【マイナ保険証問題インタビュー】閉院知り涙する患者に「やりきれない」健康保険証廃止…従業員も“良い職場”失い「喪失感」
理由は、健康保険証の廃止。
地域住民に根付いた診療所は、瞬く間に世界中を一変させた新型コロナウイルスに対しても、精力的に積極的に取り組み、地域医療の火を灯し続けた。しかし、マイナ保険証への対応ができず、閉院を余儀なくされた。
これにより、長らく通院してきた患者はかかりつけ医を失い、院長や従業員は職を失うことになる。職場の閉院を告げられた看護師、医療事務の2人は、健康保険証の存続を求める協会の活動をホームページ上で見つけ、職場で300筆を越える署名を集めた。マイナ保険証一本化政策により閉院する診療所がたくさんあることを知ってほしい―今、まさに健康保険証廃止の影響を受ける2人の医療従事者に話を聞いた。
―まずは診療所について教えてください。
開業して数十年、幅広い年齢層の患者さんがいらっしゃる診療所です。新型コロナウイルス感染症の流行当初から、発熱外来にも力を入れてきました。三世代で通ってくださる患者さんも多く、街のお医者さんとして定着しています。
―閉院の理由や、閉院までの経緯を教えてください。
当院では開院以来、紙カルテを使用してきました。現行の健康保険証が廃止されマイナ保険証に一本化された場合、保険診療が継続不可能となるため、閉院せざるを得ない状況です。パソコンの買い替えなどが必須となり、初期費用や毎年の経費も莫大です。今後どれくらい診療が続けられるかという院長や従業員の年齢的な問題もあり、助成さえあれば簡単にマイナ保険証に対応できると判断するのは安易だと考えます。
院長は従業員を家族のように
―閉院を聞いた時の率直な気持ちは。
院長や従業員の意思とは関係ない部分が要因となった閉院で、非常に残念です。母校がなくなるような喪失感があります。マイナ保険証一本化の政策がなければ、当院の診療が継続していたことは確実です。健康保険証に問題なく、マイナ保険証の利用率が低迷している中、地域の方々から必要とされている診療所なのに、なぜ閉院しなければならないのかという思いが強いです。このような閉院は病院の少ない地域であれば死活問題です。マイナンバーカードが任意である以上、マイナ保険証と健康保険証が共存することを求めていきます。
―さまざまな葛藤があると思いますが、これまで働いてきた診療所への思いを教えてください。
従業員は全員勤務年数も長く、居心地の良い職場です。院長は家族のように従業員を大切にしてくれますし、従業員にとっても頼りになる大切な存在です。
患者にとって〝衝撃が大きい〟
―閉院を聞いた患者さんの様子はいかがでしたか。
長く通われている患者さんは先生との信頼関係も厚く、非常に残念に思ってくださる方々ばかりです。「最期まで先生に診てほしかった」「閉院後は別の場所で診察なさるんですか?」「これからどこの病院に行けばいいですか」といった声が多く聞かれました。思いがけない理由で突然かかりつけ医が閉院することを知り、涙を流す患者さんも多くいらっしゃり、患者さんにとっても衝撃が大きいことが伺えます。毎日膨大な量の診療情報提供書の作成に追われる院長や、これから他の病院に移り環境の変化に戸惑う患者さん方のことを思うと、私たちもやりきれない気持ちです。
―そうした思いを抱え、協会の署名に取り組んだ理由を聞かせてください。
任意のはずのマイナンバーカードが保険証になり変わるということは、事実上、マイナ保険証の使用を強制されているのと同じです。マイナ保険証の利便性が高ければ、健康保険証を廃止にせずとも自然と普及していくはずです。矛盾を押し通してこのまま健康保険証が廃止となれば、当院の閉院は免れません。納得できないまま、「何もしないまま閉院してもいいのか?」とモヤモヤしていた頃に、健康保険証存続のための署名活動があることを知りました。自分たちにも協力できることだと思い、署名活動に参加することを決めました。
―実際に診療所での署名活動はどのようなものでしたか。
院内にポスターを掲示し、署名用紙や回収ボックスを受付の見やすい場所に設置しました。閉院のお知らせの張り紙とあわせて、署名活動のポスターに興味をもってくださる患者さんが多い印象でした。中には一人で何十人もの署名を集めてくださった患者さんもいらっしゃり、私たち以上に患者さんが積極的に活動してくださっています。
―署名活動を通じて、気づいたことや変化がありましたか。
予想以上の署名が集まったことから、「閉院してほしくない」「健康保険証を残してほしい」という患者さんの気持ちが伝わってきました。おそらく当院の閉院は免れることはできないと思われますが、同じような状況にある他の医院や困っている患者さん方のためにも、最後まで署名活動は継続しようと考えています。
冒頭の2人は、「医院の患者さんの声を伝える最初で最後のチャンス」と、協会の取材に応じた。この診療所が集めた署名用紙には、保険証存続を求める意見もさることながら、「お世話になった診療所」「院長先生、スタッフが親切に対応してくれた」と、医院への思いを綴ったものが目立った。これほど地域に愛された診療所が不本意にも閉院してしまう現実。こうした現場の声を背負い、協会は健康保険証存続に向けて取り組んでいく。
※署名は国会議員に提出しました。
※この記事は、東京歯科保険医新聞2024年7月1日号に掲載されたものです。
▼関連記事
▼荻原博子さんの連載を読む【マイナ保険証の〝失態〟を追う】
▼ジャーナリスト・堤未果さんインタビュー【ショック・ドクトリンに見る保険証廃止問題「立ち止まって」】