歯科医療情報観測

【歯科医療情報観測】歯科情報の利活用および標準化とは何か⑤/完

 前回までは、各診療所、病院における口腔内データをCSV形式で入力し、HL7形式に変換して蓄積させていくことを述べた。
 学校健診のデータ収集については、児童、生徒の移動といった特有の事情もあり、うまくいかなかった点もあった。また、手書きであった健診も、電子ペンを導入して健診票を電子化することが始まっている。これにより、紙に書かれている情報のばらつき、表記の揺れが少なくなり、データとしての制度が高まる。
 歯科診療記録、健診データを検索閲覧できる仮想環境は、クラウド上に既に作られているので、将来的に各地で展開することが可能な段階になってきている。蓄積されたデータを利活用するためには、データの検索方法、アクセスの権限や管理をどのようにするかが大きな課題となってくる。
 身元確認を主な目的として始まったこの流れであるが、データが集積された暁には、悉皆的口腔情報がリアルタイムで参照可能となり、集計作業のオートメーション化につながり、常に最新の情報にアップデートされていくことになる。この段階になると歯科診療情報データを、治療応報、材料ごとの臨床効果の測定、既存の医療ビックデータとの突合により、医科情報などと歯科情報を組み合わせた分析などへの利活用が可能となる。
 また、HL7FHIRへ応用することにより、医療界だけではなく他職種でもデータを使うことが可能になってくる。つまり、上記図のような流れが現実的になってくるだろう。
 情報の利活用は、良い面もあれば、解決しなければならない側面もある。企業などが利益のために情報を活用することは、これまでも度々起きてきた。機微な個人情報が、本人の知らない間に活用されることは、慎重に検討すべき課題である。これらの面を後回しにしたり、見ぬふりをするようなことがあってはならないと考える。利活用に関しては、良い面とともにこれらの課題に真摯に向き合いながら進めることが大事であろう。

 初回より、これまでの記事のまとめであるが、①令和3年3月29日、厚労省による「歯科情報標準化」決定。ここに至るまでの考え方、昔と今の歯科治療について、②東日本大震災をきっかけにして、身元確認には歯科が大切なことが認識された。東北大学によりプログラムが提供されたが、個々のデータに互換性がなく、苦労された話、③身元確認だけではない情報集計により、乳幼児健診から成人健診、介護までデータを蓄積することが目標である。しかし学校健診では、小学校から中学校まで6年間同じフォーマットであるが、途中で転校などがあり、途絶えてしまってうまくいかない、④標準化する際に、大切なことは個々人の最終的な(最新の)口腔状態を一元化したコードで表記できれば便利。標準化コードを用いてCSV形式で個々のクリニックがデータをつくり、それをHL7形式に変換する、これによって医科との連携ができるようになる、⑤最終的には、個人データをHL7FEIR形式にしてクラウドに保存すると、医療機関だけではなく、他職種も使える。しかし、それには法改正も必要なので、今後を注視していく必要がある。

 現在、厚労省で行われている「歯科情報標準化」についての背景と経緯について、5回にわたって述べてまいりました。今のところ、標準コードができた段階となっており、まだ実用化には時間がかかると思われます。今後、コンピューターの仕様書に「口腔診査情報標準コードに準拠したデータの入出力ができること」この文言が必要になってくるかも知れません。

 最後までお読みくださり、ありがとうございました。(了)

協会理事/広報・ホームページ部長 早坂 美都

(東京歯科保険医新聞2021年9月号3面掲載)

【歯科医療情報観測】歯科情報の利活用および標準化とは何か④

 標準化対象を整理するには、キーワードが必要になる。それが「口腔内スナップショット」であることまでは、前号で述べた。初期は、口腔状態を災害時想定してマークシートを用いて入力し、電子データにすることより始まった。これは、東北大学で開発された「Dental Finder」を基礎にしている。それと同時に、診療所から共通形式でデータが出せるようにコード設定が開始された。各診療所において共通形式(CSV形式)で検索できるようにしていく。さらにCSV形式をHL7形式に変換して、地域医療ネットワークを設けることができるよう、プログラムも作成された。
 次に、乳幼児・学校健診、節目・高齢者健診といった診療所以外のデータを抜き出し、地域医療ネットワークで使用できないかということが提案された。
 これら歯科情報の標準化については、2013年度から実証実験が行われており、課題解決に向けた取り組みが進められている。
 具体的なモデル事業が、行われることとなった。既に実証実験が済んだ取り組みについて簡単に説明をしたい。

