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第16回 「歯科先進国では〇〇」ってホント?

【日本はもう少し自信を】

よく、「アメリカやスウェーデンなどの歯科先進国に比べると、日本は…」といった、日本を卑下するような論調を聞くことがあります。しかし、「歯科先進国」というのは定義が曖昧で、イメージが先行しているようです。

歯の健康意識や歯科疾患の実態を見ると、日本はもう少し自信を持って良いように思えてきます。

◆「アメリカ人の歯は悪かった」の理由

2015年に「アメリカ人の歯は、イギリス人より悪い」というニュースが話題になりました。国際的な医学雑誌「BMJ」が、同年のクリスマス版(左記表紙参照)で「25歳以上、の成人の欠損歯数を比較したところ、アメリカ7.31本に対して、イギリス6.97本だった」という記事を掲載。各国のメディアが取り上げました。

これがニュースになった理由は、欧米人の間で「イギリス人は、歯の健康に無頓着で、歯が汚い」、「アメリカ人は、歯の健康への意識が高く、歯がキレイ」というのが共通のイメージになっており、予想と異なる結果だったためです。

こうした比較はデータ元によって大きな違いが生まれるものですが、いずれにしても、日本(65〜69歳で平均6.7本、厚生労働省2016年)より良好とはいえない数字です。

アメリカの歯の健康度が低いのは、主として人種間格差によるものと考えられています。白人、アジア系に比べ、ヒスパニック、黒人の健康度が低く、それが全体のレベルも下げている構造になっているのです。公的医療が未整備で、社会経済的なリスクが表面化しやすいと言えます。

◆歯科先進国は18世紀にもあった

「歯科先進国ネタ」は、かなり以前から見られます。18世紀の終わり、ロンドンやバース(日本で言えば熱海のようなところ)で、歯科医院を開業していたシュバリエ・ラスピーニは、イタリアの大学で外科医のライセンスを取ったと宣伝。「イギリスと違い、イタリアやフランスでは、人々の歯への意識が高い」として、イタリア直伝の歯みがきや精油を手広く販売していました。ラスピーニは、インドなどにも通信販売ビジネスを展開し、さらにはフランスの最先端技術だった陶製人工歯のイギリス、アメリカへの伝播にも一役買ったとされています。

当時、イタリアやフランスは先進国で、イギリスなどは辺境の途上国とされました。これらの先進国から来たものであれば、多くの人が競って商品やサービスを購入したため、「イタリア、フランスでは…」が通用したのです。

◆「歯科先進国」の健康意識

歯科先進国の意識の高さを反映するとされる定期受診率も、再検討の余地がありそうです。「スウェーデンでは、国民の歯科保健意識が高く、国民全員が歯科健診を受けている」とされますが、赤司征大氏(ホワイトクロス代表・歯科医師)が、欧州各国における過去1年間の歯科受診経験を比較したところ、デンマーク78%、ドイツ77%などに対して、スウェーデンは71% でした。このうち、予防目的の受診の割合はノルウェーの79%、イギリス72% に対して、スウェーデンは60% でした(『アポロニア21』2016年11月号「安田編集室」)。これを掛け合わせると、予防目的で定期受診しているスウェーデン人は四

2.6%となります。日本の31.3%(日本歯科医師会、2018年)より高いものの、「国民全員」というのとはだいぶ差がありそうです。

あるスウェーデンのインプラント専門医が「インプラントも残存歯に含めることがある」と講演で指摘したのを聞いたことがあります。国際比較では基準を合わせるのも難しいのです。

自分たちの立ち位置を知るために、外国をベンチマークすることには一定の意義があるとは思いますが、実態をきちんと理解した上で議論することが大切ではないかと感じます。

 

【略 歴】水谷惟紗久(みずたに・いさく): 株式会社日本歯科新聞社『アポロニア21 』編集長。1969年生まれ。早稲田大学第一文学部卒。慶応義塾大学大学院修了(文学修士)。早大大学院修了(社会科学修士)。社団法人北里研究所研究員(医史学研究部)を経て、1999 年より現職。著書に「18世紀イギリスのデンティスト」(日本歯科新聞社、2010年)など。2017年大阪歯科大学客員教授。2018年末、下咽頭がんにより声を失う。

第15回 集団免疫と社会保障のシステム

【注目されるその後のスウェーデン】

日本も含めて各国で新型コロナの感染者数が増加。「第3波が到来」との危機感が高まっています。深刻な感染拡大が続いたヨーロッパの中で、これまでロックダウン(都市封鎖)のような強い対策を取ってこなかったスウェーデン政府が、11月16日に「9人以上の集会を禁止」などの行動制限に踏み切りました。緩かった対策の背景には、人口の一定割合が感染すれば、それ以上の感染が広がらないという「集団免疫」への期待もあったとされます。集団免疫への期待は妥当だったのでしょうか。

◆冷静な判断と情報開示!?

スウェーデンは、ヨーロッパ全土でコロナ禍が広がった後も、他国で試みられたような強い措置を取らなかったことが知られています。コンサートなどは中止、映画館でも席を空けて

座るように求めるなど、まったく放置した訳ではないそうですが、飲食店の多くは自粛せずに営業を続けました。

結果、感染者数、死者数が周辺諸国より高い状態が続き、10月までの人口10万人対累積死者数はノルウェーの11倍、フィンランドの9倍に上っています(ジョンズ・ホプキンス大学)。

無為無策のように批判されたスウェーデンですが、7月17日には政府が「わが国は新型コロナウイルスに対する集団免疫を獲得したようだ」と発表。それまで北欧で問題児とされた防疫施策が、一転して評価されるようになりました。

特筆すべきなのは、学校が通常通り授業を続けたことです。「防疫上のリスクを考慮しても、学ぶ権利を侵害する事態ではない」と判断されたそうですが、新型コロナウイルスについては、若年層の感染・重症化リスクが低いことは、当然、考慮されたものと考えられ、その意味では冷静な判断がなされたといえるでしょう。

「集団免疫宣言」の後、世界中のメディアが「ひょっとして、スウェーデンの方策は正しかったのではないか」と論評を始めました。日本では、「スウェーデン政府は、悪い情報も含めて情報開示して国民からの信頼が高かった」と、日本政府の隠蔽体質を暗に批判する論調も見られました。

しかし、10月以降の感染再拡大により、ついに強い措置(それでも、周辺諸国よりは緩いが…)に踏み切らざるを得なかったということです。

◆医療改革で「制度のはざま」に

ただし、スウェーデン政府が未知のウイルス感染症に対しても、積極的で大規模な措置を講じなかった理由を考える必要があります。

スウェーデンでは、1922年のエーデル改革によって、「医療はランスティング(県)」、「介護福祉はコミューン( 市町村)」と、運営主体と財源を整理しました(下記表を参照)。ハーバード大学公衆衛生学大学院のデービッド・ジョーンズ氏らが「ランセット」(2020年9月19日)に掲載した論文「集団免疫の歴史」では、今を去ること110年前、1910年に起こった家畜の集団流産に始まり、その後、ヒトのジフテリアから学問的に観察されるようになった集団免疫について論述した上で、ワクチンなどがない段階では、人々の接触を減らすなどの措置が優先されるべきで、人々を感染させても構わないとする集団免疫を目指す施策は難しいと指摘しています。

現在も世界各地で「みんなで免疫を付ければ良いのだ」と、集団免疫を目指そうという人々がいるのは事実です。しかし、こうしたことは、公衆衛生の専門家から見れば望ましくないのかもしれません。

 

【略 歴】水谷惟紗久(みずたに・いさく): 株式会社日本歯科新聞社『アポロニア21 』編集長。1969年生まれ。早稲田大学第一文学部卒。慶応義塾大学大学院修了(文学修士)。早大大学院修了(社会科学修士)。社団法人北里研究所研究員(医史学研究部)を経て、1999 年より現職。著書に「18世紀イギリスのデンティスト」(日本歯科新聞社、2010年)など。2017年大阪歯科大学客員教授。2018年末、下咽頭がんにより声を失う。

第14回 その後の歯科医師需給問題はどうなっている?

【歯科医師削減の先行例、オランダはいま】

◆歯科衛生士がう蝕治療

日本歯科医師会が、人口10万人当たりの理想的な歯科医師数として考えているのは50人台だとされています。これは、小児う蝕の蔓延に対して、歯科医師数が不足していた頃の数字で、現在、オランダが同程度となっています。

当然、オランダでは深刻な歯科医師不足となっており、ドイツなどEU圏内の諸国から歯科医師を受け入れて来ました。しかし、外国人歯科医師は数年で帰国してしまう傾向にあるため2020年から歯科衛生士が簡単な歯科治療を行う制度がスタートしました。

政策決定の段階で「タービン、抜歯鉗子を持たせるのか?」と話題になりましたが、そこまでではなく、C1程度の初期う蝕の治療が歯科衛生士業務となったのです。エア・アブレージョンの技術革新で非切削によるう蝕治療が可能になったことが、制度改革を後押しした面もあるようです。

う蝕、歯周病の大半の治療、メインテナンスを歯科衛生士業務とし、歯科医師は、より高度で難易度の高い診断、治療に特化する方向性といえます。

◆日本で歯学部廃止はありうるか

なぜ、オランダは歯科医師業務の見直しを迫られるまで歯科医師不足になったのでしょうか。

「むし歯、欠損が減れば歯科医療が縮小する」と予測し、歯科大学の廃止に踏み切ったものの、予想に反し、歯周管理や摂食機能療法、口腔がんへの対応など、歯科医療需要がむしろ拡大したのが最大の原因でしょう。

もともと、オランダは日本以上の歯科医師過剰国として知られていました。そこで、暫定的にすべての歯科大学を閉鎖。その後、四校だけを再び開設して調整した経緯があります。

こうした大がかりな調整は、教育システムへの国家の関与の度合いが大きいから可能になったことであり、学校経営の独立性の高い私立大学が歯科医師育成の主軸を担っている日本とは明らかに風土が違います。私立大学の場合、学校運営上、国の施策だとしても簡単には定員削減には応じられないためです。

日本でも1990年代、歯科医師需給問題が真剣に議論されました(左記の入学定員削減状況の表参照)。その際、対応策とされたのが以下の三つです。

①歯科大学の定員削減

②歯科医師国家試験の難関化

③(保険医)定年制

その後、実現したのは歯科大学の定員削減、歯科国試の難関化に限られます。

定員削減の一方で、多くの国立大学の歯学部附属病院が医学部に吸収され、基礎系科目の共通化なども進みました。また、高齢化の影響もあって医科との連携が必須となり、国家試験でも医科準用の問題が増えました。歯学部の医学部化が進んだのは事実でしょう。

オランダのように、一時的とはいえ完全に歯学部を廃止してしまうと、その後、歯科医療の業態が多様化して需要が拡大しても対応が難しくなって来ますから、現実的な処方箋が求められます。

医学部化が難しい単科大学では、「母国での受験失敗組を含む留学生枠を拡充」(神歯大)、「幅広く医療関連の専門職大学を目指す」(大歯大)など、国内の歯科医師育成だけに留まらない領域を拡大し始めています。

