治療中断・未受診が多いのは問題/保険医療の範囲についても議論を
日本も貧しくなったなあ、と感じることがこのごろ多い。バブル期は威勢がよかった企業も、儲けのために、いまやなりふり構わずごまかす。生活保護、貧困家庭、下流老人といった言葉が日常紙面にあふれ、身内や近所での理解しがたい事件が続発している。
昨年1月、保団連の懇談会で医療や介護現場にも貧困が予想以上に大きな影を落としていると知ってびっくりした。治療中断が増え、大阪では9割の歯科医師が経験しているという。また、宮城、長野、大阪の学校の歯科健診で「要治療」といわれた小学生の5割、中学生の6、7割は受診しない。
東京歯科保険医協会のその後のメディア懇談会でも、関連の話題がいくつか出た。東日本大震災の歯科医療支援の際、東北には東京で見たことのないほどひどい歯のお年寄りがいた、などの話が印象に残っている。
お金は山ほどあるが、子どもには歯科治療は禁じている親がいるとは思えない。中断や未受診の理由はいろいろ出ているが、結局はお金、貧困に行き着く。2015年の報告では、日本の子どもの貧困率はOECD(経済協力開発機構)34カ国中の11位だった。子どもの貧困の背景には、離婚による母子世帯の増加、元夫の養育費の不払い、派遣労働・低賃金労働の増加などが考えられる。国民皆保険制度でありながら、保険料が払えずに枠外に追いやられている人もいる。
調査だけにとどまらず、保団連が子ども医療費助成制度拡充運動を展開し、成果を上げているのは素晴らしい。また、一方で、「保険で良い歯科医療を」運動も重要だ。必要な治療は保険で受けられるべきだし、高額な窓口負担は受診抑制や治療中断につながる。
先日、『日本歯科新聞』のコラムに書いたことだが、超高額薬の保険適用が大きな話題になっている。分子標的薬と呼ばれる月30万円、60万円といった抗がん剤が次々登場、ついに月290万円、年3500万円のがん免疫薬が一部肺がんに認められた。対象患者5万人が使えば1兆7500億円にもなり、保険制度の崩壊を懸念する声も出ている。
薬価はなぜか原材料費や製造費と関係がなく、同じ目的の従来薬との比較で決まっている。抗がん剤は治す力はないが、企業の開発意欲を刺激するために、もともとかなり高く設定されていた。最近のように効く薬が出てくると、驚くほど高くなる。
高品質材料の義歯など、歯科医療の一部が保険外になったのは、価格が高いとの理由からのはずだ。しかし、薬ならどれだけ高くてもいいというのはやはりおかしい。保険制度全体が危うくなれば、歯科には無関係な薬、とはいっておれない。
保険医療財源の配分をめぐる駆け引きだけでなく、保険医療の範囲など、より根本的な議論が必要な時期が来ている。
医療ジャーナリスト 田辺功
「東京歯科保険医新聞」2016年6月1日号6面掲載
【略歴】たなべ・いさお/1944年生まれ。68年東京大学工学部航空学科卒。同年朝日新聞社入社。2008年、朝日新聞社を退社後、医療ジャーナリストとして活躍中。著書に「かしこい患者力―よい病院と医者選び11の心得」(西村書店)、「医療の周辺その周辺」(ライフ企画)「心の病は脳の傷―うつ病・統合失調症・認知症が治る」(西村書店)、「続 お医者さんも知らない治療法教えます―こんな病気も治る!」(西村書店)ほか多数。