第8回 なぜハンドピース問題だけが

【問題の本質を見誤らせることにならないか】

前回の最後に、2018年8月28日の「毎日新聞」朝刊がハンドピース問題を取り上げていることを紹介した。10月以降、滅菌の方法、使用機器名、ハンドピース保有本数などを管轄の地方厚生労働局長に届出を行えば、初診料と再診料を30円加算。未届けの場合は初診料を80円、再診料を40円減算するという診療報酬改定に呼応した記事だった。

今やハンドピース問題が院内感染防止対策の柱になっている感がある。確かに重要な問題であることは否定しないが、少々違和感を覚えるのも事実だ。ハンドピース問題さえ解決すれば、院内感染対策が万全というわけにはいかないからだ。ここまでクローズアップされるようになったのはなぜなのか。

◆なぜここまで…

一つの要因として、厚生労働省研究班が昨年五月に発表した調査報告書が挙げられる。日本歯科医師会会員を対象に行ったアンケートの結果を集計したものだ。「使用済みハンドピースの扱い」の項目で、「患者ごとに交換」していると回答したのは52%だった。

この数字を多いとみるか、少ないとみるかは判断の分かれるところだが、前回の2012年調査からは21ポイントも改善している。だが、マスコミの報道では、そうしたプラス面を評価するよりも、「いまだ52%にすぎない」というネガティブな捉え方が多かった。

しかも、他にあまり有効な資料がないため、大半のメディアはこの調査報告書に頼りきりで、どれも似たような切り口になっている。その結果、現在の歯科医療界全般に対しても、批判的なトーンが目立つようになってしまった。

◆ネガティブキャンペーン

もう一つの要因として、「読売新聞」の記事の影響が大きい。一番最初にハンドピース問題を扱った2014年6月5日朝刊の「歯削る機器使い回し/高い滅菌費 改善の壁に」は、業界にとってはあまりにショッキングな記事だった。

国立感染症研究所の研究班によるデータを紹介。66%の歯科でハンドピースを滅菌せずに複数の患者に使っていたと記している。これを読んだ時、患者はどう思うだろうか。ほとんどの人は、多くの歯科で前の患者に使ったハンドピースをそのまま次の患者にも使っているといった先入観を持つに違いない。

そうした誤解を解消することなく、同紙は引き続き2017年7月2日朝刊、同8月20日朝刊、同9月27日夕刊で、同様の批判を繰り広げた。さらには同10月18日夕刊の「わたしの医見」という投稿欄で、「患者ごとに交換して滅菌しているのか」と質問したら、歯科医師から「ほかの医院に行かれたら」と言い返されたという読者の声を紹介している。

一連の記事がハンドピース問題を世に知らしめる役割を果たしたのは事実。だが、こうしたネガティブキャンペーンのような一方的なやり方は、問題の本質を見誤らせることにならないだろうか。

 

【 略 歴 】田中 幾太郎(たなか・いくたろう)/1958年東京都生まれ。「週刊現代」記者を経て1990年にフリーに。医療、教育、企業問題を中心に執筆。著書に「慶應幼稚舎の秘密」(ベストセラーズ)。歯科関連では「残る歯科医消える歯科医」(財界展望新社)などがある。