映画紹介№26「Inch’Allah ~ クロエの祈り ~ 」
【2012年カナダ・フランス製作/アナイス・バルボー=ラヴァレット監督】
「何してるの!」
「お腹の赤ん坊が武装して いるかもよ」
「この子は最強の兵士になるわ」
舞台はイスラエル、ヨルダン川西岸の紛争が絶えない地域。カナダ人の女性産婦人科医クロエは赤十字のボランティアとして、イスラエル側で暮らしながら分離壁の出入り口、イスラエル軍の検問所を行き来して、パレスチナ側の産婦人科診療所で働いています。
同じアパートに暮らす検問所配属のユダヤ女性兵士とは友達。一方では、パレスチナ人妊婦患者とは診療を通して家族ぐるみの付き合いをしています。
紛争地域での女医の最初の軽い気持ちは、やがて対立するユダヤ人とパレスチナ人の間に立たされます。映画は出口の見えないパレスチナ紛争の厳しい現実を描くドラマ作品となっています。
大勢の人々で賑わう大通り、広場のレストラン、居酒屋、小鳥屋、カフェ街などイスラエル側の一見、平穏で豊かな街の描写から始まります。
分離壁の出入り口である検問所では自動小銃を持ったイスラエル兵が身分証明書チェックをしています。
「よし。通ってよし」
兵士は待合室、診察室、薬品棚、検査室など、診療所を抜き打ちに調べにやって来ます。
高さ八メートルものコンクリートの巨大な分離壁。ゴミでごった返す難民キャンプ。
「ユダヤ人入植地で銃声」
イスラエルがニュース速報を流します。
「入植地で武装した3人が 発砲」
「入植者2人が重傷」
これを聞いてパレスチナ人は小躍りして歓びの声をあげています。
イスラエル軍のトラックの音。検問所は騒然とし、検問は強化され、パレスチナ人の男たちは学校に集合せよと命令が出されます。トラックの走行を邪魔する子どもはひき殺ろされてしまいました。
そんな中、妊婦に陣痛がきて、今にも生まれそうになるが、出血がひどく、病院への搬送が必要になります。
「お願いだ、通してくれ」
「病院へ運ばないと」
「後ろに下がりなさい」
「下がらないと発砲するぞ」
「下がれ! これは戦争なんだ」
死産。
母親は出産後、自爆テロに身を投げてしまいます。
「どうした?白人女」
「診療所では医者だけど」
「ここでは無力だなあ」
1993年9月、アメリカのクリントン大統領が間に入り、イスラエルのラビン首相とPLOのアラファト議長の間で、パレスチナ暫定自治協定がなされ、「ガザ地区、ヨルダン川西岸地区からイスラエル軍は撤退」としたにもかかわらず、この地域でのユダヤ人の人口は増え続けているそうです。
2014年にもユダヤ人少年3人の遺体が発見され、その後、16歳のパレスチナ人少年が殺害され、互いに相手が殺害したと、悲しみと怒り、そして報復の連鎖が起きています。
映画は、「話し合い、違いを理解して、歩み寄る」ことの大切さをあらためて教えてくれます。いち早く和平案が合意され、悲しい紛争がなくなるよう祈るばかりです。
カナダとフランスの合作映画。2012年に第37回トロント国際映画祭で上映され、日本では劇場で未公開、WOWOで放送されました。
(協会理事/竹田正史)