【連載】退き際の思考/「やめることも前進の1つ」土台作りセカンドキャリアへ 医院最後の日まで地域に愛され―(張紀美さん【後編】)

「やめることも前進の1つ」土台作りセカンドキャリアへ 医院最後の日まで地域に愛され―(張紀美さん【後編】)

「やめることも前進の1つ」土台作りセカンドキャリアへ 医院最後の日まで地域に愛され―

張紀美さん(キミ小児歯科クリニック院長) ― 後編
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張紀美(ちょう・きみ)さん/1965年、長野県松本市生まれ。90年に松本歯科大学卒業後、同年東京歯科大学小児歯科学講座に入局。1997年同大学院修了。2010年キミ小児歯科クリニック開業。2024年5月同クリニック閉院。

 歯科医師としての“引退”に着目した本企画。すでに歯科医療の第一線を退いた先生にお話を伺い、引退を決意した理由や、 医院承継、閉院の苦労などを深堀りする。
 今回は、今年5月をもって閉院したキミ小児歯科クリニックの張紀美先生(59歳/文京区)の後編。小児歯科の専門医として地域の子どもたちの口腔内を守ってきた張先生。医院最後の1日にお話を伺った―。(前編を読む

―医院の開院から閉院まで振り返っていかがですか。

 子育てで忙しかった頃は、まさか自分が開業するとは思っていませんでした。ただ、いろいろな問題が出てくる中で「マイナスにならなければ」と、借り入れなども少なくして医院をスタートし、大きな問題なく閉院することができました。多少なりとも地域医療に貢献できたと思いますし、開院して主体的に収入を得たことは良い経験になりました。

―協会に入会してみていかがでしたか。

 常勤の助手が退職した時に労務相談のために入会し、弁護士の先生にお世話になりました。院内感染防止対策講習会も受講しましたし、コロナ禍の支援金申請の際は、デンタルブックの動画が細やかな解説で役立ちました。一人で不安を抱えながら医院経営をする先生にとって、とても良いものだと思います。

日常生活に驚きと喜び

―引退後のセカンドキャリアについて、どのように考えていますか。

 60歳から動き始めるために、閉院後の1年間は準備に費やす感覚です。まず6月中にクリニックから自宅に持ち帰った物を片付けるために、独立した2人の息子の部屋を片付けて保管場所を確保しなければなりません。子どもの部屋にはたくさんの本や洋服、部活動関連の物がそのまま置いてあるので、不要な物を整理する必要があります。ある意味、クリニックの片付けよりも大変かもしれません。自分の目標の前に、居心地の良い空間を作るために身の回りを整理することから始めたいと思います。

―まずは新生活の土台作りからということですね。

 閉院後は、若い頃から夢見た韓国留学に行きたいと思っていましたが、それは少し先になりそうです。老犬のお世話、高齢な両親との関わり、ここ数年で嫁ぐであろう娘のこと…。人生の自由な時間はわずかだと思います。「何かしよう」と思った時には、それなりの難題に当たります。今後直面するであろう難題の隙間時間を有意義に過ごすため、環境を整えたいです。また、当初は語学堂*で学ぶことが留学の目標でしたが、「今更また勉強するのも疲れてしまうな」と思い、変更しました。新たな夢は、時間を気にしないで韓国の地方に赴き、現地の人たちとその土地の韓国料理とマッコリを交わすことです。ついでに韓国料理と伝統工芸なども学びながら気楽な旅がしたいです。そのため、毎日韓国語を独学で学んでいます。引退後の私のモットーは「疲れることはしない」「無理して頑張らない」です。試験に追われ頭が痛くなるような勉強はやめました。代わりに自分が豊かになる体験がしたいです。この目標が1年後に叶うといいなと思っています。(*=韓国の大学が運営する語学学校)

―日常生活の面では、何かイメージは湧いていますか。

 次男が2年前に独立した時、食事の買い出しや掃除の負担が少なくなったこともあり、休診日に「こんなに時間の余裕があるんだ」と感じました。それから月1回、韓国刺繍を習い始めました。院内の片付けの時に少し早く終わった日があり、仕事終わりに初めて1人で映画を観に行きました。有楽町まで足を運び、「平日の映画館ってこんなに人が少ないんだな。夕方5時半からビールを片手に映画が観られるんだ」と、何気ないことに驚きと喜びがありました。そんな些細なことに楽しみを感じながら日常が変化していけばいいかなと思っています。ここに至るまで子育て中の反抗期もたくさん経験したし、いろんな問題に直面してモチベーションの変化もありながら辿り着きました。せっかく得た時間なので、身体が健康なうちに、人に迷惑をかけないで楽しく生きたいというのが一番ですね。

―最後に、今まさに引退を考えている先生にメッセージをお願いします。

 そろそろ辞めたいと考えている先生は、自分のことを大切にする選択肢も持ってほしいです。「信頼されるほど背負う責任も多くなる。それがストレスに感じるなら辞めることも前進の1つだ」とは、ある本の一節です。生活費の問題などで続けなければならない状況があると思いますが、それでも辛いと思う方は一時的にマイナスになるかもしれませんが、ひと休みして充電して、また次に進んで欲しいと思います。

―ありがとうございました。

~編集後記~
 取材日は5月31日。それは医院を開いて丸14年、キミ小児歯科クリニック閉院の日。「ここでの最後の仕事」と快くインタビューを引き受けてくれた張先生。これまでの歩みを聞いていると、エントランスから「ガチャッ」と扉の音。すでに診療はしておらず、患者の来院はないはずだが、そこには一人の小学生の姿が。「いらっしゃい」―なんとも自然な流れで先生に迎え入れられると、その子は慣れた手つきで宿題をはじめた。聞けば、1歳の頃から診てきた患者さんだという。
 地域に根付き、子どもたちに愛されたキミ小児歯科クリニック。14年間、この場所で繰り広げられた“日常”が最後のひと時まで続いた。「お兄ちゃんに、次に学校帰りに寄っても先生はいないって伝えてね」と先生から告げられ、コクリとうなずいた後ろ姿が少し寂しそうに映った。

PROFILE/ちょう・きみ
1965年、長野県松本市生まれ。90年に松本歯科大学卒業後、同年東京歯科大学小児歯科学講座に入局。1997年同大学院修了。2010年キミ小児歯科クリニック開業。2024年5月同クリニック閉院。

引退を決心した瞬間 目標10年“計画閉院”は周囲に支えられ―(張紀美さん【前編】)

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