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歯科診療報酬改定2016①/歯科診療報酬改定で厚生労働省が第1回目の通知

歯科診療報酬改定2016①/歯科診療報酬改定で厚生労働省が第1回目の通知

厚生労働省は、本日3月4日付で2016年度診療報酬改定に関する諸事項について「通知」した。そのうち、歯科に関する部分は以下の通り。ボリュームがあるため、ここでは全文を紹介できないため、厚労省の配信を直接ご覧いただきたい。

 

 

◆歯科通知

http://www.mhlw.go.jp/file.jsp?id=335813&name=file/06-Seisakujouhou-12400000-Hokenkyoku/0000114869.pdf

◆歯科様式

http://www.mhlw.go.jp/file.jsp?id=335814&name=file/06-Seisakujouhou-12400000-Hokenkyoku/0000114870.pdf

◆在宅専門

http://www.mhlw.go.jp/file.jsp?id=335818&name=file/06-Seisakujouhou-12400000-Hokenkyoku/0000114874.pdf

「歯科医師になってよかった」/GReeeeNのリーダーHIDEが震災時の経験と思いを述懐

「歯科医師になってよかった」/GReeeeNのリーダーHIDEが震災時の経験と思いを述懐

昨日、3月11日(木)、TBSテレビの報道番組『NEWS23』で、GReeeeNのリーダーを務めるHIDEが2011年3月11日の東日本大震災における自身の経験について、インタビューに応じた模様が報道された。GReeeeNはメンバー4人が全員歯科医師(奥羽大学歯学部卒)のボーカルグループで、奥羽大学歯学部卒業。メンバーは、HIDE、navi、92、SOHの4名で、グループ結成は福島県内で行われている。

メンバーは、これまでも業としての歯科医師の診療と音楽活動を展開するため、基本的に顔を伏せ、マスコミ取材はほとんど受けない姿勢を貫いてきたが、あの震災に関して自らの経験があり、“歯科医師”として関わった思い、そして被災地の本当の復興を願う思いから、今回のインタビューに応じたものと察せられる。

◆インタビューの概要

昨晩の報道では、震災以後、福島第一原発の20キロ圏内から放射線被ばくした遺体の身元確認の「検死」が行われていたが、HIDEも福島県相馬市内の遺体安置所で身元確認の検視にあたる歯科医師の1人として、その中に加わっていた。自身も被爆の危険性を承知した上での作業であったが、その時の心情は、「1人でも家族のもとに帰したいという思い」だったという。

番組は、初めてHIDEが当時の思いを告白し、語る形で紹介され、「・・・いつもなら、頭の中で音楽のメロディを探すのですが、思いつかなかった。自分の中で、音楽を失ったというか・・・」と自問自答に陥っていたことを話し、体験したさまざまな体験を語り、当時のことを振り返りつつ「ご遺族の方にお会いできて、お手伝いができたことで、歯科医師になってよかったと本当に思えた」と述懐した。

そして、番組の膳場貴子キャスターが当時の歯科医師が現地で作成した遺体検案書を紹介するとともに、アンカーの岸井成格氏が、歯科医師の職務の重要性を説明した。

◆3.11とGReeeeNの楽曲創作

なお、震災後の5月6日に、GReeeeNは震災復興プロジェクトを開始し、楽曲「GReeeeN boys」を期間限定無料配信しているほか、日本歯科医師会の楽曲創作依頼を受け「♪ユメノート」を創り昨年4月1日から配信し、現在も日歯のホームページのバナーをクリックするとメロディーを聞くことができる。ぜひ、ご視聴されたい。

※協会ホームページ「コンテンツライダー」と本文の写真は、TBS「NEWS23」のホームページより。

平成28年度扶養控除等(異動)申告書の変更点/機関紙2016年3月1日号(№552号)より 

平成28年度扶養控除等(異動)申告書の変更点/機関紙2016年3月1日号(№552号)より 

質問① 昨年10月からマイナンバー(以下、「個人番号」)が交付されたが、従業員に提出してもらう『給与所得者の扶養控除等(異動)申告書 』については、どのような変更点があるのか。

回答① 『給与所得者の扶養控除等(異動)申告書』については、マイナンバー制度の導入に伴い、新たに被保険者の「個人番号」欄が追加されました。従業員から個人番号が提出された際には必ず本人確認として番号確認・身元確認を行う必要があります。申告書には、給与支払者・給与所得者・扶養親族の個人番号をそれぞれ記入する欄があります。平成27年度の確定申告や年末調整等、税務上の管理では使用しないので、実務上は28年分の年末調整までに取得すれば問題はありません。また、28年度からの変更点として、非居住者(国外居住親族)である親族については扶養控除などの適用を受ける場合、「親族関係書類」の提示または提出を受けることとなりました。年末調整においては、「生計を一にする事実」の欄に送金額を記載し、「送金関係書類」の提示または提出を受ける必要があります。

 

質問② 従業員の扶養親族の個人番号における本人確認はどのように実施すればよいのか。

回答② 従業員の扶養親族の個人番号を取得する時は、その扶養親族の個人番号の提供が誰に義務づけられているかによって異なります。健康保険の扶養親族の届出や所得税の扶養親族の届出は、従業員が「個人番号関係事務実施者」として、その扶養親族の本人確認を行うことになります。そのため、歯科診療所側では扶養親族の本人確認を行う必要はありません。

 

質問③ 従業員が個人番号の提出を拒否した場合、どのように対応をとればいいのか。

回答③ 従業員は個人番号の提出について、法律上は義務とされていますが、記載しなかった場合の罰則はなく、歯科診療所側には、個人番号の提出について法律上の強制力はありません。そのため「提出を促したが、拒否された」旨の記録を残しておいてください(国税庁ホームページQ1-18)。その際、書類の提出先の機関の指示に従う必要がありますが、内閣官房が設置しているマイナンバーコールセンター(TEL 0120―95―0178)では「個人番号の記載がなくとも受理する。不利益はない」と回答しています。

なお、従業員から個人番号が提出された場合は、①本人確認(番号確認と身元確認)、②安全管理措置、③委託先の必要かつ適切な監督―の3点を行う必要があります。もし、これを怠ったまま漏えい事故が起こってしまうと、監督機関である「特定個人情報保護委員会」からの指導や勧告を受けることになりかねませんので充分、ご注意下さい。

政策委員長談話「2016年度改定の目指す方向は」

「2016年度改定の目指す方向は」

 2月10日、中医協は厚生労働大臣に次期診療報酬改定の内容を答申した。歯科の改定率は引き上げられたものの、0.61%とわずかであり歯科保険診療の充実に繋がるかは疑問である。

 改定の特徴の1つ目は、医療機関の機能分化である。長期管理機能を持つ診療所の評価として「かかりつけ歯科医機能強化型歯科診療所」(以下、「かかりつけ強化型」)を新設し、算定できる点数に差をつけるなど差別化を図った。特に在宅医療では、在宅医療専門、一般の診療所、歯援診、かかりつけ強化型の順で評価を上げ、医療機関の機能分化を強く推進した。在宅医療専門の場合、訪問診療料を外来の初再診料と同程度に設定され、施設基準の複雑さと併せて届出の要件は高い。在宅のみを行う医療機関は、一般の診療所の補完的な位置づけとした。

 特徴の2つ目は、地域包括ケアシステムの構築のために、患者の一生涯をかかりつけとして長期管理するための点数の新設と要件緩和が行われた。エナメル質初期う蝕、在宅患者訪問口腔リハビリテーション指導管理料の新設、およびSPTの要件緩和である。また、「かかりつけ強化型」で算定できるSPT(Ⅱ)などの点数に高い点数を貼り付けた。

 しかし前提として、「かかりつけ強化型」の施設基準には、訪問診療や複数体制など多くの要件があり、届出を行うにはハードルが高い。また、「かかりつけ強化型」で算定できる点数には多くの点数が包括されており、「かかりつけ強化型」を選択せずに包括されている項目を別に算定してもその差は大きいとはいえない。

 特徴の3つ目は、歯管の算定要件から文書提供が外れ、文書提供した場合は10点の加算をする取り扱いに変わったことである。これまで協会は、管理と文書を分けて評価すべきと繰り返し行政側に要望してきたが、それが反映されたといえる。しかし、歯管の点数が10点引き下げられたこと、文書提供の評価がわずか10点であることは誠に遺憾である。他方、文書提供しない場合のカルテ記載の内容の強化が見込まれる。通知を待って慎重な対応が必要だろう。

 特徴の4つ目は、臨床に即した改定が行われた点である。学会ルートである医療技術評価提案書からP混検の点数引き上げや根面う蝕に対する充填の取り扱いなどが改められ、舌圧検査などの新たな技術も保険導入された。協会は、舌圧検査など必要な検査の保険導入や、現場で問題となっていたTeCの算定時期を実態に即して装着時に請求できるようするなどの不合理の是正を要望し、今改定で反映された。まだ解決すべき課題は多く残されているが、この点については評価をしたい。

 今改定だけではなく、今後も歯科の諸問題の解決が進むことを望むとともに、運動に対する会員の協力を頂きたい。

 

