マスコミは歯科をどう報じたか

第18回/最終回 歯科医療界自らによる正しい情報発信が必要

◆記事や番組の最優先課題は部数・視聴率の増

ビジネス誌「プレジデント」(2019年8月2日号)が、「若返り入門」という特集の中で、歯科を取り上げている。タイトルは「長生きしたいなら医者より歯医者の深い理由」。副題で「体が健康でも口の中がヤバい人の末路」とあるように、歯のケアを怠ると、さまざま深刻な病気を引き起こすという内容である。

歯科の重要性をうたったもので、歯科医療界にとっては歓迎すべき記事なのだが、一方で少々、違和感を覚えずにはいられなかった。「歯周病で体じゅうが病気だらけになる」として、脳・心疾患、糖尿病、メタボリックシンドローム、骨粗鬆症、ED(勃起不全)をはじめ、記事はたくさんの病名を挙げる。あたかも、歯周病菌が大半の生活習慣病の元凶と言わんばかりの書き方なのだ。

現実に沿えば、これらの病気の「一因となりうる」くらいの書き方が正しいだろう。しかし、マスコミは得てして、こうした煽るような取り上げ方をする。読者や視聴者の注目をいかに集めるかに腐心するのである。「週刊新潮」(2019年3月21日号)は「アルツハイマーと歯の怖い関係」という記事を掲載。歯周病菌が出す毒素がたんぱく質のアミロイドαを増やし、認知症を発症・悪化させるという。これ自体、真実の部分はあるにしても、歯さえケアしていれば、認知症を防げるというものではない。

ここで何を言いたいかというと、扇情的な表現が散りばめられた記事や番組は、たとえ真実を伝えていても、その信憑性をおとしめる結果になりかねないということである。

◆マスコミを見誤るな

うがった言い方をすれば、作り手の側は受け手の健康のことを考えて記事や番組を制作しているのではないのだ。どうしたら部数や視聴率を上げられるかが、彼らの最優先課題である。歯科のことを扱っても、その場限りで継続性も乏しい。多くの読者や視聴者は「話半分」くらいにしか受け取らず、しばらくしたらその内容など、すっかり忘れているだろう。

そのあたりを見誤ると、落とし穴にはまりかねない。歯科医療界はマスコミに過度な期待はせず、自身で正しい情報を日常的に発信する術を身につけるべきである。メディアに遠慮する必要はない。もっと大上段に構え、時には不遜になってもいいと思う。

◆知恵を絞り難局突破を

さて、昨年2018年4月から続いた私の連載も今回の第18回が最終回。この間、かなり辛辣で生意気な物言いをしてきた。数々の無礼をお許しいただきたい。

現在の歯科医療界は診療所数過剰、伸び悩む歯科医療費、経営悪化、地域偏在、材料高騰、歯科衛生士不足、貧困家庭のネグレクト、インプラントバッシング、歯科大の低迷など、問題は山積み。取り組むべき課題はあまりに多いが、もはや待ったなし。歯科医療界が一丸となって知恵を振り絞り、この難局を乗り切ってほしい。

 

【 略 歴 】田中 幾太郎(たなか・いくたろう)/1958年東京都生まれ。「週刊現代」記者を経て1990年にフリーに。医療、教育、企業問題を中心に執筆。著書に「慶應幼稚舎の秘密」(ベストセラーズ)。歯科関連では「残る歯科医消える歯科医」(財界展望新社)などがある。

第17回 卒業生を酷使している歯科大附属病院の現実

◆歯科大には歯科医師になる魅力を示す義務が

2019年6月28日、文部科学省高等教育局は「大学病院で診療に従事する教員等以外の医師・歯科医師に対する処遇に関する調査結果」を発表した。文科省が全国108の大学病院を調査したところ、2191人の無給医が確認されたという。

この発表を受け、新聞各紙はその日の夕刊や翌日の朝夕刊で大きく扱った。「大学病院『無給医』2191人/院生や専攻医/文科省、改善求める」(「読売新聞」2019年6月28日夕刊)、「医師ら2191人給与未払い」(「朝日新聞」2019年6月29日朝刊)…。

地方紙は共同通信の配信を基に記事を構成したものが多かったが、独自取材していたのが「北海道新聞」(2019年6月29日朝刊)。「休み月3日/道内『無給医』実態証言/『文句言えばつぶされる』」と、センセーショナルな取り上げ方をしていた。

筆者にとっても文科省発表の内容は衝撃的だったが、理由は単に無給医の多さに驚いたからではない。かつて、大学病院の中には初期研修医にほとんど給与を支払わないところがあった。が、2004年に医科系で新臨床研修医制度が始まって以降、研修医が無給で働かされることはなくなった。その一方で、大学院生や専門医を目指す専攻医に対して、給与を払っていないケースがあることは耳に入っていた。

研鑽や研究目的で診療を行っているので、給与を払う必要がないというのが大学側の論理だった。しかし実際には、他の勤務医と同じ診療業務をさせられており、労働基準法に照らしても許されない状態が続いていた。何より驚かされたのは、その無給医の中に数多くの歯科医師が含まれていると推察されたことだった。

◆歯科系に多い無給医

今回の文科省発表では、歯科医師の割合が示されているわけではない。にもかかわらずそう確信できるのは、無給医の人数が多い大学病院の中に歯科大学(歯学部)の附属病院がかなり含まれていたからだ。

歯科大学附属病院は医科系の診療科を持っているところがほとんどなので、それだけで無給の歯科医師が多いと決めつけるわけにはいかない。だが、もう少し詳しく見ていくと、その推察が間違いではないことがわかってくる。

医学部と歯学部の両方を擁する大学の中には、それぞれの附属病院を持っているケースがある。たとえば、昭和大の場合、昭和大病院のほかに昭和大歯科病院があり、こちらの診療科はすべて歯科系の診療科で、ほぼ全員が歯科医師。

昭和大病院の無給医が54人に対し、歯科病院のほうは119人と倍以上もいた。東京医科歯科大の場合は、医学部附属病院には無給医は1人もいなかったのに対し、歯学部附属病院には23人いた。

今年の歯科医師国家試験の合格率は63.7%だ。歯科大に入っても歯科医師になれるかどうかわからない上に、附属病院までが卒業生を酷使している現実。歯科大には今一度、歯科医師になる魅力を示す義務があるのではないだろうか。

 

【 略 歴 】田中 幾太郎(たなか・いくたろう)/1958年東京都生まれ。「週刊現代」記者を経て1990年にフリーに。医療、教育、企業問題を中心に執筆。著書に「慶應幼稚舎の秘密」(ベストセラーズ)。歯科関連では「残る歯科医消える歯科医」(財界展望新社)などがある。

第16回 歯科診療科の格差最大は「小児歯科」

◆歯科医療界が自ら変革の風を起こす時に来た

歯科医師数の過剰はマスコミがこぞって取り上げるテーマだが、地域偏在の問題については、これまであまり触れられることはなかった。そのような中、「日経新聞」の2019年4月29日~30日の朝刊で「医師偏在是正できるか」という記事が上・下2回にわたって掲載された。

主に医科系にスポットを当てる内容だが、上編を担当した印南一路・慶応大教授(専門は医療政策)が歯科系の問題にも次のように言及している。

「歯科医師数は一般医師に先行して長い間、全体数で過剰であり、地域偏在は一層著しい状態が続くが、新規開業は首都圏と近畿圏になお集中している。開業に当たり患者が来るかどうかの不安を抱え、子弟の教育環境や自分の生活の質を考えれば、人口の多い都市部に新規開業が集中するのは自然だ」。

