【荻原博子さん連載】マイナ保険証の〝失態〟を追う ~このまま見過すことはできません~/第2回「便利さ」を置き去りにした普及活動は無意味
第2回「便利さ」を置き去りにした普及活動は無意味
前回の記事で、もし「マイナ保険証」が、利用者にも医療機関にも便利で安心できるものであれば、自然に利用率は右肩上がりになるはずと書きました。それなのに、不便さはそのままで、政府はさらに普及のための「アメ」のバラマキを加速します。厚生労働省は今年1月、マイナ保険証利用1件あたり20〜120円を医療機関に支給する制度を実施しましたが利用率は上がらず、3月時点の利用率は5.47%と低空飛行。
そこで、5月から7月にかけて「マイナ保険証利用促進集中取組月間」を設け、利用した人数の増加に応じて、診療所や薬局ならば最大10万円、病院ならば最大20万円の一時金を1回限りで支給します。病院も経営が苦しいところが多いので、たとえ1回限りでも魅力的かもしれません。けれどもその一方で、マイナ保険証を持ってこられてトラブルが起きると、その対処で業務が妨げられる恐れがあり病院としても痛し痒しでしょう。
◆能登では災害にマイナカードではなくSuicaを活用
マイナンバーカード(以下、マイナカード)の不便さは、今年1月に起きた能登半島地震でも証明されました。政府は、「マイナカードは災害の時に役に立つ」とさかんに宣伝していましたが、能登半島地震では、マイナカードではなくJR東日本が発行しているSuica(スイカ)が活用されました。理由は、「(NFC)Type―Bに対応したカードリーダーが用意できなかったため」と言っていますが、民間のJR東日本は即座に約350
台のカードリーダーと約1,8000枚のSuicaを提供できるのに、なぜ国民全員に持たせようとするマイナカードのカードリーダーを政府が用意できないのでしょうか。
デジタル庁の河野太郎大臣は、「災害ではマイナカードが活躍する」と言い、「マイナカードと一緒に避難して」と言っていましたが、地元からは「電気も電波もないのに、どうやって使うんだ」といった声が続々と上がりました。このカードがあって良かったという声を、私は聞いたことがありません。
ちなみに、厚労省は地震直後の事務連絡で、災害救助法を適用してマイナカードがなくてもオンライン資格確認を導入している医療機関・薬局で、患者の薬剤情報・特定健診情報などの医療情報を特例として閲覧できると通知しています。しかも、災害時の被災者の薬歴・既往症などの情報は、各保険者から提供される仕組みも確立されています。
ですから、カードを探している内に被害に遭う、あるいは最悪の場合、命を落とすリスクを考えたら、命を第一に即刻逃げるほうがいいのは明らかです。
◆意味のないマイナカードの実証実験
Suica導入が公表された約1カ月後、政府は横浜市内でマイナカードを使った避難所入所のための実証実験をしました。デジタル庁や神奈川県内の自治体職員約80人が参加して、避難所の入所手続きでどれくらいの差が出るのかを測ったのです。結果、紙への入力と比べ所要時間を約10分の1に短縮できたそうですが、平時に職員80人を業務として参加させる実証実験を大々的に行うことに、何の意味があるのでしょうか?
なぜなら、命からがら避難所に逃げ延びた人の中には、マイナカードを持っていない人も多い、持っていても使い方がわからない人もいる。顔に怪我をして顔認証がされなかったり、暗証番号を忘れてしまった人もいるでしょう。停電でカードリーダーが使えなかったり、そもそもネット環境もないところも多い。
こうしたリアルな被災地の状況を完全に無視し、本当の便利さを置き去りにし、「手書きより早い」などと宣伝するのはナンセンス。単に震災を宣伝材料に使っているだけと感じるのは、ひとり、私だけでしょうか?
◆「東京歯科保険医新聞」2024年5月1日号12面掲載
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経済ジャーナリスト 荻原 博子
プロフィール:おぎわら・ひろこ/経済ジャーナリスト。家計に根ざした視点で経済を語る。バブル崩壊直後からデフレの長期化を予想し、現金に徹した資産防衛、家計運営を提唱し続けている。新聞・経済誌などに連載。新聞、雑誌等の連載やテレビのコメンテーターとしても活躍中。近書に「マイナ保険証の罠」(文春新書)、「マイナンバーカードの大問題」(宝島社新書)など。