東京歯科保険医協会

政策委員長 中川勝洋

2016年2月24日

政策委員長談話「 2016年度改定の目指す方向は」

政策委員長談話「 2016年度改定の目指す方向は」

2月10日、中医協は厚生労働大臣に次期診療報酬改定の内容を「答申」した。歯科の改定率は引き上げられたものの、0.61%とわずかであり、歯科保険診療の充実に繋がるかは疑問である。
改定の特徴の1つ目は、医療機関の機能分化である。長期管理機能を持つ診療所の評価として「かかりつけ歯科医機能強化型歯科診療所」(以下、「かかりつけ強化型」)を新設し、算定できる点数に差をつけるなど差別化を図った。特に在宅医療では、在宅医療専門、一般の診療所、歯援診、かかりつけ強化型の順で評価を上げ、医療機関の機能分化を強く推進した。在宅医療専門の場合、訪問診療料を外来の初再診料と同程度に設定され、施設基準の複雑さと併せて届出の要件は高い。在宅のみを行う医療機関は、一般の診療所の補完的な位置づけとした。
特徴の2つ目は、地域包括ケアシステムの構築のために、患者の一生涯をかかりつけとして長期管理するための点数の新設と要件緩和が行われた。エナメル質初期う蝕、在宅患者訪問口腔リハビリテーション指導管理料の新設、およびSPTの要件緩和である。また、「かかりつけ強化型」で算定できるSPT(Ⅱ)などの点数に高い点数を貼り付けた。
しかし前提として、「かかりつけ強化型」の施設基準には、訪問診療や複数体制など多くの要件があり、届出を行うにはハードルが高い。また、「かかりつけ強化型」で算定できる点数には多くの点数が包括されており、「かかりつけ強化型」を選択せずに包括されている項目を別に算定してもその差は大きいとはいえない。
特徴の3つ目は、歯管の算定要件から文書提供が外れ、文書提供した場合は10点の加算をする取り扱いに変わったことである。これまで協会は、管理と文書を分けて評価すべき、と繰り返し行政側に要望してきたがそれが反映されたといえる。しかし、歯管の点数が10点引き下げられたこと、文書提供の評価がわずか10点であることは誠に遺憾である。他方、文書提供しない場合のカルテ記載の内容の強化が見込まれる。通知を待って慎重な対応が必要だろう。
特徴の4つ目は、臨床に即した改定が行われた点である。学会ルートである医療技術評価提案書からP混検の点数引き上げや根面う蝕に対する充填の取り扱いなどが改められ、舌圧検査などの新たな技術も保険導入された。協会は、舌圧検査など必要な検査の保険導入や、現場で問題となっていたTeCの算定時期を実態に即して装着時に請求できるようにするなどの不合理の是正を要望し、今改定で反映された。まだ解決すべき課題は多く残されているが、この点については評価をしたい。
今改定だけではなく、今後も歯科の諸問題の解決が進むことを望むとともに、運動に対する会員の協力をいただきたい。
2016年2月24日
東京歯科保険医協会
政策委員長  中川勝洋

歯科医療点描⑥ 歯科技工士制度の崩壊/「歯科療費増で技工士待遇改善を」なら国民も納得

歯科技工士制度の崩壊/「歯科療費増で技工士待遇改善を」なら国民も納得

私は学生になってすぐ、歯科技工士という職業を知った。初めての下宿にはもう一人下宿人がいて、それが近くの歯科医院に勤務する技工士さんだったからだ。教養部の2年間は一緒だったと思う。東北地方の出身でなまりがあり、朝食の時に入れ歯作りや歯科医院の話を聞いた覚えがある。

新聞記者になってから技工士の取材も何度かしたが、一番に浮かぶのは「海外委託」問題だ。たった4ページだが、著書『ドキュメント医療危機』に関連話題として載せてある。私は20066月、脇本征男さんら技工士グループが、地位保全と損害賠償を求めて裁判を起したとの記事を書いた。国が資格制度のない外国で作られた入れ歯輸入を認めているのは歯科技工士法に違反し、制度の根幹をゆるがしているとの主張だ。

この記事は東京と西部に載り、西部版が収録されている。ということは大阪版はボツで、東京版は一部がカットされたことを意味する。国に逆らうような訴訟は、一般紙では『朝日』だけしか載せず、それもかなり冷たい扱いだったわけだ。

海外委託は04年頃から出てきたらしい。技工士は歯科医の指示が不可欠だが、海外ではそれも不要で、コンピューター機器が日本よりずっと安く作ってくれる。これを放置すれば、技工士制度が崩壊していくのは当然ともいえる。

裁判は08年の東京地裁、09年の東京高裁で敗訴、11年最高裁は上告却下だった。日本の司法制度下では国相手だと分が悪い、の定評通りの完敗だった。これでは海外委託は止まるはずがなかった。

昨年夏、「保険で良い歯科医療を」国会内集会に参加し、何年ぶりかで日本歯科技工士会代表の悲惨な訴えを聞いた。 いまや技工士の低賃金、長時間労働は常態化し、耐えられずに卒業後五年以内に75%もが離職している。66%が週70時間以上働き、37%はほとんど休みが取れない状態でありながら、38%は可処分所得が300万円以下。海外委託の影響は大きく、国家資格の職種そのものが存亡の危機に瀕している、と。

その通りだと思う。厚生労働省のお役人は軽い気持ちか、医療費削減策からか、海外委託を歓迎した。コンピューターやロボット技術の発展で、医師や歯科医の診療行為の一部も自動化される可能性がある。

集会で指摘されたように、保険による歯科医療費が伸びないことが問題の背景にある。いろいろな医療職が協力し、よりよい医療をめざすチーム医療を考えれば、歯科医師は、弱者である技工士の待遇改善にもっと目を向けるべきだったのではなかったか。

「技工士や歯科衛生士の待遇改善のために医療費を増やせ」との主張は、歯科医の収入増の要求より、ずっと国民を説得しやすい。

医療ジャーナリスト 田辺功

「東京歯科保険医新聞」201621日号6面掲載

 【略歴】たなべ・いさお/1944年生まれ。68年東京大学工学部航空学科卒。同年朝日新聞社入社。2008年、朝日新聞社を退社後、医療ジャーナリストとして活躍中。著書に「かしこい患者力よい病院と医者選び11の心得」(西村書店)、「医療の周辺その周辺」(ライフ企画)「心の病は脳の傷うつ病・統合失調症・認知症が治る」(西村書店)、「続 お医者さんも知らない治療法教えますこんな病気も治る!」(西村書店)ほか多数。

映画紹介№26「Inch’Allah ~ クロエの祈り ~ 」

映画紹介№26「Inch’Allah ~ クロエの祈り ~ 」

【2012年カナダ・フランス製作/アナイス・バルボー=ラヴァレット監督】

 「何してるの!」
 「お腹の赤ん坊が武装して いるかもよ」
 「この子は最強の兵士になるわ」
 舞台はイスラエル、ヨルダン川西岸の紛争が絶えない地域。カナダ人の女性産婦人科医クロエは赤十字のボランティアとして、イスラエル側で暮らしながら分離壁の出入り口、イスラエル軍の検問所を行き来して、パレスチナ側の産婦人科診療所で働いています。
 同じアパートに暮らす検問所配属のユダヤ女性兵士とは友達。一方では、パレスチナ人妊婦患者とは診療を通して家族ぐるみの付き合いをしています。
 紛争地域での女医の最初の軽い気持ちは、やがて対立するユダヤ人とパレスチナ人の間に立たされます。映画は出口の見えないパレスチナ紛争の厳しい現実を描くドラマ作品となっています。
 大勢の人々で賑わう大通り、広場のレストラン、居酒屋、小鳥屋、カフェ街などイスラエル側の一見、平穏で豊かな街の描写から始まります。
分離壁の出入り口である検問所では自動小銃を持ったイスラエル兵が身分証明書チェックをしています。
 「よし。通ってよし」
 兵士は待合室、診察室、薬品棚、検査室など、診療所を抜き打ちに調べにやって来ます。
 高さ八メートルものコンクリートの巨大な分離壁。ゴミでごった返す難民キャンプ。
 「ユダヤ人入植地で銃声」
イスラエルがニュース速報を流します。
 「入植地で武装した3人が 発砲」
「入植者2人が重傷」
 これを聞いてパレスチナ人は小躍りして歓びの声をあげています。
 イスラエル軍のトラックの音。検問所は騒然とし、検問は強化され、パレスチナ人の男たちは学校に集合せよと命令が出されます。トラックの走行を邪魔する子どもはひき殺ろされてしまいました。
 そんな中、妊婦に陣痛がきて、今にも生まれそうになるが、出血がひどく、病院への搬送が必要になります。
 「お願いだ、通してくれ」
 「病院へ運ばないと」
 「後ろに下がりなさい」
 「下がらないと発砲するぞ」
 「下がれ! これは戦争なんだ」
 死産。
 母親は出産後、自爆テロに身を投げてしまいます。
 「どうした?白人女」
 「診療所では医者だけど」
 「ここでは無力だなあ」
 1993年9月、アメリカのクリントン大統領が間に入り、イスラエルのラビン首相とPLOのアラファト議長の間で、パレスチナ暫定自治協定がなされ、「ガザ地区、ヨルダン川西岸地区からイスラエル軍は撤退」としたにもかかわらず、この地域でのユダヤ人の人口は増え続けているそうです。
 2014年にもユダヤ人少年3人の遺体が発見され、その後、16歳のパレスチナ人少年が殺害され、互いに相手が殺害したと、悲しみと怒り、そして報復の連鎖が起きています。
  映画は、「話し合い、違いを理解して、歩み寄る」ことの大切さをあらためて教えてくれます。いち早く和平案が合意され、悲しい紛争がなくなるよう祈るばかりです。
 カナダとフランスの合作映画。2012年に第37回トロント国際映画祭で上映され、日本では劇場で未公開、WOWOで放送されました。
  (協会理事/竹田正史)

