◆歯科衛生士は歯科医の従属物ではない
歯科衛生士不足はこれまで以上に深刻な状況を呈しているが、2018年5月12日の「高知新聞」夕刊の記事は、まさに歯科医療界の悲鳴が聞こえてくるような内容だった。
「県内歯科衛生士足りない/口腔ケアニーズ高まり“争奪戦”」と題するその記事は、ハローワークに求人を出しても応募はゼロだったり、歯科衛生士を確保できないまま開業に踏み切る様子を伝えていた。口腔ケアの重要性が叫ばれる中、歯科衛生士の役割は拡大。病院や介護施設まで巻き込み、争奪戦が起きているという。
歯科衛生士問題に対する行政の動きを報じたのは、2017年11月28日の「産経新聞」朝刊の「歯科衛生士不足解消へ支援」という記事だった。厚生労働省が歯科衛生士の復職支援と離職防止を目的とした事業を立ち上げたというもの。事業を受託した東京医科歯科大学歯学部附属病院では、歯科衛生士総合研修センターを設置。歯科衛生士のスケジュールに合わせ、オーダーメードの研修プログラムをつくり、復職をサポートしていく。
こうした取り組みは大いに評価できるが、根本的な解決に結びつくかどうかとなると、首を傾げざるをえない。結婚や出産を機に離職した後、復職に至らないケースの多くは、技術的な不安が理由ではない気がするからだ。
◆就業規則は必須
重要なのは、「歯科衛生士が仕事を続けたい意思を持てるかどうか」ではないのか。
専門職でありながら結果的に結婚や出産までの腰掛けになってしまうのは、心構えの問題というより、それだけ魅力ある環境が形成されていないからだ。そこで、1つのヒントとなる記事を見つけた。「月刊保団連」1990年6月号に掲載された「働き続けられる労働条件を」というレポートである。
うえに病院(現・コープおおさか病院)に勤める長尾恵子さんという歯科衛生士が、63人の歯科衛生士に対し電話によるアンケートを実施。「職場に満足しているか」の質問に「いいえ」と答えたのは四割にのぼった。その理由は「院長の治療方針についていけない」、「有給がない」、「給料・賞与が少ない」、「労働時間が長すぎる」など。長尾さんは「衛生士が魅力ある職種となるためには…(中略)…労働条件の改善が必要」と語っている。
この記事から四半世紀以上たった今も、歯科衛生士の置かれる環境はそれほど大きく変わっていないのではないか。日本歯科衛生士会の「歯科衛生士の勤務実態調査報告書」によると、2015年3月時点で、就業規則がある診療所は61.3%にすぎなかった。
法的には労働者が10人未満の職場では就業規則は必要ないが、スタッフが安心して働くことができ、復帰もできる環境を示すには、その作成が最低条件。それも社労士任せにするのではなく、院長自らがよく理解して、作成に関わることが望まれる。
前出の「月刊保団連」の記事の中で長尾さんは「衛生士を歯科医の従属物でなく、より良い医療を追求していくパートナーとしてとらえるならば、今後歯科医療は国民の要求に応えて大きく変化していく」と締めくくっているが、まさに同感である。
【 略 歴 】田中 幾太郎(たなか・いくたろう)/1958年東京都生まれ。「週刊現代」記者を経て1990年にフリーに。医療、教育、企業問題を中心に執筆。著書に「慶應幼稚舎の秘密」(ベストセラーズ)。歯科関連では「残る歯科医消える歯科医」(財界展望新社)などがある。