 

【略 歴】水谷惟紗久(みずたに・いさく): 株式会社日本歯科新聞社『アポロニア21 』編集長。1969年生まれ。早稲田大学第一文学部卒。慶応義塾大学大学院修了(文学修士)。早大大学院修了(社会科学修士)。社団法人北里研究所研究員(医史学研究部)を経て、1999 年より現職。著書に「18世紀イギリスのデンティスト」(日本歯科新聞社、2010年)など。2017年大阪歯科大学客員教授。2018年末、下咽頭がんにより声を失う。

第13回 個別指導・監査はなぜ必要か

【悪質な逸脱を未然に防ぐ仕組みは?】

個別指導、監査の現行制度を批判する意見の中に、「戦前の行政手続がそのまま残されている」というものがあります。多くの保険医にとって恐怖の対象である個別指導、監査は、何が根本的な問題なのでしょうか。

◆個別指導、監査の運用改善

戦前の法制度では、行政官の裁量権が広く解釈されており、行政手続の権限を制限する仕組みも未整備だったとされますが、健康保険制度では、戦前の制度が現在まで引き続いているとの指摘があります。例えば、

①個別指導で「いつでも監査に移行するぞ」と脅す

②理由なく頻繁に指導を中断して精神的に圧迫する

③「お土産」的意味合いでの自主返還を暗に求める

などの事例は、「厚生労働行政の組織が戦前の制度を引きずっていて、警察官が検事や裁判官を兼ねているようなものだから」との指摘もあります。

こうした健康保険法の不備を改善して、保険医、保険医療機関の権利を守るべく活動している健康保険法改正研究会(石川善一、井上清成共同代表)は、弁護士が積極的に個別指導、監査に関与する活動を推進しています。

同研究会では、個別指導と監査を峻別し、「懇切丁寧を旨とする個別指導」と「行政処分の意味合いがあり証拠保全、尋問などが必要となる監査」とは、担当者も分けるべきだと主張しています。さらに、請求ルールからの逸脱の程度と、それによる処分の重さとのバランスを取るよう、求めています。実際には、そうした制度そのものを変えることには相当なハードルがありますが、現行制度のもとでも経験値の高い弁護士が関わることで保険医、保険医療機関の利益が守られる面も大きいようです。

◆いっそ、公営医療にしてみたら…

歯科メディアで仕事をしていると、「〇〇県で、個別指導で自殺者が出たようだ」などの話が寄せられることがあります。自殺と個別指導との因果関係が明確でなければ、報道は難しいため、こうした情報のほとんどが「お蔵入り」となります。しかし、その傍らで「そもそも、なぜ厚労省がこうした監視を行う必要があるのか」と疑問を持ちました。

保険制度は、原則的には保険者と医療側との契約なので、両者間の契約違反があれば契約解除、賠償請求というルールさえあれば良いはずです。しかし、日本では多額の公費が充当されているため、保険点数の改定、保険ルールの監視も行政が行う仕組みになっています。

さらに、時々、指導医療官の一部も豪語するように「オレたちが医療費削減の役割を担う」という意味合いも、あるのかもしれません。

本当に国が関与するのであれば、イギリスや北欧のような公営医療(NHS)の仕組みとして、年間予算の範囲で医療提供すれば、指導の行き過ぎはなくなるかもしれませんが、本

当にそれが医療従事者にとっても、患者さんにとっても、幸せなことかといえば疑問も残ります。

自由開業医制の良さを生かすためにも、ルールからの逸脱を予防し、「本当のワル」のみを未然に排除する仕組みを改めて模索する時期に来ているかもしれません。

 

【略 歴】水谷惟紗久(みずたに・いさく): 株式会社日本歯科新聞社『アポロニア21 』編集長。1969年生まれ。早稲田大学第一文学部卒。慶応義塾大学大学院修了(文学修士)。早大大学院修了(社会科学修士)。社団法人北里研究所研究員(医史学研究部)を経て、1999 年より現職。著書に「18世紀イギリスのデンティスト」(日本歯科新聞社、2010年)など。2017年大阪歯科大学客員教授。2018年末、下咽頭がんにより声を失う。

第12回 医療保険ではちゃんとした治療ができない?

【保険診療の憲法上の根拠は第13条の幸福追求権】

よく、「保険ではちゃんとした治療ができない」、「保険診療は貧困層向け」という考えを示す歯科医師がいます。

しかし、不思議なことに、医科では、そういった声を聞くことはめったにありません。これは、なぜなのでしょうか。

保険診療の質に懐疑的な歯科医療従事者の多くは、公的医療保険制度が社会保障の1つという点から、「保険診療の憲法上の根拠は、憲法第25条の生存権だ」と考えているようです。しかし、憲法第25条は、生活保護(と、これに付随する医療給付など)に関する規定だとされています。

仮に、保険診療が生存権によるものだとすれば、1億円を超えるような高額な薬剤が収載されたり、貴金属を使用しているのに歯科医療従事者の評判が悪い「金パラ」で歯冠修復したりする必要はないはずです。

◆二木氏による「幸福追求権」とは

医療経済学者の二木立氏( 日本福祉大学名誉教授)は、保険制度を議論する際の大前提として、「保険診療の憲法上の根拠は、第十三条の幸福追求権だ」と説明します。

幸福追求権は、プライバシー権などで持ち出されることが多い比較的新しい人権ですが、質の高い保険診療が担保されるための権利だと言えます。

さらに二木氏によれば、「過去、医療費の削減を進めた政権でも、最適な医療保障という基本を外れたことはない」とのこと。日本の医療政策が「保険診療は最低限の医療」という考え方で実施されたことはないというのです。

◆「救貧法」の原則

保険診療を含めた社会保障を、貧困者向けの最低保障と見なすか、高度な質を保証するべきと考えるかは、各国の社会制度の成立過程によって違います。

例えば、地域包括ケアシステムを比較すると、イギリス、アメリカ、カナダなどは貧困者救済のニュアンスが強く出る傾向にあります。いずれの組織も対象者を厳しく絞り、徹底して費用対効果を重視します。

カナダ・ケベック州を中心とするケア組織「PRISMA」の担当者によれば、地域包括ケアシステムの「顧客」はサービス利用者ではないとのことで、納税者である地域住民の負担軽減のための活動と位置づけています。

どの組織も対象は主に貧困層。日本のように地域の高齢者全員を見守るという発想は希薄です。これらアングロサクソン系の国は、エリザベスⅠ世時代(17世紀初め)の救貧法(Poor Laws)からの伝統で、地域の貧困は地域の責任、貧困者への給付は必要最小限に、という原則が出来上がってきました。その後、大きな改正を経たものの、こうした原則が、社会保障の考え方に大きく影響しているものと考えられます。

そのため、公営医療(NHS)を持つイギリスにしても、民間保険中心のアメリカにしても、「必要最小限の給付が望ましい」とする発想は共通しているようです。

これに対して、幸福追求権を根拠として公的医療保険制度を運営している日本では、患者さんにとって最適、最良の医療を提供することが求められます。

 

【略 歴】水谷惟紗久(みずたに・いさく): 株式会社日本歯科新聞社『アポロニア21 』編集長。1969年生まれ。早稲田大学第一文学部卒。慶応義塾大学大学院修了(文学修士)。早大大学院修了(社会科学修士)。社団法人北里研究所研究員(医史学研究部)を経て、1999 年より現職。著書に「18世紀イギリスのデンティスト」(日本歯科新聞社、2010年)など。2017年大阪歯科大学客員教授。2018年末、下咽頭がんにより声を失う。

第11回 なぜ、 歯科を給付しない国が多いか?

【歯科疾患は罹患者数が多く社会の損失も大きい】

2019年に、国際的な影響力のある医学雑誌「ランセット」が口腔保健の特集を掲載しました。その際、「歯科疾患は罹患者数が多く、社会の損失も大きいのに、各国政府は無視してきた」と指摘しました。これは、「公的医療システムでの歯科給付が必要だ」との訴えです。

では、なぜ歯科を給付しない国が多かったのでしょうか。

◆「治す医療」が給付対象

ヨーロッパを見ると、日本と似た構造を持つドイツなどは成人にも歯科給付がなされますが、租税を財源に公営医療を運営するイギリスや北欧諸国の歯科給付は原則、未成年まで。南欧諸国では、それすらも一般的ではありません。

近年では、歯周病や根尖病巣などの歯科疾患が、他の臓器にも影響することが知られるようになりました。このことは、医療制度の中に歯科給付を位置付けていく方向性にあると見られますが、長らく、「歯科治療はぜいたく品であり、公的給付になじまない」という考え方があったのは事実のようです。

そのため、成人の歯冠修復は公的給付の対象外で、給付対象となる未成年でも、ステンレススチールの乳歯冠などが一般的だったなど、徹底的にコストカットが図られてきました。これらは、かなりの富裕国でも見られる傾向のため、財政難が理由ではなさそうです。

1つ考えられるのは、公的医療システムが「治すための医療」を給付するように設計されてきたのに対し、歯科医療が、必ずしも「治す」ことだけに留まらない性質を持っていたことが挙げられます。

最初に公的医療システムが整備された1920年代、医療技術はまだまだ未発達な状態で、日本を含め、怪我や病気になった場合の所得補償(傷病手当)が、保険給付の主軸に据えられました。

その後、1940年代以降に公営医療が整備された頃には、医療技術の発達により、病院や保健所などでの傷病治療への給付ができるようになります。

こうして「治す医療」の発展と同時に、医療保険制度が整備されてきましたが、歯科は、必ずしも「治す」ことをゴールにしておらず、病院や保健所でのサービス提供にもなじまなかったといえます。

◆「補綴を含めてこそ」という主張

歯科医療従事者の中にも「欠損補綴や歯冠修復は修理(直す)であって、治療(治す)ではない」と考える人が少なくありません。矯正の対象となる歯列異常も、医学的な定義はまちまちで、医療現場ですら「正常でないから異常だ」という循環論法がまかり通っています。 さらには、「最終補綴」といった用語に見られるように、何かの完成品をセットすることをゴールと考える向きもあり、術後管理、経過観察といった、「治す医療」で一般的なあり方とは一定の距離があったのも事実でしょう。

そのため、公的医療システムに、歯科をフルカバーで入れる国が少なかったのではないかと考えられます。

翻って、日本で成人の欠損補綴も含めた給付が行われてきた背景には、保険制度発足当初から、歯科医師会などからの「補綴を含めてこその歯科医療」との主張が強かった点が挙げられます。

現在、諸外国で拡充が検討されているのは、欠損補綴よりも歯科検診や口腔ケアなどの予防管理、歯周疾患や根尖病巣などの慢性炎症対策が主軸になっているようです。

 

【略 歴】水谷惟紗久(みずたに・いさく): 株式会社日本歯科新聞社『アポロニア21 』編集長。1969年生まれ。早稲田大学第一文学部卒。慶応義塾大学大学院修了(文学修士)。早大大学院修了(社会科学修士)。社団法人北里研究所研究員(医史学研究部)を経て、1999 年より現職。著書に「18世紀イギリスのデンティスト」(日本歯科新聞社、2010年)など。2017年大阪歯科大学客員教授。2018年末、下咽頭がんにより声を失う。