◆小児歯科が少ない沖縄

厚生労働省による「医師・歯科医師・薬剤師調査」の集計データを用いて、さらに詳しい分析をしているのは、厚生労働統計協会が発行する月刊誌「厚生の指標」の2017年2月号だ。

「診療科別歯科医師の地域偏在」と題し、一般歯科、矯正歯科、小児歯科、口腔外科それぞれについて比較検討を行っている。

人口10万人対一般歯科医師数(2014年、以下同)がもっとも少なかったのは福井県。一方、もっとも多かったのは東京都で、2.2倍の差があった。矯正歯科は最少が青森県、最多が東京都で6.5倍。小児歯科は最少が沖縄県、最多が福岡県で9.2倍。口腔外科は最少が埼玉県、最多が新潟県で2.7倍だった。同誌は、歯科医師数が多い都道府県は歯科大学(歯学部)があるところだったと分析している。

これらの結果の中で気になるのは、格差がもっとも大きかった小児歯科。しかも、最少が「子どもの貧困問題」が顕在化している沖縄県だったことである。歯科医師はそうした地域を敬遠していると、世間の目には映るのではないだろうか。

◆行政と業界の団結を

では、どうすればいいのか。以前と比べて、決して経済的に恵まれているとは言い難い歯科医師たちが、自身の生活を真っ先に考えたとしても、誰も責めることはできない。個人に責任を押しつけるレベルではないのである。やはり、行政と業界が一致団結することが不可欠なのだ。

医科系では2004年に新しい臨床研修制度がスタートするなど、大きな変革が起こっている。普段は反目し合う与党の坂口力厚労相(当時)と、共産党の小池晃参院議員がタッグを組んだ結果だった。2人とも、もともとは医師である。

◆このままでは子どもたちが不幸に 

歯科医療界でもそろそろ、変革の風を自ら進んで起こす時が来ている。ずるずると後退していたら、歯科医療を必要とする幼い子どもたちまで不幸になってしまう。そうならないためにも、強い信念と行動力を持ったリーダーの登場が望まれるのである。

 

【 略 歴 】田中 幾太郎(たなか・いくたろう)/1958年東京都生まれ。「週刊現代」記者を経て1990年にフリーに。医療、教育、企業問題を中心に執筆。著書に「慶應幼稚舎の秘密」(ベストセラーズ)。歯科関連では「残る歯科医消える歯科医」(財界展望新社)などがある。

第15回 米国人が安価な歯科治療求めメキシコ流入入国審査や税関の〝壁〟もないため

◆日本の叡智「国民皆保険制度」を守り抜け

現在、新聞各社は通常の紙面だけでなく、インターネット上でも記事を流している。これには2つのタイプがある。1つは、紙面で報道した内容をそのままネットでも流すもの。もう1つは、ネットにだけ掲載される記事だ。

このネット専用記事で興味深いものを見つけた。「朝日新聞」による2019年4月8日の「回転ドアの先に、歯科300軒/米国が依存するメキシコ」という特派員リポートだ。

メキシコ側の人口5000人ほどの国境の町ロスアルゴドネスには300以上の歯科医院がひしめき、毎日のように米国から患者が押し寄せる。メキシコ人が米国に入国するのは大変だが、その逆は簡単。入国審査も税関もなく、アリゾナ州の国境検問所の回転ドアをくぐり抜けるとメキシコである。

たくさんの米国人がロスアルゴドネスを訪れる理由は、歯科治療費の安さ。インプラントなら米国の半分以下の治療費だという。

その実体験を紹介している雑誌記事もある。「週刊金曜日」でコラムを連載していた在米ジャーナリストのマクレーン末子氏が同誌2016年3月11日号で「歯科治療を受ける者たちはメキシコを目指す」という記事を執筆。夫がロスアルゴドネスで歯冠とセットで根管1本を治療したところ、米国では約2200ドルかかる治療費が420ドルで済んだ。

末子氏によると、同地を訪れる米国人の大半が退職者だという。高齢者用の公的医療保険や民間保険の多くは歯科治療を除外しており、患者の全額負担になってしまうためだ。

◆不十分な弱者への配慮

「月刊保団連」2017年3月号では、米国カリフォルニア州で開業している歯科医師・成田真季氏が「米国の歯科事情」をリポート。同国の治療費についても言及している。

各州が発行する公的健康保険は、主に低所得者用。治療費は歯科医師が自由に決められるが、低所得者用の歯科保険は公定料金が設定されている。開業医を受診すると高くなるので、歯科大学の院内生に診てもらうケースが多いという。

米国の民間保険にはさまざまなコースがあり、かなり複雑だ。治療内容によっても保険会社が支払う割合が異なってくる。予防に関しては100%保険でカバーされるが、コンポジットレジンをはじめとする基本治療の自己負担は20〜50%で、クラウン・ブリッジや義歯は50〜60%だ。

ただし、保険会社側は年間に負担する上限を決めていて、平均は1500ドル。患者側が内容を把握せずに漫然と治療を続けていると、自己負担額が跳ね上がることにもなりかねない。

予防に力を入れている点など、米国の歯科に学ぶことは多いが、弱者への配慮が十分になされているとは言い難い。かつて、日本にも「貧乏人は麦を食え」と暴言を吐いた大蔵大臣がいたことを思い出させる。

その後1961年に至り、日本は国民皆保険を実現。この叡智は、なんとしても守り抜かなければならないのである。

 

【 略 歴 】田中 幾太郎(たなか・いくたろう)/1958年東京都生まれ。「週刊現代」記者を経て1990年にフリーに。医療、教育、企業問題を中心に執筆。著書に「慶應幼稚舎の秘密」(ベストセラーズ)。歯科関連では「残る歯科医消える歯科医」(財界展望新社)などがある。

第14回 売れ線上に現れた「歯科をディスる企画」

◆1960年代後半から出現した歯科批判記事

「ディスる」という言葉がある。10年ほど前から流行りだした新語で、対象をネガティブに表現する際に使う。前回触れたビジネス誌「プレジデント」(2019年3月18日号)や、6年前の「週刊ダイヤモンド」(2013年6月15日号)の歯科特集も、まさに歯科医療界をディスる内容だった。

前者のタイトルが「歯医者のウラ側」、後者が「歯医者の裏側」とほぼ同じ。ありがちなタイトルを使い回している感は否めないが、これは低迷が続く近年の出版界事情を表しているともいえる。特に、スマートフォンの普及が急速に高まっていった2011年以降は、出版物の下落傾向に歯止めがかからない状況だ。新機軸打ち出すはずが…。

苦境の中、出版社側は売れるネタはないか、右往左往しだす。ところが、新機軸をいろいろ打ち出してみても、どれも思ったような成果が得られないのである。そこで悪戦苦闘の挙句、これまでの売れ線に頼ることになっていく。そのひとつが「歯科をディスる企画」というわけだ。

過去を遡って行くと、1960年代後半から70年代にかけて、歯科を批判する記事が多く見られた。診療にかかる回数、待ち時間の長さ、料金体系が不明朗な差額徴収など、患者側の不満が増長していた時期である。

その後、歯科医療界の自助努力も働いたのだろう。さまざまな改善が見られ、80年代以降は批判記事も減っていた。ところが、それから四半世紀を経て、再び歯科のマイナス面がクローズアップされることになる。

