記者にとっての患者体験は… ―患者になった記者から/医師は患者のことを分かっていない
私にとって昨年は「晴天の 霹靂 」の年だった。春の健康診断の内視鏡検査で胃がんが見つかり、6月に全摘手術を受けたからだ。近い身内にがんはなく、和食党。喫煙歴も二十代の10年だけ。半数ががんになるという記事を書いた時も、自分は残りの半数と確信していた。
広告局からの頼まれ仕事で、10年以上もアメリカンファミリー社共催のがんセミナーの司会をしながら、がん保険には加入していなかったほどだ。福岡でのセミナーに、ご自身が胃がん手術を受けた外科医を招いた。「胃は食物を一時的にためる袋。なくてもなんともない、と患者に説明してきたが、いやあ、受けてみたら大違い」との言葉を覚えている。
その通り。医師は患者のことを分かっていない。私は手術後、食事が十分に食べられないことが最大の障害だが、医師からは具体的な指導はほとんど得られていない。今でも空腹感が乏しく、あまり食欲を感じない。入院中は激しいシャックリが出て、摂食も咀嚼も嚥下も困難になり、食事を中断したことがある。胃からの食欲増進物質が失われたから、のどのつかえで納豆などネバネバ食がいい、などはいずれも患者会の本で初めて知った。今も食道のびらんでのどが常に痛む。症状を抑える薬もあまり効かず、一時しのぎの鎮痛剤が離せない。鎮痛剤を飲んでいても食事中にじんわり痛み、食べたくなくなることもある。食道がんが気がかりだが、医師は「大丈夫ですよ」でお終いだ。私は内心、手術はしたくなかったのだが、記者にとって患者体験はマイナスではないとも考えた。
2003年に日野原重明先生監修の『患者になった医師からのメッセージ』(自由国民社刊)の編集を手伝った。結核で挫折した日野原さんはインタビューで、患者の本当の気持ちを理解できるようになるには「医学生や看護師は死なない程度の病気をするといい」と話していた。それなら仲介役の記者も同じかも知れない、と。私もこれまで何人かの胃がん患者を取材した。今回の体験で、患者が医師にいえるのは一割とすれば、記者にもせいぜい三割程度だったか、と思うようになった。患者の身体的な苦痛や心境は、聞くより、読むよりずっと辛いことを実感した。
はからずもなってしまったからには、「患者になった記者」は、より患者のための医療を実現すべく努力したいと決心している。
医療ジャーナリスト 田辺功
「東京歯科保険医新聞」2015年(平成27年)10月1日号6面掲載