アンケートデータは有効な武器になる/中長期課題は国民を説得できる方策の構築を
本年8月末、厚生労働省から2020年度の概算医療費が発表された。その金額は42.2兆円で、前年度比で1.4兆円、率で3.2%の減少となった。16年度以来5年ぶりの減少で、減少幅も大きかったことが特徴だ。
その主因は、新型コロナウイルス感染拡大による患者の受診控えだ。 診療分野別に見ると、外来と入院を合わせた医科は31.3兆円(前年度比3.8%減)、調剤7.5兆円(同2.7%減)に対し、歯科は3.0兆円(同0.8%減)となっている。
Ⅰ.概算医療費は歯科微減もコロナの打撃は小さくない
この数字だけを見れば、歯科へのコロナのダメージは浅いように見えるが、そんなことはない。受診した延患者数(受診延日数)は7%近くも減少していて、1日あたりの診察点数・1件当たりの点数の伸びでカバーしているのが実態だ。歯科診療所の経営は楽でないが、報道の仕方次第では、国民の受け止めも違ってくる。
9月1日の日経新聞の1面記事は、「医療費最大の1.4兆円減」と大きく打った大見出しに加え、「コスト抑制の余地映す」との小見出しがついている。記事本文も識者の声を混じえながら、コロナ受診控えとは別に、医療費の助成が大きな小児科などを例に挙げながら、過剰診療の可能性があることなどを指摘している。不要不急の受診を抑え、医療費抑制の取り組みの必要性を強調する内容になっている。うがった見方をすれば、概算医療費の減少からは、過去に無駄な診療があったことが分かったとも読み取れる記事になっている。 これを完全否定する必要はないが、必要な治療を遅らせてしまっていないかなどの受診控えのマイナス面にも目を向けてほしかった、というのが率直な思いだ。
Ⅱ.コロナ感染の影響実態映す東京歯科保険医協会アンケート
そうした中、たまたまコロナ感染症の影響などを尋ねた東京歯科保険医協会の会員アンケートの集計結果が出ているのを知り、ホームページに載っている詳細な内容を拝見した(概要は9月1日付けの当機関紙にもグラフ付きで報じられている)。
2021年4月の1年前との比較だが、医業総収入が増加したとの回答が43%で、減少したとの34%を少し上回っている。最新の概算医療費のデータは21年3月までの1年間の動きをまとめていて、対象年月の違いから正確な対比はできないが、増加組と減少組がかなり拮抗するとの貴協会の回答は、歯科の概算医療費微減とほぼ足並みを合わせた動きのように推察できる。
貴協会の今回のデータで興味深かったのは、訪問診療の動きだ。1年前と比べて増加したと回答した会員が21%を占め、減少したとの回答割合30%を下回っている。外来患者数は1年前に比べ増加したとの回答が43%、減少したとの回答34%を上回っていて回復の兆しが見えるのと違って、立ち直りが鈍い傾向が見て取れる。居宅にせよ、介護等施設住まいにせよ、訪問診療の主顧客である高齢者や介護業者などが、コロナ感染を恐れる等の理由から歯科での訪問診療を手控えしている様子が、このデータ結果の背後にうかがえる。
もうひとつ、このアンケート実施がよかったのは、新型コロナ感染拡大の患者への影響を会員の歯科医師などに聞いている点だ。
直接診察している歯科医師の目から見た回答は、コロナ禍を知る上で国民にとっても非常に貴重だ。概算医療費の数字上の動きからは決して分からない患者への影響を知る、つまり先述の日経記事に欠けている視点を補う上でも重要なデータといえるからだ。
回答総数586件のうち、回答が多かった順に挙げると、歯周病の悪化が378件、う蝕の進行が303件、義歯の脱離・不適合168件と続いている。
「感染拡大の影響で検診の自粛や受診控えが見られるため、来院時には悪化しているケースが多くなっている」「高齢者の(来院)中断から再開までの期間が長くなり予後不良になるケースが目につく」など、患者の症状悪化につながる悪影響を指摘する会員歯科医師の声の、まさにオンパレードとなっていて、実に興味深かった。
Ⅲ.国民向けにいかにうまく伝えられるかが課題に
患者治療に携わる歯科医師からの生の声、医療現場に根差した実際の諸データが、年末に向け本格化する中医協の議論にも、政治家や厚労省などへの陳情・要求する上でも、強力な武器になることは間違いない。
歯科技工士、金パラ逆ザヤ、今回のコロナ感染拡大の影響などタイムリーなアンケートを実施し、公開してきた貴協会の努力には敬意を表するが、さらに一歩進んで、これを国民にどううまく伝えられるかも検討されてはどうか。
中長期での医療費増加の解決は、日本の大きな課題だ。国民の中にも歯科を含めて医療費に過剰診療要素があり、診療報酬の引き下げを漠然と支持する空気があることも事実だ。これには正確な情報不足に起因する部分も少なくない。そのためにも、低く抑えられてきた歯科診療報酬のアップが、歯科医師の利益というだけでなく、国民にとっても歯科治療の質向上の観点から必要なことを、厚労省や政治家、中医協の委員など従来のインナーサークルだけでなく、最終的な費用負担者である国民からも納得してもらうこと、さらにはその前門になるメディアにも理解を深めてもらうことが、どうしても必要になる。
◆困難な課題だが歯科医療界を挙げ…
困難な課題だが、歯科医療界を挙げて、真正面からここにぶつかることからしか道は開けないはずだ。
筆者:東洋経済新報社 編集局報道部記者 大西 富士男
2021年(令和3年)10月1日号10面掲載