第14回 その後の歯科医師需給問題はどうなっている?

【歯科医師削減の先行例、オランダはいま】

◆歯科衛生士がう蝕治療

日本歯科医師会が、人口10万人当たりの理想的な歯科医師数として考えているのは50人台だとされています。これは、小児う蝕の蔓延に対して、歯科医師数が不足していた頃の数字で、現在、オランダが同程度となっています。

当然、オランダでは深刻な歯科医師不足となっており、ドイツなどEU圏内の諸国から歯科医師を受け入れて来ました。しかし、外国人歯科医師は数年で帰国してしまう傾向にあるため2020年から歯科衛生士が簡単な歯科治療を行う制度がスタートしました。

政策決定の段階で「タービン、抜歯鉗子を持たせるのか?」と話題になりましたが、そこまでではなく、C1程度の初期う蝕の治療が歯科衛生士業務となったのです。エア・アブレージョンの技術革新で非切削によるう蝕治療が可能になったことが、制度改革を後押しした面もあるようです。

う蝕、歯周病の大半の治療、メインテナンスを歯科衛生士業務とし、歯科医師は、より高度で難易度の高い診断、治療に特化する方向性といえます。

◆日本で歯学部廃止はありうるか

なぜ、オランダは歯科医師業務の見直しを迫られるまで歯科医師不足になったのでしょうか。

「むし歯、欠損が減れば歯科医療が縮小する」と予測し、歯科大学の廃止に踏み切ったものの、予想に反し、歯周管理や摂食機能療法、口腔がんへの対応など、歯科医療需要がむしろ拡大したのが最大の原因でしょう。

もともと、オランダは日本以上の歯科医師過剰国として知られていました。そこで、暫定的にすべての歯科大学を閉鎖。その後、四校だけを再び開設して調整した経緯があります。

こうした大がかりな調整は、教育システムへの国家の関与の度合いが大きいから可能になったことであり、学校経営の独立性の高い私立大学が歯科医師育成の主軸を担っている日本とは明らかに風土が違います。私立大学の場合、学校運営上、国の施策だとしても簡単には定員削減には応じられないためです。

日本でも1990年代、歯科医師需給問題が真剣に議論されました(左記の入学定員削減状況の表参照)。その際、対応策とされたのが以下の三つです。

①歯科大学の定員削減

②歯科医師国家試験の難関化

③(保険医)定年制

その後、実現したのは歯科大学の定員削減、歯科国試の難関化に限られます。

定員削減の一方で、多くの国立大学の歯学部附属病院が医学部に吸収され、基礎系科目の共通化なども進みました。また、高齢化の影響もあって医科との連携が必須となり、国家試験でも医科準用の問題が増えました。歯学部の医学部化が進んだのは事実でしょう。

オランダのように、一時的とはいえ完全に歯学部を廃止してしまうと、その後、歯科医療の業態が多様化して需要が拡大しても対応が難しくなって来ますから、現実的な処方箋が求められます。

医学部化が難しい単科大学では、「母国での受験失敗組を含む留学生枠を拡充」(神歯大)、「幅広く医療関連の専門職大学を目指す」(大歯大)など、国内の歯科医師育成だけに留まらない領域を拡大し始めています。

 

【略 歴】水谷惟紗久(みずたに・いさく): 株式会社日本歯科新聞社『アポロニア21 』編集長。1969年生まれ。早稲田大学第一文学部卒。慶応義塾大学大学院修了(文学修士)。早大大学院修了(社会科学修士)。社団法人北里研究所研究員(医史学研究部)を経て、1999 年より現職。著書に「18世紀イギリスのデンティスト」(日本歯科新聞社、2010年)など。2017年大阪歯科大学客員教授。2018年末、下咽頭がんにより声を失う。