【 退き際の思考 歯科医師をやめる/10年越しの夢叶えたセカンドキャリア「神様から2つのチャンスを」】
中野多美子さん(元協会会員) ― 前編 ※前編はこちら
歯科医師としての〝引退〟に着目した本企画。すでに歯科医療の第一線を退いた先生や、引退を考えている先生にお話を伺い、引退を決意した理由や、医院承継の苦労、現在の生活などを深堀りします。今回は、前号に引き続きワイナリー「ヴィンヤード多摩」の専務としてセカンドキャリアを歩む中野多美子さんの後編。歯科医師を引退したタイミングについて振り返ってもらいました。
―歯科医師を引退して1年少々経ちますが、引退したタイミングについてどう振り返りますか。
もう少し早くやめてもよかったと思っています。それは、いろいろな身体の衰えが出てきて、あらゆることに時間がかかってしまう。そうした中で、私は65歳あたりを目途に引退するほうが良かったと思います。
―歯科医師人生の思い出を聞かせてください。
歯科医療の仕事は好きでした。よい歯科医師人生だったと思います。人に関わることができ、感謝される素晴らしい仕事です。よい思い出も、そうでない思い出も沢山ありますが、特に印象に残っているものは、引退する前にいただいた手紙です。その方はとても美しい女性でしたが、口腔内にはほとんど残存歯がありませんでした。若い頃、多くの歯を抜歯され、とてもつらい思いをしたそうです。それ以来、なかなか治療に行けなかったといいます。その方から、「先生と巡り会えて本当によかった」と心のこもったお便りをいただきました。
とある患者さんたちとの出会い― セカンドキャリアのはじまり
―現在の目標は?
まずはワイン作りという、歯科医療とはまったく違う方向に進んだので、周囲の皆さんはびっくりしています。私は神様から二つのチャンス、つまり私は二度も人生を味わわせていただいたと思っており、本当にありがたいと感じています。目標としては、経営的に会社をきちんとした規模、形態にしたいと思っています。私は今、ワイナリーの中で畑を担当しているのですが、畑や農地を大きくしていくとか、ワインの品質も向上させていきたいです。
―セカンドキャリアとしてワインづくりを選んだ理由を聞かせてください。
最初は、ワインを飲んで楽しむだけの〝ノムリエ〟でした。ただ、大好きなワインを飲んでいくうちに、ワインについて体系的に勉強したくなり、いくつかのワインスクールに10年ほど通いました。また、私の医院にグループホームの方たちが患者さんとして来院していました。その方たちが年を重ねた時に働く場を作りたい、その方たちが作ったブドウでワインを作りたいというのが、ヴィンヤード多摩を設立した目的です。人間は社会と関わることで、自分の価値や存在意義を必ず見出していくものだと思います。障がい者の方々が高齢になって仕事ができなくなってしまった後、経済的な面だけではなく、社会とのつながりという面から、畑の仕事に携わってほしいと考えています。ブドウに袋をかけたり、草刈りをしたり、畑の作業は能力に応じた仕事の種類がたくさんあるものです。現在、東京都は、就労に困難を抱える方が必要なサポートを受け、他の従業員とともに働いている社会的企業のことをソーシャルファームと位置付けていて、今はその認証を受けるためにがんばっています。
―現在のお仕事で最近、一つ夢が叶ったそうですね。
構想から10年かけて、ついにグループホームの方たちが手掛けたワインが完成しました。ようやく一つの目標を達成しました。ワインボトルにはグループホームの皆さんの似顔絵のエチケット(ラベル)を付けます。自分たちが作ったものを外で売るまでの一連の流れが大切なので、これを店頭で販売して1つの仕事が完結するのが楽しみです。
―先生と同じように、引退の時期を考えている先生方がいらっしゃると思います。最後にそうした方々へメッセージをお願いします。
医院を引き渡す相手を尊重してなるべく速やかに身を引くのが良いと思います。私だけではなく、身体の衰えは65歳前後の多くの人が直面するものだと思います。また、引退をするにしても3年、5年と準備の時間がかかると思いますので、引退の時期と、引き継ぐ相手など時間をかけて考えていくことが大切なのかなと思います。
―ありがとうございました。(完)