ある日、歯科訪問診療を見学したいという若い歯科医師からメールがあった。日程を調整して一緒に訪問することになった。
当日の朝現われたのは、いかにも現代風のイケメン。3年目の歯科医師の横田和也先生。はつらつとした好青年で、まさに笑顔がまぶしい。
「どうして訪問診療に興味持ったの?」
とたずねると、きりっとした顔になり、
「高齢社会の中で必要なことだと思うんです。歯科医師として重要な仕事だと思っています」
とても優等生的な答え。就職面接調であるが悪い気はしない。
「もっと肩の力抜いていいよ」
と笑いながら横田君の肩をもんだ。
準備を終えて一緒に訪問に出かける。1軒目はひとり暮らしの長田クラさん。いつものようにベルを鳴らし部屋に入ると第一声。
「おや、先生、イイ男連れてるじゃないの。10歳若返るわ!」
「長田さん、2人いるんだから20歳若返るとか言ってみたら」
「先生の5歳はすでに引いてあるから大丈夫よ」
「えぇ~、僕のは5歳なの~っ!」
一同大笑い。義歯の調整も順調に進み、1カ月後の約束をとって長田さんのうちを後にした。
次の訪問は大津ウメさん。娘のユキ子さんとのふたり暮らし。玄関先で娘さんに横田君を紹介し、奥の部屋に入って行った。電動ベッドに横たわるウメさんは、多発性の脳梗塞で手足は動かず、意識も清明ではない。いつものように口は半開き、目は薄目のようでもあるが閉じているようでもある。いびつに握りしめた手を軽く手で包みこみ、
「大津さん、これからお口の中きれいにしますね」
もちろん反応は何もないが、僕はいつものように口腔ケアの準備を進める。頬、首、をゆっくりマッサージし、保湿剤をつけた粘膜用ブラシでケアを始める。ユキ子さんが、
「最近、口を開けてもらえないこともあるのでなかなかねぇ」
「いやいや、十分ですよ。これだけきれいにされていれば十分ですよ」
「そうねぇ、先生が来てくれるようになって、熱が出ることがなくなったものねぇ。ありがたいわぁ」
とユキ子さんは横田君をちらっと見た。僕は予想以上に後ろにいた横田君にちょっと驚いた。しっかりとブラッシングをして最後に保湿剤を塗布して終了。
「先生が定期的に来ていただけるだけで本当に安心だわ」
「僕はお母さまのところへ遊びに来ているだけですよ!」
帰り際、ユキ子さんが横田君に何か声をかけたようだったが、僕は先に玄関を出た。
外に出てきた横田君はなぜか下向き加減。
「どうした?」
「…なんかぁ。なんか思っていたものと違うんです。」
何か幻滅したかと思い、ちょっと不安になる。横田君は下を向いて必死に言葉を探している。
「寝たきりの人の歯を治すことだと思ってたんですけど、すごく違うのでびっくりしたんです」
それから僕の方を向いて一言。
「すっげぇ、はまりそうです!」
あまりに吹っ切れた言葉に大笑い。
「ちなみに大津さんになんて言われたの」
横田君は甘いマスクを崩しながら、
「がんばれ、金の卵!」