映画紹介№25「刑務所の中」

映画紹介№25「刑務所の中」

【2002年日本制作 / 崔洋一 監督】

「銃砲刀剣類不法所持取締違反で懲役3年」
 映画は北海道、日高の刑務所を舞台に受刑者の機械的な生活を淡々と映し出します。受刑者の更生物語でも脱走物語でもありません。〝シャバ〟から見ると、どうでもいいような断片的な人間模様や刑務所ならではの風変わりな規則や暮らしを紹介します。
 映画は朝の配食準備に忙しい調理室から始まります。6時30分起床、バケツ、ほうきと雑巾で部屋、トイレの隅々まで掃除。
「303室点検!」
 看守に向かって直立不動で整列。大きな声で、
「イチッ、ニッ、サンッ、シッ!」
「5名異常なし」
 5人の受刑者は銃砲刀剣類不法所持、火薬類取締法違反、麻薬取締法違反、殺人罪、連続コンビニ強盗事件、学校荒らし強盗…の罪で服役している者たちです。
7時40分に朝の配食。
「米7分、麦3分のどんぶり飯」
「タマネギと切りふの味噌汁」
「マグロのフレーク」
「金時豆の煮豆」
 返事は常に「ハイッ!」と応え、部屋を出たら隊列を組み、
「イチッ、ニッ、サンッ、シッ!」と、腰に手を当て小走りで移動します。作業場は工場、看守は「先生」と呼ばれ、一段と高い所から受刑者に目を光らせています。
 少しでも違う行動を取る時には「願います!」と大声で手を挙げて看守の指示を仰がねばなりません。
「願います!」
「何だ?」
「用便 、願います」
「朝、済ませて来なかったのか?」
 ティシュ箱づくりの作業は午後4時30分で終わります。午後4時45分に夕方の点検があり、4時50分には夕配食があります。
「春雨スープ?」
「ほら牛だよ、牛だよ!」
 風変わりな規律はあるが暴力は一切なく、テレビも見られる、雑誌も読める。合宿所のような健康な生活です。
「コラッ!お前何やっているんだ!」
「そんなことをしてもいいと思っているのか!」
 雑誌のクロスワードに答を記入した些細なことでも、懲罰房(独房)に連行されてしまいます。
「医務」と呼ばれる健康診査は週2回。医務官が体調不良を申し出た者を一列に並ばせ、立ったまま、検温、診察を行います。
「薬指と小指の間にできものができました!」
 体温、患部を診て、即座に処置の診断を下します。
刑務所では、毎日の作業は定時に終わるし、免業日と呼ばれる土日の休みもあります。3度の食事は欠かすことなく出てきます。受刑者の楽しみは、四肢の不自由なお年寄りと同じように提供される食事。そのメニューに一喜一憂します。
「正月に羊かんが出るってほんとうかい?」
「出るよ」
「去年は甘酒とマグロの刺身が出た」
「大晦日の夕食はおせちだ」
 この映画には映画「ショウシャンクの空」のように脱走をもくろむ受刑者と暴力的な看守。緊張感や重い空気は全くありません。人間模様を違った視点から考えさせられる作品です。
 主人公演じる山崎努をはじめ、松重豊、香川照之、椎名桔平、大杉連など、豪華な役者ぞろいのコミカルな映画で、映画の好きな人は絶対に満足するでしょう。
 (協会理事/竹田正史)

映画紹介№24「世界が食べられなくなる日」

映画紹介№24「世界が食べられなくなる日」

【2012年仏製作 / ジャン=ポール・ジョー監督】

「二十世紀に世界を激変させた技術が2つあります」
「核エネルギーと遺伝子組み換え技術です」
 映画は遺伝子組み換え食物と放射能の迫りくる脅威に警鐘を鳴らします。
 米国の多国籍企業モンサント社のGM(genetica-lly modified)飼料と農薬ランドアップを長期給餌したラットの実験と福島第1原発事故後の周辺農家の取材を中心に「GM作物刈り取り隊」や「狙われる途上国セネガル」の有機農業活動を交えて伝える衝撃的なドキュメンタリーです。

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 映画はフランス・カーン大学のセラリーニ教授の動物実験室から始まります。
 モンサント社はたった3ヶ月の実験結果からGM作物は安全であると発表。セラリーニ教授はラットの寿命2年間の追跡調査を行ったところ
「4、5ヶ月頃から喉元に 初期の腫瘍が発生した」
「オスには腎腫瘍が多く」
「メスには乳腺繊維種、角 化性棘細胞腫が多い」
「15ケ月目に、五、六セ ンチの腫瘍に肥大化した」
など、GM作物はラットに巨大な腫瘍を発症させ、安全性はおろか、きわめて危険なものである事実が明らかになりました。
 現状では、GM作物は飼料や加工食品にも使われ、誰もがGM摂取を避けられません。また、荷役、輸送する港湾労働者やトラックの運転手は、GM作物に付着する農薬ガスを吸って、健康を害されています。
 一方、フランスには原発が16施設あり、炉の数56機が稼働する世界第2位の原発保有国ですが、深刻な原発事故を何度も経験しています。
 1980年、サンローランデゾー原発で冷却装置が故障、チェエルノブイリ原発事故の2年前の1984年にはビュジェイ原発で冷却水の沸騰事故、1999年にはブライエ原発でもロワール川氾濫で施設が浸水し2号機、4号機の外部電力喪失事故がありました。
 そして日本では2011年3月、福島原発1号機が地震、津波で浸水、爆発、メルトダウンとなり、事故前の年間1ミリシーベルトが事故後は20ミリシーベルトにも上昇しました。

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 2人の子を持ち、現在もう1人を身ごもる母親は、「政府は嘘ばかり言って子どもを守ろうとしない」「放射線汚染したものやGM野菜など食べたくない」
 第1号機周辺の農家では
「牛は全部処分した」
「原発がなかったらこんなことにはならなかった」
「地震だけなら我慢もできるが、放射能はどうしようもない」
「今までもっと原発に反対 しなければいけなかった」
 監督は人間は自ら作った「ウラン」や「遺伝子組み換え」というモンスターを安易に捉え安易に扱ってきた。そんな魔物を怒らせたら、それを止めることができない。遺伝子組み換え作物も原発の放射線被爆も未来の子どもたちに深刻な問題を残すと、語気を強めます。
 この映画は「宇宙戦争」の原作を著したH・G・ウェルズの「神々の糧」(映画「巨大な生物の島」の原作)を思い出させます。世界が食べられなくなる日が本当にやって来るかもしれません。

◆この映画を2015年11月7日午後6時30分より、渋谷区文化総合センター大和田にて無料自主上映します。ぜひ、ご参加ください。 (協会理事 竹田正史)

映画紹介№23「 American Sniper ~ アメリカンスナイパー ~ 」

映画紹介№23「 American Sniper ~ アメリカンスナイパー ~ 」

【2014年米国製作 / クリント・イーストウッド 監督】

「女と子どもが出てきた」
「部隊に近づいている」
「女が何か隠し持っている」
 この映画は、イラク戦争に4度従軍し、160人以上を狙撃し、その栄誉を称え、『レジェンド』と呼ばれた狙撃手・クリス・カイルの自伝「ネイビー・シールズ最強の狙撃手」を基に、戦場と家族の狭間での葛藤を描いた作品です。
 瓦礫の町の完全制圧を目指して、アメリカ海兵隊の戦車、歩兵が掃討作戦を展開しています。これを後方の建物の屋上からネイビー・シールズ(海軍特殊部隊)が援護しています。
「対戦車手榴弾だ」
「子どもに渡した」
 男は子どもに照準を合わせ、スナイパー・ライフルの引き金引き、さらに母親とみられる女を狙撃しました。
「殺やられる前に殺れ」 これがこの男の初めての残酷な狙撃体験でした。
 男は幼い時から厳しい父親の猟銃に付いて回り、初めての狩りで、1発で鹿を仕留めました。
「一流のハンターになれるぞ」
と父親は息子を褒め、
「弱い羊たちを守る牧羊犬になれ」
「オオカミにはなるな」
と教えてきました。
 男は30歳になるまで、カウボーイに憧れ、ロデオに明け暮れていましたが、タンザニア、ケニアのアメリカ大使館爆破事件を機に、「俺はテロリストを殺したい」と突如、愛国心に目覚め、海軍に志願し、特殊部隊ネイビー・シールズに配属されます。
「狙撃手は海兵隊員1名を護衛し」
「建物の制圧を監視する」
「何があろうと彼らを守れ」
 男はイラク戦争で活躍し、『レジェンド』と呼ばれ、敵からは『悪魔』と恐れられアルカイダ側から18万ドルの賞金が賭けられています。しかし、「奴らにも450メートル先から頭を撃ち抜く狙撃兵がいる」。
 敵方に元オリンピック射撃選手だった男が、1000メートル級の狙撃兵として現れます。中尉が、伍長が…。海兵隊は苦戦を強いられます。
 2回、3回とイラク派遣を繰り返すうちに、男の心にも変化があらわれます。
「なぜまたイラクへ行く の」
「家族はここにいるのよ」
「お願い。 人間らしさを取り戻して」
妻の熱心な懇願で第四回派遣を最後に軍を辞めると決心しました。軍を辞めた後、PTSD(心的外傷後ストレス障害)に襲われ、同じ悩みを持つ退役傷痍軍人の支援に打ち込みます。
 2013年2月2日、力になろうとしたPTSDに悩む元海兵隊の兵士と射撃場に向かいますが、その彼に射殺されることになります。
 アメリカではこの映画をめぐり、オバマ大統領夫人を巻き込んで「あまりに好戦的とか」「過度のヒローイズムだ」といった大論争があったそうです。
「殺される前に殺す」という戦場での当たり前の戦争原理が、子どもだろうが女であろうが殺すことになります。
 「許されざる者」「 グラン・トリノ」など一貫して「アメリカ」を描いてきたクリントン・イーストウッド監督は、この映画で戦争を美化するのではなく、洗いざらいの戦場を再現して、観客に戦争の是非を問う作品としました。
 米国での興行成績は「アバター」を超えた大傑作だといわれています。
(協会理事/竹田正史)

