映画紹介⑰「 鉄くず拾いの物語 ~An Episode in the life of an Iron Picker~」
【2013年ボスニア・ヘルツェゴビナ・スロベニア・フランス合作/ダニス・タノヴィッチ監督】
「どうした?」
「お腹が痛いの」
「それは大変だ」
「医者に行かなきゃ」
ある日、夫が仕事から帰ると、妊娠5カ月の妻が激しい腹痛でうずくまっています。
舞台はボスニア・ヘルツェゴビナの小さな村。ロマ族の夫婦は2人の幼い娘と暮らしています。職のない夫が鉄くずを拾い、それを売って生活する貧しい家族に、突然飛び込んで来た苦難、苦悩をドキュメンタリータッチで描いた作品です。
「赤ちゃんが、お腹の中で 死んでるって」
村の診療所の診断によると、五カ月の胎児はすでにお腹の中で死んでいる。命にかかわる状態なので、町の病院で手術を受けなさいといわれます。
死んでいる胎児が、子宮頸管が閉じているために体外に排出されず、子宮の中に留まったままでいる「稽留流産(けいりゅうりゅうざん)」で、最初は出血、腹痛などの自覚症状がないので放置してしまい、胎児の腐敗、強い腹痛と出血、さらには敗血症など、母体は刻一刻と危険な状態に陥っていきます。
「搔爬手術さえすればすぐ よくなりますよ」
夫は妻と子ども2人を車に乗せ、遠く離れた町の産婦人科病院にきました。
「とりあえず出血だけは止 めました」
「保険証がないのですが」
「手術代が980マルクかかります」
夫は、今はそんな大金はない、分割払いではだめですか、このままでは妻が死んでしまうと、看護師に懇願しますが、
「院長は 分割払いはダメ だといっています。手術 を受けたいのなら、お金 が必要です」
と、病院から追い出されてしまいます。夜になり腹痛と出血が激しくなり、再び病院に駆けつけたが、院長の命令だからと診てもらえません。1日、2日と時間がたち、猶予のない状態が続きます。仕方なく、義妹がわたしの保険証を使えばといって、保険証を渡してくれます。
「保険証さえあれば、断らないよ」
「もう病院へは行きたくないわ」
「お前に何かあったら子どもたちはどうなる」
「死ぬかもしれないぞ」
別の病院に行き、義妹の名をかたり、身分証明書の提示は、うまくごまかすことができました。
「なぜ今まで放置を?もう少し遅かったら、大変でした」
「有難うございました」
すると、医者は「いえ、医師として当然のことです」と、ふんぞり返って満足そうにこたえました。
手術が必要にもかかわらず、保険証がなくて高額な治療費が払えないために手術を拒否される理不尽な事件が起きたと、新聞でも報道され、これを知った監督は本人たちを訪れ、この映画を作ることになったと述べています。
一人の医者は、お金がないなら治療はできないと追い返し、もう一人の医者は、保険証さえあれば本人確認もせずに治療する。この二人の医者はいつも自分の中にも住む嫌な奴らです。
一度も演技経験がない事件の当事者たちが出演し、2013年ベルリン国際映画祭銀熊賞審査員グランプリ、主演男優特別賞を受賞した驚きの映画です。
(協会理事/竹田正史)