◆バッシングへの転機

世紀が代わって、最初に歯科の深刻な問題を取り上げたのは2007年の「週刊東洋経済」(4月28日・5月5日合併号)だった。「セレブ医院からガード下まで、5人に1人はワーキングプア」という記事である。

この号で同誌は「ニッポンの医者、病院、診療所」という74ページにも及ぶ大特集を組んだ。歯科に関する部分はその中のわずか4ページにすぎないのだが、あまりにも衝撃的な内容だった。表紙で「歯医者さんの5人に1人が年収(年間所得)300万円」と謳い、本文で歯科医療界の惨状を描いたのだ。歯科の記事が目玉となり、同号はかなり売れたと聞く。ただし、厚生労働省のデータを基にしているとはいえ、タイトルにはかなりの誇張があった気がする。

いずれにしても、診療についての問題点を指摘したものではなく、決して歯科をおとしめるような内容ではなかった。にもかかわらず、この記事をきっかけに、以降は歯科をディスる記事が増えていくのである。中でも、インプラント問題は格好の標的となった。

◆患者の不満が背景に

ネガティブキャンペーンのような記事に腹を立てる歯科医師も少なくない。が、その一方で、こうした記事を載せた雑誌が、患者の不満を背景に部数を伸ばしているという視点だけは持っておくべきだろう。

 

【 略 歴 】田中 幾太郎(たなか・いくたろう)/1958年東京都生まれ。「週刊現代」記者を経て1990年にフリーに。医療、教育、企業問題を中心に執筆。著書に「慶應幼稚舎の秘密」(ベストセラーズ)。歯科関連では「残る歯科医消える歯科医」(財界展望新社)などがある。

第13回 福岡県で発生した小児歯科診療所の医療事故

◆小児と同様に事故リスクが高い高齢者対策を

今回は、まず気になった事件記事を取り上げてみたい。

2017年7月、福岡県春日市の小児歯科医院で虫歯治療を受けた2歳の女児が死亡。今年、2019年3月7日に院長だった男性が業務上過失致死の疑いで書類送検されたと、各紙が報じた。治療後、痙攣を起こすなど、女児の容体が急変したにもかかわらず、適切な措置をしなかった疑いだという。 

地元紙「西日本新聞」は3月8日の朝刊で、遺族の「何度も娘の異変を訴えたのに元院長は対応してくれなかった」というコメントを紹介。一方、元院長は「(急変は)治療による疲労と判断した」という。なお、死因は急性リドカイン中毒による低酸素脳症だった。

この事件に注目したのは、過去に同じ福岡県で同様の事故が起こっていたからだ。福岡市の小児歯科医院で2歳の女児が虫歯治療後に亡くなったのは2000年6月。やはり、麻酔によるショックが原因だった。

同医院では麻酔、研磨など、治療ごとに別の歯科医師が担当する分担医制を採用。この女児の治療に関わっていたのは、歯科医師ら6人。それに理事長を加え、7人が書類送検され、うち5人は不起訴。歯を削った歯科医師と理事長の2人が起訴された。

結局、歯科医師は無罪となったが、理事長に対しては「医師らを指導監督する義務を怠った」として罰金30万円の有罪判決が下った。当時の「朝日新聞」(2006年4月21日西部朝刊)は「医療行為をした医師が無罪で医療機関の責任者が有罪という異例の形」と報じている。

◆一次救命処置の重要性

いうまでもなく、判決がどうあろうと、患者の死亡事故はあってはならない。遺族の悲しみはあまりにも大きい。さらにいえば、歯科医師や医療機関側のダメージも小さくない。2000年の事故は判決まで、実に6年を要した。また、2016年に事故を起こした院長は五十代前半ながら、医院を閉院している。

近年、救命処置の重要性はより高まっている。前出の2例はいずれも幼児だったが、その一方で事故が起きやすい高齢患者の割合が増えているのだ。少なくとも、院内スタッフは誰もがBLS(一次救命処置)をできるようにしておくべきだろう。

◆雑誌の特集記事

最後に、雑誌の話題を。月2回発行の「プレジデント」が3月18日号で57ページにもわたる「歯医者のウラ側」という大特集を組んでいる。出版不況の中にあって、書店では売り切れが続出。久々のヒットとなった。

実は、約6年前にまったく同じ切り口の特集が別の雑誌で組まれている。「週刊ダイヤモンド」(2013年6月15日号)が「歯医者の裏側」という58ページの記事を掲載。サブタイトルも、ダイヤモンドが「もうダマされない!」。一方、プレジデントは「あなたは騙されていないか?大損していないか?」となっており、非常によく似ている。

次回は、こうした雑誌での歯科特集の軌跡をもう少し詳しく見てみたい。

 

【 略 歴 】田中 幾太郎(たなか・いくたろう)/1958年東京都生まれ。「週刊現代」記者を経て1990年にフリーに。医療、教育、企業問題を中心に執筆。著書に「慶應幼稚舎の秘密」(ベストセラーズ)。歯科関連では「残る歯科医消える歯科医」(財界展望新社)などがある。

第12回 歯科矯正への保険適用今後の動向に注視を

◆訪問診療では医科歯科連携の認識深まる

2019年1月26日の「京都新聞」朝刊が「読者に応える」というコーナーで歯科矯正問題を扱っていた。2人の子を持つ母親から、歯並びの矯正になぜ医療保険が適用されないのかと、疑問が寄せられたのがきっかけだった。

小学校3年の長男が学校の歯科検診で矯正を勧められ、地元の歯科医を受診。検査料6万円余を支払った。そして、矯正の費用として27万円を提示され、母親はどうしたものいかと迷っていたのである。次男も歯並びが良くなく、さらなる費用が重圧となりそうだったからだ。

歯科矯正は、指定された疾患による噛み合わせの不具合を除くもので、大半が自由診療である。美容目的か治療かの線引きが難しいという点が、その理由になっている。だが、歯並びが悪いままだと、顎関節症を引き起こしたり、歯ブラシが届きにくい歯が虫歯や歯周病になりやすいこともわかっている。

若いうちに対策をとるのがベターなことは、いうまでもない。少なくとも、ある年齢までに治療すれば保険適用されるというルールを設けるべきだろう。ドイツや英国では18歳、フランスでは16歳までに歯科矯正を行えば、医療保険が適用される。

記事によると、山梨県では子を持つ女性や山梨県保険医協会が「保険適用拡大を願う会」を発足。県内の市町村議会に、子どもの歯科矯正への保険適用を求める意見書の採択を請願した。京都府でも、京都府歯科保険医協会や女性団体が同様の動きを見せているという。

これらは歯科医療関係者にとって歓迎すべき動きといえそうだが、前向きになれる記事をもうひとつ紹介しよう。

◆訪問診療における医科と歯科の連携

「日経ヘルスケア」2018年2月号で「医科・歯科・介護連携始めるなら今!」なる特集が組まれ、その中で「いいことずくめの歯科との連携」というリポートを9ページにわたって掲載。主に医科系の医師や病院に向けて書かれたもので、文字通り、歯科との連携を促す内容になっている。

現在、歯科系の診療科目を標榜する病院は約2割にすぎない。その一方で、歯科系診療科目のない病院のうち約8割は、外部の歯科医師の訪問診療を受け入れていた。つまり、一定程度、医科と歯科の連携は進んでいるともいえるのだが、記事はそれだけでは不十分だと主張する。