映画紹介№22「イフ・アイ・ステイ if I stay」

映画紹介№22「イフ・アイ・ステイ ~ if I stay ~」

【2014年米国製作 / R・J・カトラー 監督】

「ベートーヴェンは26歳で」
「聴覚とピアニストの職を失った」
「彼は作曲家に転身し、大成功した」
 舞台はアメリカ西岸北部の真冬のポートランド。
 映画は大雪で学校も職場も休みになった日、家族4人が出かけ、スリップ事故に巻き込まれ、主人公の少女が助かるまで、24時間の彼女の思いを描きます。
 少女の父は弟が生まれてバンドを引退し、学校の先生に。母親は旅行代理店で働いて、元パンク少女。
「人生は計画通りにはいかない」
 彼女は小学2年生の時、チェロの響きに魅了され、クラシック音楽の秩序と骨組みが大好きと、チェロ奏者になること夢見ています。
「ルイス&クラークもいい大学だけど」
「ジュリアードは」
「最高峰の音楽学校よ」
 事故当日は、2ヶ月前に受けたジュリアード音楽院の合否の手紙が来る、落ち着かない日でした。少女は思い描いた未来になるのか、今は不安の真っただ中にいる17歳の高校生です。ポートランド全域が大雪で学校も職場も休みになってしまいました。
「ママも休みよ」
「今日は何をする」
「実家に行く?」
 家族4人で出かけることになりました。目の醒めるような森林の冬景色の中、雪で車がスリップし、対向車に突っ込んでしまいます。映画はここから始まります。
「挿管を」
「酸素マスクを」
「少年はまだ意識がありま す」
 少女は道路に放り出され、救急隊員の助けで、蘇生措置を付けられた、意識不明の自分の姿を見ます。母親は即死、父親は手術中に死亡。弟は脳内出血が酷く、集中治療室での管理に入ったが、間もなく死亡。
「容態は?」
「骨折、脳挫傷、脳内出血」
「超音波とX線の準備、呼吸療法士を」
「脾臓を摘出」
 手術は何時間もかかります。彼女だけが昏睡状態で生死の境を彷徨っています。
「息子一家が事故にあったそうだが」と、祖父母が駆けつけてきます。
「あの事故でよく生きています」
「母親は即死でした」
「父親は手術中に死亡」
 チェロ奏者を目指し、ジュリアード音楽院を目指す少女の自分、父母に温かく身守られている自分。彼氏との出会いやさまざまな幸せな日々が回想されます。病院には嘆き悲しみ、自分を死の淵から呼び戻そうと、たくさんの友人や彼氏が駆けつけています。
「昏睡中の彼女から」。
「人工呼吸器を外してみます」
「外せればいい兆候です」
 多感な少女の初恋、友情、家族を描いた優しさが溢れている青春映画です。
「どうしたら生きる気力がでるのかしら?」
「おじいちゃん、どうしたらいい?」
 映画はスティーブン・スピルバーグの映画「ラブリー・ボーン」のような魂が身体から抜け出す幽体離脱というスタイルをとっており、事故までの楽しい日々を回想していきます。
「僕は待っている」
「君に会える時を」
 あの「キック・アス」や「キャリー」の子役クロエ・グレース・モレッツが大きくなって、魅力満載の演技を披露する映画になっています。
(協会理事/竹田正史)

映画紹介№21「フランキー&アリス~ Frankie & Alice ~」

映画紹介№21「フランキー&アリス~ Frankie & Alice ~」

【2010年カナダ製作/ジェフリー・サックス監督】

「ちょっと」
「大丈夫ですか?」
「聞こえていますか?」
 舞台は米国、1972年のカリフォルニア州ロサンゼルス。映画は1人の人間の中に、別の人間が同居している多重人格障害。今日では解離性同一性障害と呼ばれる心の病に悩む「売れっ子黒人ストリッパー」が、原因の解明に懸命な心理療法士ドクター・オズワルドの助けを借りて、自分の封じ込めてきた忌まわしい過去と向き合って、本当の自分を取り戻して行く姿を、熱く描いていく感動的なドラマになっています。
カメラは、フランキーの生まれ育った1957年ジョージア州サバンナの殺風景な地と空を分かつ夕暮れの地平線を映し出します。
「天才がまたクロスワードを完成させている」
「それ私じゃないよ」
「あなたよ」
「記憶にないわ」
 ある夜、黒人イケメン男を連れ込んだ部屋で、床に転がっている子どもの「おもちゃ」が忌まわしく、切ない過去を彷彿させ、身体が硬直し、みるみるうちに形相が険しくなり、フランキーの別人格、白人の人種差別主義者の「アリス」に移り変わって行きます。
「触らないで 汚い手で くそったれニガー」
「おまえの体は不品行、性欲、情欲、貪欲で汚れている」
「おまえは神の激怒に触れるに違いない」
と男をなじり見下す言葉をまくし立てます。男は戸惑い
「フランキー、一体 どうしたんだ?」
「わたしはフランキーじゃないわ。“ アリス”よ」
 彼女は、そばにあった鈍器で男の頭を殴り飛ばし、そのまま路上に飛び出し、意識を失ってしまいます。
「混乱気味です」
「酔っぱらってはいないようです」
「名前はフランク・K・マードックさんですですね」
「違います」
 病院に搬送され、サイコテラピストのボズワルド・ドクターの診察で、記憶障害の兆候はあるが眼振症候はない。フランキーの一連の不自然な行動は“解離性同一性障害”と診断します。
「わたしのダンス 見たことある?」
「君はダンサーか」
「クラシックバレエ?」
「違うわ」
「エキゾチックなダンス」
「ストリッパーなの」
 解離性同一性障害とは、自分の中にいくつもの人格が現れ、ある人格が現れている時には、別の人格の時の記憶がなく、生活面でさまざまな支障が出るそうです。これらの症状は、辛い体験を自分から切り離そうとするために起こる、一種の心の防衛反応と考えられているようです。
 映画での白人娘「アリス」の人格に移り変わった時のアリスの言動は、人種差別問題にもなり兼ねません。
 原因の解明にはまっていく医師オズワルドを演じるステラン・スカルスガルドの渋い安定した演技は圧巻で、フランキー演じるハル・ベリーは第68回ゴールデングローブ賞にノミネートされました。1人で3人の人格を演じ分け、役者冥利に尽きる魅惑的な素晴らしい演技を発揮しています。
(協会理事/竹田正史)

映画紹介№21「 少女は自転車にのって 」

映画紹介№21「 少女は自転車にのって 」

【2012年サウジアラビア製作/ハイファ・アル=マンスール監督】

「神に従えば」
「神は天国に私の場所を」
「用意してくださるだろう」
 映画は、戒律に縛られ、女性の行動が厳しく制約されているサウジアラビアの首都リヤドを舞台に、自転車に乗る夢に奮闘する10歳の少女ワジダを描いた作品です。
 黒色の長いローブを身にまとい、黒い髪を後ろに束ねた少女たちがコーランの一節を読み上げています。
「整列して、もう1度」
 カメラは少女たちの足元に向けられ、隠れて着飾っている靴下、足首に巻きつけた色とりどりのミサンガを映し出します。
「ミサンガは」
「1本二リヤルよ」
 サウジアラビアはアラビア半島の80%を占め、人口3000万人。絶対君主制の国。世界一の産油国。30%近い出稼ぎ外国人に労働を委ね、さらに医療機関も学校も無料の豊かな国です。
 イスラム教の発祥地であり、メッカはイスラム教最大の聖地。アラブ諸国の中で最も厳しい戒律を守っています。
 1日5回、礼拝を知らせる「アザーン」の声が町中に流れます。
 男性は踵まで隠れる真白な「トープ」と呼ばれる服装。頭に赤白のチェック模様のスカーフを被ります。
「ヒジャブをどうしてつけていないの?」
 学校では適時、厳しい服装、持ち物検査が行われます。
「ラブソングのテープ、それとサッカー・チームのミサンガ」
「こんなものはみな禁止されているのを知っているでしょう」
「言うことを聞かないと、嫁に出されてしまうわ」
 女性への制約は厳しく、男性がいる場所では、衣服の上から黒色の長いローブ「アパーヤ」を着用し、黒色のスカーフ「ヒジャブ」で髪を覆い、黒色の布「ニカブ」で顔を覆っています。
「笑うのはやめなさい」
「外の男性に声が聞こえてしまいます」
 自動車の運転や1人歩きができない。選挙権がない。町のレストラン、銀行、役所、スーパーの店員は皆、男性で、病院と学校以外では働けません。
「自転車がほしいの」
「女が自転車なんてダメよ」
 自転車を買うために、賞金がもらえるコーランの暗誦大会に挑戦します。
「暗誦は淀みなく、発音が正確ではあること」
 少女ワジダは、図らずも優勝してしまいます。
「賞金は何をに使うの?」
「自転車を買います」
「なんですって!」
「パレスチナの同胞に寄付したほうがよいのでは」
と、賞金は結局、少女の手に渡りませんでした。
 一夫多妻制。父親は第2夫人の家に入り浸りで、家に帰って来ません。
「ママがずっと待ちわびていたわ。2週間、一体どこにいたの?」
「パパはママの最初の恋人で、最後の恋人だったわ」
「でも、これからは2人よ」
「あなたの自転車を買っておいたから。世界一幸せになってね」
 2012年、ヴェネチア国際映画祭で国際アートシアター連盟賞などを受賞。
 この映画は映画館のないサウジアラビアで、初めて作られた長編映画。しかも監督はサウジアラビア女性。
 最近の中東情勢を思うと、現地の普通の人たちの現実的な日常生活はどうなっているのか、思わず考えてしまいますが、この作品は新鮮な感動、希望にあふれ、思わず少女ワジダを応援したくなる映画です。
(協会理事/竹田正史)

映画紹介⑳「モンサントの不自然な食べもの」

映画紹介⑳「モンサントの不自然な食べもの」

【2008年仏・加・独制作/マリー・モニク・ロバン監督】

「モンサントってどんな会社なの?」
「遺伝子組み換え作物は、本当にヒトや環境に安全 なの?」
 映画は、ひとりの女性が、モンサント社の冷酷無比なアグリビジネス(農業ビジネス)の実態とモンサントをめぐる疑惑に、検索に検索を重ねて食と命が脅かされる実態に迫るドキュメンタリー作品です。

モンサント②001
「作物をつくるには、除草が欠かせません」
「強力な当社製の除草剤の“ラウンドアップ“にも枯れない大豆」
「それが、当社の遺伝子組み換え除草剤耐性大豆です」
「人や家畜にはまったく害がありません」とモンサント社は答えます。
 しかし、研究者はその危険性を指摘しました。
「最初は正常な細胞分裂に見える」
「しかし、分裂の過程で遺伝子が不安定になり、ガンのように異常になりま す」。
 アメリカの第40代ロナルド・レーガン大統領(1981~89年)は小さな政府を志向し、企業の利益のため規制緩和政策をとりました。
 続く第41代ジョージ・H・W・ブッシュ大統領(1989~93年)は、バイオテクノロジー推進に邪魔になる規制をすべて廃止しました。
 食品や薬品の安全性を厳しく管理するはずのFDA(アメリカの食品医薬品局)副長官に就任したモンサントの弁護士は、「在来種と遺伝子組み換え種は実質的にはなにも変わらない」として、新しい法律や規制作りませんでした。
 これらのことが現在のモンサントの問題を生み出した元凶だと、ドキュメンタリーは指摘します。
 インドでは在来種の綿花は耐殺虫剤遺伝子組み換え綿花で、メキシコでは在来種トウモロコは駆逐されてしまいました。
 メキシコでは遺伝子組み換え作物の栽培を国内で禁止していても、アメリカと結んでいるFTA(自由貿易協定)により、アメリカ産「遺伝子組み換えトウモロコシ」の輸入を阻止できません。

