歯科医療点描⑥ 歯科技工士制度の崩壊/「歯科療費増で技工士待遇改善を」なら国民も納得

歯科技工士制度の崩壊/「歯科療費増で技工士待遇改善を」なら国民も納得

私は学生になってすぐ、歯科技工士という職業を知った。初めての下宿にはもう一人下宿人がいて、それが近くの歯科医院に勤務する技工士さんだったからだ。教養部の2年間は一緒だったと思う。東北地方の出身でなまりがあり、朝食の時に入れ歯作りや歯科医院の話を聞いた覚えがある。

新聞記者になってから技工士の取材も何度かしたが、一番に浮かぶのは「海外委託」問題だ。たった4ページだが、著書『ドキュメント医療危機』に関連話題として載せてある。私は20066月、脇本征男さんら技工士グループが、地位保全と損害賠償を求めて裁判を起したとの記事を書いた。国が資格制度のない外国で作られた入れ歯輸入を認めているのは歯科技工士法に違反し、制度の根幹をゆるがしているとの主張だ。

この記事は東京と西部に載り、西部版が収録されている。ということは大阪版はボツで、東京版は一部がカットされたことを意味する。国に逆らうような訴訟は、一般紙では『朝日』だけしか載せず、それもかなり冷たい扱いだったわけだ。

海外委託は04年頃から出てきたらしい。技工士は歯科医の指示が不可欠だが、海外ではそれも不要で、コンピューター機器が日本よりずっと安く作ってくれる。これを放置すれば、技工士制度が崩壊していくのは当然ともいえる。

裁判は08年の東京地裁、09年の東京高裁で敗訴、11年最高裁は上告却下だった。日本の司法制度下では国相手だと分が悪い、の定評通りの完敗だった。これでは海外委託は止まるはずがなかった。

昨年夏、「保険で良い歯科医療を」国会内集会に参加し、何年ぶりかで日本歯科技工士会代表の悲惨な訴えを聞いた。 いまや技工士の低賃金、長時間労働は常態化し、耐えられずに卒業後五年以内に75%もが離職している。66%が週70時間以上働き、37%はほとんど休みが取れない状態でありながら、38%は可処分所得が300万円以下。海外委託の影響は大きく、国家資格の職種そのものが存亡の危機に瀕している、と。

その通りだと思う。厚生労働省のお役人は軽い気持ちか、医療費削減策からか、海外委託を歓迎した。コンピューターやロボット技術の発展で、医師や歯科医の診療行為の一部も自動化される可能性がある。

集会で指摘されたように、保険による歯科医療費が伸びないことが問題の背景にある。いろいろな医療職が協力し、よりよい医療をめざすチーム医療を考えれば、歯科医師は、弱者である技工士の待遇改善にもっと目を向けるべきだったのではなかったか。

「技工士や歯科衛生士の待遇改善のために医療費を増やせ」との主張は、歯科医の収入増の要求より、ずっと国民を説得しやすい。

医療ジャーナリスト 田辺功

「東京歯科保険医新聞」201621日号6面掲載

 【略歴】たなべ・いさお/1944年生まれ。68年東京大学工学部航空学科卒。同年朝日新聞社入社。2008年、朝日新聞社を退社後、医療ジャーナリストとして活躍中。著書に「かしこい患者力よい病院と医者選び11の心得」(西村書店)、「医療の周辺その周辺」(ライフ企画)「心の病は脳の傷うつ病・統合失調症・認知症が治る」(西村書店)、「続 お医者さんも知らない治療法教えますこんな病気も治る!」(西村書店)ほか多数。