歯科医師や歯科衛生士による専門的な口腔機能管理の実施によって、入院期間の短縮、誤嚥性肺炎の予防、栄養状態の改善などにつながるという。さらに記事は、診療報酬・介護報酬改定で、歯科との連携に対する評価が拡充している点をメリットとして挙げる。

残念ながら、こうした連携によって歯科側が算定できる報酬はまだそれほど多くはない。

ただ、歯科へのニーズは確実に上向いている。この流れを歯科医療界として、しっかりつかむことが大切だ。

 

【 略 歴 】田中 幾太郎(たなか・いくたろう)/1958年東京都生まれ。「週刊現代」記者を経て1990年にフリーに。医療、教育、企業問題を中心に執筆。著書に「慶應幼稚舎の秘密」(ベストセラーズ)。歯科関連では「残る歯科医消える歯科医」(財界展望新社)などがある。

第11回 惜しまれる歯科健診調査とマスコミの着目点

◆日本人の3/4が早く歯科治療していればと後悔

調査報告を基にした記事で、気になったものを2つほど取り上げたい。

1つ目は、2018年12月27日「毎日新聞」夕刊の「どうすれば安全安心/半数超が歯科先延ばし」という記事。日本歯科医師会が昨年4月に15~79歳の男女1万人を対象に行ったインターネット調査「歯科医療に関する生活者調査Part2」(11月8日発表)を基にしている。

歯科健診や受診を「できるだけ先延ばしする」、「どちらかというと先延ばしする」と答えた人が53%に上ることが明らかになったという。しかも、二十代に先延ばし派がもっとも多く、6割を超えていた。

日本歯科医師会の調査報告には、この記事には出てこない、さらに気になるデータが載っていた。実に、全体の75.7%は「もっと早くから歯の健診や治療をしておけばよかった」と答えたというのだ。

300字足らずの短い記事なので、そこまで載せることができなかったのだと推察されるが、実にもったいない気がした。4人のうち3人もの日本人が「もっと早く歯医者に行っておけばよかった」と後悔しているのだ。しかも、先延ばし派ではない人たちの中にも、「もっと、対応を急いでいれば…」と反省しているケースが少なくないことも明らかになった。

こうした実態を広くアピールできれば、歯科治療の重要性がもっとクローズアップされるのにと、非常に残念に思った次第である。

◆歯科の倒産数急増

もう1つ気になったのは、月刊誌「日経ヘルスケア」の2017年12月号に載った「介護事業者の倒産が過去最多/原因は見通しの甘さと人手不足」という記事。東京商工リサーチ情報本部の課長が昨年1~10月の老人福祉・介護事業や病院・診療所の倒産件数を報告するとともに、その背景をリポートしている。

病院・診療所の倒産件数は37件。うち23件が歯科医療機関の倒産だった。その原因について、同課長は「歯科医療機関が飽和状態にあり患者を増やしにくいこと、人材確保が難しくなっていること」などを挙げる。ここでいう「人材」とは歯科衛生士等のことを指すものと思われる。

今年2018年の1月9日には、帝国データバンクが先のデータに11~12月分を加え た昨年1年間のトータルを発表している。歯科診療所の倒産件数は23件と変わらなかったので、昨年の最後の2カ月間には倒産はなかったということだろう。

ただ、帝国データバンクの調査で深刻な状況も浮き彫りになっている。年間23件の倒産件数は、2000年以降で最多だった2009年、2012年、2014年の各15件を大きく上回っていたのだ。

昨年の医療機関(病院、診療所、歯科診療所)全体の倒産数は40件と、2010年以来の高い水準にあったが、歯科が足を引っ張ったと分析している。

◆歯科医療界の構造改革を

あえて不遜な言い方をさせていただくが、歯科医療界の抜本的な構造改革を考える時期に来ているのではないだろうか。

 

【 略 歴 】田中 幾太郎(たなか・いくたろう)/1958年東京都生まれ。「週刊現代」記者を経て1990年にフリーに。医療、教育、企業問題を中心に執筆。著書に「慶應幼稚舎の秘密」(ベストセラーズ)。歯科関連では「残る歯科医消える歯科医」(財界展望新社)などがある。

第10回 沖縄県の子ども口腔崩壊を投げかけた波紋を追う

養護教諭による子ども歯科受診促進案も登場

この欄でたびたび取り上げてきた「子どもの口腔崩壊」問題だが、2018年11月23日の「沖縄タイムス」朝刊の記事はいささかショッキングな内容だった。「虫歯要受診7割行かず」というもの。

沖縄県内の小中学校と特別支援学校の歯科検診で、要受診と診断された児童・生徒の71.9%が未受診だったことが沖縄県保険医協会の調べで分かったという。全国の各保険医協会が調べた21都府県の平均は56.5%である。沖縄県の数字は突出して高かった。

また、文部科学省による2017年度調査では、県内12歳児の永久歯の平均虫歯本数は1人当たり1.7本。全国平均0.82本の倍以上で、国内ワーストだった。

アイスクリームなど甘いものの沖縄県内の消費量は全国最低水準。学校の給食後の歯磨きやフッ素洗口の実施率も全国平均とほとんど変わらないにもかかわらず、こうした結果が出てしまったのはなぜなのか。

◆一番の問題は貧困大きく響く県民所得

いくつかの要素が絡み合っていることが推測されるが、その中で一番の問題は貧困である。2018年8月末に内閣府が報告したデータによると、2015年度の沖縄県の県民所得は216万6000円で、47都道府県中、最低。全国平均は319万円だから、100万円以上も少ない。一番多い東京都(537万8000円)の4割程度にすぎなかった。

◆広がる歯科医療ニーズ消化器守る仕事へシフト

「沖縄タイムス」の記事中で、沖縄県保険医協会の照屋正信理事が医療費の徴収方法にも言及。沖縄県では医療費の自己負担ゼロの流れが進んでいるにもかかわらず、通院時に窓口で自己負担が一切発生しない「現物給付」方式を小中学生に導入している市はないという。一時的でも現金を用意しなければ診察を受けられない現状は、受診控え、受診抑制を招いていると照屋理事は指摘する。それだけ同県の貧困や格差は深刻なのだ。

同紙の2018年11月25日朝刊の社説では「健康格差にも踏み込め」と題し、行政に積極的な対応を求めるとの主張を展開。「歯科未受診を家庭だけの責任とせず、援助の視点を広げたほうがいい。経済的・時間的余裕がない家庭の子どもたちを養護教諭らが歯科に連れて行くのも一つの方策だ」と記していたが、なかなかの慧眼だと感じた。

気になった記事をもう一つ。11月21日の「中日新聞」朝刊では「口腔ケアで尊厳を守る/終末期医療に歯科医師も参加」という記事を掲載。病院や在宅での終末期チーム医療に歯科医師が積極的に関わりだしたことをレポート。歯科医療のニーズの広がりを好意的に捉えた内容だった。

同記事では大阪歯科大の高橋一也教授の「歯科医師の意識を虫歯治療から口腔という消化器を守る仕事へシフトさせたい」というコメントも紹介。歯科教育の分野でも、大きくシフトチェンジする時期に来ているようだ。

 

【 略 歴 】田中 幾太郎(たなか・いくたろう)/1958年東京都生まれ。「週刊現代」記者を経て1990年にフリーに。医療、教育、企業問題を中心に執筆。著書に「慶應幼稚舎の秘密」(ベストセラーズ)。歯科関連では「残る歯科医消える歯科医」(財界展望新社)などがある。

