予測はずれ?の「8020」/あと20年で8割の高齢者が「8020」に到達!?
今の新聞社では、なかなか考えられないことだが、私は好きなことを書いてしゃべって卒業できた。ほとんどは正しかったと確信しているが、まずかったかも…、と反省気味のことがいくつかある。その一つが歯科関係研究会全国大会での「8020」発言だ。
「80歳で失う歯を10本以下にしよう」と提唱されたのが1985年で、逆計算で「80歳で20本の歯を残す」という8020運動になったのは1989年らしい。大会はおそらくその2、3年後ではなかったか。
◆8004時代
手書きのスライドには雲がかかった高山の横に「8848」「8020」「8004」の数字がある。8848は世界の最高峰エベレスト(チョモランマ)の標高を指す。8004は、当時、80歳の平均残存歯数の4本の意味だ。8020はそれを一挙に5倍にしようとの目標だった。
◆つい口をすべらし
この大会に講師で招かれた私は「いくら何でも無理でしょうね。ヒマラヤ登山並みの難しさ。80歳までに20億円貯めようというのと同じです」と、つい口をすべらせてしまった。
私はずっと「日本の医療は科学的でない」と感じてきた。特に歯科はひどい。虫歯や歯周病は細菌による感染症だと解説しながら、治療は細菌に無力な外科的なものだった。虫歯部分を削った後、詰め物と歯の隙間は100ミクロンもあった。これでは、1ミクロン幅の細菌は自由に虫歯部分に到達する。再治療のくり返しで、やがて抜歯になる。
歯学教育にも責任がある。入れ歯を作る補綴講座が3つも4つもありながら、虫歯を防ぐ予防歯科、感染症に対応の公衆衛生学科がない大学が多かった。
虫歯や歯周病は人生の必然で、仕事は入れ歯作りだと、歯科医は学生時代から教え込まれてきたのではなかろうか。だから、「8004は歯科医療の成果であり、絶対に8020は実現しないだろう」と、私は確信していた。
ところが、である。厚生労働省の歯科疾患実態調査によると、残存歯数がジワジワと増えてきている。2013年は80歳で平均残存歯数13.9本で、20本超を達成した人は38.3%と推定されている。20年前とくらべると2.4倍だ。歯科医療はこの30年の間に予想以上に改善したといえるだろう。
この調子があと20年続けば、8割の人は8020になれるかも知れない。「80歳で20億円」は「80歳で2000万円」くらいに値下げしたほうがよさそうだ。
医療ジャーナリスト 田辺功
「東京歯科保険医新聞」2016年3月1日号6面掲載
【略歴】たなべ・いさお/1944年生まれ。68年東京大学工学部航空学科卒。同年朝日新聞社入社。2008年、朝日新聞社を退社後、医療ジャーナリストとして活躍中。著書に「かしこい患者力―よい病院と医者選び11の心得」(西村書店)、「医療の周辺その周辺」(ライフ企画)「心の病は脳の傷―うつ病・統合失調症・認知症が治る」(西村書店)、「続 お医者さんも知らない治療法教えます―こんな病気も治る!」(西村書店)ほか多数。