第10回 「患者負担無料化」に関する効果とコスト考

医療従事者と社会保障政策研究者の見解】

日本では、保険診療を受診する際、患者さんが窓口負担を支払う仕組みを採用しています。 この窓口負担を軽減すれば、経済的理由による受診抑制がなくなり、健康格差が是正されるはずだ、との考え方があります。今回は、この効果と、そうした「患者負担無料化」のコストを誰が支払うのか、などについて考えてみます。

◆患者負担無料化と予防意識の関係

東京歯科保険医協会では、小児の患者負担がない東京23区と、一部負担のある多摩地域での口腔の健康状態を比較。患者負担がない23区のほうが健康の度合いが高いことを示唆しました(2018年発表)。

このように、患者負担を軽減、またはゼロ負担にすることが望ましいという考え方が医療従事者の間に多く見られますが、社会保障政策の研究者からは、疑問の声が呈されることがあります。例えば、慶応大学総合政策学部教授(政策科学)で、元中医協委員の印南一路氏は、「患者負担軽減策は良いが、ゼロ負担はバラマキに過ぎず、健康増進に寄与しない」と批判しており、一定の支持を得ています。

窓口負担の軽減が受診抑制を緩和する一方で、完全に「タダ」にしてしまうと、健康づくり、予防への動機づけがなくなってしまうことも事実のようです。実際、23区内の子どもが歯科受診する際、まったくお金を持ってこない場合も少なくなく、TBIで推奨する歯ブラシを購入させることもできないという話を聞きました。

歯科診療所側では、窓口負担に関係なく診療報酬単価は変わりませんから、予防を徹底しなくても収益面では困りません。そのため、「また、悪くなったら来てください」で済ませてしまう歯科診療所が多くなるのではないかという懸念があります。

京都市では、小児へのむし歯治療(=予防ではない)の無料化が早くから実施されていますが、当初から「予防へのインセンティブが弱まる」という批判が見られました。

◆予防コストを診療所が負担

実は、無料化と予防への動機づけを両立させるために、「むし歯になったら、歯科診療所が損をする」というシステムを採用している国があります。

スウェーデンは、未成年(対象年齢は23歳まで/2019年から)の歯科の自己負担が無料ですが、そのコストの大半は歯科診療所が担っている構造です。ストックホルム市開業のヘーク・利香氏によれば、「地域住民の保健医療に責任を持つランスティンゲット(県に相当)から、子ども1人について人頭割りで歯科診療所に払われる健診料(約1万円)が、小児の診療報酬のすべて」とのことです。

この費用の範囲で詳細な定期健診を行い、もし、受け持ちの子どもが歯科疾患を発症したら、治療費は診療所の持ち出しとされています。健診だけでも年間1万円でペイできるとは思えませんが、むし歯治療が必要になれば大変な損失になります。時折、「スウェーデンの歯科医師は予防に熱心で」などといわれますが、そうしなければ大赤字になってしまうのです。

このように、「誰がコストを負担するのか」によって、制度の在り方が大きく変わることがあります。

 

【略 歴】水谷惟紗久(みずたに・いさく): 株式会社日本歯科新聞社『アポロニア21 』編集長。1969年生まれ。早稲田大学第一文学部卒。慶応義塾大学大学院修了(文学修士)。早大大学院修了(社会科学修士)。社団法人北里研究所研究員(医史学研究部)を経て、1999 年より現職。著書に「18世紀イギリスのデンティスト」(日本歯科新聞社、2010年)など。2017年大阪歯科大学客員教授。2018年末、下咽頭がんにより声を失う。

第9回 新型コロナ感染症に見る/医療システムに優劣はあるか?

【後の明暗を分けた感染防止の初動対策】

新型コロナウイルス感染症(COVID―19)の拡大防止にいち早く成功した国と、多くの犠牲者を生んだり深刻な経済不安を招いたりしている国の間で明暗が分かれています。それらの違いは、医療システムの優劣で説明できるでしょうか?

◆慢性疾患がメインターゲットに

新型コロナ対応は、通常の医療とは異なる社会インフラ(警察や軍隊など)も動員される「防疫」で、医療システムの力量をそのまま反映する訳ではありません。

とはいえ、「医療システムの充実したヨーロッパで、なぜ多数の死者が」という疑問を多くの人が抱いたのは不思議なことではありません。

治療薬が存在しない段階では、どの国でも可能な措置は隔離、行動制限などだけですが、「入院施設が足りない」、「検査キットが足りない」といった問題が噴出したことには、理由があります。

◆医療財政危機時のヨーロッパ諸国の対応

医療財政の危機に陥った1970年代以降のヨーロッパ諸国は、「いかに医療資源を使わせないようにするか」を追求してきたといっても過言ではありません。

◆非感染性疾患群

さらには、世界的な保健上の最大の問題となったのは、生活習慣に起因する非感染性疾患群(NCDs)で、世界保健機関(WHO)は、これまでもそうした慢性疾患に重点を置いて

きました。

このNCDsの多くは完治が期待しにくい複合的な病気であり、個々の生活習慣に起因するところが大きい分、予防も困難です。そこで、医療改革の目標は、以下の2点が中心となりました。

①多少の病気でも元気に過ごせる「健康寿命」を伸ばす。

②病床配置のムダを削減して医療費を効率的に配分する。

途上国の急性感染症そうした中、ややもすると「途上国で起きる他人事」と思われてきた急性感染症は、大きな盲点だったのです。

◆医療システムの3つのモデルと特色

現在のヨーロッパ諸国の医療システムは、歯科を含めて3つのモデルに分類できます。日本は1920年代にビスマルクモデル採用。

  • ノルディックモデル:イギリス、北欧など。税金を財源として政府機関が運営する国営医療で、比較的手厚い給付。未成年の歯科治療は全額給付。

②南欧モデル:スペイン、イタリアなど。イギリス型の国営医療がモデルだが、予算の関係で貧困層向けの医療給付に偏る。そのため、歯科給付はほとんどない。

③ビスマルクモデル=ドイツ、スイス、オランダなど。社会保険料を財源として診療側と保険者の調整で運営されており、比較的手厚い給付。成人の歯科治療費も給付する国が多い。

日本は、1920年代から③に分類される医療システムを持っていますが、各国とも、国内事情を反映して設立当初とは大きく変化させてきました。

ビスマルクモデルの国も、保険者の運営が難しくなって公費が充当されると、イギリス並みの国家管理が導入されるようになっています。

◆医療制度が変わる?

世界各国の医療システムは、慢性疾患や高齢化に向けて最適化されてきました。仮に、COVID―19で痛手を受けたとしても、急性感染症をメインターゲットとするような改革はなされないのではないでしょうか。

 

【略 歴】水谷惟紗久(みずたに・いさく): 株式会社日本歯科新聞社『アポロニア21 』編集長。1969年生まれ。早稲田大学第一文学部卒。慶応義塾大学大学院修了(文学修士)。早大大学院修了(社会科学修士)。社団法人北里研究所研究員(医史学研究部)を経て、1999 年より現職。著書に「18世紀イギリスのデンティスト」(日本歯科新聞社、2010年)など。2017年大阪歯科大学客員教授。2018年末、下咽頭がんにより声を失う。

第8回 大規模な防疫は医療か?

防疫対策で費用対効果を考えることは困難】

◆「新型コロナ対策」に関する費用対効果 

感染症や精神病にかかった人を隔離することは、病院が出来た当初の役割の中心でした。これらの防疫を実施するのは、必ずしも医療従事者とは限りません。

実際、明治時代の日本でコレラが流行した際、病人を見つけて「避病院」という隔離施設に連行するのは警察の役割でした。

大規模感染症は「社会全体の脅威」ですから、個々の患者さんが治るかどうかは大きな問題ではなく、感染を広げないことが防疫の第一命題。つまり、通常の医療と防疫は質的に異なっているのです。通常の医療は「商品」だからこそ、費用対効果の考慮が重要です。

一方、警察、場合によっては軍隊も関わるような防疫では、中国で叫ばれた「防疫戦争に勝ち抜け!」というスローガンに象徴されるように、費用対効果を考えるのは困難です。ドイツやイギリスでは「新型コロナウイルスに国民の大多数を感染させ、集団免疫を得てはどうか?」という施策が検討されたりしました。

このように膨大な損害を許容しうるのも、防疫が戦争に近いものだからだといえます。「ポストコロナ」の社会はCOVID―19流行の前後で、医療を含めた社会のあり方が大きく変貌するのは確実だと思われます。

小社では、WEB会議システムの「ZOOM」を使ったWEB取材が増えてきています。歯科診療所では、遠隔診療をはじめ医療現場でのスマホの活用が大幅に拡大する可能性があります。

遠隔診療には「近隣のクリニックを受診する人が減る」という懸念がある一方、今後、歯科診療所数が急速に減少すると予測される地域での訪問診療や巡回診療などでの活用が期待され、全体的には、医療の費用対効果を改善する方策と見る向きもあります。

また、新型コロナウイルスのワクチン開発を切望する声が日増しに高まっています。日本は、ワクチンの普及に慎重な国として知られていますが、「インフルエンザなどでの定期接種を拡充すべきだ」との意見も見られます。ワクチン慎重論の根拠は「副反応で苦しむ人がいる」というものですが、ヨーロッパで浮上した集団免疫の考え方からすれば「社会のためだ。個人の都合など知らない」という極論もまかり通ってしまうかもしれません。ワクチンとは人工的な集団免疫に他ならないからです。

これから先、「ポストコロナ」の社会が、人々にとって住みにくいものにならず、新しい可能性を拓くものであることを祈りたいと思っています。

 

【略 歴】水谷惟紗久(みずたに・いさく): 株式会社日本歯科新聞社『アポロニア21 』編集長。1969年生まれ。早稲田大学第一文学部卒。慶応義塾大学大学院修了(文学修士)。早大大学院修了(社会科学修士)。社団法人北里研究所研究員(医史学研究部)を経て、1999 年より現職。著書に「18世紀イギリスのデンティスト」(日本歯科新聞社、2010年)など。2017年大阪歯科大学客員教授。2018年末、下咽頭がんにより声を失う。

第7回 世界的な感染拡大をプラスに転じる

【危機感だけでなく将来の可能性にも目を向ける】

新型コロナウイルス感染症(以下、「COVID―19」)の拡大が止まりません。歯科医療界でも、大規模なデンタルショーや学会などが軒並み中止となり、歯科大学の卒業式も中止、規模縮小などが相次いでいます。

こうした事態に対し、WHO(世界保健機関)はパンデミックを宣言。2019年3月25日には「不要不急の外出を控えてほしい」との小池百合子東京都知事の発言が、都民に緊張感を与えました。

一方、権威ある学術雑誌を含め、これまでとは想像できないほどのスピードで、次々に感染経路、病態の変化、予防法、治療法などについての情報発信が続いています。

◆黒死病で整った社会制度

中でも、中国大陸とシンガポールからの発信が目立ちますが、防疫施策では遅れが指摘された中国が、その一方で冷静な目で状況を把握し、膨大な医学業績を蓄積しつつあることは注目に値します。