第9回 いま歯科医療界全体で必要な取り組みとは

以後の展開次第で歯科にプラスの作用

今回まず取り上げるのは、今後の展開次第で歯科医療界にとってプラスになるのではないかと思われる記事。2018年11月11日の「毎日新聞」朝刊が報じた「健保組合/生活習慣病重視/歯科予防後回し/医療費抑制の妨げに」である。

東京大学政策ビジョン研究センターの研究ユニットが健康保険組合連合会の情報を基に分析。2016年度の1363健保組合を調べたところ、がんの医療費抑制を重視していたのは513組合、糖尿病が529組合あったのに対し、歯科は128組合にとどまったという。歯科の1人当たりの年間医療費は約1万7000円で、がんの約1万6000円や糖尿病の約1万3000円より高かったと報告している。

この記事では、全国の健保組合が「がんや糖尿病など中高年に多い病気の対策を優先させる一方、歯科を重く見ているのは1割未満」とし、「歯科を重視すれば医療費全体の削減が見込まれる」としている。

◆読み方で変わる印象

読み方によっては、業界にとってマイナスになりかねない内容である。健保組合が加盟者に、ブラッシングなど予防の大切さをもっと啓蒙をすれば、歯科の医療費を抑えられるといっているからだ。歯科治療にかかる費用をいかに減らすかばかりが強調されているようにも映る。

だが、もう1つの捉え方もできる。この記事は予防歯科の重要性を訴えているわけで、そこに歯科医師らがいかに関わるかが問われているのだ。

筆者の私見だが、歯科医療界全体として、そのあたりのアピールが足りないように感じている。

歯の疾患が全身の健康に及ぼす影響について、一般の人たちはそれほど深く理解しているわけではない。たとえば、歯周病が動脈硬化につながるとか、糖尿病を悪化させるといった情報に触れる機会はあまり多くない。何よりも重要なのは、それに関し具体的なデータを示せるかどうかにある。そうしたデータの収集と整備は、歯科医療関係団体が一丸となって取り組むべきだろう。

◆データ発信の大切さ

データの発信がもたらす影響は小さくない。2018年11月13日の「東京新聞」朝刊は東京歯科保険医協会の調査報告を基に「子どもの口腔崩壊/東京で3校に1校」という記事を掲載。都内の小中学校の3校に1校で、口腔崩壊の児童・生徒がいたという。理由としては、経済的困窮や時間的問題に加え、育児放棄、いわゆるネグレクトが疑われるケースもあった。

こうした記事が歯科医療界にプラスになることはいうまでもない。改めて、歯科の重要性に注目が集まるからだ。メディアが取り上げるには、やはり具体的なデータがあればこそである。

最後に、事件のニュースも1つ。10月22日に診療報酬の水増し請求で数億円を詐取し、歯科医師2人が神奈川県警に逮捕されたというもの。 各紙が取り上げたが、こうした報道で歯科に対する信頼が一気に崩れてしまうのは、あまりに残念である。

 

【 略 歴 】田中 幾太郎(たなか・いくたろう)/1958年東京都生まれ。「週刊現代」記者を経て1990年にフリーに。医療、教育、企業問題を中心に執筆。著書に「慶應幼稚舎の秘密」(ベストセラーズ)。歯科関連では「残る歯科医消える歯科医」(財界展望新社)などがある。

第8回 なぜハンドピース問題だけが

【問題の本質を見誤らせることにならないか】

前回の最後に、2018年8月28日の「毎日新聞」朝刊がハンドピース問題を取り上げていることを紹介した。10月以降、滅菌の方法、使用機器名、ハンドピース保有本数などを管轄の地方厚生労働局長に届出を行えば、初診料と再診料を30円加算。未届けの場合は初診料を80円、再診料を40円減算するという診療報酬改定に呼応した記事だった。

今やハンドピース問題が院内感染防止対策の柱になっている感がある。確かに重要な問題であることは否定しないが、少々違和感を覚えるのも事実だ。ハンドピース問題さえ解決すれば、院内感染対策が万全というわけにはいかないからだ。ここまでクローズアップされるようになったのはなぜなのか。

◆なぜここまで…

一つの要因として、厚生労働省研究班が昨年五月に発表した調査報告書が挙げられる。日本歯科医師会会員を対象に行ったアンケートの結果を集計したものだ。「使用済みハンドピースの扱い」の項目で、「患者ごとに交換」していると回答したのは52%だった。

この数字を多いとみるか、少ないとみるかは判断の分かれるところだが、前回の2012年調査からは21ポイントも改善している。だが、マスコミの報道では、そうしたプラス面を評価するよりも、「いまだ52%にすぎない」というネガティブな捉え方が多かった。

しかも、他にあまり有効な資料がないため、大半のメディアはこの調査報告書に頼りきりで、どれも似たような切り口になっている。その結果、現在の歯科医療界全般に対しても、批判的なトーンが目立つようになってしまった。

◆ネガティブキャンペーン

もう一つの要因として、「読売新聞」の記事の影響が大きい。一番最初にハンドピース問題を扱った2014年6月5日朝刊の「歯削る機器使い回し/高い滅菌費 改善の壁に」は、業界にとってはあまりにショッキングな記事だった。

国立感染症研究所の研究班によるデータを紹介。66%の歯科でハンドピースを滅菌せずに複数の患者に使っていたと記している。これを読んだ時、患者はどう思うだろうか。ほとんどの人は、多くの歯科で前の患者に使ったハンドピースをそのまま次の患者にも使っているといった先入観を持つに違いない。

そうした誤解を解消することなく、同紙は引き続き2017年7月2日朝刊、同8月20日朝刊、同9月27日夕刊で、同様の批判を繰り広げた。さらには同10月18日夕刊の「わたしの医見」という投稿欄で、「患者ごとに交換して滅菌しているのか」と質問したら、歯科医師から「ほかの医院に行かれたら」と言い返されたという読者の声を紹介している。

一連の記事がハンドピース問題を世に知らしめる役割を果たしたのは事実。だが、こうしたネガティブキャンペーンのような一方的なやり方は、問題の本質を見誤らせることにならないだろうか。

 

【 略 歴 】田中 幾太郎(たなか・いくたろう)/1958年東京都生まれ。「週刊現代」記者を経て1990年にフリーに。医療、教育、企業問題を中心に執筆。著書に「慶應幼稚舎の秘密」(ベストセラーズ)。歯科関連では「残る歯科医消える歯科医」(財界展望新社)などがある。

第7回 歯科医療界の悲劇につながるステマ問題

◆ハンドピース問題も再び注目の的か

週刊誌で歯科医療界の由々しき問題を伝える記事を見つけた。「女性セブン」(小学館発行)2018年8月23・30日合併号の「行ってはいけないゾッとする歯医者」というレポートだ。

「5大タブー」と称し、「銀歯」「レジン」「歯周病」「インプラント」などにまつわる問題をピックアップ。ここまでは雑誌がよく取り上げるテーマだが、5番目のタブーが業界の暗部を抉り出すものだった。「ステマ」問題である。

ステマとは、ステルス・マーケティングの略。ステルスは「こっそり行う」という意味。ステマは消費者に宣伝と気付かれないように行う広告手法だ。

特に目立つのは、健康に関するもの。テレビの情報番組や雑誌の健康記事で、広告とはわからない形で商品を取り上げ、企業から宣伝費が支払われる。法的にあいまいな部分が多く、すき間を突く格好で、この手法が頻繁に使われてきた。

