私の目に映る歯科医療界⑬ 厳しい診療報酬改定にパラジウム等高騰と多難/歯科医療界の将来像を巡り現場から議論を

厳しい診療報酬改定にパラジウム等高騰と多難/歯科医療界の将来像を巡り現場から議論を

オミクロン株による感染爆発は、やっと沈静化の兆しが見え始めたが、新たな変異株の出現の可能性はまだ残っている。そこに、ロシアによるウクライナ侵攻が勃発した。歯科医療界にとっては、まさに弱り目に祟り目だ。

◆ロシア発パラジウム再高騰の「悪夢」復活

ロシアのウクライナ侵攻による戦争勃発で、世界生産量の4割を占めるロシア発の供給不安から、いわゆる「銀歯」に使われるパラジウム価格は、3月中旬で7カ月半ぶりの最高値を更新、昨年前半に異常高騰のしわ寄せを「逆ザヤ」として受けた悪夢が歯科医療界で復活しそうだ。

歯科用貴金属の随時改定方法は4月から変わる。ただ、この改定によって以前よりは解消されるとはいえ「逆ザヤ」の抜本的な解消には程遠く、特に、急騰時には歯科診療所が高騰分を赤字としてかぶる構図は続く。抜本的な是正策をつかみ取れなかったことに、歯科医療界が早くも臍を噛むことになりそうだ(本紙第623号参照)。

◆歯科診療報酬改定で気になる高額な設備導入が前提の新点数設計

歯科の2022年度診療報酬改定内容も明らかになった。改定のポイント解説は本紙第624号(31日号)に譲るとして、新設された診療報酬項目の算定で、特定機器の導入が前提になっているケースが散見されることが気になる。

一端を挙げれば、口腔バイオフィルム感染症検査で口腔細菌定量分析装置が必要であったり、複雑な解剖学的根管形態を持つ歯の効率的・効果的な根管治療の評価では、ニッケルチタンロータリファイルを装着した能動型機器の使用が算定の前提になっているといった具合だ。

これは問題だ。高い機器を購入して、新点数を獲得しても、果たして採算が取れるのかどうか。これには、歯科診療所を経営する歯科医師各人の経営判断がのしかかってくる。

要求される機器が安くないことを考えれば、大多数を占める歯科医師1人で切り盛りする個人の小規模歯科診療所では、設備導入に二の足を踏むケースが出て来そうだ。資金的余裕もあり、顧客を多く集められ、設備を導入しても収益面でペイする目途が立てやすい法人経営など、比較的大規模な歯科診療所には、逆に有利に働く可能性があるのではないか。

もちろん、有益な新技術に公的保険がつくのは患者にとっては嬉しいことだ。

ただ、厚生労働省が歯科診療所間に優勝劣敗効果を及ぼすことを理解した上で政策誘導しているとしても、歯科診療所の多くが設備導入を渋れば、肝心の新技術普及の狙いは不発に終わり、患者、国民にもそのメリットが享受できない結果になりかねない。

政策当局が歯科医療の現場の実情に照らして、算定点数(収入)と設備導入費用のバランスをどこまで考慮したのか。その点は非常に気になるし、政策効果の事後検証は、税金・健康保険料・窓口負担などを負う国民の目線からも、絶対に必要だ。

◆歯科医療界の中長期像を設定し関連検討会での活発な議論が必要

2022年度は、歯科医療界にとって(日本全体にとってもだが)大きな変曲点だ。団塊の世代が後期高齢者の仲間入りを始めるからだ。団塊の世代の後期高齢者入りは2025年度に完了するが、そうなると歯科市場には縮小圧力が加速し始めるおそれがある。この点は、医科や医薬品の市場が高齢者の増加とともにニーズ拡大を迎えるのと正反対の面がある。

少なくとも現状では、70歳以上になると歯科治療に通うニーズが落ちる傾向は鮮明だ。居宅や高齢者施設で潜在化している歯科訪問診療ニーズの掘り起こしをした上で、なおかつ歯科市場の中長期での縮小に、歯科医療界の関係者がすべからく備える必要があることは、言うまでもない。

その際、歯科医師の需給予測を抜きにして語ることはできないだろう。従来から、人口10万人に対し歯科医師50人を適正とみなし、現状の歯科医師80人は、明らかに過剰との見方が強かった。歯科医師の新規参入抑制、具体的には歯科医師国家試験合格者数の削減が叫ばれ、実際にその方向に向かった経緯があり、本年316日に発表された第115回歯科医師国家試験合格者数を見ると、合格者数は1969名となり、昨年まで4年続いた合格者数2000名超えを下回った。

しかし、中長期的に見れば、違った予測と流れも出ている。2016年に開催された厚労省の「歯科医師の資質向上等に関する検討会」の資料によると、日本の高齢化と人口減少によって縮む歯科市場(患者数)に基づく必要な歯科医師数(需要)と、高齢化する歯科医師のリタイア数や、新規参入する歯科医師(国家試験合格者)の見込み数などから算出した歯科医師数(供給)を重ね合わせると2041年には5000人超の歯科医師不足が訪れるという試算も出ていた(右下グラフ参照)。

昨春以降、厚労省で「歯科医療提供体制等に関する検討会」の議論が進む。6回の会合を終え、今年から「歯科医師、歯科衛生士の需給に関する議論」に入り、2022年度末に報告書を取りまとめる予定だ。

健康に直結する歯科医療サービスを受ける国民の立場からも、中長期的な視点を入れ、将来のあるべき歯科医師像や歯科医療界の姿づくりにつながる本質的な議論が、まさに歯科医療の現場から巻き起こることを、ぜひ期待したい。それがなければ、いかなる提言も空虚に終わることだけは確実なはずだ。

東洋経済新報社編集局報道部記者 大西富士男

「東京歯科保険医新聞」20224110面掲載