感染症対策に限らず、社会的に大きなインパクトのある事故や災害が発生した場合、継続的なデータ収集と分析が、その後の対応に活かされることが多いもの。特に、今回のCOVID―19では、台湾政府の対応が適切、迅速、徹底的だとして高く評価されています。これは、過去のSARS対策での苦い経験を踏まえたものと言われています。

ヨーロッパの代表的な防疫施策は、いずれも14世紀から19世紀まで断続的に流行した黒死病(現在では、ペストだけではないとされている)への対策がルーツです。代表格は以下の3つで、現在の感染対策に反映されています。

①汚染地域からの人や荷物を一定期間、上陸させないで監視する検疫(イタリア)

②地域の衛生行政のセンターとなる保健所(フランス)

③住民の死因を記録、発表 する死亡統計表(イギリス)

◆「歯の病気」が死亡統計表に

死亡統計表は19世紀初頭まで断続的に発行され、その後の疫学調査やエビデンスに基づく医療・保健に直結しました。

ロンドンとその周辺において、最小の行政単位である教区ごとに毎週木曜日に発行され、一般の人も読むことができました。

当初、ペストでの死亡者数の変化を追うことで、危険な地域を特定することが目的でしたが、ペストの流行が一段落すると、別の死因が数多く記録されるようになります。例えば、17〜18世紀の記録に「Teeth」と「Dentition」との記録が非常に多く見られます(厳密には歯科疾患ではなく、乳歯萌出時の胃腸疾患)。この病気での死亡者数が、17世紀の資料ではペストなどと同程度だったことが分かります。

これらを記録したのは、教区の事務官です。そのため「医師でない素人による記録」だとされ、死因統計に用いられにくかった資料です。しかし、それら素人が100年単位で記録し続けた伝統が、大規模な疫学調査を可能にしたことが重要といえます。その後、コレラや壊血病の予防につながる疫学研究で、イギリスが世界をリードしたのは、こうした統計の経験があったからに他なりません。

現在、われわれを苦しめるCOVID―19の感染拡大も、社会に新たな仕組みや技術をもたらしてくれるかもしれません。危機感に煽られるだけでなく、そうした将来の可能性にも目を向けておきたいものです。

 

【略 歴】水谷惟紗久(みずたに・いさく): 株式会社日本歯科新聞社『アポロニア21 』編集長。1969年生まれ。早稲田大学第一文学部卒。慶応義塾大学大学院修了(文学修士)。早大大学院修了(社会科学修士)。社団法人北里研究所研究員(医史学研究部)を経て、1999 年より現職。著書に「18世紀イギリスのデンティスト」(日本歯科新聞社、2010年)など。2017年大阪歯科大学客員教授。2018年末、下咽頭がんにより声を失う。

第6回 感染症が18世紀の歯科を発展させた

◆「隔離」は医療の原点なのか?

新型コロナウイルス肺炎の広がりが連日報道され、街を行き交う人の多くがマスクを着用しています。2019年2月15、16日開催の中部デンタルショーでも、出展関係者全員へのマスク着用の指示があったということです。

18世紀までヨーロッパにおける病院の役割の中心は、「治療」ではなく感染症や精神疾患の患者、貧困者の「隔離」にあったと聞いて、「今ほど肌感覚で理解できることはないかもしれない」と感じました。

現在の中国・武漢市で、短期間に隔離用の病院を作ったことが話題になっていますが、これは、伝統的な病院の役割に即したものとも言えます。

◆島国の日本特有の感染症観

ややもすると、島国の日本は「伝染病は外から来るもの」という意識が強く、いまだに「武漢に立ち寄った人がハイリスク」という前提の水際作戦を重視していますが、二次感染以降の国内感染が確認されている現在、対応のフェイズが変わりました。むしろ、「あらゆる人から感染源が持ち込まれる」という前提での感染経路の遮断が必要です。 

特に、日本の歯科医療現場では、目を覆うゴーグルの普及が思うように進んでいませんが、歯科医療はさまざまなエアロゾル手技を伴いますから、今後、目の粘膜保護が重視されていくと考えられます。

一方で、アメリカでインフルエンザが猛威をふるっているのに、日本ではインフルエンザの感染者が、今年に入って少ないのは、「新型肺炎ショック」によって人々の衛生意識が高まったからではないか、とも言えそうです。

「病気は外国から」、という風潮は、18世紀のイギリスでも顕著に見られました。当時、梅毒がイギリスとフランスという長く敵対してきた両国で大流行。すでに、一種の「花柳病」というイメージが強くありましたが、イギリスでは「フランス病」(フランス人からうつされた)、フランスでは「イギリス病」(イギリス人が持ち込んだ)という、まさに被害者意識丸出しのネーミングで呼び合っていました。

◆梅毒の広がりで欠損補綴が発展した

イギリス、特にロンドンで大流行したのは、「梅毒になると、ペストにならない」という俗説を信じ込んだ紳士らが、梅毒をうつしてもらおうとして、売春宿に殺到したためともいわれています。

梅毒は、重症化すると鼻などが破壊されてしまいますから、同時代の両国の義歯の画像を見ると、鼻や唇に補綴をしたり、口蓋を塞ぐ装置などがセットされている大がかりなものが珍しくありません。

当時の欠損補綴症例は、むし歯や歯周病によるものだけでなく、梅毒由来のものも少なくなかったと思われます。

こうして、大規模な欠損に対応した高度な補綴技術が発展した、とも言えそうですが、これらは「見た目を整えるもの」に過ぎず、咀嚼をサポートする機能は期待されていなかったようです。

今回の感染症騒ぎは、さまざまな面で近代医療の出発点を顧みる機会になっていると感じます。

 

【略 歴】水谷惟紗久(みずたに・いさく): 株式会社日本歯科新聞社『アポロニア21 』編集長。1969年生まれ。早稲田大学第一文学部卒。慶応義塾大学大学院修了(文学修士)。早大大学院修了(社会科学修士)。社団法人北里研究所研究員(医史学研究部)を経て、1999 年より現職。著書に「18世紀イギリスのデンティスト」(日本歯科新聞社、2010年)など。2017年大阪歯科大学客員教授。2018年末、下咽頭がんにより声を失う。

第5回 歯科が家庭医機能を果たす時代 !?

◆途上国でインプラントが流行

それぞれの社会で必要とされる歯科医療と、実際に提供されているものとの間が、かなりかけ離れていて驚ろかされることがあります。例えば、深刻な歯科医療従事者不足が問題になっているカンボジアで、大半の歯科医師の関心事はインプラント。急増するう蝕の予防には、高いニーズがあるはずなのに、関心を持たないのだそうです。

世界保健機関(WHO)の数少ない歯科医官として、口腔保健の普及に当たっている牧野由佳氏(アフリカ地域事務所)によれば、口腔保健を途上国でも定着させていくために必要ことは、以下の3点。

①基本的なサービスへのアクセスの確保

②住民のニーズに合った人材の育成

③予防、治療の金銭的負担の軽減

つまり、小児う蝕が急増して予防が急務なのに、インプラントばかり追求しているカンボジアは、②の条件を満たしていないことになります。

また、CAD/CAM冠の技工というと、技術そのものは先進国的ですが、実は、ニーズがあるのは途上国の方です。先進国には、効率的に治療しなければならない大規模な欠損などは稀だからです。これらも、ある意味では、普及している地域とニーズのある地域が噛み合わない歯科医療と言えるかもしれません。

◆歯科への要請は家庭医の機能

では、現在の日本では何が求められるのでしょうか。結論から言えば、全身疾患を早期発見する役割が求められていると考えられます。

歯科医師国家試験でも、医科領域の問題が増えており、歯科と医科の境界が急速に薄まっている印象です。歯科医院でも医科疾患に対処する必要が出てきたためだと考えられます。 次の診療報酬改定で、二百床を超える病院への初診、再診で紹介状がない場合には追加負担が求められるようになります。これは、まずは家庭医を受診する流れを強化し、すでにパンク状態にある大病院の診療機能を改善しようとする政策です。

日本は、イギリスや北欧諸国と異なり、家庭医を独途上国でインプラントが流行立して育成してきた歴史が浅く、「もとは何かの専門医だった家庭医」がプライマリ・ケアを担う構造になっています。そのため、充分なスクリーニング機能が果たせず、誤診や見落としのリスクが懸念されます。

実際、私自身も、喉の痛みや出血に悩んで街の二カ所のクリニックを受診しましたが、「風邪」、「心理的な問題」などの診断。結局、自分の判断で近隣の病院で検査を受け、進行がんが見つかりました。

家庭医への受診を促して機能分化を推進するのは、医療費削減の上でも避けて通れないものの、肝心の家庭医が地域にいない、というのが日本の現状だと言えます。そこで、既存の医療機関が、個々に家庭医機能を高めていくよう求められます。これは、歯科でも例外ではなく、例えば、口腔の状況から全身疾患の徴候を判別する能力が要求されます。

 

【略 歴】水谷惟紗久(みずたに・いさく): 株式会社日本歯科新聞社『アポロニア21 』編集長。1969年生まれ。早稲田大学第一文学部卒。慶応義塾大学大学院修了(文学修士)。早大大学院修了(社会科学修士)。社団法人北里研究所研究員(医史学研究部)を経て、1999 年より現職。著書に「18世紀イギリスのデンティスト」(日本歯科新聞社、2010年)など。2017年大阪歯科大学客員教授。2018年末、下咽頭がんにより声を失う。

第4回 「21世紀は歯科の時代」その歴史的根拠

◆「歯科を排除」という都市伝説

世界的に、「歯科は医科から排除された」という「都市伝説」があります。これは、歴史的経緯から事実ではないようです。近代歯科医療が勃興した18世紀、特にイギリスの都市部では、爆発的な消費ブームが起きていました。人間の生命から死体に至るまで、あらゆるものが売買の対象になります。それまで、教会や地方公共団体が管理していた医療も、お金を出せばだれでも買える「商品」に変化しました。

18世紀半ばにフランスから伝わった近代的歯科医療もその1つですが、爆発的に拡大する医療需要に対して、外科医や薬剤師などが地位を向上させ、薬剤師の一部は「家庭医」に変化していきました。

19世紀になると、これらの医療専門職の資格を公的管理する政策が取られ、イギリスでは王立外科協会がデンティストの資格認定を開始。世界最初の歯科医師国家試験(1860年)の合格者43人が、デンティストの資格で王立外科協会に加入しました。

しかし、その他の大半のデンティストは「追加の教育を受けたくない」、「すでに、歯科医業をしているから必要ない」という理由で参加を見送りました。「21世紀は歯科の時代」その歴史的根拠 当時、医学部と病院の機能が変化し、病気やケガを治す医療技術が次々に生み出されていきました。そこで病院は、「感染症や精神疾患の患者などを隔離する」という機能から、「病気やケガを治すところ」へと発展していきます。

こうした場所で行われる医療が、20世紀以降に整備された公的医療システムの給付対象になり、それに関連する医学が医学部で教育されるようになりました。

◆「病院の医療」の終わり? 

