第1回 記事は小さくても業界にとっては一大事

知り合いの歯科医師はうんざりした顔を見せた。

2017年12月22日、東京地裁で歯科医療界に関わる注目の判決があった。育児休業を申請しようとした歯科衛生士の女性が勤務先の都内の歯科医院から拒否され、退職に追い込まれた事件だ。地位確認と約800万円の損害賠償請求に対し、裁判所は従業員としての地位を認めた上で、約700万円の支払いを命じた。

筆者が確認した限りは、全国紙で報じたのは朝日(2017年12月23日朝刊)だけ。文字数も370字と、決して大きな扱いではなかったが、一般読者の目を惹いたのは間違いなかった。社会面の四コマ漫画のすぐ下に「『マタハラ』賠償命令 育休拒み退職強要」という文字が躍ったのだ。業界に横たわる現実の一端が浮かび上がるところとなった。

2018年の1月27~29日、再び歯科医院でのマタハラ問題が新聞各紙で取り上げられた。同月26日の岐阜地裁の判決を報じたものだ。歯科技工士の女性が産休や育休をめぐって嫌がらせを受け、うつ病になったとして、勤めていた歯科医院や上司を訴えた。裁判所は社員としての地位確認と約500万円の賠償を命じた。

こちらは各紙にニュースを提供する共同通信社が配信したこともあって、多くの新聞社が全国版や地域版で掲載。判決文を基に淡々と報じながらも、マタハラは許されないという時代の流れを反映した内容だった。なお、歯科医院側はその後、控訴している。

◆実態を反映しないデータ

前出の歯科医師は「業界中でマタハラが横行していると思われるのは心外」としながらも、「自身にとっても対岸の火事ではない」と話す。特に歯科衛生士問題は、診療所を開業している歯科医師にとっては影響が大きい。

「産休や育休を与えるのは当然としても、そのあと、ちゃんと戻ってきてくれるかどうか、多くの院長が疑心暗鬼になっている」(同)

結婚や妊娠を機に退職してしまうケースも多い。歯科衛生士が産休や育休を取得している間や、退職した場合、どう補充するかは重大な問題だ。伝手を頼ったり、人材バンクを使って、その都度、何とか対応している歯科医院も少なくない。

歯科衛生士不足は深刻だが、それがデータに現れてこないのも問題だ。昨夏、厚生労働省が発表した「衛生行政報告例の概況」によると、2016年末の就業歯科衛生士数は12万3831人。前回調査(2014年末)から6.5%も増えている。

しかし、この数字が実態を反映しているとは言い難い。保健師、助産師、看護師、准看護師については常勤換算数や正規雇用率が併せて発表されている。が、歯科衛生士はこうしたデータが一切、付帯されていない。短期間での退職が含まれていることが推測される。

マタハラと後ろ指をさされない健全な職場環境を生み出すために、実態を正確に把握した上で、歯科医療界全体で改革に取り組むことが急務である。

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【 略 歴 】田中 幾太郎(たなか・いくたろう)/1958年東京都生まれ。「週刊現代」記者を経て1990年にフリーに。医療、教育、企業問題を中心に執筆。著書に「慶應幼稚舎の秘密」(ベストセラーズ)。歯科関連では「残る歯科医消える歯科医」(財界展望新社)などがある。