映画紹介№34「手紙は覚えている/ Remember」 【2015年カナダ・ドイツ製作/アトム・エゴヤン監督】
「覚えているか?君が決行すると言ったことを」
「君が覚えていられるように、ここに書き出しておいた」
認知症の高齢者が物忘れを補うために、物の名前などメモしておくことは日常、よく行われます。
この映画は、誰かが「あなたはこの名前でこんな生い立ちだ」と誘導すれば、認知症の高齢者などはその人物になりきってしまうという乱暴な仮説をもとに展開するサスペンス作品です。
主人公セヴは老人ホームに入居する90歳の高齢者。急に認知症が進行し、目を覚ますと眠る前のできごとをすっかり忘れ、ただオロオロしている老人です。
同じ入居者の老人マックスから一通の手紙を受け取ります。手紙には、君も私もナチス親衛隊員に家族を殺されたアウシュビッツの収容所の生存者だ。敗戦間近に親衛隊員の収容所ブロックの責任者がユダヤ人になりすまし、戦後、アメリカへ移住し、ルディー・コランダーという名に変えて生きている。今、その名に該当する男は四人いるが、本名はオットー・ヴァリッシュだ。自分は脳梗塞で車椅子生活なので、体を動かせる君に、この男を探して復讐して欲しい…。と記されています。
この1通の手紙とまだらな記憶だけを頼りに、まるで徘徊するように、よぼよぼのセヴ老人は、この男の暗殺の旅に出かけます。
手紙には、クリーブランドに行き、翌朝は迎えに来た車に乗り、銃砲店で老人でも扱える軽い口径22ミリの拳銃を手に入れ、ホテルに泊まれと書いてありました。
1人目の男も2人目の男も人違いで、3人目の男はすでに他界し、これも人違いでした。
そして4人目の男。その男は、ソルトレークの湖の近くに住んでいました。
男を待つ間、セブが居間にあったグランドピアノで得意の「ワグナー」を弾いていると
「ユダヤ人ならワーグナーは好まんだろう」と男が現れます。セブはその声に覚えがありました。
「いつか、君が来ると思っていた」
「私はナチの親衛隊員で、アウシュビッツのブロック責任者、クニベルト・シュトルムだ」
「違う、あんたはオットー・ヴァリッシュだ」
「何を言ってるんだ。君がオットー・ヴァリッシュじゃないか」
「 ともにアウシュビッツのブロック責任者だった」
「腕を見てみろ。君の番号は98814だ」
「私は98813だ」
「戦後、逃亡するために互いに彫ったんだ」
「忘れたのか。 君はセブと名前を変えたんだよ」
すべてを悟り、絶望したセブは男を撃ち、そして自分の頭に銃口を向け、引き金を引きます。
老人ホームに入居したセブが、実は、正真正銘のオットー・ヴァリッシュだとマックスは気付いていました。
認知症がひどくなり、記憶が曖昧になってきたセブに偽の記憶の手紙を渡し、二人をまとめて、葬ろうと謀ったのです。
スクリーンには、サウンド・オブ・ミュージックのトラップ大佐を演じたクリストファー・プラマーをはじめ、超ベテラン俳優が顔を揃えます。最近、これほど面白い認知症サスペンス映画はみたことがありません。
(協会理事/竹田正史)