。