新型コロナウイルス感染症は 転換期を迎えている Special Serial No.5/完

次の新たな感染症に対峙する医療・公衆衛生体制の充実を

2020年1月、国内で初めて新型コロナの感染事例が確認された頃には、「封じ込め」を目指す「戦略」が取られ、感染者の隔離のみならず濃厚接触者にも厳重な措置をとるなどの「戦術」が開始されたが、その時点においてはそれなりの妥当性があった。しかしながら、本連載で既述したように、現在においては、「封じ込め」が不可能であること、ワクチンや診断・治療法が確立し、致死率が着実かつ大幅に減少してきていることから、「戦略」を見直し、「戦術」を改めるときに至っている。

わが国において一刻も早くとるべき戦略

これまでの感染者の全数届出・隔離、濃厚接触者の行動制限という「封じ込め」を目指す戦略から、「重症化・死亡者数の最小化」とともに「恐怖の病原体というイメージの払拭」を目指す戦略へ転換する段階に現在到達している。
重症化や死亡のリスクは、高齢者や高度肥満者、コントロールが良くできていない糖尿病等の基礎疾患を合併している患者という知見が明らかとなっている。小児や若年者は、無症状か軽症者が大多数であり、感染すること自体を問題視するよりも、重症化リスクが高く死に至る人をいかに守るかに保健医療資源を充てていくべきである。
また、「防災」ではなく「減災」というコンセプトがあるように、感染リスクゼロを目指すような感染拡大の「防止戦略」から、感染機会や重症化リスクの「軽減戦略」への発想転換も考慮されるべきではないか。

重症化・死亡者数の最小化に向けて

広くまん延し、封じ込めができないということから、今となっては濃厚接触者の行動制限の意義は低く、即刻止めるべきである。その上で、感染者の重症化予防のための的確な診断、適時適切な治療へのアクセスの確保が重要であり、保健所を絡ませず、診療所等の外来機能による早期発見・早期治療、医療機関連携による患者紹介、転院、救急搬送といった通常の医療システムに戻すことが急務である。そのためにも、新型コロナの全数届出は不要とし、定点医療機関におけるサーベイランス対象感染症といった運用に切り替え、風邪やインフルエンザのごとく、一般の診療所や中小病院における受け入れがなされるようにすることが重要である。また、流行時には、高齢者施設や病院等における会話時のマスク着用など感染リスクの軽減も必要であろう。
なお、重症化予防の事前策としての、高齢者、高度肥満や基礎疾患等を有する者に対する重症化予防の「個人防衛」としての定期的なワクチン追加接種の勧奨も必須である。

もはや「恐怖の感染症」ではない

元々「恐怖の病原体」というものは、社会から隔離・排除すべきという意識と根強い「偏見・差別」意識と連動する。これは、ハンセン病やHIV感染症での経験そのものであり、治療法等の確立によって「恐怖の病原体」「不治の病」では無くなり、その疾病イメージが変わり、偏見・差別問題は改善するという歴史が繰り返されている。
一方、高齢者などでは続発する細菌性肺炎等で死に至ることが多々ある風邪症候群や季節性インフルエンザなどは、仮に罹患しても、偏見・差別を受けることはほぼ無く、それは「恐怖の病原体」というイメージが作られていないからである。このため、新型コロナウイルス感染症に対する疾病イメージを変えて、感染のリスクはすべての人にあり、感染自体を恐れるべきでないという政策を進め、偏見・差別、風評被害を無くしていくことが求められている。

最後に

幸い、4回目のワクチン接種は高齢者および基礎疾患を有する者を対象にしたり、屋外での非会話時のマスク着用は不要としたりなど、私が提言してきた戦略・戦術が徐々に政府でも取り上げられつつある。
新型コロナウイルス感染症問題の収束に期待するとともに、今回の教訓を踏まえた次の新たな危機的な感染症の発生に向けた医療・公衆衛生体制の更なる充実も期待して、本連載を終えたい。


山本光昭(やまもと・みつあき)
前 東京都中央区保健所長 / 現 社会保険診療報酬支払基金 理事

1984年3月、神戸大学医学部医学科卒業後、厚生省に入省。横浜市衛生局での公衆衛生実務を経て、広島県福祉保健部健康対策課長、厚生省健康政策局指導課課長補佐、同省国立病院部運営企画課課長補佐、茨城県保健福祉部長、厚生労働省東京検疫所長、内閣府参事官(ライフサイエンス担当)、独立行政法人国立病院機構本部医療部長、独立行政法人福祉医療機構審議役、厚生労働省近畿厚生局長などを歴任し、2015年7月、厚生労働省退職。兵庫県健康福祉部医監、同県健康福祉部長、東京都中央区保健所長を経て、2021年4月より現職。