第5回「マイナ保険証」で歯科医院も閉院ラッシュ?!<
歯科医院の倒産、廃業が増えています。帝国データバンクによれば、今年1月から6月までに負債1,000万円以上の歯科医院の倒産ならびに休廃業、解散は合計85件。2000.年以降で最多だった23年の年間104件を超える勢いです。負債1,000万円以下も含めると、さらに大きな数字になるでしょう。
オーラルケアをする人が増え虫歯が減ってきたことや、自由診療を強化したら高額な治療は増えたけれど逆に患者が減ってしまった、歯科衛生士などの人手不足や歯科医師が高齢になって後継者がいないなど、さまざまな理由で閉院を余儀なくされています。
ただ、原因はそれだけではなく、「マイナ保険証」が導入された影響も少なからずあると推測されます。政府は、今年9月をタイムリミットとして、医療機関に対するオンラインでのレセプト請求への移行を原則義務化しました。
病院、歯科医院などの保険医療機関や保険薬局、審査支払機関や保険者との間で、レセプト電算処理システムで診療報酬等のレセプトデータの受け渡しをオンラインで実施するという方針を出し、紙ベースのレセプト請求は、原則として4月から新規適用を打ち切っています。
◆オンライン対応できない医院も
歯科医院のレセプト請求の状況(2023年3月処理分)を見ると、オンラインが33.5%、レセプト請求用のファイルを作成してフロッピーディスクやCD―ROM(光ディスク)などに書き込み、支払基金や国保連合会へ郵送する電子媒体によるものが58.6%、紙媒体が7.9%でした。
これを最終的にオンラインに統一するのは、多くの歯科医院にとっては大変革です。便利になることは確かですが、導入には費用もかかるし、そもそも2022年時点で歯科医師の12.6%は70歳以上(2022年「医師・歯科医師・薬剤師統計の概況」)。自分の代で閉院を決めている人もいて、使い慣れない新たなシステム導入に意欲が持てるのかは疑問。
全国保険医団体連合会の調べによると、全国の医科診療所のうち診療報酬をCD―ROMや紙レセプトで請求していたところが15,700機関、歯科医院では4,0680 機関。うち約2割が、「義務化されると廃業せざるを得ない」と回答していて、最大で1万件を超える医療機関が廃業に直面するかもしれません。
こうした状況を見ると、オンライン化で便利になるのはわかりますが、拙速に進めていくことには疑問があります。ただ、急がざるをえないのは、政府が今年12月2日に新たな健康保険証の発行をしないと決めてしまったからでしょう。
◆国の都合で負担だけを押しつける
確かに、オンライン化に慣れてくれば、事務作業も早くなり合理化されるかもしれませんが、そこまで行くには問題を多く抱えている医療機関もあります。例えば、「費用」については、全国保険医団体連合会のアンケートへの回答で、「初期導入費用が負担」が26.2%、「ランニングコストが負担」が34.9%。オンライン請求導入については補助金がなく、すべての負担が医療機関にのしかかってくることから、負担感が大きいようです。
しかも、現状の方法に不満を抱いている人も少なく、「コンピュータについては操作方法がわからない」という高齢な医師・歯科医師もいます。厚生労働省のアンケートを見ていて少々驚いたのですが、「パソコンを持っていない」という医師もいました。また、「歯科医師の本業の整備投資にお金がかかるので、これ以上お金はかけたくない」という人もいました。
なぜ、国はこれほどまでにオンライン化を急ぐのでしょうか。その背景には「保険証の廃止」と、国が目指す「医療DX」の構築があります。「医療DX」については別の機会に詳しく書きますが、要は国のご都合主義で医療現場の都合は考えず、振り回し、閉院も破綻もお構いなし。つまり、「現場に、顔が向いていない」ということです。
「東京歯科保険医新聞」2024年8月1日号10面掲載
【全文を読む】第5回「マイナ保険証」で歯科医院も閉院ラッシュ?!
経済ジャーナリスト 荻原 博子
プロフィール:おぎわら・ひろこ/経済ジャーナリスト。家計に根ざした視点で経済を語る。バブル崩壊直後からデフレの長期化を予想し、現金に徹した資産防衛、家計運営を提唱し続けている。新聞・経済誌などに連載。新聞、雑誌等の連載やテレビのコメンテーターとしても活躍中。近書に「マイナ保険証の罠」(文春新書)、「マイナンバーカードの大問題」(宝島社新書)など。