モンサント①003
 一方、アルゼンチンでは遺伝子組み換え作物国内栽培を許可していますが、その輸入を禁止するEU諸国には輸出できません。
 モンサント社は、菜種、からし菜、オクラ、ナスなど、殺虫剤や除草剤と一体的に売り込む遺伝子組み換え種子を作り続けています。農家は、毎年の種子代金、一ヘクタール当たりの特許ライセンス料、除草剤や殺虫剤料を支払わねばなりません。契約違反があると、モンサント・ポリスを使って訴ええられてしまいます。
 日本では、遺伝子組み換え作物の表示が義務づけられています。しかし、国産・輸入牛豚鶏肉、国内の謬・豚飼育場や養鶏場の飼料、納豆、もやし、マヨネーズ、菜種油など多種多様の加工品に、遺伝子組み換え作物が使用されている製品がかなり生産、流通しており、不安になります。さらに、現在進行中のTPP交渉の結果、多数の国がメキシコやアルゼンチンのようになりかねないかと心配です。
「種子を握れば、食料のす べてを掌握できます」
「爆弾や軍隊よりもはるか に強力に世界を支配でき る」
 この映画は2008年にフランスで公開され、日本では同年六月、NHKで「アグリビジネスの巨人”モンサント”の世界侵略」として最初に放映。その後、12年に劇場公開され、レイチェル・カーソン賞などを受賞しました。

モンサント③

◆協会が4月12日に自主無料上映会
 4月12日午後1時、当協会の事務所ビルの隣でこの映画の無料上映会を開催いたします。どなたでも無料でご覧になれますので、ぜひ、お越しください。

 (協会理事/竹田正史)

映画紹介⑲「アデル、ブルーは熱い色」

映画紹介⑲「アデル、ブルーは熱い色」

【2013年フランス/アブデラティフ・ケシシュ監督】

「ある男性が私には際立っ
て見えました」
「視線がその方に引き寄せられ」
「男性も私を特別な視線で
見ていました」
 この映画は2013年の最大の問題作といわれ、映画史上にも残るであろと絶賛されている作品です。
 舞台は冬も近いフランス北部の街。映画は朝寝坊し、路線バスに乗り遅れる高校生アデルの通学風景から始まります。
 映画は「愛」と「実存」をテーマに、愛に興じるアデルとエマの物語となっています。国語の授業では、女性心裡を細かく描写した小説「アリアンヌの生涯」が輪読されています。
 奔放なアデルの存在は心地よく、ほとばしるエマとの愛に心苦しむ姿には、瞬時も目が離せません。
 アデルは堅実な父母のもと郊外の住宅街に住み、読書が大好きな文科系の高校2年生。団子鼻で前歯が2本飛出し、半開きの締まりのない顔立ちですが、ミロのビーナス風のギリシャ系美人です。クラスでは男の子に最も人気があり、1学年上の男子学生と寝てはみたものの、ただそれだけという物足りなさで長く続きません。
 一方、エマは美術学校の四年生。青い髪を刈り上げ、まるで宝塚歌劇団の男役。前衛女流画家をめざしています。
「この個所をクレーヴ奥方と比べてみよう」「彼らの出会いが定められた運命だったことを考えてほしい」「誰かと偶然に出会い、自然に視線を交わすとき、ひとめぼれといってもよいが、どういう感情が生まれてくるだろうか?」と、国語の教師は生徒に問いかけます。
 二人は偶然に出会い、アデルもレズビアンのエマにひと目惚れし、半生その愛に取りつかれてしまいます。
「女の方が好き?」
「男も女も両方とも試して
みた」
「やっぱ、女の方がいい」
 映画はノーカット。途切れることなく愛し合う2人の激しいシーンをカメラが追っていきます。
「これ知っている?」
「サルトルよ」
「難しいけど、『汚れた手』 とか戯曲は好き」
「『実存主義とは何か』も必
読書だよ」
「人間は生まれ、存在し、 自らの行動を決定する動 物なんだ」
 2人の環境は余りにも違います。エマの家では、食事は有名海鮮仲買から取り寄せた生牡蠣にワイン。アデルのほうは庶民的なパスタ。「好きなことを見つけるために大学に行くがいい」とするエマのインテリで富裕な両親に対して、職人的なアデルの父親は「絵で食べていくのは大変だ。芸術的な面もいいが、生活のためには堅実な職業につくことが大事だ」と、エマの芸術一辺倒に釘を刺します。
 やがて、2人に破局が訪れます。
「いつからその男と寝てい
るの?」
「私をバカにして!」
 アデルを演じるのはアデル・エグザルホプロス。エマは「マリー・アントワネットに別れを告げて」のレア・セドゥ。レズビアンの過激な描写が衝撃的、芸術的で、第68回カンヌ国際映画祭ではパルム・ドールを獲得し、監督、主演女優2人にも同賞が贈られました。
  (協会理事/竹田正史)

映画紹介⑱「 博士と私の危険な関係 ~Augustine~ 」

映画紹介⑱「 博士と私の危険な関係 ~Augustine~ 」

【2012年フランス/アリス・ウィンクール監督】

「オーギュスティーヌ、ど うしたの?」
「体調が悪いの」
「仮病に決まっているわ」
 映画は、患者オーギュスティーヌのヒステリーの病状、検査、診断、治療の経過を通して「ヒステリーとは?」を学ぶには格好の教材となっています。
 舞台は神経症の女性患者が集まるパリ・サルペトリエール病院。時代は1853年。主治医のシャルコールは、フロイトも門下として学び、パーキンソン氏病の命名者でもあります。19歳のメイドのオーギュスティーヌに右手の痙攣、全身の硬直が仕事をしている時に起き、転倒。喉を掻きむしり、のたうち回るヒステリーの大発作が発症しました。
「やめて」
「お願いやめて」
 誰かに首を絞められているかのように悶え苦しむ様は、中世の魔女の姿を彷彿させました。それ以来、右目の大きな瞼は開かなくなってしまいました。
 スクリーンに「Augustine」のタイトルが写し出され、物語りはここから始まります。
 彼女の発作に興味を持ったシャルコールは「痛みは?」「発作はいつ?」「あざだらけだけど。発作の頻度は?」「舌を出して」「感じるか?」「ここは?」と打診、触診、聴診を彼女の全身隈なく繰り返し行ないます。
 彼女は体が成熟しているのに、月経がありませんでした。
「どうして私にはないの」
「治れば月経も始まる」
 ヒステリーには、情緒の不安定、知覚の麻痺、首が回らない、吐き気、体調不良、片頭痛、眩暈、生理痛、鬱状態などさまざまな病状と発作があります。
 毎夜、オーギュスティーヌは「神様 私の病気を治してください」「神様 私の目を開けて下さい」と祈り続けました。
「頭が正常か、異常かを 調べたい」
「週の曜日を言ってみて」
「月、火、水…」
 シャルコールは学会員が集まる定例公開講義の場で、患者・オーギュスティーヌを供覧に付し「鏡をみて」「光がみえるね」「光を追って」と、彼女に催眠療法を施し、彼女の病態は卵巣ヒステリー症で、右目が麻痺しているヒステリー性ウインクの典型例だと診断しました。
 ヒステリーは19世紀初頭までは、女性の骨盤内鬱血によるものとされていましたが、シャルコーの催眠術療法を経て、フロイトでは無意識下での抑圧から発症するとされてきました。1990年代になって、アメリカ精神障害の診断と統計マニュアルで「解離性障害」と「身体表現性障害」に、WHOでは「解離性(転換性)障害」に分類され、今日ではヒステリーという用語は消えてしまいました。
 ある日、オーギュスティーヌは血まみれの動物たちの屠畜場の夢を見て、翌朝19歳にして、初潮を迎え、ヒステリー症は瓦解しました。
 オーギュスティーヌを演じるのは歌手のソコ。全裸で体当たりの演技をしています。シャルコールを演じるのはベテラン俳優ヴァンサン・ランドン。2013年第38回セザール賞にノミネートされた、官能的な作品でもあります。
  (協会理事 竹田正史)