現在、ヨーロッパでは成人の歯科治療費を公的給付の対象にしていない国が大半であり、日本も含め、医学部では歯科医師養成をしていません。しかし『The Lancet』2019年7月号が口腔保健を特集した際、「歯科疾患は罹患率が高く社会損失も大きいのに、公的給付は十分でない」と批判。今後は、公的医療システムの中に、歯科を含めていく流れになる可能性が示唆されます。

21世紀、多くの国で急速に高齢化が進んだ結果、「治らない病気(慢性疾患)」の割合が拡大しました。そのため、医療の主軸が大規模な病院から地域のクリニックや在宅に移る傾向が顕著になっています。そして、多職種連携が前提の地域包括ケアが各国で検討されています。

高齢の患者さんの心の平安にとって大きなキーワードに挙げられる「口から食べられる」、「自分で排せつできる」の2つのうちの一翼を担っている歯科は、21世紀に改めて重要性が増すと考えられます。

 

【略 歴】水谷惟紗久(みずたに・いさく): 株式会社日本歯科新聞社『アポロニア21 』編集長。1969年生まれ。早稲田大学第一文学部卒。慶応義塾大学大学院修了(文学修士)。早大大学院修了(社会科学修士)。社団法人北里研究所研究員(医史学研究部)を経て、1999 年より現職。著書に「18世紀イギリスのデンティスト」(日本歯科新聞社、2010年)など。2017年大阪歯科大学客員教授。2018年末、下咽頭がんにより声を失う。

第3回 歯科技工の変革期到来か

【中規模ラボ対象のアンケートから】

◆約8割のラボが値上げへ

以前から東京歯科保険医協会でも、歯科技工士の過重労働や低賃金の問題が訴えられてきました。また、ラボ経営を厳しくしている原因の1つに、ダンピング合戦が挙げられていましたが、ここに来て潮目が変わったようです。

日本歯科新聞社が全国の中規模ラボにアンケートしたところ、直近一年で「値上げした」ないし「値上げを予定」とする回答が78.7%でした(2019年9月実施。N=47/協力/一般社団法人日本歯科技工所協会)。

値上げの背景には、求人難や働き方改革への対応でコスト高になっていることや、中小ラボをつなぐ営業会社の出現で、交渉力が付いてきたことなどが考えられます。

日本の医療保険制度による歯科技工物の極端な低価格は、歯科医師の多くも「こんなことでは日本から歯科技工がなくなってしまう」と懸念を示していたことなので、ここに来てようやく一段落となりつつあると歓迎する見方が強いようです。

◆時代は国際的な自由競争へ

補綴処置の保険点数には技工代金が包括されており、技工料金が保険点数で明記されていないことを、歯科技工界は問題視してきました。

投薬における処方箋では医師に発行義務があるのに、委託技工では歯科医師に指示書の発行義務がないことも、技工料金の不安定さの背景にあるのではないかと考える向きもあります。

そのようなことから、保険医協会や歯科技工士会は、原価計算をもとにした技工報酬の体系整備や、保険技工での報酬配分を定めた大臣告示(7対3)を守るべきだといった主張を行ってきた経緯がありますが、これまでの運動の実効性は、まだ十分とは言えない状況なのではないのでしょうか。

これに対して、ラボ間の淘汰に勝ち残った中規模ラボが発言力を増しつつあり、値上げ傾向につながったと見ることもできます。

さらに、これらの「勝ち組」が、利益の薄い日本市場を離れて海外市場を開拓するようになると、日本の歯科診療所の大多数が相手にされなくなることも考えられます。

◆新たな方向性は?

歯科技工士と同じく「モノ」を扱う医療職である薬剤師も、従来は医薬分業を通じて「調剤権を医師から取り戻す」という政治的主張をしてきましたが、現在では、病院薬剤師をはじめとして、調剤そのものよりも、薬についての情報提供を行う臨床スタッフとしてのほうに、軸足が向きつつあります。

AIでの設計支援や3D積層技術などの導入が進む歯科技工では、工業、輸出産業としての発展が期待される一方で、医療職種として患者さんと接する機会を増やす取り組みは進んでいません。単独での対面行為などが広く認められれば、患者利益につながると期待できますし、補綴や矯正に関するコンサルテーションの担い手として歯科技工士を雇用する歯科診療所も出てきています。

しかし、そのような活躍の場が広がれば広がるほど、現場での歯科技工士不足が深刻化することも事実なのですが…。

 

【略 歴】水谷惟紗久(みずたに・いさく): 株式会社日本歯科新聞社『アポロニア21 』編集長。1969年生まれ。早稲田大学第一文学部卒。慶応義塾大学大学院修了(文学修士)。早大大学院修了(社会科学修士)。社団法人北里研究所研究員(医史学研究部)を経て、1999 年より現職。著書に「18世紀イギリスのデンティスト」(日本歯科新聞社、2010年)など。2017年大阪歯科大学客員教授。2018年末、下咽頭がんにより声を失う。

第2回 「病気になると貧乏になる」のを防ぐ制度

【日本とドイツは歴史的に最も早く公的医療保険制度を整備】

◆歯科での導入例も 

日本の歯科医療は、公的医療保険での給付範囲が広いのが特徴です。これに対して、ヨーロッパの多くの国は、日本よりも豊かな財政環境にある国も含めて、成人への歯科給付は行わないのが普通です。

伝統ある医学雑誌「ランセット」(2018年7月発行)が歯科口腔保健を特集した際には「歯科疾患の罹患率が高いのに公的給付されていない国が多く、予防的な配慮も不十分」と指摘しました。

しかし、これは「歯科医療を軽視している」というわけではなく、公的医療システムの目的によるものと考えられます。公的医療システムは「病気になると貧乏になる」のを防ぐ制度であり、多くの国で歯科医療への給付が限定的なのは、歯科治療への支出が、極端には家計を圧迫しないと考えられてきたためだと思われます。

歴史的に見ると、世界で最も早く公的医療システムを整備した国はドイツと日本で、当初は、工場や鉱山の労働者を対象に、「病気や怪我で働けなくなる事態に備える」というもの。

第二次世界大戦後には、イギリスの国営医療(NHS)を筆頭に、公費で医療を賄う制度が北欧諸国などで整備されていきました。

当初は、医療技術が未発達で治らない病気も多かったため、給付範囲が限られている反面、働けなくなった分の生活費を補填する傷病給付金が重視されました。

医療の財政難は高齢化だけでなく、医療技術の発展で「治る病気」が増加し、給付範囲が広がったことも要因です。

医療技術が未発達だった時には収入の補填が中心だったのが、技術発展の結果、医療本体への給付にシフトしてきた経緯があるのです。

何を給付するかの取捨選択では「家計をどれだけ圧迫するか」が重視されたと考えられ、比較的、費用が安かった歯科治療は後回しにされた経緯があったものと考えられます。

しかし、小児う蝕をはじめとする歯科疾患が、社会的な格差に関連していることが明らかになり、公的給付が広がっています。カタストロフィー 保険という選択肢 近年、医療の財政難に対応すべく、さまざまな改革案が出されていますが、その1つに「カタストロフィー保険」があります。 

これは、文字通り、「医療費で家計が破綻(カタストロ)するのを防ぐ」もので、一定額までの日常的な治療や投薬には給付しない一方、一部の高額医療には、そのほとんどを保険給付するという制度です。すでに、スウェーデンでは「成人歯科給付制度」が取り入れており、う蝕治療は完全に自己負担ですが、インプラントなどには、実に85%もの給付率となっています。しかし、これだと大多数の症例が給付対象外となるため、多くの人が制度の有難みを享受できないことになります。

日本でも、薬局で買える薬を公的医療から外す動きがありますが、これもカタストロフィー保険の1つであるといえます。

 

【略 歴】水谷惟紗久(みずたに・いさく): 株式会社日本歯科新聞社『アポロニア21 』編集長。1969年生まれ。早稲田大学第一文学部卒。慶応義塾大学大学院修了(文学修士)。早大大学院修了(社会科学修士)。社団法人北里研究所研究員(医史学研究部)を経て、1999 年より現職。著書に「18世紀イギリスのデンティスト」(日本歯科新聞社、2010年)など。2017年大阪歯科大学客員教授。2018年末、下咽頭がんにより声を失う。

第1回 がん闘病で見えた医療システムの横顔

【入院先病院の周術期口腔機能管理の説明に「納得できない部分」も】

私は、日本歯科新聞社『アポロニア21』編集長の水谷惟紗久です。普段は、全国の歯科医療現場を取材。1998年以来、国内外で延べ1000件以上を訪問してきました。ところが2018年11月に下咽頭がんが見つかり、12月に手術を受けました。手術で切除した部位に、がんの被膜外進展が見つかり、放射線化学療法も経験しました。手術により、咽頭を全摘出したため声を失ったものの、現在、電気喉頭を利用してコミュニケーションを図り、取材もこなしています。何しろ手術はおろか、入院も初めてで不安も大きかったのですが、1人の記者として学んだことも多かったです。

◆「病診連携」の風穴

歯科においても、他科や病院との連携が重視されていますが、私の場合、喉の違和感に気付いてから内科、耳鼻科のクリニックに通ったものの、そこでは病気の発見には至りませんでした。「気のせいでしょう」、「乾燥したのかな」と経過観察をするうちに、急速に声がガラガラになり、「いよいよこれは危険」と患者なりに判断して近隣の病院耳鼻科に。そこで受けた内視鏡検査で「悪性腫瘍の疑い」とされ、系列の大学病院に送られました。結果は進行がんでした。即手術となり、ギリギリのところで一命をとりとめられたのは、自己判断で街の診療所から中小病院、大病院という流れを飛び越えたおかげだったのです。

◆高額療養費制度で安心

人によって差があると思いますが、進行がんで生命の危険があると説明され、一番心配したのは経済的なことでした。「仕事ができなくなって収入が途絶するのでは?」、「高い治療費で家計が圧迫されるかも」と不安になりました。

入院前には、どんな治療になるか、それらのコストはどの程度かが分かりません。そのような中、所得に応じて高額な治療費のほとんどを保険で給付してくれる高額療養費制度は心の支えになりました。実は、記者としては「医療費のムダ使いにつながるのでは?」と疑念を持っていた制度ですが、自身が患者になってありがたみを痛感しました。

◆周術期口腔機能管理

入院先の病院では、院内の口腔科で周術期口腔機能管理を行っていました。術前、術後のセルフケアを指導する、放射線治療で使用するマウスピースを作成するなどの役割を担っています。

放射線治療での喉の痛み、突然進む味覚異常は、大きな不安につながりますが、個人差が大きいので一般的な説明では納得できない部分もありました。痛みの強い時のケアも分からなかったとはいえ、おススメのセルフケアグッズなどを聞いておけば良かったかな、と思いました。

ほかにも、お伝えしたいことがたくさんありますが、またの機会に。

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【略 歴】水谷惟紗久(みずたに・いさく): 株式会社日本歯科新聞社『アポロニア21 』編集長。1969年生まれ。早稲田大学第一文学部卒。慶応義塾大学大学院修了(文学修士)。早大大学院修了(社会科学修士)。社団法人北里研究所研究員(医史学研究部)を経て、1999 年より現職。著書に「18世紀イギリスのデンティスト」(日本歯科新聞社、2010年)など。2017年大阪歯科大学客員教授。2018年末、下咽頭がんにより声を失う。

