歯科医療点描⑧ 質を無視の制度に疑問/誰のため何のために医療は行われるのか

質を無視の制度に疑問/誰のため何のために医療は行われるのか

日本の保険医療制度は世界一、と医療関係者の多くが信じている。本当だろうか。

私は以前、秋田市で開かれた日本臨床内科医学会で疑問を述べたことがある。同じくシンポジストだった日本医師会理事が「日本の平均寿命は世界一。これは国民皆保険制度の成果だ」と胸を張られた。

若気の至りで、冷やかし半分の気持ちもあって余計な発言をした。「国は病院や医師に丸投げして、医療レベルはバラバラ。でも日本人は優秀な遺伝子と食生活のおかげで、先生方の医療で多少削られても何とか耐えて、いまの平均寿命を保っているのではないでしょうか」というような。

すぐにインターネットに名指しで「こんなひどい発言をした記者がいる」と批判記事が出た。しかも、長い間、私の名前を打つと最初に出てくるのがこの記事だった。 今回、正確に表現しようと調べたが、いつの間にか消えて見つからなくなっている。

医療で最も大事なことは何か。私は「医療の質」と確信している。病気を治す医療、症状や苦痛を和らげる医療でなければ、わざわざやる意味がない。

ところが、ご存じのように、保険医療制度の親である厚生労働省は、医療費の請求額ほどには、医療の効果や内容、質に関心を持っていない。病名に対応した検査や治療法は決めてあるが、手順、使う器具や材料、具体的なやり方の多くは病院や医師任せになっている。 その結果、治さない医療も改善しない医療も堂々とまかり通っている。これが世界一の制度とはとても思えない。

腹腔鏡手術による死亡が大きな話題になり、厚労省は昨年、群馬大学病院の特定機能病院資格を取り消した。しかし、保険医療制度上は死亡率が高くても問題がないはずで、おそらくは群馬大病院より成績の悪い病院さえ、あるに違いない。

世界一を目指すなら、何はともあれ、質の確保が不可欠ではないか。医療ごとに必要に応じ、常勤専門医、一定の技術や知識、設備などの条件を付ける。あまりにひどい成績の場合は、保険診療での支払いを認めない、といった対応も必要になるだろう。

誰のため、何のために医療は行われるのか。病める患者さんの苦痛解消や軽減のためである。しかし、いまの制度や実態を見る限りでは、厚労省や医療者がそう考えているとは思いにくい。

 医療ジャーナリスト 田辺功

「東京歯科保険医新聞」201641日号6面掲載

 【略歴】たなべ・いさお/1944年生まれ。68年東大学工学部航空学科卒。同年朝日新聞社入社。2008年、朝日新聞社を退社後、医療ジャーナリストとして活躍中。著書に「かしこい患者力―よい病院と医者選び11の心得」(西村書店)、「医療の周辺その周辺」(ライフ企画)「心の病は脳の傷―うつ病・統合失調症・認知症が治る」(西村書店)、「続 お医者さんも知らない治療法教えます―こんな病気も治る!」(西村書店)ほか多数。