——医療機関でのデータについて
 医療機関内のレセコンのデータを、医療機関ごとに「口腔診査情報標準コード仕様」に基づきCSVデータとして出力する。口腔内の状態を変換できた・できない、の確認を行い具体的な改善を行う。医療機関では倫理審査委員会での申請や患者への説明、オプトアウトについて患者確認などを行う。その後、データを地域医療ネットワーク等へ移動する。可能であればデータ出力した患者さんの口腔状態の画面をコピー出力してもらう。仮想環境である地域医療ネットワーク等にデータをアップすることによって、身元確認等への活用が可能となる。
 既に実施された実証実験では、最終的にモデル大学内に構築されたネットワークの仮想環境内へのデータアップまでは技術的に可能であることが確認されている。

——乳幼児・学校、節目 健診のデータについて
 節目健診の結果もCSV形式で地域医療ネットワークにアップロードした。モデル事業では、紙で集計されたものをOCR処理をし、エクセルファイルで出力した。このエクセルファイルをデータ分析機関にて集計、分析後さらにCSVに変換して出力したものを、地域医療ネットワークにアップロードした。
※OCR処理(光学的文字認識)とは、手書きや印刷された文字を、イメージスキャナやデジタルカメラによって読み取り、コンピュータが利用できるデジタル文字コードに変換すること。

 ここで、うまくデータ化できなかった事例として、学校健診があげられる。健診記号を集計し、結果をテキストファイルにしてCSV形式にすれば良いのだが、学校健診ならではの欠点があった。モデル事業を行った学校健診の用紙は、小中学校九年分の口腔状態を記載するフォーマットになっていた。
 途中、転校や学区外の中学に進学したときなど、児童生徒たちをその都度追えないということが、現地の教諭から声があがった。各地に移動してしまった児童生徒たちのデータを、誰がクラウドにあげることを承諾するのか、という問題が生じるのである。
 この部分は、これからの課題として残ってしまっている。
 次回は、今後の事業計画について述べていきたい。

協会理事/広報・ホームページ部長 早坂 美都

(東京歯科保険医新聞2021年8月号3面掲載)

【歯科医療情報観測】歯科情報の利活用および標準化とは何か③

 前回まで述べた生前情報の蓄積と死後情報とのマッチングであるが、レセプトデータやレセコンの電子カルテ、乳児検診、成人歯周病健診によって得られた口腔診査情報を身元確認に利用できるとの法的根拠はなく、オプトアウトによる利活用はできないため、事前に患者さんからの承諾が必要となる。今後この方面での法整備が必要になるが、口腔内情報は極めてセンシティブな情報なので、慎重な対応が求められている。

「口腔診査情報標準コード」について
 レセコンや歯科電子カルテ、歯科健診ソフトなどに入力された口腔診査情報は「口腔診査情報標準コード」に置き換えられ、「口腔状態スナップショット」として出力する。診療や検診の度に「口腔状態スナップショット」は最新の状態に保たれる。口腔の状態を共通の「口腔診査情報標準コード」で保存することにより、入力したプログラムでなくても同じ情報を得ることが可能となる。つまり「口腔状態スナップショット」にアクセスできれば身元確認での活用が可能となる。
 東日本大震災前は、身元不明のご遺体の口腔状態については、紙での手書きフォームに記載されたものを用い、警察経由で各診療所に問い合わせがあった。また、乳幼児・学校健診、節目・高齢者の歯周病健診などの健診事業では、紙で集計された数字が行政に上がっていた。
 震災直後の混乱の中、当時東北大学で開発された「Dental Finder」で、ご遺体の口腔情報を電子情報に置き換えるためのフォーマットを用い、問い合わせを始めた。しかし、各診療所や病院のデータ形式が統一されていなかったため、データ収集に時間がかかり、身元確認作業での活用が困難な状態であった。
 「口腔診査情報標準コード」では歯種、現在歯・欠損歯の有無、現在歯の内容、欠損歯の内容、歯列・咬合の情報等が格納される。カルテ一号用紙の口腔内の状態をイメージすると分かりやすい。この他歯科医師会行動計画(改定版)のデンタルチャート(死後記録)項目と過去災害例からの代表的な表記、インターポールの災害犠牲者身元確認(DVI)フォームで使われる項目も収載している。
 これらの項目は「口腔状態スナップショット」として「CSV形式データ」で保存される。これにより、歯科レセコンベンダが取り組みやすくなり、またHL7形式に変換しやすくなる。HL7形式に変換することにより、医科との共有がしやすくなる。
 次回では、標準化のための段階を初期から順番に述べていきたい。

協会理事/広報・ホームページ部長 早坂 美都

(東京歯科保険医新聞2021年7月号3面掲載)

