気が重くなる話題が続いたので、今回は前向きになれるニュースを取り上げてみたい。
2018年8月初旬、2紙で微笑ましい記事が載った。「歯の診察や型取り 児童16人職業体験」と報じたのは8月5日の「中日新聞」朝刊。翌6日には「北海道新聞」夕刊が「歯科医の仕事児童 18人体験」という記事を掲載した。
前者は、三重県伊勢市の歯科医院で小学生を対象に歯科医、歯科衛生士の職業体験が開かれたというもの。児童は保護者を患者に見立て、ミラーを使って診察。粘土で前歯の型を採ったり、歯ブラシや歯科用機器で口腔内をきれいにした。
後者は、北海道大学歯学部で開かれた。人工の歯を用い、虫歯に見立てた箇所を削りコンポジットレジンを詰めたり、入れ歯を作製。記事では、小学校六年の女子児童の「入れ歯作りが難しかった。たくさん勉強して将来は医者になりたい」といったコメントも紹介している。
◆歯科医療界にもプラス
これらはとても良い試みだと思う。筆者が小学生の頃は「歯医者さん」は非常に身近な存在だった。普段から、度々お世話になっていた。まだ予約制があまり導入されていなかったので、歯科医院の待合室はいつも満杯。約半数は子どもで、2時間以上待つのは当たり前だった。
だが、近年の児童が歯科にかかる頻度はだいぶ少なくなっている。文部科学省の報告によると、12歳の虫歯(永久歯)の本数は調査を開始した1984年度で4.75本。それが昨年度は0.82本と、この三十数年間で6分の1近くまで減っている。
子どもたちが縁遠くなった歯科医の仕事を知る機会を持つことは、大いに歓迎すべき。歯の健康を守ることが大切だとわかれば、歯科に対する意識も変わってくるはずだ。児童の体験講座が各地で開かれるようになれば、歯科医療界の未来にもプラスに作用するに違いない。
◆復興のバロメーター
一方、福島県から明るいニュースを届けたのは8月2日の「福島民報」朝刊。東京電力福島第一原発事故による避難指示で休業していた浪江町の歯科医院が、同月1日から診療を再開したという記事だ。
院長は豊嶋宏さん。避難後は大学時代の同級生が経営する北海道新ひだか町の歯科医院を手伝っていた。一時は帰還を諦めていたが、「自分の生まれた町を捨てたくなかった」と、7年4カ月ぶりに地元に戻ってきた。
実は筆者はこの8月、国道6号線を北上し、福島県の海岸線側の各地を見てきた。浪江町にも立ち寄ったが、人影は少なく、復興があまり進んでいない様子を目の当たりにした。震災前は約2万1000人が暮らしていた同町の現在の居住者数は約800人。
そうした中で歯科医院が再開したのは希望の光だ。震災前に町内にあった歯科医院は全部で8カ所所。戻ったのは豊嶋院長が最初だが、今後どれだけ再開するか、復興のバロメーターとして注目したい。
【 略 歴 】田中 幾太郎(たなか・いくたろう)/1958年東京都生まれ。「週刊現代」記者を経て1990年にフリーに。医療、教育、企業問題を中心に執筆。著書に「慶應幼稚舎の秘密」(ベストセラーズ)。歯科関連では「残る歯科医消える歯科医」(財界展望新社)などがある。