第2回 原告勝訴:「医薬品ネット販売の権利確認等請求事件」との類似性
オンライン資格確認を療養担当規則で原則義務化するのは違憲だ―。全国の医師・歯科医師ら1,415人が、義務の無効確認などを国に求めた訴訟が現在も続く。今回から複数号にわたり、訴訟ワーキンググループの原告団事務局長で、東京保険医協会理事の佐藤一樹氏(いつき会ハートクリニック)に、訴訟の現状と今後の行方を展望していただく。
4 法体系における法律と省令(注:見出し番号は前号からつづく)
オンライン資格確認義務化」を療養担当規則で規定した厚生労働省令は違憲・違法である。国権の最高機関で国の唯一の立法機関である国会(憲法第四十一条)が制定した健康保険法による委任(注1)がないのに、省令で保険医(医師・歯科医師)の権利を侵害するような義務を課しているからだ(図1)。法律の委任がなければ、省令に罰則を設け、または義務を課し、もしくは国民の権利を制限する規定を設けることはできないはずである(国家行政組織法第十二条三項)。
健康保険法第七十条一項は、「療養の給付」に限り厚生労働省令に委任する条文である。同項に、「資格確認」について委任している文言はない(図2)。
そもそも、被保険者が資格確認のために提出する資料について規定しているのは、健康保険法第六十三条三項に基づく健康保険法施行規則第五十三条である。法律は、療養の給付と資格確認を峻別している(図3)。
このため、提訴時の訴状(注2)の「公法上の法律関係に関する確認の訴え」の理由は、以下の(1)(2)となっている。
(1)健康保険法上、給付の「内容」は療養担当規則に委任しているが、資格確認の「方法」については、条文に委任していると書かれていない
(2)仮に健康保険法上、委任がされているとしてもオンライン資格確認を義務化することは、委任の範囲を逸脱している
5 日本の裁判おける「判例」の拘束性
裁判において裁判所が示した具体的事件における法律的判断を「判例」と呼ぶ。「先例」としての重み付けがなされ、それ以後の判決に拘束力を持ち、影響を及ぼす(先例拘束の原則)。判例が重みを持つ理由は、同類・同系統の訴訟・事件に対して、裁判官によって判決が異なることは不公平になることを防ぐためだ。日本では、特に最高裁判所が示した判断が「判例」であり、下級審の判断は実務上「裁判例」と呼ばれ区別される。
ただし、日本国憲法には先例拘束性を一般的に定める明文規定は存在しない。しかし、判例とされる最高裁判決は、最高裁大法廷で判例変更がなされないかぎり、下級裁判所はもちろん、最高裁自身の判断を実質上は拘束すると考えられている。
6 判例「医薬品ネット販売の権利確認等請求事件」と類似
私たちの確認訴訟と同類・同系統の訴訟の「判例」に、原告が勝訴した「医薬品ネット販売の権利確認等請求事件」判決(平成25年1月11日 最高裁第二小法廷)」がある。これは、2021年度の行政書士国家試験に出題されるほど重要な行政訴訟の判例で、ありとあらゆる行政法の基本書や専門書・文献で解説されている。
この判例では、「第一及び二類医薬品の情報提供は有資格者の対面により行わなければならない旨の厚生労働省令、一般医薬品の郵送等による販売を行うことを禁止する旨の厚生労働省令は、いずれも各医薬品に係る郵便等販売を一律に禁止することとなる限度において、新薬事法(平成18年改正後)の趣旨に適合するものではなく、新薬事法の委任の範囲を逸脱した違法なものとして無効である」と原告の訴えが確認された。
このため、私たち原告による最初の主張を記述した訴状にも、被告である国による最初の準備書面(注3)にも、この平成25年判決の判例法理(注4)が引用され、その後も双方のすべての準備書面での主張も一貫して、これに準じている。たとえ行政訴訟における原告勝訴率が数%であったとしても、類似の判例では原告が勝訴しているのであるから、原告側が裁判官の心証(注5)を得る蓋然性が高い。
(注1) 法律で定めなければならない事項を命令によって定めることができる旨を法律自身が定めること
(注2) 民事訴訟において、訴えの提起に際し、当事者・法廷代理人・請求の趣旨・請求の理由を記載し、第一審裁判所に提出する書面
(注3)民事訴訟において、当事者が口頭弁論において陳述しようとする事項を記載して、あらかじめ裁判所に提出する書面
(注4) 裁判所が示した判断の蓄積によって形成された考え方
(注5) 訴訟事件の審理において、裁判官が得た事実の存否に関する認識や確信
(つづく)
1991年3月、国立山梨医科大学医学部卒業。同年4月、東京女子医科大学日本心臓血圧研究所循環器小児外科入局。1999年4月同科助手。2009年12月、いつき会ハートクリニック理事長・院長。専門は心臓血管外科、小児心臓外科。学位:医学博士。著書に「医学書院医学大辞典」(第2版)医学書院(2009年)他、多数。