歯科医療点描③ 編集長に抗議文が届き…。昔の、そして今のフッ素観を聞いてみたい

編集長に抗議文が届き…。昔の、そして今のフッ素観を聞いてみたい

歯科報道で私の一番の心残りは「フッ素」問題だ。世界の多くの国々では、虫歯予防目的で水道水のフッ素化を実現している。飲料水に1ppm程度のフッ素が加わっただけで日本人の歯はずっと健康に保てたはず、との思いが消えない。

1976年6月、私は全国版の家庭面の連載「虫歯をなくそう」でフッ素を取り上げた。水道水への添加は、国際歯科連盟やWHO(世界保健機関)も認める最も有効・安全な予防法で、新潟大学予防歯科の境脩・助教授らが次善策として「フッ素うがい」を県内の小学校で実施していることを紹介した。 

これに食品添加物の有害性指摘で著名な高橋晄正・東大講師が異を唱えたが、実は科学的な理由からではなかった。新潟の消費者団体の集会で、柳沢文徳・東京医科歯科大学教授がよく知らずにフッ素を危険だと断定し、新潟大の歯科医師に嘲笑された。

柳沢さんが親友の高橋さんに泣きついたことがきっかけで、高橋さんがフッ素論文から危険性を示唆するデータを集め、危険論を構築した。

人工の添加物は人間データがなく、動物に大量に食べさせて、しかも百倍もの安全率を掛けて推定する。ところが、天然水に含まれる高フッ素地域の住民は歯が着色・障害される斑状歯になる。WHOなどは、他の病気の発生率などのデータを総合的に検討して安全と判断した。

一方、動物実験で見る限りは、フッ素は添加物と比較にならないほど危険性は高い。 また、高橋さんは論文データを再計算したりして、米国で水道にフッ素を添加した都市とそうでない都市の一部年齢層では「フッ素の発がん性は否定できない」ことを見つけたりした。高橋さんは私にはっきり「僕は科学弁護士だから」と話した。

著名なスター評論家の高橋さんが雑誌や本でフッ素有害論をくり返した影響は大きく、消費者運動家や教師には未だにフッ素を危険視する人が少なくない。私も何度かフッ素を記事にしたが、編集局長にたくさんの抗議文が届き、ついには編集局幹部から「フッ素について書くのはもうやめてくれ」と言われたことも思い出す。

現場の歯科医師もフッ素には冷淡だった印象がある。「虫歯が減ったら困るからね」との声はよく聞いた。

いつか何らかの機会に、東京歯科保険医協会の先生方の、昔の、そして今のフッ素観を聞いてみたいところだ。

 

医療ジャーナリスト 田辺功

「東京歯科保険医新聞」2015111日号6面掲載

 

【略歴】たなべ・いさお/1944年生まれ。68年東京大学工学部航空学科卒。同年朝日新聞社入社。2008年、朝日新聞社を退社後、医療ジャーナリストとして活躍中。著書に「かしこい患者力―よい病院と医者選び11の心得」(西村書店)、「医療の周辺その周辺」(ライフ企画)「心の病は脳の傷―うつ病・統合失調症・認知症が治る」(西村書店)、「続 お医者さんも知らない治療法教えます―こんな病気も治る!」(西村書店)ほか多数。