映画紹介⑰「 鉄くず拾いの物語 ~An Episode in the life of an Iron Picker~」

映画紹介⑰「 鉄くず拾いの物語 ~An Episode in the  life of an Iron Picker~」

【2013年ボスニア・ヘルツェゴビナ・スロベニア・フランス合作/ダニス・タノヴィッチ監督】

「どうした?」
「お腹が痛いの」
「それは大変だ」
「医者に行かなきゃ」
 ある日、夫が仕事から帰ると、妊娠5カ月の妻が激しい腹痛でうずくまっています。
 舞台はボスニア・ヘルツェゴビナの小さな村。ロマ族の夫婦は2人の幼い娘と暮らしています。職のない夫が鉄くずを拾い、それを売って生活する貧しい家族に、突然飛び込んで来た苦難、苦悩をドキュメンタリータッチで描いた作品です。
「赤ちゃんが、お腹の中で 死んでるって」
 村の診療所の診断によると、五カ月の胎児はすでにお腹の中で死んでいる。命にかかわる状態なので、町の病院で手術を受けなさいといわれます。
 死んでいる胎児が、子宮頸管が閉じているために体外に排出されず、子宮の中に留まったままでいる「稽留流産(けいりゅうりゅうざん)」で、最初は出血、腹痛などの自覚症状がないので放置してしまい、胎児の腐敗、強い腹痛と出血、さらには敗血症など、母体は刻一刻と危険な状態に陥っていきます。
「搔爬手術さえすればすぐ よくなりますよ」
 夫は妻と子ども2人を車に乗せ、遠く離れた町の産婦人科病院にきました。
「とりあえず出血だけは止 めました」
「保険証がないのですが」
「手術代が980マルクかかります」
 夫は、今はそんな大金はない、分割払いではだめですか、このままでは妻が死んでしまうと、看護師に懇願しますが、
「院長は 分割払いはダメ だといっています。手術 を受けたいのなら、お金 が必要です」
と、病院から追い出されてしまいます。夜になり腹痛と出血が激しくなり、再び病院に駆けつけたが、院長の命令だからと診てもらえません。1日、2日と時間がたち、猶予のない状態が続きます。仕方なく、義妹がわたしの保険証を使えばといって、保険証を渡してくれます。
「保険証さえあれば、断らないよ」
「もう病院へは行きたくないわ」
「お前に何かあったら子どもたちはどうなる」
「死ぬかもしれないぞ」
 別の病院に行き、義妹の名をかたり、身分証明書の提示は、うまくごまかすことができました。
「なぜ今まで放置を?もう少し遅かったら、大変でした」
「有難うございました」
 すると、医者は「いえ、医師として当然のことです」と、ふんぞり返って満足そうにこたえました。
 手術が必要にもかかわらず、保険証がなくて高額な治療費が払えないために手術を拒否される理不尽な事件が起きたと、新聞でも報道され、これを知った監督は本人たちを訪れ、この映画を作ることになったと述べています。
 一人の医者は、お金がないなら治療はできないと追い返し、もう一人の医者は、保険証さえあれば本人確認もせずに治療する。この二人の医者はいつも自分の中にも住む嫌な奴らです。
 一度も演技経験がない事件の当事者たちが出演し、2013年ベルリン国際映画祭銀熊賞審査員グランプリ、主演男優特別賞を受賞した驚きの映画です。
  (協会理事/竹田正史)

映画紹介⑯「ダラス・バイヤーズクラブ~ Dallas Buyers Club~」

映画紹介⑯「ダラス・バイヤーズクラブ~ Dallas Buyers Club~」

【2013年米国/ジャン・マルク・バレ 監督】

「ロック・ハドソンがエイズで入院だとよ」
「ハリウッドの名優が」
 舞台は1980年代のアメリカ、テキサス州ダラス。政府、製薬会社、エイズ専門医はエイズ治療に有効な手立てが打てず、エイズ患者は瀕死状態。次々と死んでいました。
「HIV陽性と、結果が出ました。エイズを発症させるウイルスです」
「静脈注射によるドラッグや同姓との性交渉…」
「オレがホモだっていうのか?」
「健康体であれば500から1500はあるのに」
「T細胞の数が9」
「あなたの余命は30日しかありません」
 1985年、酒、女、賭博、ドラッグに明け暮れる電気技師のロン・ウッドルーフという男が、「余命30日」との宣告受けました。当時エイズ患者の71%が同性愛者、17%が静脈注射による麻薬常用者でした。
「肺水腫になると足がつる。肺炎はコカインのせい」
 アメリカではドイツのデキストラン硫酸、フランスのddc、イスラエルのAL721、日本のインターフェロンαなどは未承認薬でした。
「売ってくれ、金はいくらでも出す。オレはどうせ死ぬんだから」
 政府が臨床試験を許可したエイズ薬はもともと抗癌剤として開発されたもので、T細胞の免疫力の回復も見られるものの、組織細胞を破壊する毒性が強く、貧血、癌、骨髄機能不全、痙攣、発熱、難聴、勃起不全など、さまざまな副作用を引き起こしていました。
「オメエたち、医者が使う薬で90%の患者が半年以内に死んでいる」
「政府が外国の未承認の薬剤の使用を認めないなら、オレたちエイズ患者がやるしかない」
 男は未承認の医薬を販売する密売組織、「ダラス・バイヤーズクラブ」を組織し、エイズ延命のための未承認薬をメキシコ、フランス、ドイツ、上海、日本など世界中から密入し、自分たちで使おうと考えました。
「死んでもクラブは責任を取らない」、
「脳がやられても、ペプチドTを飲めば大丈夫」
「ゆっくり点滴しろ、インターフェロンα、とてもきつい薬だから」
「これは毒性の低い治療薬フランスのddcだ」
「免疫系の回復のためにビタミン剤と亜鉛を飲め。アロエと必須アミノ酸もだ」
「加工食品は食うな」
と、自己責任と自己管理を会員に言い聞かせます。やがてクラブは政府機関や病院と対立し、監視されます。
「死にたくないわ」
「死なないさ」
 男は、肺出血、止まらない咳、寒気、頭の割れそうな激痛など絶望的な病状を未承認の薬剤と健康管理で克服し、「余命30日」と宣告されてから7年も生き、1992年に亡くなります。切なさと悲しみ、力強さと勇気が充満した熱い熱い内容で、エイズについて深く理解できる驚きの作品です。
 すさまじい演技でエイズ患者を演じたマシュー・マコノヒーは第86回アカデミー賞で主演男優賞、ゲイのお友達を演じたジャレッド・レトは助演男優賞を獲得しました。
  (協会理事/竹田正史)

映画紹介⑮「朝食、昼食、そして夕食~18COMIDAS~」

映画紹介⑮「朝食、昼食、そして夕食~18COMIDAS~」

【2010年スペイン・アルゼンチン合作/ホルヘ・コイラ監督】

「あの音は何だ?」
「海老の唐揚げの音だ」
 映画は18に及ぶ食卓を舞台に、誰にでもある「人生のひとコマ」を切り取った群像劇になっています。
 舞台はスペイン。ガリシアの世界遺産の街、サンティアゴ・デ・コンポステーラ。
中年男2人がバルで朝から酔っ払って、山盛りいっぱいの海老の唐揚げを食べています。映画はこの2人の力強い朝食で始まり、昼食で盛り上がり、老人と若い恋人との切ない別れ話の夕食へとつながって行きます。
 食卓では食欲と魂が開放され、運命と心が揺り動かされてしまうことがあります。
「朝からビール?」
若い妻は仕事に出かける夫に素っ気ない態度です。
「今日、仕事ある?」
若いカップルはベッドから這い出し、コーヒーをそそくさと飲み、バイトに飛び出していきます。
「朝食をする約束だよ」
 脇役専門の男優は新しいテーブルクロスを窓ぎわに敷いて、トースト、生ハム、チェリー、コーヒーと恋人のために朝食の盛りつけをしています。
 夫と息子を送り出したあと、若妻は手作りの昼食に昔の恋人を誘います。
「料理するの?」
「子どもがいるから仕方なく」
旦那は仕事、息子は学校。ふたりの昼食に緊張した空気が流れます。
 八十を越えた老夫婦。部屋の隅の狭いテーブルで黙々と食べています。妻は夫の側で微笑んでいます。
「肉体美からして体育教師ならどう?」
「ゲイがバレるから?」
「あなたの夢をこの1週間見たの」
「旦那とは?」
「帰るなんていわないでくれ。最高のディナーを作るよ」
 脇役男優は恋人のために夕食の準備を始めます。
「フルーツ・サラダは食べないの?」
「せっかく作ったのに」
「彼が兄さんのために料理したんだ」
「ワインを開けたよ」
「後は肉を焼くだけだ」
 脇役男優は恋人にすぐ来るよう電話で催促します。
「あなたにとって奇妙で、変な女にうつるかも」
「兄さんには分からないだろうが、これが僕なんだ」
「何年も考え続けたんだ」
「僕は彼を愛している、だから彼を大切にする」
「1日中、考えていた」
「君が今朝ビールを飲んだわけを」
「数日、息子と旅に出たいの」
「いまテーブルに2人分のお皿を置いた」
「アルゼンチン風なパスタに」
「少々辛味のニンニクにオレガノ」
「君が息子とどこかに行きたいというのなら引き止めない」
「息子を愛しているし、今の生活が好きだ」
 金持ち老人と若い恋人が高級レストランの夕食で別ればなしをしています。
「孤独で苦しむのは辛い」と弱音を吐いています
 日常的な食卓の中で食べることについてなにかしら考えさせられ、なにかしら勇気づけられます。また、豪華な料理ではなく、ガリシアの人々が普段はどんなものを食べているのかよく分かります。
 若妻のエスペランサ・ペドレーニョ、恋人ルイス・トサル、ゲイや脇役男優の熱のこもった昼食シーンは圧巻です。

  (協会理事/竹田正史)

採用時と年1回健康診断の実施義務/機関紙2016年2月1日号(№551号)より 

採用時と年1回健康診断の実施義務/機関紙2016年2月1日号(№551号)より 

質問① 最近、知人の歯科医院から、事業主は従業員に対し1年に1回、健康診断を実施することが義務づけられているとの話を聞いたのだが。

回答① その通りです。事業主は、雇用している従業員に対し、雇い入れ時および1年に1回、必ず健康診断を実施することが義務づけられています。また、従業員がパートやアルバイトであっても、①期間の定めがないか、期間の定めがあったとしても更新により1年以上の使用が予定されているか、継続して使用されていること、②1週間の労働時間が正社員の1週間の労働時間の4分の3以上であること―の2つの条件に該当すれば、健康診断を受けさせなければいけません。

 

質問② 健康診断の費用負担はどうしたらよいのか。また、一概に健康診断といってもさまざまな種類があるが、健康診断の内容の規定はあるのか。

回答② 結論から申しあげると、定期健康診断における費用は事業主側が負担するというのが実際です。健康診断は事業主の命令(事業主側にとっては義務ですが)により従業員が受けるということになりますから、原則、事業主が健康診断の費用を負担すべきものとされています。ただし例外として、事業主側が用意した健康診断の場ではなく、従業員が自らの意思により、別の診療所等で健康診断を受ける場合、その費用は事業主側が負担しなくてもよいことになっています。また、健康診断の実施結果に基づき、健康診断個人票を五年間保存する義務が労働安全衛生規則で課されています。健康診断の内容は、雇入時と定期健康診断で若干異なりますが、基本的な項目は、 既往歴および業務歴の調査、 自覚症状および他覚症状の有無の検査、 身長、体重、腹囲、視力および聴力の検査、 胸部エックス線検査(および喀痰検査)、 血圧の測定、貧血検査 、肝機能検査 、血中脂質検査、 血糖検査 、尿検査、心電図検査などです。従業員が1人でもいる場合は、健康診断の受診が義務づけられており、違反した場合には、50万円以下の罰金などの罰則規定が定められています。

