映画紹介№31「アリスのままで~Still Alice 」 【2014年米国/リチャード・クラッツァー監督・作品】
「細胞が死んで」
「何もかも消えていくのを」
「今も感じるわ」
映画は治すことはおろか、進行さえ止めることができず、急速に記憶が壊れていく遺伝性若年性アルツハイマーの患者が、喪失と向き合う恐ろしい日々をリアルに描いたヒューマン・ドラマで、認知症の教科書のような映画です。
50歳の患者アリスは、コロンビア大学の聡明な言語学教授。夫も医学部の教授で、医大に通う息子と法科を卒業した長女と気がかりな末娘の3人の子どもに恵まれています。
「名前と住所をいうので繰り返してください」
「ジョンブラック、ワシン トン通り2丁目」
「今日は何日? ここはど こ? 水のスペルは?」
精神科医に立て続けにいくつか質問を受けた後、最初の質問に戻ると、答えられません。 短期記憶障害、MRI、PET検査の結果から、遺伝性若年性アルツハイマーと診断されます。
「アミロイド値が高く、子どもにも遺伝しますよ」
病態は急速に進み、人との約束も忘れ、見知ったキャンパスでも道に迷ってしまいます。
病態が進んだ時、自分が自分でいられるには自殺するしかないと、きつい睡眠薬ロヒプノール錠を手に入れ、自分に向けたビデオレター・ファイルを作成します。
「長女の名前は?」
「住んでる場所は?」
「誕生日は?」
この質問に1つでも答えられなくなったら、バタフライと名付けたフォルダーを開いてと呼びかけます。
病状は加速し、トイレは見つからず失禁、1カ月前を昨日と勘違い、意識は明瞭な日が少なく、曇ったまま、子ども時代に戻ったような毎日が訪れ、長女の名前も忘れてしまいます。アリスのすべての記憶がなくなる日は、刻一刻と近づいてきました。
ある日、わけもなくパソコンに触っていると、自殺を指示するビデオ・レターをクリックしてしまいます。
「はい、アリス、私よ」
「大事な話があるの」
「質問に答えられなくな っ たのね」
「あなたの人生は悲劇じゃ ないわ」
「輝かしいキャリア」
「恵まれた結婚」
「素晴らしい三人の子ども に恵まれたわ」
「1人だと確認して寝室 に行って!」
「寝室にはランプの乗っ た棚があるわ」
「1番上の引き出しの奥 に錠剤の入ったビンがあ るの」
「ビンには、水で全部飲 めと書いてあるわ」
「たくさん入っているけ ど、必ず全部飲んで」
「そしたら横になって寝 るの」
自分が自分でいられるため、過去の自分が語りかけるように実行を促します。
コップに水を入れ、錠剤が手のひらに移った時、誰かが入ってくる物音に驚き、錠剤は床にこぼれ落ちてしまいます。
「私がママの面倒みるわ」と、アリスが1番気にかけていた末の娘が帰ってきました。
人間ってなあに?記憶だけが人間?…。次から次に難解な問いを投げかけてくる恐ろしい映画です。
ジュリアン・ムーアの力のあふれる演技は第87回アカデミー賞で主演女優賞を獲得しました。監督自身もALS筋萎縮性側索硬化症を持病とし、2015年3月に亡くなり、彼の遺作となった映画だそうです。
(協会理事/竹田正史)