【荻原博子さん連載】マイナ保険証の〝失態〟を追う~このまま見過すことはできません~ 第8回 誰も検証せずに突き進む「保険証廃止」

第8回 誰も検証せずに突き進む「保険証廃止」

先日、元厚生労働大臣で厚労省(厚生労働省)に人脈もある、立憲民主党代表代行の長妻昭氏にお会いしました。一番驚いたのが、「週刊新潮」2024620日号が報じた「マイナ保険証」での死亡事例について。

岐阜県内で具合が悪くなって病院を受診した人が、「マイナ保険証」の読み取りができず、受診もできずに帰ったら、心筋梗塞でお亡くなりになってしまったという事例です。

これについて、当時の河野太郎デジタル大臣は、「厚生労働省に聞け」の一点張り。武見敬三前厚労大臣も「そういった事実は、私は確認しておりません」と会見で話していたので、本当に厚労省が確認したのかを長妻氏に聞きました。

「普通は、“マイナ保険証”で診療を受けられなかった人が死亡するというような報道があったら、いの一番に事実関係を確認し、もし誤報だったら記者会見を開いて、その場できっぱり否定すべきです。また、それが事実無根だったら、報道した週刊新潮にも毅然とした態度で抗議すべきですが、厚労省がこの件を調べた形跡がない。もし、命に関わるような事故が起きたら、徹底的に原因を解明しなくては、国民の信頼は得られないというのに、こんな無責任な状況で〝保険証〟を廃止するというのは間違っています」と、怒っておられました。

おっしゃる通り、調べもしないまま、何もなかったように進めて良い話ではないでしょう。

◆「保険証廃止」は過去に前例のない決定

さらにひどい話は、保険証の廃止は厚生労働省が医療状況を見ながら決めたのではなく、ある日突然、医療とは関係ない当時の河野デジタル大臣が、現場を見ずに独断で決めたことです。

長妻氏は、「そういう決め方は、過去に前例がない。それまで、厚労省では現場のデータを集め、それを学者や有識者からなる審議会で議論してきた。ところが、“保険証の廃止”は下から積み上げたデータはなく、審議会での議論もないまま、当時の厚労大臣さえも寝耳に水といった状況で決まってしまった。普通は、ありえないですよ。国民の命に関わる医療の重要案件を、審議会も通さずに管轄外のデジタル庁主導で独断で決めるなど言語道断」。

長妻氏が最も危惧しているのは、来年から“マイナ保険証”に電子カルテ情報がひも付けられること。

「“カルテ情報”は、まさに患者のプライバシーそのもの。これをひも付けるとなれば、患者の医療の個人情報が丸裸にされる恐れがある。しかも、こうした情報は高く売れるので、ハッカーなどに狙われやすい。今の日本政府が、海千山千のハッカー攻撃を100%防げるのか不安です」。

◆残念な首相の「手のひら返し」!!

「マイナ保険証」の病院窓口での利用率は、今年8月で12.43%。なんと8人中7人は「保険証」を使っている。

総裁選への出馬前、石破茂総理は「期限が来て納得しない人がいっぱいいれば、(現行の保険証との)併用も選択肢として当然だ」と話していました。当時の林芳正内閣官房長官も健康保険証の廃止期限を見直す意向を示し、「(関係者からの)不安の声を直接耳にした」と語っていました。

ところが、発足した内閣では、総裁選前の発言はなかったかのように、総理も官房長官も「廃止の方針に変更はない」と発言。福岡資麿厚労大臣や平将明デジタル大臣が「廃止の方針を堅持する」と言ったので、これに歩調を合わせたのでしょう。

実は、前述の長妻氏は、「石破総理が見直すと言うのだから、総理に忠実な平大臣が廃止を主張するのは難しいか」とおっしゃっていたのですが、結果は、“廃止派”に石破総理が押し切られたということ。

一体、誰のための政治かと言いたくなります。

経済ジャーナリスト 荻原 博子

プロフィール:おぎわら・ひろこ/経済ジャーナリスト。家計に根ざした視点で経済を語る。バブル崩壊直後からデフレの長期化を予想し、現金に徹した資産防衛、家計運営を提唱し続けている。新聞・経済誌などに連載。新聞、雑誌等の連載やテレビのコメンテーターとしても活躍中。近書に「マイナ保険証の罠」(文春新書)、「マイナンバーカードの大問題」(宝島社新書)など。