【歯科医療情報観測】歯科情報の利活用および標準化とは何か ②

 前回は、歯科医療の変革について述べた。では、歯科医療情報標準化のために最初に何を始めたのか。
 2011年3月、東日本大震災が起こり、2013年から厚生労働省で標準化に向けた事業を開始した。口腔状態の表現を標準化し、診療情報の交換様式を視野に入れ、2017年には利活用および標準化普及事業が始まり、2020年に厚生労働省の標準規格が決定した。
 標準化事業の目的の一つである身元の確認のためには、データ交換ができることが必要となる。口腔を過不足なく表現し、歯科医療機関で共有でき、医科(SS-MIX2)との連携が必要となる。
 そのために、標準化仕様の定義に従った口腔状態の電子的記録を「口腔状態のスナップショット」と呼ぶことにして、身元の検索や確認ができるコード体系を作ることとした。標準化仕様である口腔診査情報標準コードに準拠することで、歯科医療機関同士で情報の共有化ができ、「口腔状態のスナップショット」を最新の状態に保つことで大規模災害での身元確認に資するデータが蓄積される。
 ここで先に述べるが、今後重要となるポイントがいくつかある。個人の口腔内の情報はセンシティブな個人情報に該当するため、利活用にかかわる法的側面が重要である。背景としては以下の法律がある。

①個人情報保護法(2003年)生きている個人に関する法律。
②医療情報システムの安全管理ガイドライン(2005年)厚生労働省
 ※死者の情報も対象であり、守秘義務がある。
③改正個人情報保護法(2017年)要配慮個人情報。医療情報はすべて要配慮個人情報であるから、オプトアウト(※)で提供できない。
 ※「オプトイン」は、臨床研究は文書もしくは口頭で説明を行い、患者さんからの同意(インフォームド・コンセント)を得て行われること。
  また、「オプトアウト」は研究の目的や実施についての情報を通知または公開し、研究のため
  に自分のデータが使用されるのを望まない場合は、拒否の機会を保障すること。

 将来的には、「口腔状態のスナップショット」は、生前情報の蓄積と死後情報のマッチングを目指していく。具体的には、乳幼児健診から後期高齢者歯周病健診まで一連の電子記録を蓄積し、管理できることを目指していく。
 次号では、標準化までの具体的な経緯について述べていきたい。

協会理事/広報・ホームページ部長 早坂 美都

(東京歯科保険医新聞2021年6月号3面掲載)

【歯科医療情報観測】歯科情報の利活用 および標準化とは何か①/口腔診査情報標準コード仕様 厚労省標準規格に採用

―はじめに
 「標準化」とは「いつ誰が行っても同じ手順で無駄なく作業を行えるか」を示すことである。口腔状態の表現を標準化することにより、診療情報の交換ができるようにするのが目的である。
 東日本大震災(2011年3月)を契機に、歯科所見による身元確認が注目されるようになった。当時は、参照先の電子情報が不統一のために、現場での確認作業がなかなか進まなかった。大規模災害時において身元確認を正確かつ迅速に行うためには、歯科所見と情報技術の連携が必要となる。
 厚生労働省医政局歯科保健課事業の一つとして、かねてより歯科所見の標準化について議論されてきた。2021年3月26日に、厚生労働省が保健医療分野の適切な情報化を進めることを目的に制定している「口腔診査情報標準コード仕様」が「厚生労働省標準規格」に採用された。
 「口腔診査情報コード仕様」とは何なのか。その背景と経過には何かあるのか。それでは「医療情報」「標準化」の視点で今までの歯科治療を振りかえってみよう。

①オーダリングシステム(※1)の必要性が低かった。口頭指示で十分な施設規模および指示内容である。
②自己完結型の診療が多かった。自院内でほとんどの症例に対応できていた。
③診療録、レセプトは診療報酬請求のためだけで、情報の二次利用は行われていなかった。
④問診、インフォームドコンセントは口頭で済んでいた。

 これらに対し、現代の歯科医療は、以下の視点が重視される。

①他職種連携が一般的になり、確実で正確な情報連携、指示伝達が求められる。
②地域医療連携。介護や行政など他の機関と協働する地域医療連携が求められる。
③同意書、交付文書。患者自身が情報に触れて自己決定する時代。
④エビデンスに基づいた治療。EBM(※2)が求められる。

 今後、カルテ・レセプトの利活用に関する動きなどを見ると、医療界で共通言語を構築しなければならない時代となっていく可能性もある。
 このような歯科医療の変革の中で、「標準化」という概念が生まれた。次号では、標準化のために最初に行われたことについて述べていきたい。

※1 オーダリングシステム
 医師や看護師が行う検査や処方などの指示(オーダー)を電子的に管理する医療情報システム
※2 イービーエム(EBM)
 「Evidence-Based Medicine」の頭文字をとったもので、「(科学的)根拠に基づいた医療」と訳されている。ここでいう(科学的)根拠(=エビデンス)とは、これまでに行われてきた医療に対する研究成果を指す。

協会理事/広報・ホームページ部長 早坂 美都

(東京歯科保険医新聞2021年5月号3面掲載)