 

第18回/最終回 歯科医療界自らによる正しい情報発信が必要

◆記事や番組の最優先課題は部数・視聴率の増

ビジネス誌「プレジデント」(2019年8月2日号)が、「若返り入門」という特集の中で、歯科を取り上げている。タイトルは「長生きしたいなら医者より歯医者の深い理由」。副題で「体が健康でも口の中がヤバい人の末路」とあるように、歯のケアを怠ると、さまざま深刻な病気を引き起こすという内容である。

歯科の重要性をうたったもので、歯科医療界にとっては歓迎すべき記事なのだが、一方で少々、違和感を覚えずにはいられなかった。「歯周病で体じゅうが病気だらけになる」として、脳・心疾患、糖尿病、メタボリックシンドローム、骨粗鬆症、ED(勃起不全)をはじめ、記事はたくさんの病名を挙げる。あたかも、歯周病菌が大半の生活習慣病の元凶と言わんばかりの書き方なのだ。

現実に沿えば、これらの病気の「一因となりうる」くらいの書き方が正しいだろう。しかし、マスコミは得てして、こうした煽るような取り上げ方をする。読者や視聴者の注目をいかに集めるかに腐心するのである。「週刊新潮」(2019年3月21日号)は「アルツハイマーと歯の怖い関係」という記事を掲載。歯周病菌が出す毒素がたんぱく質のアミロイドαを増やし、認知症を発症・悪化させるという。これ自体、真実の部分はあるにしても、歯さえケアしていれば、認知症を防げるというものではない。

ここで何を言いたいかというと、扇情的な表現が散りばめられた記事や番組は、たとえ真実を伝えていても、その信憑性をおとしめる結果になりかねないということである。

◆マスコミを見誤るな

うがった言い方をすれば、作り手の側は受け手の健康のことを考えて記事や番組を制作しているのではないのだ。どうしたら部数や視聴率を上げられるかが、彼らの最優先課題である。歯科のことを扱っても、その場限りで継続性も乏しい。多くの読者や視聴者は「話半分」くらいにしか受け取らず、しばらくしたらその内容など、すっかり忘れているだろう。

そのあたりを見誤ると、落とし穴にはまりかねない。歯科医療界はマスコミに過度な期待はせず、自身で正しい情報を日常的に発信する術を身につけるべきである。メディアに遠慮する必要はない。もっと大上段に構え、時には不遜になってもいいと思う。

◆知恵を絞り難局突破を

さて、昨年2018年4月から続いた私の連載も今回の第18回が最終回。この間、かなり辛辣で生意気な物言いをしてきた。数々の無礼をお許しいただきたい。

現在の歯科医療界は診療所数過剰、伸び悩む歯科医療費、経営悪化、地域偏在、材料高騰、歯科衛生士不足、貧困家庭のネグレクト、インプラントバッシング、歯科大の低迷など、問題は山積み。取り組むべき課題はあまりに多いが、もはや待ったなし。歯科医療界が一丸となって知恵を振り絞り、この難局を乗り切ってほしい。

 

【 略 歴 】田中 幾太郎(たなか・いくたろう)/1958年東京都生まれ。「週刊現代」記者を経て1990年にフリーに。医療、教育、企業問題を中心に執筆。著書に「慶應幼稚舎の秘密」(ベストセラーズ)。歯科関連では「残る歯科医消える歯科医」(財界展望新社)などがある。

第17回 卒業生を酷使している歯科大附属病院の現実

◆歯科大には歯科医師になる魅力を示す義務が

2019年6月28日、文部科学省高等教育局は「大学病院で診療に従事する教員等以外の医師・歯科医師に対する処遇に関する調査結果」を発表した。文科省が全国108の大学病院を調査したところ、2191人の無給医が確認されたという。

この発表を受け、新聞各紙はその日の夕刊や翌日の朝夕刊で大きく扱った。「大学病院『無給医』2191人/院生や専攻医/文科省、改善求める」(「読売新聞」2019年6月28日夕刊)、「医師ら2191人給与未払い」(「朝日新聞」2019年6月29日朝刊)…。

地方紙は共同通信の配信を基に記事を構成したものが多かったが、独自取材していたのが「北海道新聞」(2019年6月29日朝刊)。「休み月3日/道内『無給医』実態証言/『文句言えばつぶされる』」と、センセーショナルな取り上げ方をしていた。

筆者にとっても文科省発表の内容は衝撃的だったが、理由は単に無給医の多さに驚いたからではない。かつて、大学病院の中には初期研修医にほとんど給与を支払わないところがあった。が、2004年に医科系で新臨床研修医制度が始まって以降、研修医が無給で働かされることはなくなった。その一方で、大学院生や専門医を目指す専攻医に対して、給与を払っていないケースがあることは耳に入っていた。

研鑽や研究目的で診療を行っているので、給与を払う必要がないというのが大学側の論理だった。しかし実際には、他の勤務医と同じ診療業務をさせられており、労働基準法に照らしても許されない状態が続いていた。何より驚かされたのは、その無給医の中に数多くの歯科医師が含まれていると推察されたことだった。

◆歯科系に多い無給医

今回の文科省発表では、歯科医師の割合が示されているわけではない。にもかかわらずそう確信できるのは、無給医の人数が多い大学病院の中に歯科大学(歯学部)の附属病院がかなり含まれていたからだ。

歯科大学附属病院は医科系の診療科を持っているところがほとんどなので、それだけで無給の歯科医師が多いと決めつけるわけにはいかない。だが、もう少し詳しく見ていくと、その推察が間違いではないことがわかってくる。

医学部と歯学部の両方を擁する大学の中には、それぞれの附属病院を持っているケースがある。たとえば、昭和大の場合、昭和大病院のほかに昭和大歯科病院があり、こちらの診療科はすべて歯科系の診療科で、ほぼ全員が歯科医師。

昭和大病院の無給医が54人に対し、歯科病院のほうは119人と倍以上もいた。東京医科歯科大の場合は、医学部附属病院には無給医は1人もいなかったのに対し、歯学部附属病院には23人いた。

今年の歯科医師国家試験の合格率は63.7%だ。歯科大に入っても歯科医師になれるかどうかわからない上に、附属病院までが卒業生を酷使している現実。歯科大には今一度、歯科医師になる魅力を示す義務があるのではないだろうか。

 

【 略 歴 】田中 幾太郎(たなか・いくたろう)/1958年東京都生まれ。「週刊現代」記者を経て1990年にフリーに。医療、教育、企業問題を中心に執筆。著書に「慶應幼稚舎の秘密」(ベストセラーズ)。歯科関連では「残る歯科医消える歯科医」(財界展望新社)などがある。

第16回 歯科診療科の格差最大は「小児歯科」

◆歯科医療界が自ら変革の風を起こす時に来た

歯科医師数の過剰はマスコミがこぞって取り上げるテーマだが、地域偏在の問題については、これまであまり触れられることはなかった。そのような中、「日経新聞」の2019年4月29日~30日の朝刊で「医師偏在是正できるか」という記事が上・下2回にわたって掲載された。

主に医科系にスポットを当てる内容だが、上編を担当した印南一路・慶応大教授(専門は医療政策)が歯科系の問題にも次のように言及している。

「歯科医師数は一般医師に先行して長い間、全体数で過剰であり、地域偏在は一層著しい状態が続くが、新規開業は首都圏と近畿圏になお集中している。開業に当たり患者が来るかどうかの不安を抱え、子弟の教育環境や自分の生活の質を考えれば、人口の多い都市部に新規開業が集中するのは自然だ」。

◆小児歯科が少ない沖縄

厚生労働省による「医師・歯科医師・薬剤師調査」の集計データを用いて、さらに詳しい分析をしているのは、厚生労働統計協会が発行する月刊誌「厚生の指標」の2017年2月号だ。

「診療科別歯科医師の地域偏在」と題し、一般歯科、矯正歯科、小児歯科、口腔外科それぞれについて比較検討を行っている。

人口10万人対一般歯科医師数(2014年、以下同)がもっとも少なかったのは福井県。一方、もっとも多かったのは東京都で、2.2倍の差があった。矯正歯科は最少が青森県、最多が東京都で6.5倍。小児歯科は最少が沖縄県、最多が福岡県で9.2倍。口腔外科は最少が埼玉県、最多が新潟県で2.7倍だった。同誌は、歯科医師数が多い都道府県は歯科大学(歯学部)があるところだったと分析している。

これらの結果の中で気になるのは、格差がもっとも大きかった小児歯科。しかも、最少が「子どもの貧困問題」が顕在化している沖縄県だったことである。歯科医師はそうした地域を敬遠していると、世間の目には映るのではないだろうか。

◆行政と業界の団結を

では、どうすればいいのか。以前と比べて、決して経済的に恵まれているとは言い難い歯科医師たちが、自身の生活を真っ先に考えたとしても、誰も責めることはできない。個人に責任を押しつけるレベルではないのである。やはり、行政と業界が一致団結することが不可欠なのだ。

医科系では2004年に新しい臨床研修制度がスタートするなど、大きな変革が起こっている。普段は反目し合う与党の坂口力厚労相(当時)と、共産党の小池晃参院議員がタッグを組んだ結果だった。2人とも、もともとは医師である。

◆このままでは子どもたちが不幸に 

歯科医療界でもそろそろ、変革の風を自ら進んで起こす時が来ている。ずるずると後退していたら、歯科医療を必要とする幼い子どもたちまで不幸になってしまう。そうならないためにも、強い信念と行動力を持ったリーダーの登場が望まれるのである。

 

【 略 歴 】田中 幾太郎(たなか・いくたろう)/1958年東京都生まれ。「週刊現代」記者を経て1990年にフリーに。医療、教育、企業問題を中心に執筆。著書に「慶應幼稚舎の秘密」(ベストセラーズ)。歯科関連では「残る歯科医消える歯科医」(財界展望新社)などがある。

第15回 米国人が安価な歯科治療求めメキシコ流入入国審査や税関の〝壁〟もないため

◆日本の叡智「国民皆保険制度」を守り抜け

現在、新聞各社は通常の紙面だけでなく、インターネット上でも記事を流している。これには2つのタイプがある。1つは、紙面で報道した内容をそのままネットでも流すもの。もう1つは、ネットにだけ掲載される記事だ。

このネット専用記事で興味深いものを見つけた。「朝日新聞」による2019年4月8日の「回転ドアの先に、歯科300軒/米国が依存するメキシコ」という特派員リポートだ。

メキシコ側の人口5000人ほどの国境の町ロスアルゴドネスには300以上の歯科医院がひしめき、毎日のように米国から患者が押し寄せる。メキシコ人が米国に入国するのは大変だが、その逆は簡単。入国審査も税関もなく、アリゾナ州の国境検問所の回転ドアをくぐり抜けるとメキシコである。

