私の目に映る歯科医療界⑤アルツハイマー病新薬で巨額出費必至/診療報酬への影響大、歯科は今から備えよ

アルツハイマー病新薬で巨額出費必至/診療報酬への影響大、歯科は今から備えよ

日本のエーザイと米国のバイオジェンが共同開発したアルツハイマー病(Alzheimer’s diseaseAD)治療用の新薬「アデュヘルム」が、6月初旬に米国で承認された。「アリセプト」など既存のAD薬と違い、病気の原因といわれる脳内のたんぱく質を除去し、認知力などの低下を遅らせる効果を謳うAD薬として、世界で初めて臨床現場で使われることになる。

患者や家族には一筋の光明であり、礼賛報道が相次いでいるが、注意を払う必要がある。最終試験の有効性が不確かな中での米国当局の強行承認だったこと、安全性や今後のAD薬開発への悪影響など、懸念も多い。

ここでは、歯科医療界に影響があるポイントに絞って述べたい。

Ⅰ.アルツハイマー新薬は日本でも巨額出費懸念が…

アデュヘルムの米国での薬価は、患者1人、年間投与分で5.6万ドル。日本円にして610万円と、かなりの高額だ。

◆AD薬では支払い抑制に限界が

ただ、日本でも一時話題になった希少疾患の脊髄性筋萎縮症薬「ゾルゲンスマ」の米国薬価は2億円超だ。薬価で上を行く薬はほかにもあるが、この薬の問題は、患者人口が巨大なことだ。米国ではAD〝予備軍〟の軽度認知障害(MCI)を含めれば600万人のAD患者がいて、日本でも500万人を抱えると推定される。アデュヘルムが想定するMCIと軽度AD患者に絞っても100万人は下らない。

このため膨大な薬剤料の負担が発生する。米国では百万人の患者がこの薬を使うと、その支出額が560億ドル(約6.1兆円)に達する。AD患者の大半は六十五歳以上の高齢者だから、米国の公的医療保険(メディケア)に大半の財政のしわ寄せがいく。これをどうするか、と今米国では官民で議論が沸騰している。

◆アデュヘルム承認の可否は年内に判明か

昨年12月に、アデュヘルムの承認申請が提出されている日本も対岸の火事ではない。

承認するかどうかの審議は、早ければ年内にも結論がまとまるとみられる。米国と違う判断、すなわち承認しないとなれば日本の当局にとっての〝英断〟となるが、時に、米国と違う判断をする欧州と違って、日本の場合は過去を見る限りその可能性は極めて小さいだろう。

米国で承認された薬が日本では保険で使えないとなれば、同じ薬に対して日米当局の評価がまったく異なるという問題に発展する。米国同様にADに苦しむ多くの日本の患者、およびその家族に対し、新薬を望む声を無視する結果にもつながる。

◆米国に倣い日本もAD薬を承認か

結局は、米国に倣い日本もこのAD薬を承認する可能性が高いというのが大方の専門家の見方だ。

となると、日本の次の問題は高薬価に伴う財政負担をいかに軽減するかになる。

日本の薬価算定は複雑だが、単純化した机上計算として、先述したゾルゲンスマの例をもとに、国がアデュヘルムの薬価を米国に比べ3割引した場合にはその薬価は427万円になる。対象患者は日本でも100万人程度はいるから総支払額はこの1剤だけで4.2兆円となる。

◆過去にはオプジーボの先例が

実際には保険適用の対象となる患者を絞ったり、がん免疫薬「オプジーボ」であった過去の例のように、価格を何度も引き下げたりの操作を国がする可能性も大きいだろうから、ここまでの巨額にはいかないにしても、国が薬価を決める日本でも、ゾルゲンスマのような希少疾患薬と違って、巨大な患者人口を持つAD薬では、支払い抑制にも限界があるのが現実だ。

Ⅱ.歯科診療報酬にも悪影響予防治療シフト等への準備を

削減続きの薬価とは違って、医科と歯科の医療費はしばらくわずかな引き上げが続いてきたが、ここに影響が出かねない。薬価改定などで浮かせた薬価削減分が消えてしまえば、財務省などの矛先が医科、歯科の診療報酬にも向かわないとの保証はないだろう。

2024年度改定ではアデュヘルムの影響が

これから審議が本格化する2022年度診療報酬改定論議はセーフだろうが、その次の2024年度診療報酬改定の審議では、このアデュヘルム影響がもろにかぶる可能性を想定しておく必要はあるだろう。

歯科医療界としてのこれに対する備えは、相当な難問であるのは確かだ。即効性のある妙案が直ちに浮かぶはずもない。

ただ、少なくともいえることは、歯科診療が患者や利用者にもたらすベネフィットを徹底的に追い求め、その価値に基づく正当な診療報酬を要求する。このようなスタンスで理論武装を磨いていくのは、これまで以上に必須になるはずだ。

◆戦略的に有効な諸対策の検討を

中期的にはう蝕中心の「かかってからの治療」から高齢化・長寿化とともに膨大なアンメットニーズを抱える歯周病など予防分野、高齢介護施設への歯科訪問診療などに歯科医業界がシフトしていくことが、戦略的に有効なのではないか。診療報酬の在り方について、厚生労働省にも発想を変えてもらう必要もあろう。

歯周病はADとも密接な関係性があることを示唆する研究が進展する。こうした研究がもたらすエビデンスを中長期で構築し、理論武装していく姿勢・戦略が望まれるのではないだろうか。

筆者:東洋経済新報社 編集局報道部記者 大西 富士男

「東京歯科保険医新聞」202181日号10面掲載