第3回 歯科技工の変革期到来か

【中規模ラボ対象のアンケートから】

◆約8割のラボが値上げへ

以前から東京歯科保険医協会でも、歯科技工士の過重労働や低賃金の問題が訴えられてきました。また、ラボ経営を厳しくしている原因の1つに、ダンピング合戦が挙げられていましたが、ここに来て潮目が変わったようです。

日本歯科新聞社が全国の中規模ラボにアンケートしたところ、直近一年で「値上げした」ないし「値上げを予定」とする回答が78.7%でした(2019年9月実施。N=47/協力/一般社団法人日本歯科技工所協会)。

値上げの背景には、求人難や働き方改革への対応でコスト高になっていることや、中小ラボをつなぐ営業会社の出現で、交渉力が付いてきたことなどが考えられます。

日本の医療保険制度による歯科技工物の極端な低価格は、歯科医師の多くも「こんなことでは日本から歯科技工がなくなってしまう」と懸念を示していたことなので、ここに来てようやく一段落となりつつあると歓迎する見方が強いようです。

◆時代は国際的な自由競争へ

補綴処置の保険点数には技工代金が包括されており、技工料金が保険点数で明記されていないことを、歯科技工界は問題視してきました。

投薬における処方箋では医師に発行義務があるのに、委託技工では歯科医師に指示書の発行義務がないことも、技工料金の不安定さの背景にあるのではないかと考える向きもあります。

そのようなことから、保険医協会や歯科技工士会は、原価計算をもとにした技工報酬の体系整備や、保険技工での報酬配分を定めた大臣告示(7対3)を守るべきだといった主張を行ってきた経緯がありますが、これまでの運動の実効性は、まだ十分とは言えない状況なのではないのでしょうか。

これに対して、ラボ間の淘汰に勝ち残った中規模ラボが発言力を増しつつあり、値上げ傾向につながったと見ることもできます。

さらに、これらの「勝ち組」が、利益の薄い日本市場を離れて海外市場を開拓するようになると、日本の歯科診療所の大多数が相手にされなくなることも考えられます。

◆新たな方向性は?

歯科技工士と同じく「モノ」を扱う医療職である薬剤師も、従来は医薬分業を通じて「調剤権を医師から取り戻す」という政治的主張をしてきましたが、現在では、病院薬剤師をはじめとして、調剤そのものよりも、薬についての情報提供を行う臨床スタッフとしてのほうに、軸足が向きつつあります。

AIでの設計支援や3D積層技術などの導入が進む歯科技工では、工業、輸出産業としての発展が期待される一方で、医療職種として患者さんと接する機会を増やす取り組みは進んでいません。単独での対面行為などが広く認められれば、患者利益につながると期待できますし、補綴や矯正に関するコンサルテーションの担い手として歯科技工士を雇用する歯科診療所も出てきています。

しかし、そのような活躍の場が広がれば広がるほど、現場での歯科技工士不足が深刻化することも事実なのですが…。

 

【略 歴】水谷惟紗久(みずたに・いさく): 株式会社日本歯科新聞社『アポロニア21 』編集長。1969年生まれ。早稲田大学第一文学部卒。慶応義塾大学大学院修了(文学修士)。早大大学院修了(社会科学修士)。社団法人北里研究所研究員(医史学研究部)を経て、1999 年より現職。著書に「18世紀イギリスのデンティスト」(日本歯科新聞社、2010年)など。2017年大阪歯科大学客員教授。2018年末、下咽頭がんにより声を失う。