中医協が次期診療報酬改定を「答申」/かかりつけ歯科医機能強化型歯科診療所の特色浮上

中医協が次期診療報酬改定を「答申」/かかりつけ歯科医機能強化型歯科診療所の特色浮上

中央社会保険医療協議会総会(以下、「中医協」/会長:田辺国昭・東京大学大学院法学政治学研究科教授)本日2月10日(水)、塩崎恭久厚生労働大臣に対 し、2016年度診療報酬改定についての『答申』を提出しました。当協会では現在、歯科診療報酬改定に関して深く読み込み、その内容に関しての分析、協 議・検討を加えています。

◆歯科の臨床現場の声も

答申の添付資料の中では、かかりつけ歯科医機能強化歯科診療所にはかなりの項目の施設基準が設定されているほか、在宅療養支援歯科診療所の施設基準に変更が予定されているなど、施設基準の方向に注意が必要となっている。また、注目されていた歯科訪問診療に関しては、かかりつけ歯科医機能強化型歯科診療所と一般歯科診療所との間に、請求できる点数に違いができている。さらに、「レジン前装金属冠、ジャケット冠若しくは硬質レジンジャケット冠の歯冠形成を行うことを予定している歯について、当該歯 に係る処置等を開始した日から当該補綴物を装着するまでの期間において、1歯につき1回を限度として算定する」など、歯科の臨床現場からあがっていた声が反映されている点も注目されます。

中医協「答申」の歯科診療報酬関連部分抜粋のダウンロードはここをクリック

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映画紹介⑭「サイド・エフェクト SideEffects」

映画紹介⑭「サイド・エフェクト SideEffects」

【2013年米国/スチィーブン・ソダーバーグ監督】

「眠ったまま殺す?」
「彼女は殺人犯?、それとも薬の被害者なの?」
 「本人は覚えてないのです」
「夢遊病はうつ薬の副作用です」
 この映画は「うつ病」の病態や処方される薬、副作用(Side  Effects)の夢遊病など、現代病「鬱」を映画を通して分かり易く教えてくれる作品です。
 映画は町全体を舐め回すカメラの空撮、ここが大事なところですが、カメラは大きな高いビルに向かって、ビルの1室、殺人現場に滑り込みます。
 オープニングは、ヒッチコックの映画「サイコ」の模倣ですが、この空撮はサイコ・サスペンス映画には多く取り入れられています。
 物語は事件の3ヶ月前。28歳の妻が心に毒の霧が立ち込めると表現する「うつ病」で病んでいます。
「社会復帰のパンフをもらったよ」
 出所した夫との生活が始まっても、駐車場内での自損事故、電車への飛び込み自殺未遂など「うつ病」による自傷や自殺行為が治まらず、夫の声かけにも、当人は眠りに落ちたままで歩き回る夢遊病状態という奇異な行動が頻発していました。
「抗うつ剤アブリクサでうつ状態改善し、新薬デラトレックで夢遊病を改善しましょう」
 ドクターのこの処方で妻の「うつ病」は快方に向かってきました。
「やっと眠れるようになって、夫婦の絆が戻った」と、ドクターは夫婦に感謝されます。
 しかし、引越しやパーティなどが重なり、「うつ」や夢遊病が再発するようになりました。
「やめろ!やめろ!やめろ!」
 ある夜、夫の制止も聞かず、夫の体を包丁でブス、ブスと突き刺して殺してしまいました。
「私は寝てて」
「起きたら彼が倒れてて」
「動かなかった」
「それしか覚えていません」
 妻はこのように証言し、TVに声名を発表しました。
「回復への希望を胸に、医師を訪れました」
「それが悲劇への道だとは、想像もしていませんでした」
 抗うつ剤販売会社は安全性や副作用の危険性を軽視していたのではと、事件の責任を問われます。
「彼女が薬の被害者だとすれば」
「あなたも訴えられることになる」
 主治医としての責任を負うたドクターは、女に処方した抗うつ剤について調査をしてみると、殺人事件の背後にある医師と製薬会社、投資会社の謀略にたどり着きます。
 頭の中が覗けるわけでないので、本当に精神を病んでいるのかどうかは分からない。
 患者に騙されるドクターの「やられたらやり返す」倍返しの痛快なラストは驚きです。
 ジュード・ロウ、「ドラゴン・タトゥーの女」の怪しいキュートなルーニー・マーラの魅力はこの映画を華やかにしてくれます。巨匠スチィーブン・ソダーバーグ監督の引退作品といわれています。
  (協会理事/竹田正史)

映画紹介⑬「モネ・ゲーム Gambit」

映画紹介⑬「モネ・ゲーム Gambit」

【2012年米国・英国合作/マイケル・ホフマン監督】

「計画通り、すり替えた?」
「ああ絶対にバレないよ」
「ピカソも描けるの?」
 舞台はイギリス・ロンドン、最高級のサボイホテル。主人公の男は美術の学芸員で鑑定士。自分の雇い主で思い込みと妄想癖の激しい美術コレクターには無能呼ばわりされています。
 男はこの屈折した不快な感情を晴らすべく、雇主の所蔵する印象派の巨匠・モネの本物の絵「積みワラ」を贋作「積みワラ」とすり替えてしまうという設定のリベンジ映画です。
 モネの「積みワラ」は1891年9月15日に完成しました。この題材の絵は「積み藁(夜明け)」と「積み藁(夕暮れ)」の2枚を描きました。「夜明け」の方はオークションを通して売却され、現在はこの男の雇主が所有しています。
 一方、「夕暮れ」はパリの美術館に所有されました。1941年、ナチがこれを略奪し、ゲーリング総督の別荘、カリハルに飾られていました。
 1945年に連合軍のパットン将軍がここを攻略し、テキサス州アルナゴ出身のブズナウスキー軍曹がこの絵を持ち出したといわれ、その後、絵は行方知れずになってしまいました。
 男はテキサスに住む軍曹の娘、カウ・ガールと日本人絵画コレクターも仲間に入れて、この計画を実行します。
「1200万ドルといい切れ」
「絶対に譲歩するな」
 贋作とは誰かが製作した絵画、彫刻、書物などの芸術品、工芸品などを模倣して作った物をいい、本物を知り尽くしてこそ、完璧な贋作ができあがります。
 世の中、デジタル化が進み、切り貼り、コピー&ペースト・・・と、加工など容易にできる贋作・捏造の時代になってしまいました。騙されるほうが悪い風潮の嫌な世の中です。
「あなたは積み藁の夜明けの片割れだけをお持ちですが」
「夕暮れと両方をお持ちになっていれば、その価値はもっとが上がります」
と、巧みに収集欲を煽り立てます。
「これはモネのインパストの技法です」
「この指先を使った、いとも繊細なタッチ」
「本物に、間違いございません」
と、鑑定士は断言します。
 しかし、もう1人の鑑定士は
「これは贋作です」
「インパストはモネの特徴だが」
「モネは重ね書きはしなかった」
 思い込みの激しさから統合失調症が疑われるような性格の男は、1度、本物と鑑定されたものは、後ですり替えられたとしても、気がつくことはありません。人間が何かを信じ、思い込んだ時の病的な盲点をトリックに使った映画です。
 映画は「泥棒貴族」のリメイクで、コリン・ファースとキャメロン・ディアスが演じ、素晴らしいモネの絵画を堪能できます。
 贋作ものの映画には、オードリー・ヘップバーンの「おしゃれ泥棒」。 贋札ものの映画では「ヒトラーの贋札」などのすばらしい作品があります。 
   (協会理事/竹田正史)

映画紹介⑫ 「故郷よ~ La Terre outragee~」

映画紹介⑫ 「故郷よ La Terre outragee」

【2011年フランス/ウクライナ/ポーランド/ドイツ合作  ミハエル・ボガニム監督・作品】

「森林火災が起きたので」
「行かなきゃいけない」
「上の命令だ」
 愛していると言い残し、男はそれっきり帰って来ませんでした。
 舞台は、ウクライナの廃墟の町プリピャチ。原発のあるチェルノブイリの町に隣接し、人口5万人の美しい町でした。
原発事故から10年が経ち今ではこの町に原発事故観光ツアーの人々が訪れるようになりました。
映画は故郷から強制退去させられ、原発事故によって人生を翻弄された女の「失われた故郷」への10年後の揺れ動く想い、葛藤を描いて行きます。
 物語は、原発事故の起きた1986年4月25日から住民が退去させられる29日までの5準備に追われて大賑わいでした。
 しかし、自然の異変は原発事故があったことを教えてくれていました。
 逃げ場を失った「こうの鳥」の大群が大空を埋め尽くし、野生の大鹿が人里に現れ、番犬はけたたましく吠え、牛は柵を越え暴れ回ります。りんごの木は赤く枯れ、小川には大量の魚が浮いていました。雷鳴が轟き、激しい雨が降り、気象は不安定になりました。原発周辺は、武装した軍隊が、非常線を張っていました。
 26日は、女の結婚式でした。マイクを握って「百万本のバラの花が/あなたの人生をバラ色に染める」と歌っている最中に、新郎は「行かねばクビになる」と半ば脅されて、「山火事の消化活動」に連行されてしまいました。
 暗雲が立ちこめ、振り注ぐ大粒の雨は墨汁のように真っ黒でした。
 原子炉の煙突からは、不気味な青白い焔が立ち昇っていました。
「彼に会わせてください」
「彼は大量の放射能を浴びています」
「なんで?」
「彼に会えばあなたも死んでしまいます」
 29日になって、やっと原発事故が起きたことが住民に知らされました。
「全員、家を出て下さい」
「私物の持ち出しは禁止です」
 住民は、ほんの2、3日の避難だと軽く考えていました。
 10年経って、事故が起きた4炉は厚いコンクリートの壁で固められ、その異様な姿は「石棺」と呼ばれるようになりました。
 女と母は隣町に住み、月の半分はプリピチャで観光ガイドをして暮らしています。
「解体作業員は発電所内の消火活動後、石棺を作りました」
「4000人が亡くなりました」
 母親は娘を心配し、
「いつまでも思い出さないで」
「結婚して子ども産みなさい」
 大観覧車は結局、誰も乗ることもなく赤く錆びついたまま、今も広場に残っています。
 ヒロインのこの女には、「007/慰めの報酬」でボンド・ガールを演じた魅惑的なウクライナ出身のオルガ・キュリレンコが起用されました。  
  (竹田正史/協会理事)

