この三十余年を振り返りつつ(1) 自主質管理運動のころ/今の保険医療に満足していいのか
縁あって私はこの何年間か、東京歯科保険医協会が隔月で開催しているメディア懇談会に参加させていただいている。フリーの記者として、時に気ままに発言をしているのだが、広報部長の坪田先生から「ぜひ、会報に書いてくれませんか」と頼まれた。もちろん最初は固辞したのだが、「外部からの意見も会員の刺激になるので」といわれ、ついついその気にさせられてしまった。
東京歯科保険医協会と私の縁は、多くの会員の方々よりは古いだろうと思う。私は、1968年から2008年までの40年間、『朝日新聞』記者、しかもほとんどの期間が医療専門だった。協会関係では82年11月、33年近くも前に「きちんと安く歯を治します」「歯科医が『自主質管理機構』結成へ」という社会面3段見出し、約40行の記事を書いている。
「自主質管理」という固い言葉を初めて耳にする先生方も少なくないはずだ。協会会員の有志約38人が翌12月から「良質で安い歯科医療」を実践する、との予告記事だった。いろいろな横槍が入り、正式な出発は84年3月に延びた。私は6月に続報を書き、自主質管理運動の代表でもある協会の大多和彦二会長を「ひと」欄でも紹介している。
自主質管理運動は、一定水準の保険診療を原則とし、材質の関係で自由診療になる場合も適正価格を目ざす。会員は、患者の話をよく聞き、よく説明し、料金は事前相談し、必ず領収書を発行、壊れたものに責任を持つ、の5項目を守る義務がある。要は、患者にも歯科医にも満足できる保険診療を実現しようとの運動だ。
私は日本の保険医療の最大の欠陥は、医療の質の無視だと考えている。厚生労働省は診療報酬ほど医療の中身には関心がなく、病院や医師らに任せている。昨年は腹腔鏡手術の死亡事故がたまたま話題になったが、制度上は資格のある医師なら下手な手術、間違った診断・治療も許される。15年前の画像機器の病院が病気を見逃すのは当然だし、治せる新治療法を学んだ医師がいない病院では、患者は治らなくても仕方がない。
医療の質は患者にはわからない。しかし、不思議なのは、わかっているはずの医師、歯科医師がそれを容認し、いまの保険医療に満足しているように見えることだ。
いつの間にか立ち消えになってしまったようだが、「より強力な自主質管理運動よ、もう一度」の心境になっている。
医療ジャーナリスト 田辺功
「東京歯科保険医新聞」2015年(平成27年)9月1日号5面掲載
【略歴】たなべ・いさお/1944年生まれ。68年東京大学工学部航空学科卒。同年朝日新聞社入社。2008年、朝日新聞社を退社後、医療ジャーナリストとして活躍中。著書に「かしこい患者力―よい病院と医者選び11の心得」(西村書店)、「医療の周辺その周辺」(ライフ企画)「心の病は脳の傷―うつ病・統合失調症・認知症が治る」(西村書店)、「続 お医者さんも知らない治療法教えます―こんな病気も治る!」(西村書店)ほか多数。