「女性セブン」の記事では、インターネット上で歯科のステマが横行していると指摘。六十代の女性が無料の歯科治療相談サイトを開くと、ベテランの歯科医師が親切に回答。同医師のクリニックに通院するようになり、勧められるまま高額のインプラント治療に踏み切ることになったという。

この患者にとっては、インプラントが適切だったかもしれず、一見、問題があるようには思えない。しかし、実際には無料相談サイト自体が宣伝媒体であり、善意の第三者を装って患者を誘導するステマだったのだ。

◆口コミサイトの信用度

インターネットで、歯科に関してもっとも活用されているのは、診療所選びだろう。ネット上では、各地域の歯科医院の評価を載せている口コミサイトを数多く見つけることができる。その地域での情報を持っていない利用者にとっては便利なサイトだ。が、前出の記事は「歯科情報サイトの多くが患者を誘引するステマである」と一刀両断に切って捨てる。

こうした口コミサイトの中には、良心的なものもあるが、利用者にとっては区別がつかない。歯科医院の関係者やネット広告会社の社員が一般の患者を装って、投稿しているケースも少なくない。こうしたステマが氾濫している業界だと思われること自体、歯科医療界にとって悲劇である。

◆ハンドピース問題再び

最後に、ステマとは別のテーマを扱った記事にも触れておきたい。2018年8月28日の「毎日新聞」朝刊の「歯科医院の院内感染対策/徹底狙い診療報酬に差」という記事は「ハンドピース」問題を取り上げていた。厚生労働省がハンドピースを患者ごとに交換して滅菌する感染対策が十分かどうかで、診療報酬に差をつける仕組みを十月から導入するというもの。

ハンドピースをめぐっては、かつて「読売新聞」がさかんに取り上げていた。その報道のあり方も含め、次回、この問題をもう少し掘り下げてみたい。

 

【 略 歴 】田中 幾太郎(たなか・いくたろう)/1958年東京都生まれ。「週刊現代」記者を経て1990年にフリーに。医療、教育、企業問題を中心に執筆。著書に「慶應幼稚舎の秘密」(ベストセラーズ)。歯科関連では「残る歯科医消える歯科医」(財界展望新社)などがある。

第6回 歯科の明るい未来を予感する話題

気が重くなる話題が続いたので、今回は前向きになれるニュースを取り上げてみたい。

2018年8月初旬、2紙で微笑ましい記事が載った。「歯の診察や型取り 児童16人職業体験」と報じたのは8月5日の「中日新聞」朝刊。翌6日には「北海道新聞」夕刊が「歯科医の仕事児童 18人体験」という記事を掲載した。

前者は、三重県伊勢市の歯科医院で小学生を対象に歯科医、歯科衛生士の職業体験が開かれたというもの。児童は保護者を患者に見立て、ミラーを使って診察。粘土で前歯の型を採ったり、歯ブラシや歯科用機器で口腔内をきれいにした。

後者は、北海道大学歯学部で開かれた。人工の歯を用い、虫歯に見立てた箇所を削りコンポジットレジンを詰めたり、入れ歯を作製。記事では、小学校六年の女子児童の「入れ歯作りが難しかった。たくさん勉強して将来は医者になりたい」といったコメントも紹介している。

◆歯科医療界にもプラス

これらはとても良い試みだと思う。筆者が小学生の頃は「歯医者さん」は非常に身近な存在だった。普段から、度々お世話になっていた。まだ予約制があまり導入されていなかったので、歯科医院の待合室はいつも満杯。約半数は子どもで、2時間以上待つのは当たり前だった。

だが、近年の児童が歯科にかかる頻度はだいぶ少なくなっている。文部科学省の報告によると、12歳の虫歯(永久歯)の本数は調査を開始した1984年度で4.75本。それが昨年度は0.82本と、この三十数年間で6分の1近くまで減っている。

子どもたちが縁遠くなった歯科医の仕事を知る機会を持つことは、大いに歓迎すべき。歯の健康を守ることが大切だとわかれば、歯科に対する意識も変わってくるはずだ。児童の体験講座が各地で開かれるようになれば、歯科医療界の未来にもプラスに作用するに違いない。

◆復興のバロメーター

一方、福島県から明るいニュースを届けたのは8月2日の「福島民報」朝刊。東京電力福島第一原発事故による避難指示で休業していた浪江町の歯科医院が、同月1日から診療を再開したという記事だ。

院長は豊嶋宏さん。避難後は大学時代の同級生が経営する北海道新ひだか町の歯科医院を手伝っていた。一時は帰還を諦めていたが、「自分の生まれた町を捨てたくなかった」と、7年4カ月ぶりに地元に戻ってきた。

実は筆者はこの8月、国道6号線を北上し、福島県の海岸線側の各地を見てきた。浪江町にも立ち寄ったが、人影は少なく、復興があまり進んでいない様子を目の当たりにした。震災前は約2万1000人が暮らしていた同町の現在の居住者数は約800人。

そうした中で歯科医院が再開したのは希望の光だ。震災前に町内にあった歯科医院は全部で8カ所所。戻ったのは豊嶋院長が最初だが、今後どれだけ再開するか、復興のバロメーターとして注目したい。

 

【 略 歴 】田中 幾太郎(たなか・いくたろう)/1958年東京都生まれ。「週刊現代」記者を経て1990年にフリーに。医療、教育、企業問題を中心に執筆。著書に「慶應幼稚舎の秘密」(ベストセラーズ)。歯科関連では「残る歯科医消える歯科医」(財界展望新社)などがある。

第5回 医療にお金をかけたくない

2018年7月6日、「毎日新聞(大阪版)」朝刊の「くらしナビ・ライフスタイル」のコーナーで「検診で『虫歯』親の過半放置」という記事が載った。ページの半分以上のスペースを使い、分量もかなり多い。なお、この日、東京版の同コーナーでは目黒女児虐待死に言及しながら、「『一日里親』子守る地域の挑戦」という記事を載せていた。

東京版、大阪版いずれも「子どもの命と健康をいかに守るか」がテーマだが、それぞれに特徴が出ていて興味深い。大阪版が今回の話題を扱ったのは、ひとつ入れたい情報があったからだと推察される。

それは、2013年度から歯科の調査をしていた大阪府歯科保険医協会が医科で組織する大阪府保険医協会と協力して、昨年末から今年初めに10万人規模の調査を実施したというニュースだ。初めて眼科、耳鼻科、内科、その他に対象を広げた。その結果、歯科だけでなく、眼科や耳鼻科でも学校検診で受診指示が出ても、多くが未受診だったという。

つまり、歯の問題だから軽く考えているというのではなく、なるべく医療にお金をかけたくない家庭が少なくない、ということだ。親の認識不足があるとしても、それ以前の問題として、貧困問題が重く深く横たわっているのである。

◆お金がなく治療中断

それは子どもの医療だけにとどまらない。成人の医療に関して貧困問題を取り上げたのは2018年5月24日の「東奥日報」朝刊だった。「経済的理由で患者治療中断/医・歯科医5割『ある』」という記事である。

青森県保険医協会が医科・歯科医療機関に対し、経済的理由と思われる患者の治療中断の有無を調査。5割が「ある」と回答した。中断したと思われる患者の病名は医科で多い順に高血圧症、糖尿病、脂質異常、精神疾患。歯科では、歯にかぶせ物や詰め物をする治療が最も多かったという。

