他人事ではない!英国の歯科保険難民発生/日本の歯科診療でも公的保険本質論議を
今回は、まず、最近気になった海外記事を2つ紹介したい。一つ目は、歯科医療専門「デンタルトリビューン」のインターナショナル版の4月13日付オンライン記事である。
Ⅰ.米国で長期進行する歯科医師の個人診療所離れ
冒頭で、米国で歯科診療所を所有・経営する歯科医師の割合が、2005年の84・7%から21年には73%に下落していることが取り上げられている。16年間のトレンドは今後とも不可逆だと専門家はみている。ここには複数要因が関係している。
◆増える女性歯科医師の診療所経営DSO
まず、診療所経営比率が男性に比べ、元々低い女性歯科医師が増えている。現在、米国の全歯科医師のうち34・5%を占めている女性歯科医師の割合は、2040年には、ほぼ半分にまで増加する見通しだ。
人口の年齢層の中で、診療所経営比率の高いベビーブーマー世代が引退期を迎え、逆に若手世代の歯科医師が大量流入する。
元々、若手の診療所の所有・経営比率は低いうえ、上の世代に比べ単独の診療所経営志向が低いという、この世代の特徴もある。これが先述した傾向にさらに拍車をかけそうだ。
個人所有の歯科診療所に様々な経営サービスなどを提供するDSO(歯科医支援機関)が成長していることも、単独経営の歯科診療所比率を下げる要因になっている。学校を卒業したばかりの歯科医師でDSO参加計画がある人の割合は、15年の12%から20年には30%に上昇している。このことは、単独経営診療所比率をさらに落とすことにつながるはずだ。
Ⅱ.英国では歯科医師が公的保険から大量 Escape
二つ目は、英ガーディアン紙の5月1日付け記事。
「イングランドに〝歯科医師砂漠〟が出現」の見出し通り、内容も衝撃的だった。
「治療を受けるまで長時間待たされる」として、評判はいま一つのNHS(National Health Service/国民保健サービス)により、国民皆保険を享受できるはずの英国で、こと歯科医療サービスで、この制度破綻の予兆にもなりかねない由々しき事態が生じている様を記事は詳述している。
20年の951人に続き、21年には約2000人の歯科医師が公的保険医を辞めた。歯科医師1人で平均約2000人の患者を抱えているため、公的な歯科医療サービスを利用できず困っている国民が、昨年だけで400万人も生まれたと、記事はいう。
残った歯科医師も、公的保険の上限を使い切った後は患者に自費診療料金を請求する。患者も、公的保険の歯科医師にいくら電話しても無駄なので、結局、自費診療をする羽目になっている。
その結果出現したのが、周囲に公的保険の歯科医師が一人もいなくなってしまった「歯科医師砂漠」。そこでは、公的サービスを提供する人口10万人当たりの歯科医師数が、最小地域ではなんと32人になっているのである。
こうした地域の住民の中には、遠出して公的な歯科医療機関を受診する人まで出現している。問題の本質は、政府の歯科医療費支出の少なさ、抑制からくる公的医療保険の歯科医療サービスの低価格に対し、歯科医師から反乱が起きているということだろう。
国民皆保険を謳いながら、英国ではそこに風穴が開きつつある。もちろん記事中でも識者が指摘するように、最もしわ寄せを受けるのは子どもや体の不自由な人、介護施設で生活する人をはじめとする、いわゆる社会的弱者に他ならない。
Ⅲ.金パラ問題も公的保険の本質巡る観点で論議を
◆米国で注目され始めたDSOへの参加
女性医師の比率上昇や個人経営の小規模診療所への競争圧力の増加は、日本も米国と同じ。米国の個人立歯科診療所では、診療所長を務める歯科医師が経営強化・維持のため、その所有や経営から離れる動きが生まれ、米国特有の動きとしてDSOへの個人立歯科診療所の参加が加速している現状がある。
大方が個人立診療所経営の道を志向してきた日本の歯科医師は、米国と同様の問題に直面した場合、どう解決の道を見出そうとするのだろうか。ここは、歯科医療関連団体を含めて真剣に考えるべきだろう。
英国の例も対岸の火事とはしていられないはずだ。問題の根にある英国政府の医療財政抑制政策は、程度の差こそあれ日本も同じだ。歯科診療価格を抑制し過ぎれば、相対的に高い料金を請求できる自費診療へ歯科医師が逃げ出す形で、国民皆保険制度の実質空洞化を招きかねない。
空洞化が起きれば歯科診療への公的支出は減るかもしれない。だが、これが国民的に望ましいかは英国の例を見るまでもなく、大いに疑問だ。
高い自費診療を受ける経済的な余裕のある人でも歯科診療への出費はさらに増えるうえ、自費診療が受けられない社会的弱者との格差問題は、さらなる国民的分断を促すことになる。
既に東京歯科保険医協会は、歯科医療費の総枠拡大、歯科診療報酬引き上げ、75歳以上の窓口負担引き上げ撤回に加え、本年3月には金銀パラジウム合金の原価割れへの公的資金投入などによる解消を決議している。金パラへの公的資金投入については内部でも様々な議論があったようだが、問題提起の意義は大きい。
本年5月、政府が緊急避難的に金パラ合金の価格アップを決めたのは、地道な改善を求めてきた貴協会を含め、関係者には歓迎すべきことだが、そもそも異常な金パラ価格上昇を患者サイドに負わせることや、価格改定制度の根本的な欠陥が、歯科医師などへの逆ザヤ(損失)負担を強いていることについて、公的医療保険の本質やその維持の観点から適切か否かを国民的に議論する必要がある。
その際の論点の一つとして、政府は歯科医師が患者さんに対し、逆ザヤ分だけ不当に安い公的保険サービスを提供させている形になっているため、英国同様に、行き過ぎれば公的保険空洞化の発生リスクが内包されていることを忘れないでほしい。
東洋経済新報社 編集局 報道部 記者 大西富士男
「東京歯科保険医新聞」2022年6月1日号10面掲載