私の目に映る歯科医療界⑰ マイナ保険証使うシステム強制は大問題/国の義務化論議に欠くユーザー国民視点

マイナ保険証使うシステム強制は大問題/国の義務化論議に欠くユーザー国民視点

病院や診療所などで健康保険証の機能を持つマイナンバーカード(マイナ保険証)が使えるオンライン資格確認システム。

厚生労働省が、625日の社会保障審議会医療保険部会で突如、来年度からの導入義務化方針を打ち出し、がぜん騒がしくなった。

Ⅰ.日医反発「来年度義務化は乱暴」

この厚労省の動きに対して、歯科医師の諸団体や日本医師会など医療機関側は猛反対だ。システム導入には、導入費用だけではなく、実際にはランニングコストもかかる。政府の補助金があるといっても、それだけで充分とは言えない。

マイナ保険証を使うことで、特定健診や複数の病院をまたぐ過去からの治療データを活用できるため、医療の質的向上につながるという大義名分はあるにしても、「来年度から義務化するというのは、あまりにも乱暴だ」とする医療機関サイドの懸念は、もっともである。

Ⅱ.政府の対応はまさに「朝令暮改」

また、政府の方針が首尾一貫していないことも問題を紛糾させている。

医療機関サイドの費用負担懸念を和らげようと、今春の2022年度診療報酬改定で導入したばかりのシステム導入・運用に伴う診療報酬加算の見直し(廃止?)を打ち出している。まさに、朝令暮改だ。加算は利用患者の自己負担アップを伴う。従来の保険証を使うよりも高い料金になるという報道が出たとたん、国民からの反発を恐れてか、その取り下げを考えたようだが、もし国が本当にそのシステム導入が利用者の医療の質向上につながるメリットがあると確信するなら、これを貫くべきだろうが、現実的には腰砕けになっている。

これは、「費用対効果を利用者に納得させるだけのエビデンスや覚悟を、国が持ち合わせていないのではないか」と疑わせしむ事例だろう。もちろん、厚生労働省を含む国にも言い分はあるだろう。ただ、システム運用を開始した医療機関が、未だ全医療機関の2割程度に留まっており、この普及遅れの現状への焦りが、今回の厚労省の性急な義務化方針打ち出しに繋がっていることは間違いない。

それでも、記者よりもむしろ普通の一国民、医療機関利用者の一人の目線から、今回の国が進める性急なシステム義務化への疑問は拭い去れない。

Ⅲ.マイナ保険証は1割未満最優先は国民を納得させること

オンライン資格確認システムは、国民のマイナ保険証利用といわばセットになるものだ。つまり、仮に医療機関がシステム導入しても、国民がマイナ保険証を選択して使用しないと、国や医療機関が大枚を投じて導入した高価なシステムが無駄になってしまう。

厚労省は、先述の社保審医療保険部会で、2024年度中に従来の保険証の原則廃止方針をも提案した。医療機関へのシステム義務化を強行し、若干の時差をもって国民にも事実上「マイナ保険証」を使用せざるを得ない状況に追い込み、マイナ保険証への全面切り替えを図る構えのようだ。

ただ、マイナ保険証か現行保険証のどちらを選ぶかは、あくまでも国民の判断に委ねられるべきものだ。マイナ保険証使用を強制し、国民に選択権を与えないという高度な判断を、審議会や厚労省など役所に与えること自体が適切なのかどうか。

法制度全般からの配慮を考慮すれば、国民を代表する選良が議論する国会で審議すべきではないのか。これらのことは、大いに問題となろう。

また、マイナ保険証利用による「システム導入が利用者の医療の質向上につながるメリットがある」という、一般的な制度導入目的を前述したが、マイナ保険証導入に伴う費用対効果を具体的な数値を伴って国民が知ったうえで、選択・判断すべき事柄のはずだ。

そもそも論からいえば、国民の大多数は現行保険証で不便を感じてはいないはずだ。何よりもマイナンバーカード普及率が未だ5割未満、さらに健康保険証と紐づけたマイナ保険証交付率は全国民の1割未満という事実がその証左だ。

Ⅳ.必要なのは原点回帰国民視点の真剣議論は不可欠

マイナ保険証の交付を受けに行く場合も、①マイナンバーカードを導入する、②このカードに保険証機能を持たせる(紐づけする)―という2段階の手続きをする必要がある。特に②の紐づけ作業については、スマートフォンのアプリをうまく使いこなせない高齢者には厄介だ。自治体窓口などに多数の手続き拠点を設け、アプリを使えない高齢者などの手続きを助ける手段も用意するとしても、肝心の医療の最大ユーザーである高齢者には、結構障害がありそうだ。

国はマイナ保険証の普及拡大に躍起だ。キャッシュレス決済などで利用できる一人当たり最大2万円相当のマイナポイントがもらえるキャンペーンをこの6月末から本格化。そのための予算枠は、1.8兆円の大盤振る舞い。その目玉としてマイナ保険証の登録推進があるわけだ。

国は義務化を急ぐ前に原点に立ち戻るべきだ。マイナ保険証を利用したシステム導入のメリットを、可能な限り実例や費用対効果などで提示して、国民が納得し、自発的にマイナ保険証を選択するように努力すべきだろう。

システム導入が国益、国民の医療の質向上に役立つと考えるのなら、医療機関や保険者、識者、自治体、政治家なども巻き込んで、広く国民向けの公聴会を開くほどの覚悟で進めていく筋の政策だ。

ぜひ、医療機関側も自らの視点だけにとどまらず、この新たなシステムの最終ユーザー、つまり国民の目線に沿った真摯な論戦・運動を展開してほしい。

東洋経済新報社 編集局 報道部 記者 大西富士男

「東京歯科保険医新聞」202281日号10面掲載