青森協会は会見で「お金がないと言えないから治療を中断する」と述べた。

一方、週刊誌の場合、歯科と貧困を結びつけた記事は少ない。どうしても、「歯周病にどう対応すればいいか」といったハウツーものに偏りがちになる。だからといって、まったくないわけではない。

「サンデー毎日」の2016年4月3日号では「口の中から見える格差と貧困/子どもから老人まで広がる口腔崩壊って何だ!」という記事を掲載。冒頭で42歳の男性が20年ぶりに歯科診療所に駆け込んだ様子をレポート。奥歯は歯根だけが残っているような状態だったが、アルバイト生活で余裕がなく、歯科医にかかれなかった。生活保護受給を機に、やっと治療を始めることができたという。

歯科医療界だけでこうした問題に立ち向かうのは難しい。明らかに社会構造的な問題だからだ。といって、手をこまねいているわけにはいかない。垣根を越えて、知恵を出し合う時が来ている。

 

【 略 歴 】田中 幾太郎(たなか・いくたろう)/1958年東京都生まれ。「週刊現代」記者を経て1990年にフリーに。医療、教育、企業問題を中心に執筆。著書に「慶應幼稚舎の秘密」(ベストセラーズ)。歯科関連では「残る歯科医消える歯科医」(財界展望新社)などがある。

第4回 波紋を呼んだ「口腔崩壊」報道

ここのところ、歯科関連の記事で目立つのは、子どもの歯をめぐる格差問題。2018年6月6日の「読売新聞(福岡版)」朝刊は「口腔崩壊3割の学校に」という記事を掲載した。長崎県保険医協会が昨年、小中高校と特別支援学校にアンケートを実施したところ、3割の学校が「口腔崩壊の子どもがいる」と回答。佐賀県や福岡県の調査でも、ほぼ同様の結果が出たという。

また、5月3日の「読売新聞(千葉版)」朝刊は「歯科治療放置の子52%」と報じた。公立小中学校と特別支援学校の歯科検診で要受診と診断された生徒のうち、52.5%が未受診だった。

重い虫歯が10本以上ある状態を「口腔崩壊」と呼ぶが、この言葉がメディアで一般的に使われ出したのは、そう古い話ではない。筆者が調べた限り、全国紙で「口腔崩壊」が最初に登場したのは2010年3月21日の「毎日新聞」朝刊。「口腔崩壊/子供の虫歯、貧困で悪化!?」という記事だった。「家庭が貧しくて虫歯の治療に行けず、かみ合わせが悪くなったり、歯が抜け落ちたりする子供の『口腔崩壊』が問題化している」と報じた。

ただ、以降、紙上でこの問題が積極的に取り上げられるようになったわけではなかった。たまに一部の新聞が報じる程度で、多くの世間の目が向けられるまでの影響力はなかったのである。

◆親のデンタルネグレクト

その流れが一気に変わったのは、2017年9月2日のことだった。「NHKニュースおはよう日本」の「けさのクローズアップ」のコーナーで、「子どもの歯に格差」というテーマを取り上げたのだ。虫歯がまったくない5歳児は61%いるのに、その一方で口腔崩壊を起こしている子どもが少なくないことがわかってきたという。

番組では福岡、広島、新潟各県の歯科医師や大学教授が登場。二極化する状況や、大学と連携した小学校のフッ素水によるうがいなどの取り組みが紹介された。

このNHK報道を境に、新聞も頻繁に子どもの口腔崩壊を取り上げるようになった。各紙とも、その原因の一番に挙げるのは「貧困」である。母子家庭で、子どもを歯科医院に連れていく余裕が時間的にも金銭的にもない。中には、健康保険証がないという家庭も。子どもが歯の痛みを訴えても、乳歯だからそのうち抜けるといった保護者のデンタルネグレクトも少なくなかった。

◆歯科医療界全体で具体策を

全日本民主医療機関連合会や東京歯科保険医協会をはじめとする21都府県の保険医協会の調査によって、子どもの口腔崩壊の実態が近年、急速に明らかになってきている。次の段階で取り組まなければならないのは、歯科医療界全体で具体的な対策を打ち出すことだ。子どもが歯の治療を受けられなかったために、将来被る不利益は小さくない。貧困によって歯の治療を躊躇するような状況は、何としても変えなければならないのである。

 

【 略 歴 】田中 幾太郎(たなか・いくたろう)/1958年東京都生まれ。「週刊現代」記者を経て1990年にフリーに。医療、教育、企業問題を中心に執筆。著書に「慶應幼稚舎の秘密」(ベストセラーズ)。歯科関連では「残る歯科医消える歯科医」(財界展望新社)などがある。

第3回 仕事を続けたい意思を持てる環境を

◆歯科衛生士は歯科医の従属物ではない

歯科衛生士不足はこれまで以上に深刻な状況を呈しているが、2018年5月12日の「高知新聞」夕刊の記事は、まさに歯科医療界の悲鳴が聞こえてくるような内容だった。

「県内歯科衛生士足りない/口腔ケアニーズ高まり“争奪戦”」と題するその記事は、ハローワークに求人を出しても応募はゼロだったり、歯科衛生士を確保できないまま開業に踏み切る様子を伝えていた。口腔ケアの重要性が叫ばれる中、歯科衛生士の役割は拡大。病院や介護施設まで巻き込み、争奪戦が起きているという。

歯科衛生士問題に対する行政の動きを報じたのは、2017年11月28日の「産経新聞」朝刊の「歯科衛生士不足解消へ支援」という記事だった。厚生労働省が歯科衛生士の復職支援と離職防止を目的とした事業を立ち上げたというもの。事業を受託した東京医科歯科大学歯学部附属病院では、歯科衛生士総合研修センターを設置。歯科衛生士のスケジュールに合わせ、オーダーメードの研修プログラムをつくり、復職をサポートしていく。

こうした取り組みは大いに評価できるが、根本的な解決に結びつくかどうかとなると、首を傾げざるをえない。結婚や出産を機に離職した後、復職に至らないケースの多くは、技術的な不安が理由ではない気がするからだ。

◆就業規則は必須

重要なのは、「歯科衛生士が仕事を続けたい意思を持てるかどうか」ではないのか。

専門職でありながら結果的に結婚や出産までの腰掛けになってしまうのは、心構えの問題というより、それだけ魅力ある環境が形成されていないからだ。そこで、1つのヒントとなる記事を見つけた。「月刊保団連」1990年6月号に掲載された「働き続けられる労働条件を」というレポートである。

うえに病院(現・コープおおさか病院)に勤める長尾恵子さんという歯科衛生士が、63人の歯科衛生士に対し電話によるアンケートを実施。「職場に満足しているか」の質問に「いいえ」と答えたのは四割にのぼった。その理由は「院長の治療方針についていけない」、「有給がない」、「給料・賞与が少ない」、「労働時間が長すぎる」など。長尾さんは「衛生士が魅力ある職種となるためには…(中略)…労働条件の改善が必要」と語っている。

この記事から四半世紀以上たった今も、歯科衛生士の置かれる環境はそれほど大きく変わっていないのではないか。日本歯科衛生士会の「歯科衛生士の勤務実態調査報告書」によると、2015年3月時点で、就業規則がある診療所は61.3%にすぎなかった。