たくさんの米国人がロスアルゴドネスを訪れる理由は、歯科治療費の安さ。インプラントなら米国の半分以下の治療費だという。

その実体験を紹介している雑誌記事もある。「週刊金曜日」でコラムを連載していた在米ジャーナリストのマクレーン末子氏が同誌2016年3月11日号で「歯科治療を受ける者たちはメキシコを目指す」という記事を執筆。夫がロスアルゴドネスで歯冠とセットで根管1本を治療したところ、米国では約2200ドルかかる治療費が420ドルで済んだ。

末子氏によると、同地を訪れる米国人の大半が退職者だという。高齢者用の公的医療保険や民間保険の多くは歯科治療を除外しており、患者の全額負担になってしまうためだ。

◆不十分な弱者への配慮

「月刊保団連」2017年3月号では、米国カリフォルニア州で開業している歯科医師・成田真季氏が「米国の歯科事情」をリポート。同国の治療費についても言及している。

各州が発行する公的健康保険は、主に低所得者用。治療費は歯科医師が自由に決められるが、低所得者用の歯科保険は公定料金が設定されている。開業医を受診すると高くなるので、歯科大学の院内生に診てもらうケースが多いという。

米国の民間保険にはさまざまなコースがあり、かなり複雑だ。治療内容によっても保険会社が支払う割合が異なってくる。予防に関しては100%保険でカバーされるが、コンポジットレジンをはじめとする基本治療の自己負担は20〜50%で、クラウン・ブリッジや義歯は50〜60%だ。

ただし、保険会社側は年間に負担する上限を決めていて、平均は1500ドル。患者側が内容を把握せずに漫然と治療を続けていると、自己負担額が跳ね上がることにもなりかねない。

予防に力を入れている点など、米国の歯科に学ぶことは多いが、弱者への配慮が十分になされているとは言い難い。かつて、日本にも「貧乏人は麦を食え」と暴言を吐いた大蔵大臣がいたことを思い出させる。

その後1961年に至り、日本は国民皆保険を実現。この叡智は、なんとしても守り抜かなければならないのである。

 

【 略 歴 】田中 幾太郎(たなか・いくたろう)/1958年東京都生まれ。「週刊現代」記者を経て1990年にフリーに。医療、教育、企業問題を中心に執筆。著書に「慶應幼稚舎の秘密」(ベストセラーズ)。歯科関連では「残る歯科医消える歯科医」(財界展望新社)などがある。

“どうしても気になる”検索順位…SEO対策 Vol.2 自院のランク付けとどう向き合う?

WEBに係る歯科関連の法令やトラブル対応などについて、
歯科専門にサイト制作、運用、コンサルディングを手掛ける専門家が解説する本連載。
今回はSEO対策について―。

 そもそもSEOとは「検索エンジンの最適化(Search Engine Optimization)」の略語ですので「検索結果の順位向上」とは似て非なる言葉でした。検索サイトの上位に位置することが「集患のポイント」もしくは「競合医院を上回って格を上げる」というような業者の印象操作によってSEOの意味が現在では間違った認識になっています。
 本来のSEOは「ユーザーのニーズに合わせた内容にサイトやページを最適化する」だったはずです。まるで広告を出すように、「とにかく上位でたくさんの人を誘導したい」と考えても医療機関のメリットにつながらないということを医院経営の視点で考えなければなりません。
 地域名+歯科、もしくは自費治療名などで検索上位に位置させてたくさんの人を誘導しようとした時に、サイトを訪れる患者予備軍は「何を考えて」いるでしょうか。何かしらの問題か欲求を満たす情報を探していたユーザーが、テクニックによって上位に位置した医院のWEBサイトを見た時に「何を思うか」を患者視点で想像してみることをいつもおススメしています。
 例えば、別の業界の情報を自分がユーザーとして検索した時に、検索上位に来ているサイトを開いた時の「あ、広告か…」という気持ちを思い出してください。つまり、SEOを行うなら最初に「ユーザーが本当に求める情報を掲載してWEBサイトの内容を充実させる」ことが大前提です。そのためにはユーザーが歯科医療、医療機関に何を求めて検索したのか、どのような情報であれば満足するのか、このあたりを想像しながらページを作成する必要があります。
 そしてこのサイトの作り方はGoogleが奨励し、検索順位を上げてくれるといわれている「ユーザー視点のコンテンツ制作の基本」になるのです。順位を恒久的に上げたければ、誰からも必要とされる歯科医院作りを行ってその内容をWEBサイトに掲載することが一番の近道です。
次回は「とは言っても具体的なテクニックを知りたい」という方に、ホームページ作成業者などが行っているテクニックや最低限行わなければならない手法をご紹介します。

クレセル株式会社

(東京歯科保険医新聞2022年11月号8面掲載)

【教えて!会長!! Vol.64】医療情報を確認できる仕組みの拡大

直近のマイナンバーカード関係の状況を教えてください。

 協会は、医療の将来を考え、医療のICT化やデジタル化を進めること自体には反対していません。一方、政府が推し進めているマイナンバーカードの問題点を以前から指摘してきました。そして、現在はオンライン資格確認システム(以下、オン資)導入の″原則義務化〟の撤回を訴えてきました。本紙9月号から今号まで会員の先生方からの疑問、困惑、不満などを紹介し、9月8日に理事会声明「オンライン資格確認システム導入の義務化撤回を」を発出して、国会議員、厚生労働省、メディアなどに発信してきました。
 政府・行政は、2023年4月という期限を決め、オン資の導入を様々な方策で医療機関に迫っています。しかし、8月10日の中医協総会において、「オンライン資格確認の原則義務化に対する答申(答申書付帯意見)」で、実際に予定していた普及率を下回っているためか、「令和4年末頃の導入の状況について点検を行い、地域医療に支障を生じるなど、やむを得ない場合の必要な対応について、その期限を含め、検討を行うこと」と示しています。
 正確にはどの時点の導入の状況(普及率)を調査するかは不明ですが、年末までのどこかのタイミングでの普及率によって、期限などその後の方針を変更するなどの決定がされる予定です。したがって、普及率の数字が重要であることをぜひ認識してください。

 9月14日には日本医師会の長島公之常任理事が、「医療機関側として対応できない事態を根拠に経過措置の対象や期間を求めることになる」と発言され、医師会会員からの様々な声に医師会が応える姿勢をみせたと理解できます。
 また、10月13日には、河野太郎デジタル大臣が現行の健康保険証を2年後の2024年秋に廃止してマイナンバーカードを代わりに使う「マイナ保険証」に切り替えると発表しました。この件についての協会の意見は、政策委員長談話を参考にしてください。
河野大臣の発表後、多くの反対意見が出たためか、同24日の衆議院予算委員会で岸田文雄首相は、「カードを持たない人については、資格証明書でない制度を用意する」と発言され、混乱と迷走していると感じています。
 以上、本稿執筆時までのトピックスをできる限り客観的に記したつもりです。

 

先日、患者さんから「過去の診療情報を調べました」と言われましたが、どういうことですか?

 9月5日の厚生労働省・社会保障審議会医療保険部会で示された「全国で医療情報を確認できる仕組みの拡大」でその理由が分かります。そこには薬剤情報に係る「医療機関名」および「薬局名」に加え、9月11日以降、患者側がマイナポータルで閲覧可能な項目が増えたことが示されています(表参照)。


 

 

 

 

 

 

 すなわち、患者自身が医療機関を受診し、医療機関から毎月請求される電子レセプトから抽出した情報の中の項目(診療情報)が対象となり、閲覧可能な項目が拡充されています。この診療情報について、メリットとして「マイナポータルにアクセスすることで、患者が医療機関で受けた診療行為などの情報をいつでも閲覧可能」と示されています。したがって、すでに表に示した診療情報をオープンな状態で患者サイドが直接見て確認することができます。
 患者・国民からみれば、確かに多くのメリットがあることは理解できます。しかし、デメリットとして医師・歯科医師と患者との間での理解や認識の違いによる問題が起こり、互いの信頼関係が損なわれる可能性が危惧され、今後、大小様々な問題まで生じないか一抹の不安を感じるのは私だけでしょうか。
 引き続き、協会では会員の先生方からのご相談、ご意見、ご要望に可能な限りお応えしますので、直接協会までお寄せください。


東京歯科保険医協会 会長 坪田 有史
(東京歯科保険医新聞2022年11月号8面掲載)

 

【開業歯科会員アンケート】今次診療報酬改定、4割が評価せず

 東京歯科保険医協会では、会員歯科医療機関の経営の状況や診療報酬改定の影響等を調査するため、「開業歯科会員アンケート」を実施した。
 この調査は、全国調査として行われ、個人情報保護等に配慮し、無記名方式で実施。アンケートの集計結果は、今後、国会議員への要請やマスコミなどへの発表等、歯科医療改善を求める取り組みに活用を予定している。アンケート結果の概要は以下の通り。

請求点数 約5割が「減った」

 回答者の年齢は50~60代が合わせて68%と6割超となった。回答者の開業年数は「11~19年」「20~29年」が全体の半分を占めた。次いで30年以上となっている。また開設者は87%が個人開業であり、医療法人は13%であった。
 届出している施設基準は歯初診が9割超、CAD/CAM冠も8割超が行っている。か強診は17%に止まった。新設している口菌検は約1%であった。
 21年4月~7月と比較した22年同月の患者数・請求点数の変化は、患者数が減ったとの回答が約4割を超えた。増えたと回答したのは全体の20%に満たなかった。
 また、請求点数が減ったとの回答が約5割となった。増えたと回答したのは全体の20%に満たなかった。
 コロナ禍を受けた今後の経営の見通しについては、「見通しが立たない」と26%が回答している。また、「閉院を考えている」との回答も8%あった。「見通しが立たない」理由として、「患者が戻ってこない」が最も多く26%だった。次いで「経費全般の増加」が18%であり、「感染対策の経費増」も15%であった。
 今次診療報酬改定全般の評価については、「良かった」・「大変良かった」7%に対し、「悪かった」・「大変悪かった」40%であり、否定的な評価が上回った。初・再診料がそれぞれ3点引き上げられことについては、「対策に見合う評価ではない」が94%となっており、ほぼすべての回答者が不十分と評価している。一方で金パラの価格が3カ月ごとに必ず改定されることを「評価する」70%に対し、「評価しない」は25%だった。SPTⅡが廃止され、か強診の評価はSPTへの加算とされたことについては、「評価する」30%、「評価しない」51%であり、「評価しない」の割合が上回った。

75歳以上2割化、10月から開始 窓口業務に多大な混乱

窓口支払い2倍にショック受ける患者も

 10月1日から開始された75歳以上で一定所得がある患者に対する窓口負担の2割化について、医療機関から困惑の声が上がっている。特に負担増を3千円までに抑制する配慮措置は、患者の負担軽減策ではあるものの、点数が3千点を超えると、それ以降は月の途中から負担割合が変更になるほか、1円単位を端数処理せずに領収する場合があるなど複雑である。会員からは「制度を理解しても窓口負担金で患者さんとトラブルになりそうで怖い」「保険証などの確認事項が多く、時間を費やしてしまう」などの声があり、窓口業務に混乱を及ぼしている。

