飛沫感染防止のため 会話時のマスク着用の徹底を
保健所の疫学調査で得られた感染経路の知見
新型コロナの発生当初は、感染経路が必ずしも明らかとは言えず、飛沫感染や接触感染、さらには空気感染の可能性も言われた。そのため、感染予防対策として「ソーシャル・ディスタンス」や「三密対応」などが打ち出されたわけである。
しかしながら、保健所における膨大な疫学調査の印象では、圧倒的に多い感染経路は、マスクなしの会話など「唾」の飛沫が飛び交い、吸い込む場面であり、接触感染もありうるかもしれないが、空気感染の可能性はほぼ考えにくいということであった。
ところで、1990年代の前半、HIV感染症は当時確実に死に至るという恐怖の感染症であり、血液媒介のため、外科的処置を伴う歯科医療においては大きな課題となった。
それを乗り越えてきた歯科医療は、感染経路やメカニズムの理解とともに効果的な感染予防対策が徹底されていることから、医科や福祉・介護分野などとは異なり、新型コロナに関しクラスターが発生していない。
効果的な感染予防対策は
日本だけでなく、世界においても、最初の発生国における街中をマスク姿で歩く映像に感化され、追随してしまった。発生初期は、感染経路も明瞭でなかったので、仕方ない側面はあったとしても、現在に至っては、検査検体として使われる「唾」が感染原因であることから、街中を一人黙々と歩いていたり、公園で一人座っていたりして、感染することはありえず、マスクは不要といえよう。
総花的な感染予防の限界
当初、唾液での検査は信頼性に乏しい、すなわち十分なウイルス量が採取できないとされ、鼻咽頭ぬぐい液にこだわっていたが、2020年6月には同等性ありとした。本来なら、この時点で「唾」が感染経路になることを強調すべきで、会話時におけるマスク着用の徹底に啓発をシフトすべきであった。「三つの密(密閉、密集、密接)」の回避や「人と人との距離の確保」「マスクの着用」「手洗いなどの手指衛生」などと十中八九感染予防対策をしているにもかかわらず、感染が拡大する一番の原因は、勤務時間外や休憩時間などの時間にマスクをせず気楽な会話を楽しむなどといった、自粛疲れや自粛慣れから、リスクの最も高い行為をしているためではないか。
現在の感染予防に関する啓発の最大の問題は、感染経路として高リスクと低リスクのものを総花的に同列扱いにしていることである。圧倒的なのは検査検体にも使う「唾」が飛び交い、吸い込むことであり、飲食店でアルコール消毒に検温して、人間心理として、十中八九対策をしているからと、マスクなしで会話を楽しむといった最も感染リスクの高い行為だけをして、感染という話となる。逆に、同一職場で感染者が勤務していても、執務中は会話時のマスクが徹底されるため、感染していないことが多い。
平熱であっても、検査陰性でも、ワクチン接種済みでも感染していることはあり、病原体を含む唾液を飛散させて他者にうつすことが多々あることから、「唾」のコントロールを意識してもらうほうが、はるかに重要である。
効果的な対策で経済損失を抑える
ところで、「人の流れ(人流)」が「感染拡大」の要因と、一見、科学っぽい「数値解析」のミスリードにより、「唾」の飛沫感染を防ぐという「基本」が忘れ去られ、「風が吹けば桶屋が儲かる」的論理構成で、「飲酒感染」という感染経路が導き出された。本来、飲食店におけるマスク着用での会話の徹底、お店の定員削減や仕切り板の設置などの有効な予防策の推進ではなく、「営業時間短縮」という直接効果の乏しい方法に加えて、「禁酒」というとんでもない感染対策を実施し、休業補償の名のもとに莫大な税金が投入されている。
飲食店における感染予防には、例えば隣のグループの「唾」を吸い込むリスクを減らすためにお店の定員を半減させることなどの方が効果的と考えられ、その代わり、客の回転の倍増と営業時間延長を認め、経済的損失も抑えることが本来のあるべき対策であろう。
次回は、新型コロナウイルス感染症のPCR検査に対する誤解について解説する。
山本光昭(やまもと・みつあき)
前 東京都中央区保健所長 / 現 社会保険診療報酬支払基金 理事
1984年3月、神戸大学医学部医学科卒業後、厚生省に入省。横浜市衛生局での公衆衛生実務を経て、広島県福祉保健部健康対策課長、厚生省健康政策局指導課課長補佐、同省国立病院部運営企画課課長補佐、茨城県保健福祉部長、厚生労働省東京検疫所長、内閣府参事官(ライフサイエンス担当)、独立行政法人国立病院機構本部医療部長、独立行政法人福祉医療機構審議役、厚生労働省近畿厚生局長などを歴任し、2015年7月、厚生労働省退職。兵庫県健康福祉部医監、同県健康福祉部長、東京都中央区保健所長を経て、2021年4月より現職。