法的には労働者が10人未満の職場では就業規則は必要ないが、スタッフが安心して働くことができ、復帰もできる環境を示すには、その作成が最低条件。それも社労士任せにするのではなく、院長自らがよく理解して、作成に関わることが望まれる。

前出の「月刊保団連」の記事の中で長尾さんは「衛生士を歯科医の従属物でなく、より良い医療を追求していくパートナーとしてとらえるならば、今後歯科医療は国民の要求に応えて大きく変化していく」と締めくくっているが、まさに同感である。

 

【 略 歴 】田中 幾太郎(たなか・いくたろう)/1958年東京都生まれ。「週刊現代」記者を経て1990年にフリーに。医療、教育、企業問題を中心に執筆。著書に「慶應幼稚舎の秘密」(ベストセラーズ)。歯科関連では「残る歯科医消える歯科医」(財界展望新社)などがある。

第2回 福利厚生と捉えてビジネス化する商社も登場

前回も触れたが、歯科衛生士問題について、どのような報道があったのかを引き続き見ていきたい。

「歯科衛生士の確保が難しい」という話は、都内の診療所を取材していてもよく耳にするが、地方はより深刻のようだ。実際、地方紙による報道が目立つ。

宮城県の「河北新報」は、2017年11月17日の朝刊で「歯科衛生士足りなーい/新卒争奪戦─求人倍率10倍にも」という記事を載せた。県内の養成機関では卒業人数の10倍以上の求人があり、県歯科医師会は県の補助を受け、有資格者の復職支援を始めるという。

同紙は12月6日の朝刊でも、県議会11月定例会で歯科衛生士不足解消に向け、実態調査に乗り出す方針が示されたと報道。2016年度の県内における歯科衛生士就業人数は1841人。人口10万人当たり79.0人で、全国平均の97.6人を大きく下回っていた。有資格者の半数近くが未就業との報告もあり、就業を後押ししていく方針も確認された。

この2件の報道を読む限り、具体策にやや欠ける感じが否めない。復職支援に関して「最新の技術や知識を習得する研修を開く」と記事にはあるが、受講希望者をどうやって掘り起こすのかには触れていない。そうした研修を開いても、閑古鳥が鳴く結果にならないだろうか。もちろん、やらないよりやったほうがましだが、もう少し工夫が必要な気がする。

◆ビジネスに繋げる動き

2018年2月1日の「中国新聞」朝刊の記事では、もっと具体的な対策が描かれていた。山口県下松市で歯科衛生士不足を解消するために、専門学校を新たに設立するというもの。下松市、市歯科医師会、広島県の学校法人の三者で2年後の開校に向け、覚書が交わされたという。

地元で歯科衛生士を育てようとする姿勢は評価できる。ただ、大きな期待を寄せるのは禁物だ。2010年度以降、歯科衛生士の養成機関はそれまでの2年制から3年制以上が義務付けられ、敬遠する受験者が続出。定員割れを起こしている専門学校が少なくない。この下松市の専門学校も、当初は定員150人の予定だったが、120人に変更された。

歯科衛生士不足をビジネスに結びつけようとする動きを伝えたのは、2018年2月22日の「日経産業新聞」。伊藤忠商事が歯科医院向けに福利厚生の代行事業を始めるというもの。歯科衛生士の大半が女性でありながら、託児所など育児関連の支援がないことに、同社は着目。個人医院向けに育児施設関連の支援をはじめとする福利厚生サービスを提供する。

いかにも日経グループらしい切り口だが、2015年5月19日に「西日本新聞」が報じた夕刊の記事はひと味違った。福岡県の歯科クリニックが隣接する土地に保育園を開設するというニュースだ。産休や育休を終えた歯科衛生士が職場復帰しやすい環境をつくるのが狙い。

紙幅が尽きたので、次回もう1度だけ、歯科衛生士問題を取り上げ、筆者が思う解決への道筋を述べさせていただきたい。

 

【 略 歴 】田中 幾太郎(たなか・いくたろう)/1958年東京都生まれ。「週刊現代」記者を経て1990年にフリーに。医療、教育、企業問題を中心に執筆。著書に「慶應幼稚舎の秘密」(ベストセラーズ)。歯科関連では「残る歯科医消える歯科医」(財界展望新社)などがある。

第1回 記事は小さくても業界にとっては一大事

知り合いの歯科医師はうんざりした顔を見せた。

2017年12月22日、東京地裁で歯科医療界に関わる注目の判決があった。育児休業を申請しようとした歯科衛生士の女性が勤務先の都内の歯科医院から拒否され、退職に追い込まれた事件だ。地位確認と約800万円の損害賠償請求に対し、裁判所は従業員としての地位を認めた上で、約700万円の支払いを命じた。

筆者が確認した限りは、全国紙で報じたのは朝日(2017年12月23日朝刊)だけ。文字数も370字と、決して大きな扱いではなかったが、一般読者の目を惹いたのは間違いなかった。社会面の四コマ漫画のすぐ下に「『マタハラ』賠償命令 育休拒み退職強要」という文字が躍ったのだ。業界に横たわる現実の一端が浮かび上がるところとなった。

2018年の1月27~29日、再び歯科医院でのマタハラ問題が新聞各紙で取り上げられた。同月26日の岐阜地裁の判決を報じたものだ。歯科技工士の女性が産休や育休をめぐって嫌がらせを受け、うつ病になったとして、勤めていた歯科医院や上司を訴えた。裁判所は社員としての地位確認と約500万円の賠償を命じた。

こちらは各紙にニュースを提供する共同通信社が配信したこともあって、多くの新聞社が全国版や地域版で掲載。判決文を基に淡々と報じながらも、マタハラは許されないという時代の流れを反映した内容だった。なお、歯科医院側はその後、控訴している。

◆実態を反映しないデータ

前出の歯科医師は「業界中でマタハラが横行していると思われるのは心外」としながらも、「自身にとっても対岸の火事ではない」と話す。特に歯科衛生士問題は、診療所を開業している歯科医師にとっては影響が大きい。

「産休や育休を与えるのは当然としても、そのあと、ちゃんと戻ってきてくれるかどうか、多くの院長が疑心暗鬼になっている」(同)

結婚や妊娠を機に退職してしまうケースも多い。歯科衛生士が産休や育休を取得している間や、退職した場合、どう補充するかは重大な問題だ。伝手を頼ったり、人材バンクを使って、その都度、何とか対応している歯科医院も少なくない。

歯科衛生士不足は深刻だが、それがデータに現れてこないのも問題だ。昨夏、厚生労働省が発表した「衛生行政報告例の概況」によると、2016年末の就業歯科衛生士数は12万3831人。前回調査(2014年末)から6.5%も増えている。

しかし、この数字が実態を反映しているとは言い難い。保健師、助産師、看護師、准看護師については常勤換算数や正規雇用率が併せて発表されている。が、歯科衛生士はこうしたデータが一切、付帯されていない。短期間での退職が含まれていることが推測される。

マタハラと後ろ指をさされない健全な職場環境を生み出すために、実態を正確に把握した上で、歯科医療界全体で改革に取り組むことが急務である。

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【 略 歴 】田中 幾太郎(たなか・いくたろう)/1958年東京都生まれ。「週刊現代」記者を経て1990年にフリーに。医療、教育、企業問題を中心に執筆。著書に「慶應幼稚舎の秘密」(ベストセラーズ)。歯科関連では「残る歯科医消える歯科医」(財界展望新社)などがある。