映画紹介⑪ 「愛、アムール/Amour」

映画紹介⑪ 「愛、アムール/Amour」

【2012年仏・独・墺合作/ミヒャエル・ハネケ監督】

「消防署です」
「誰かいますか?」
 室内に異臭が漂っています。部屋には大きなグランドピアノがあります。消防署員が室内を捜査しています。寝室ベッドには枕もとに花が散りばめられ、綺麗に身なりを整えられた老婆が弔われたかのように横たわっています。死後、何日も経っています。映画はここから始まります。
  舞台はフランス。とある閑静なパリの高級アパルトマン。元音楽教師の八十代の老夫婦が平穏に暮らしています。朝食中に、突然、妻が人形のように、動かなくなってしまいました。
「どうしたんだ?」
「アンヌ、わたしだよ」
 検査の結果、内頸動脈動脈狭窄症による発作だと分かりました。
 この病気の怖いのは、大脳への血流が不足し、狭窄部に形成された血栓は、はがれて脳に飛び、一過性の虚血発作や脳梗塞を引き起こしてしまいます。
 半身の運動障害や知覚障害、失語症、言語障害、構音障害、顔面下半分の麻痺、認知障害などの脳障害の症状が次々に起こり、顚末は悲惨です。
 妻の狭窄部の掻爬手術はうまく行かず、結局、右側四肢の麻痺から車椅子の生活になってしまいます。
 長年にわたって連れ添ってきた健康時の、いわば対等な夫婦の関係が一変し、介護される者と介護する者の関係に置き換わり、互いに不安に満ちた生活が始まります。
 映画は、この2人の間にいまにも良からぬ何かが起きそうな予感を感じさせ、見る者をハラハラさせるサスペンス・ドラマとなっています。
 元音楽教師の妻は気性が荒く、引き下がることの苦手なプライドの高い女。夫は相手に譲るタイプの主体性に欠けがちな優しい男です。2人の関係は補完関係にあり、良好な男女関係でした。
 しかし妻の身体が半身麻痺で、移動も、食事も、トイレも夫に依存せねば生きて行けなくなると、自尊心の強い女には耐えがたい屈辱です。
 男が妻の介護をする姿は、傍から見ると美しい愛に見えるものの、その愛は深刻です。
「どちらにしろホスピスに送られるだけだ」
 夫は雇っていた看護師もヘルパーも娘の手伝いもみな断ってしまいます。
「あなたには感謝しているけど」
「もう終わりにしたいわ」
 夫は鍵を掛け、誰も中に入れなくしてしまいます。
「水を飲まないの?」
「脱水で死んじゃうよ」
 口に含んだ水を夫の顔にツバと一緒に吹っかけようとします。夫は思わず、妻の顔を引っ叩いてしまいます。夫は、妻の依存を一身に受けている喜びを失い、やがて妻の顔を枕と布団に埋め尽くしてしまいます。
 この映画は第六十五回カンヌ国際映画祭でパルムドール賞を受賞しました。
「ファニーゲーム」「白いリボン」のミヒャエル・ハネケ監督が描く追い詰められた老夫婦の「愛、アムール」と、谷崎潤一郎の「春琴抄」の「偏愛」とが重なるのを感じます。          (竹田正史/協会理事)

映画紹介⑩「誤診~First do no harm」 1979年米国/ジェームズ・ブリッジス監督

映画紹介⑩「誤診~First do no harm」 1979年米国/ジェームズ・ブリッジス監督

「医療に忠実たることを誓います」
「己れの診断により、患者のために」
「何よりも患者に害をなさぬことを」
 映画は「ヒポクラテスの誓い」から始まります。
 ひとりの母親が息子を薬漬けにしてしまう医者のやり方に不安を抱き、息子を救うために駆けずり回る衝撃のメディカル・サスペンスドラマとなっています。
 舞台は、アメリカのカンザス・シティー。3人の子どもに恵まれ、幸せに暮らす平凡な普通の夫婦の末っ子の幼いロビーに突然に悲劇が訪れます。
「ロビーが学校で転んだそうよ」と電話が入ります。これがロビーの最初の軽いてんかん発作でした。
「ママ、早く来て!」
「ロビーが変だ」
 ロビーはからだが硬直して身動きしません。これが2度目の発作でした。
「突発性てんかんで…」
「突発性って?」
「原因不明ということですよ」
 CT、造影剤X線。脳波、脳腫瘍、腰椎穿刺などさまざまな検査を受けます。
「70%の子は 最初の薬で発作をほどよく抑えられます」
「まずフェノバルビタールを試してみましょう」
 薬による幻覚症状、興奮、発熱などの副作用が発生し、副作用を抑えるための更なる薬の投与となり、悪循環が重なっていきます。子どもはみるみるうちにやつれて行きます。
「今度の薬は」
「ジラチン」
「フェノバルビを減らしジラチンを増やしているの」
「ロビーは実験台みたいに薬を試されているんだ」
と同じてんかんを持つ友だちの忠告を受けます。
 後になって、夫が会社の支部に移動したため、無保険になっていることがわかりました。病院からの高額な治療費の請求で家計は火の車になってしまいます。息子のてんかん発作のために家庭が壊されていきます。
「どこかが間違っているわ。治療のはずが悪くなるばかり」
「薬を与え、その副作用を治すのにまた薬」
「その副作用にはまた別の薬」
「息子は発疹が出て、「リンパ腺が腫れ、痔になり、歯茎が腫れ」
「酔っ払いか、ゾンビみたいにフラフラだわ」
「それって病気のせいなの? 治療のせいなの?」
 母親は必死で病気の本を集め、ある治療法を見つけました。
「ケトン体産生性食事よ」
ホプキンズ大学病院で検証されていた「ケトン食事療法」でした。
「別の選択をします」
と病院の手術の提案を拒絶します。
 ケトン食事療法とは、糖・炭水化物を減らし、脂肪を増やした食事で、血中のケトン体を増加させ、人為的に絶食状態を作ります。その絶食状態がてんかんの発作を抑えるという治療法です。
 母親はこの治療法に可能性を見出し、息子のてんかん発作を克服していきます。
「マーガレット・サッチャー、鉄の女の涙」で見事な演技でアカデミー・主演女優に輝いたメリル・ストリーブを主演にして1997年に作られたアメリカ合衆国のテレビ映画です。
  (竹田正史/協会理事)

映画紹介⑨「ジャンゴ~DJYANGO~」 2012年アメリカ/ スクエンティン・タランティーノ監督

映画紹介⑨「ジャンゴ~DJYANGO~」

【 2012年アメリカ/ スクエンティン・タランティーノ監督 】

白人が黒人を奴隷にして、どれほどひどいことをしていたかを描いた映画「ルーツ」「マンディンゴ」に続いて、クエンティン・タランティーノ監督は最新作「繋がれざる者 ジャンゴ」を作りました。
「奴隷商人を探しています」
「私はドクター・キング・シュルツです」
「何の医者だ?」
「歯科医だ」
映画「DJANGO」の舞台は1858年、南北戦争の3年前。奴隷制を真っ正面から取り上げました。
鎖で繋がれた6人の奴隷が、灼熱の砂漠を移動しています。馬に乗った3人の白人が銃とムチで護衛しています。映画はこの残忍苦痛なシーンから始まります。
ドイツ人歯科医と黒人ジャンゴの2人は賞金稼ぎをしながら、ジャンゴの妻を奴隷にしている冷酷無比なミシシッピーの大農園主を打ちのめし、愛しい妻を奪還しようとする痛快ラブストーリーです。
農場主は奴隷同士の死闘を楽しみ、脱走を図れば、犬の食餌にしてしまいます。女には子どもを生ませ、繁殖した子どもは、奴隷市場で売りさばきます。奴隷をいじめ殺して、喜んでいる最悪の変質者です。
この農場主を演じるのは、悪役がはまり役となったレオナルド・デカプリオです。
2つの映画を合わせて見ると、「リンカーン」も「ジャンゴ」も、より面白くなります。南北戦争が終わって以降百年、新たな黒人差別社会が始まります
ちなみに、日本では憲法第18条が奴隷禁止条項であります。
(竹田正史/協会理事)

映画紹介⑧ 「リンカーン」

映画紹介⑧ 「リンカーン」

「黒人は皆殺しにされました」
「俺たちも南軍の白人を皆殺しにした」
映画は靴で敵の顔を踏み潰し、北軍の黒人は銃剣で南軍の白人を容赦なく、南軍の白人は黒人を串刺しに。怨念に満ちた熾烈なジェンキンズ・フェリー戦場のシーンから始まります。
その時、1865年1月、大統領再選から2ヶ月たち、南北戦争は4年目を迎えていました。 南北戦争(1861~65年)は、奴隷制度を廃止し、保護貿易を進めるリンカーンの政策に反発して、奴隷制度を存続させ、自由貿易を求めて離脱した南部11州との内戦。戦況は北軍に優位。残された課題は「奴隷開放宣言」を確固たるものにする合衆国憲法修正第13条を下院で早く通過させ、戦争を終結することでした。
法案を通すには共和党内の急進派をなだめ、野党の民主党議員を取り込まねばなりません。
「修正案第13条!」
「通れば400万人の黒人が開放され」
「白人が脅かされる」
映画は法案成立までの政界裏工作を丁寧に描いて行きます。「奴隷制もしくは自発的でない隷属は、アメリカ合衆国内およびその法がおよぶいかなる場所でも、存在してはならない」これが憲法修正第13条です。
残念ですが、この映画ではスピルバーグ監督は黒人奴隷の悲惨な状況まで描きませんでした。
 リンカーンに扮するのはミュージカル映画「ナイン」などを演じたダニエル・ルイ=ルイスです。