強まる受診抑制への懸念

 「窓口の支払いが2倍になり、驚く高齢の患者がいる」という声もある。というのも、歯科診療所における年代別の受療率(患者調査日の推計患者数を人口10万対であらわした数)をみると、歯肉炎及び歯周疾患並びに補綴の受療率は、全世代の中で75~84歳の区分が最も高い(図参照)。歯科診療所にとっては、患者の減少は相当な減収になる。
 高齢者の生活も苦しくなっている。年金支給額の減額も行われ、さらに物価高騰が重なって、明らかに歯科受診はしづらくなっている。協会は、今後も75歳以上の負担割合2割化に撤回する運動を続けていく。

「事務負担増」「情報漏洩」 オン資 「義務化」に疑問の声

 国が23年4月からオンライン資格確認義務化の方針を決めたことに対し協会では、「オンライン資格確認システム導入の義務化撤回」を求める理事会声明を発出した。
 その後協会では、「オンライン資格確認システム導入義務化の撤回を求める歯科医師署名」を行い、10月13日までに549筆の協力があった。同時に行った「オンライン資格確認システムの導入義務化に関するアンケート」には「義務化反対」「医療機関は現状で問題がない」などの声が多く寄せられている。

コスト、情報漏えい、セキュリティ、事務負担が心配

 「アンケート」は、機関紙、メール、FAXなどを通じて会員に実施し、10月20日までに549件(会員比9.1%)の回答を得た。
 オンライン資格確認システム導入に関し心配している点を聞いたところ、コスト、情報漏えい、セキュリティ、事務負担が上位を占めた。具体的には「設備投資やランニングコスト上の負担」と回答したのが77.2%と最も多く、次いで「マイナンバーカード紛失やマイナンバー漏えい」が61.2%、「セキュリティ面」が61.0%とほぼ同数となった。「窓口の事務負担増」を挙げる回答も57.0%であった。
 そもそも「必要性を感じていない」との回答が71.4%もあった。「保険証の原則廃止」に対しては、「反対」が80.7%と、が圧倒的であった。

導入は納得と同意のもと行われるべき

 システム導入をすでに申し込んでいる方の中にも「(案内が頻繁に来るため)止むを得ず申し込んだ」など、納得はいかないが申し込みをした方の回答も目立った。
 中には義務化賛成の意見もあり「デジタル化に反対しないでほしい」「すでに導入しているため反対はしないでほしい」「いまさら反対しても遅い」「必要な設備投資ができない医療機関は廃業もやむを得ないのではないでしょうか」などの意見もあった。
 協会ではデジタル化については反対しておらず、システムを導入することにも異を唱えるものではない。反対しているのは「一律義務化」についてである。システム導入は、それぞれの医療機関がそれぞれの状況に合わせ納得と同意の上で行われるべきである。患者数が少ない医療機関や、すでに数年後に閉院を予定している、設備投資に回す余裕がないなど、各医療機関の状況に合わせた対応を図るべきであると考えている。

談話 健康保険証の廃止は今後大きな禍根と問題を生じさせる

政府は2024年秋に、健康保険証を廃止してマイナンバーカードと一本化するとの方針を発表した。確かに、国民全てが所持している健康保健証を一本化すれば、一気にマイナンバーカードを普及させることができるであろう。

歯科保険医の中でもその評価は分かれている。時代の流れであるとして賛成する意見が散見される一方、今の健康保険証には問題が無く廃止する意味が解らないなど様々である。

しかし、健康保険証は、医療機関の窓口で提示をすれば、いつでも、どこでも、だれもが、日本国内で等しく医療が受けられる大切なものとして広く国民に定着している。これをマイナンバー普及の手段として利用し、いきなり廃止するということは、国民の命と健康の維持に重大な影響を与えることになる。国はその重要性を認識するべきだ。

そもそもマイナンバーカードは普及が進んでいない。その背景には、政府に個人情報管理を委ねることに対する不信感がある。2024年秋までに全国民に取得させるのは、時間的にもあまりにも無理な計画である。

河野デジタル大臣は1013日に記者会見でマイナンバーカード未取得者への医療提供を問われ「広報する」と回答した。その後1028日には岸田首相が「新たな制度を用意する」と方針を変更した。しかし、新生児の健康保険証発行の問題、要介護者がマイナンバーカードを取得できるのかなど、これから検討する課題も多く、まずは試験運用を行い、多くの問題を解消してもらいたい。

国民の医療を受ける権利を保証する健康保険証を拙速に廃止してマイナンバーカード取得を実質義務化のために一本化する政府方針は、今後に大きな禍根と問題を生じさせることは明らかである。我々医療人はこの問題を注視して行く必要があり、健康保険証廃止には反対である。

 

20221028

東京歯科保険医協会 

政策委員長 松島良次

年末年始休診案内ポスター

年末年始休診日 案内ポスターのご案内

年末年始の休診日にご使用いただける『休診日案内』をご用意いたしました。

ご入用の方は、お好みのデザインをダウンロードのうえご使用ください。

郵送をご希望の方は、お電話でお申し込みください(03-3205-2999)。

 

以下よりPDFをプリントアウトもできます。卓上型は組み立ててお使いください。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

▶こちらをクリック 年末年始休診日のお知らせポスター(A4サイズ)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

▶こちらをクリック 年末年始休診案内①(卓上型)

 

▶こちらをクリック 年末年始休診案内②(ハブラーシカ卓上型/ピンク)

▶こちらをクリック 年末年始休診案内③(ハブラーシカ卓上型/ブルー)

東京歯科保険医新聞2022年(令和4年)10月1日

東京歯科保険医新聞2022年(令和4年)10月1日

こちらをクリック▶東京歯科保険医新聞2022年(令和4年)10月1日 第631号

【1面】

   1.オンライン資格確認システム/「義務化」は撤回を
   2.75歳以上の負担割合2割化「複雑すぎる」と困惑の声
   3.10月23日(日)!「保険医協会健康まつり2022」
   4.活用方法いろいろ/資料請求はこちら
   5.「探針」
   6.ニュースビュー

【2面】

   7.理事会声明/オンライン資格確認システム導入の義務化撤回を
   8.「オン資」加算点数の変更点/問診票の整理やHP等への掲載が必須に
   9.会員寄稿「声」“オン資”システム導入義務化の行く末/杉島康義氏
   10.延長/【ご協力ください】“オン資”の「義務化」撤回を求める署名・「義務化」に関する署名
   11.共済研究会 2つの側面からの保障が肝心「公的保障と控除を活用した節約術」
   12.電子書籍「デンタルブック」

【3面】

   13.75歳以上の窓口負担2割化/窓口対応の注意点
   14.東京都福祉保健局に要請/コロナ対応・都立病院独法化など8項目
   15.要請/東京都議会 各会・党 要請内容に理解を示す
   16.集団的個別指導が2ぶりに実施/指導になっても委縮診療の必要はない
   17.協会初/院内感染対策講習会 オンラインで開催/新興感染症への対応含め講習
   18.社保研究会/高点数による指導の心配は不要 適切な「請求」と「カルテ」重要

【4面】

   19.経営・税務相談Q&A No.397「税務調査 傾向と対策」
   20.IT相談室/“どうしても気になる”検索順位…SEO対策 Vol.1/自院のランク付けとどう向き合う?(クレセル株式会社)
   21.研究会・行事のご案内①
   22.会員優待のご案内

【5面】

   23.研究会・行事のご案内②

【6面】

   24.東洋経済新報社・大西富士男氏インタビュー「歯科は“ディスインフレーション”状態」

【7面】

   25.【Special Serial No.1】社会保険診療報酬支払基金の概要と審査に係る取組み/適正なレセプト請求に向けて 山本光昭氏(社会保険診療報酬支払基金 理事)
   26.保険医協会健康まつり2022

【8面】

   27.協会史を振り返り現在・未来を見つめる Vol.4/「民主党政権下における医療費底上げと配分見直し政策の登場」中川勝洋氏
   28.教えて!会長!!Vol.63
   29.東京歯科保険医協会Facebookご案内

【9面】

   30.症例研究/充填時の築造と高強度硬質レジンブリッジ

【10面】

   31.連載/歯科界への私的回想録①(オクネット・奥村勝氏)「1枚のハガキに募る感謝の思い」
   32.理事会だより
   33.法律相談、経営&税務相談のご案内
   34.協会活動日誌/2022年9月

【11面】

   35.CNNポルトガルから取材受ける/原水爆禁止2022年世界大会/「平和へのメッセージ 全世界へ」
   36.インボイス制度の正体【前編】制度の概要と影響
   37.通信員便り No.126
   38.共済部だより/10月25日までにお申し込みください!

【12面】

   39.第3回メディア懇談会/“オン資”は「患者メリット感じない」メディアから意見続々―
   40.神田川界隈/保険医協会のサポート体制を十分活用してますか!?(横山靖弘理事/港区)
   41.新春号特別企画のご案内
   42.金銀パラジウム合金等引き下げに/銀合金、メタルコアおよび14Kも改定

【13・14面】

   43.共済チラシ

“どうしても気になる”検索順位…SEO対策 Vol.1 自院のランク付けとどう向き合う?

WEBに係る歯科関連の法令やトラブル対応などについて、
歯科専門にサイト制作、運用、コンサルディングを手掛ける専門家が解説する本連載。
今回はSEO対策について―。

 9月13日にGoogleの検索結果の順位(例えば、地域名と歯医者などと検索した場合に表示される順番のこと)が大幅に入れ替わる可能性のある改修(アップデートと呼ばれる)が行われました。そこで今回は、「SEO」と呼ばれる「検索サイトの最適化」について考えてみます。
 営業電話等で「おたくのホームページは順位が低いので月額○○万で上位にしますよ」という内容を聞いたことがある方は多いのではないでしょうか。検索サイトの順位向上は、すでに20年以上も前から試行錯誤が繰り返され、専門業者を名乗る企業も雨後の筍のごとく乱立していました。
 近年では、SEO業者に支払う費用をGoogle広告に支払ってほしいという思いなのか、2012年7月頃から人為的に検索順位を操作することが困難になりました。結果としてSEOをサービス事業のメインにしていた業者は、「Googleマップの表示順位を上げます」(このサービスも現在は順位が上がらなくなってきています)となり、その後は「口コミの削除を行います」(簡単に消すことはできません)などと看板を差し替え、手を変え品を変えて勧誘電話をかけてくるようです。検索順位で競合する他院よりも下になると、「自分の診療所が下のランクになった」ように感じる方や、上位の診療所にはさぞたくさんの新患が来院しているのではと思われる方も多く、どうしても気になるようです。しかし、実際には、毎日変わる検索順位が診療所の格付けになることはありませんし、上位にランクインしても診療所には「通院できる距離」というビジネスの縛りがあるので、思ったほど順位が患者数に大きく影響することはありません。
 一番良いのは検索順位など気にすることなく、素敵な診療所づくりに注力することですが、相談内容のトップ3に必ずこのSEOが入ってきますので、次回はもう少し細かくSEOについて考察していきます。

株式会社クレセル

(東京歯科保険医新聞2022年10月号4面掲載)